文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

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江藤淳と「無条件降伏論争」と福田恆存。

dokuhebiniki2015-06-01


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斉藤禎さんの「江藤淳の言い分」を読んで気が付いたというか、思い出したことがある。有名な江藤淳の「無条件降伏論争」が行われたころ、しばらくして、江藤淳の「無条件降伏論」より先に、「無条件降伏論」を主張した人がいる、その人は福田恆存であるとかいう話だ。江藤淳の死後、さらに、その種の誹謗中傷が、反復、強調されるようになったのではないか。


私は、その種の話に関心がなかった。誰かが、江藤淳の「名誉」と「名声」に嫉妬し、それらを貶めようとしているだけだと思ったからだ。そのころ、その手の「江藤淳批判」が、繰り返し繰り広げられたように思う。


しかし、斉藤禎さんの『江藤淳の言い分』によると、高沢秀次が、具体的に、江藤淳の「無条件降伏論争」は、福田恆存からの「パクリ」であり、「剽窃」と言ってもいい、というようなことを書いているらしい。私は、「高沢秀次」にも、彼が書いたものにも興味がない。読むのは時間の無駄だと思っていたから、読んでもいない。


高沢秀次によると、福田恆存の「当用憲法論」という論考に、「無条件降伏論争」に似たような文章があるらしい。ところで、私は、福田恆存も読んでいない。高沢秀次の場合と同様に、読むのは時間の無駄だと思っていた。だから資料や文献として読むことはあるが、好んで読んだことはない。私は、福田恆存を、文学者として評価していないのだ。


私は 、「保守」だからと言って、保守思想家の福田恆存を尊敬しているわけではない。私は、むしろ、福田恆存の論敵である丸山眞男大江健三郎を愛読、熟読し、評価してきた。私は、イデオロギーよりも存在論を重視するからだ。比喩的に言えば、私にとって、福田恆存は、「イデオロギーの人」、つまり「イデオロギー保守」であって、存在論的見地から見れば、「ネット右翼的存在」に過ぎない。


小林秀雄江藤淳等が去り、左翼からの転向組、つまり「転向保守」の西部邁等が台頭してきた頃から、「福田恆存」を保守思想家の代表として評価する人が増えた。私は、この頃から、保守や保守論壇は、「存在論的保守」から、「イデオロギー的保守」へと変貌していったと思う。私が考える「ネット右翼」の本質は、この「イデオロギー保守」のことである。


イデオロギー保守」には、作品がない。少なくとも私が認める「作品」がない。西部邁にも高沢秀次にも、あるいは、あえて言えば、福田恆存にも「作品」がない。福田恆存のデビュー作は「芥川龍之介論」である。あるいは『D・H・ロレンス論』。私には物足りない。だから、福田恆存のデビュー作『芥川龍之介論』をまだ読んだことはない。読みたいとも思わない。


同じく福田恆存の「当用憲法論」も読んだことはない。斉藤禎さんの『江藤淳の言い分』を読んでから、探してみたら、たまたま資料として買い求めた文春文庫の『日本を思ふ』という本に、それが入っていた。なるほど、確かに福田恆存も、江藤淳より先に「無条件降伏論」の問題にに触れている。しかも、「大江健三郎批判」から始めている。


繰り返して言うが、私は、大江健三郎を読むことから文学や哲学、思想に目覚めた人間である。私は、大江健三郎の小説やエッセイを、イデオロギー的に読んでいない。存在論的に読んでいる。だから、福田恆存の「大江健三郎批判」は論理的には納得するが、その批判は底が浅いと思う。突然だが、「福田恆存小林秀雄の差異」もそこにある。


私は、小林秀雄を、今でも熟読を繰り返しているが、福田恆存を読むことはしない。福田恆存のテクストには、存在論がない。福田恆存が、江藤淳よりも早く無条件降伏論を書いているとしても、単に「情報」として書いただけのことだろう。「無条件降伏論争」を展開したのは誰か?福田恆存ではないだろう。


福田恆存の「無条件降伏論」は論壇や文壇で話題になっただろうか。私の記憶にはない。逆に福田恆存は、この頃から、さかんに江藤淳への嫉妬がらみの批判を繰り返すようになったと記憶している。「それは、私がもう言ったことだ」というような批判を。その批判にも福田恆存が「イデオロギー保守」であることが露呈している、と私は思ったものだ。

(続く)




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