文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

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「東大卒=エセ思想家」全盛時代の黄昏

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・・・昨日の佐藤優さんとの対談は、実り豊かなものだった。柄谷行人論からイスラム国問題まで。とりわけ、おもしろかったのは、「東大卒と思想家」という問題だった。佐藤優さんも私も「東大卒」ではない。だから、「東大卒という病」がよく見える。ぃま、ジャーナリズムや論壇は、東大卒か東大博士があふれかえっている。「東大卒=エセ思想家」全盛に時代である。東大卒の優秀な学者や思想家もいるだろうが、ほとんどは、毒にも薬にもならないようなヘボ学者であり、エセ思想家である。しかし、そういうヘボ学者やエセ思想家が、「東大卒」というだけで、我が物顔で闊歩しているのが、現代日本の思想状況である。言い換えれば、現代日本の思想的病根は、「東大卒というエセ思想家」というようなニセモノを批判、排除できないというところにある。かっては、そうではなかった。たとえば、吉本隆明とか江藤淳というようなホンモノの思想家がいて、「東大卒」という肩書きだけでデビューしてきたようなニセモノどもを徹底的に論破し、叩き潰していた。東大卒の「文学研究者」や「哲学研究者」など、相手にもされなかった。「東大教授」がバカに見えたものである。だが、蓮實重彦浅田彰等が、文壇や論壇で大きな顔をするようになった頃から状況は変わった。学歴だけで、大きな顔が出来るようになった。文壇や論壇は、東大卒とその予備軍、そして「東大卒信者」や「肩書き信者」たちの巣窟と化している。そこには、まともな「思想」も「哲学」も「文学」もない。もちろん「論争」もない。蓮實重彦とその仲間(弟子)たちを見ていると、吹き出したくなる。「学者ゴッコ」「学問ゴッコ」を演じているだけである。学歴も学力も、無いより有った方がいいが、「東大卒」などのような学歴だけを売り物に、モノを言う時代は、思想的に貧しい、知的に劣化した時代である。蓮實重彦大先生の『ボヴァリー夫人論』を誰が読んだのだろう。「東大卒」が売り物の、太鼓持ちの上手な弟子たちが、必死で読んだだけだろう。要するに、「東大卒=エセ思想家」というニセモノが跋扈する時代だからこそ、愚鈍なゲテモノでしかない桜井誠櫻井よしこ曽野綾子百田尚樹等が、「大活躍」(笑)することができるのである。彼等は、才能や資質、あるいは作品はともかくとして、思想的にはニセモノではなくホンモノだからだ。(続く)



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