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2012-06-01
野田丸呑み首相、悶絶死か。追い詰められているのは、小沢ではなく野田だろう。自民党が「死に体」の野田民主党と手を握るはずがない。野田・小沢会談決裂を受けてマスコミが盛んに「小沢一郎危機説」をながしているらしい。マスコミの願望通りに、「小沢一郎切り」で、民主党と自民党が手を握れば、マスコミも自民党も、そして野田一派も、「一巻」の終わりである
2012-05-30
「平野貞夫/山崎行太郎対談」(『小沢裁判は政治謀略だ』)の前半が「月刊日本ホームページ」にアップされました。是非、ご一読ください。尚、「平野・山崎対談」と「佐藤優・山崎行太郎対談」(『国家の主人は誰か』)をも収録した拙著『新・小沢一郎研究』が、来月、刊行されます。こちらの方も、よろしくお願いします。
「小沢・野田会談」が開始。これを号砲に、小沢一郎グループは、一挙に新党立ち上げ、政界再編に突き進むのか?野田一派や自民党の「増税グループ」は、彼らが、無視・黙殺し、見下している一般市民・大衆の集合的無意識の底に眠るルサンチマンと凶暴な反撃にあい、自爆・自滅の道を進むことになるのでは?
2012-05-29
自民党と連立を組みたい「野田」を除名せよ。小沢一郎を除名するのなんのという前に、野田佳彦を除名せよ。しかし、野田佳彦も仙谷由人も、今や頼りになるのが自民党しかないとは、哀れというか、笑わせる。 弁護士崩れの仙谷由人には、検査スキャンダルと最高裁スキャンダルも待ち受けている。自民党に逃げ込むしかないのだろう。政治家としての才能も資質もないのに、大口をたたいて来た罰というものだ。江田五月、野田佳彦ともども、自民等に入党した方がいいのではないか。
2012-05-27
『それでも私は「小沢一郎」を徹底擁護する!!!---新・小沢一郎研究』という本を、来月、出版することになりました。江藤淳の「小沢一郎論」を土台に、小沢一郎の「政治哲学を読み解く」をテーマにしています。ご期待ください。
2012-05-26
野中広務と沖縄。政治家たちが口から出任せに語る「政策論」や立派な余所行きの「政治哲学」なるものを、僕はまったく信用しない。僕が信用するのは、それが実行に移され、具体的な政治状況や権力闘争の場面で、成功するか失敗するかは別として、現実のもになる場合だけである。政治家の本質は実践・実行にある。ご立派な政治理念や政治哲学、そして政策を、美しい声で、声高に「語る」ことは、第二義的な問題でしかない。言い換えれば、実践・実行の政治家は、いつでも責任をとって「死ぬ」気構えが出来た「葉隠」武士のような存在である。
2012-05-25
羽毛田宮内庁長官に10億円も国民は貢いだのだが、それを知っている国民が何人いるだろうか。僕も、もちろん知らなかった。羽毛田といえば、習近平来日の時、「天皇の政治利用」で、小沢一郎を相手に大騒ぎし、最近は、「女系天皇論議」で、堕ちたマンガ家「小林よしのり」らを使って情報工作に暗躍した「君側の奸」である。その羽毛田が退官するそうである。何故、今、突然に? その理由が面白い。天敵・小沢一郎の「無罪判決」により小沢一郎復権が確実になり、報復の恐れが生じて来たからだそうである。要するに逃げ出したのである。身を賭して天皇陛下をお守りするはずではなかったのか。さて、そこで、本当か嘘か知らないが、羽毛田が稼いだカネが話題になっている。総額10億円は稼いだろうと言われている。「官僚支配」に挑戦しようとした小沢一郎を、「天皇」の名を借りて、つぶし、鬼の居ぬ間に、よくも稼いだものである。「日本悪徳官僚」の鏡である。
2012-05-24
佐久間達哉・元東京地検特捜部長は、何故、逮捕されないのか? 久しぶりに「佐久間達哉」の名前を見た。あの「キャメル男」である。その佐久間達哉が、近く、ひそかに「処分」されるということらしい。それにしても捜査報告書偽造が暴露された田代検事といい、逮捕されることもなく、簡単な「処分」で済まされるとは、なんとも不可解である。検察は腐っている。特に「東京地検特捜部」は、戦後、闇物資取締りを理由に、「米占領軍」が設置した治外法権的秘密捜査機関である。即刻、米軍主導の植民地支配に反抗する健全な日本国民を、ひそかに監視・捜査・逮捕する怪しい組織は、解体すべし。それが日本独立への第一歩である。そして新しい日本国と日本国民のための司法機関として再スタートすべし。そのためにも、アメリカの威光をバックに、「小沢一郎事件」をデッチアゲ、日本国民がようやく達成した「政権交代」を台無しにした「国賊」である佐久間達哉を逮捕し、法廷に引きずり出し、国家反逆罪で処分すべし。言うまでもなく、「小沢事件・小沢裁判」を実質的に主導したのは東京地検特捜部の当時の佐久間達哉部長である。佐久間達哉なしには、おそらくこの事件も裁判もなかったし、そして「検察スキャンダル」も「最高裁事務総局スキャンダル」も発覚しなかつた。むろん、民主党による「政権交代」も、今のようにほとんど政権交代の意義が空中分解し、民主党自身が自滅的壊滅状態になることもなかった。その意味で、政権交代を目前にして、次期首相の可能性の高い「小沢一郎民主党代表」をターゲットにして「国策捜査」を実行し、小沢一郎を「代表辞任」に追い込み、しかも執拗に捜査を繰り返し、結果的に裁判にまで持ちみ、有能な政治家・小沢一郎の政治生命を絶つような「検察の暴走」を繰り返した佐久間達哉の責任は、日本の現在にとっても、日本の将来にとっても、きわめて重いと思われる。しかも最近、明らかになったことだが、佐久間達哉が、「偽造捜査報告書問題」にも深くかかわっており、むしろ彼の指導で、偽造行為は行われた可能性が高い。検察審査会に提出された「偽造捜査報告書」には、検察審査会に提出されたものとは別の、もう一つ裏の「捜査報告書」があり、こちらは、最高検に提出されたらしい。小沢一郎を、検察審査会を使って「起訴」に持ち込むために、偽造行為に及ぶほど、必死だったのだろう。佐久間達哉を中心とする当時の小沢事件・小沢裁判を担当した東京地検特捜部の面々の「犯罪」が明らかになつたわけだが、その責任は重いと言わなければならない。佐久間達哉の「犯罪」を有耶無耶にしてはならない。
2012-05-23
江藤淳の「憲法論」を読む。江藤淳は自死の一二年前まで、かなり過激に憲法改正論を主張していた。江藤淳の憲法改正論には、 米軍全面撤退論や自主防衛論が含まれていた。江藤淳は、頻繁に対談などを繰り返していたようだが、その相手の一人が小沢一郎だった。その頃、軽井沢の江藤淳の別荘で行われた「江藤淳/小沢一郎対談」の根底にあるのは、二人に共通する「憲法論」だといっていい。彼らの憲法論は、憲法論の成立、根拠、原理を問う。小沢一郎が、憲法を自明の前提としてしか思考できない日本の官僚や、日本のマスコミ、あるいは憲法を改正したくないアメリカ・・・に狙われたのは、小沢一郎が、沖縄米軍基地の「海外移転論」や「憲法改正論」「自主防衛論」を主張し続けたからだとおもわれる。平野氏によると、平成6年ごろから、江藤淳と小沢一郎は、とない某所で勉強会を開いていたそうであるが、おそらくテーマは「憲法」だったろう。小沢一郎の憲法論には、明らかに、江藤淳の影響がある。言い換えれば、憲法論で「意気投合」していると言っていい。実は私も、この頃から江藤淳とかなり親しくなり、勉強会などで頻繁に交流するようになったが、江藤淳が、小沢一郎と勉強会を開いていることは知らなかった。江藤淳は憲法改正について書いている。≪だが、十三年前から改憲を唱えつづけてきたのは、単にこの憲法が国際情勢の変化に堪え得ないという理由だけからではない。日本の現行一九四六年憲法の根底には、一つの虚偽がある。その虚偽虚偽と認めて、その事実に直面しない限り、日本人自由な精神によってものを考える人間に、まず到底なることができないからである。 ≫江藤淳は、1979年(昭和54年)、ワシントンのウィルソン研究所で、米占領軍が行った日本のマスコミ検閲の調査研究を行なっていた。そこで、江藤淳は重大な発見をする。国立公文書館分室に収められてい占領軍関係資料の中から、一葉の資料を発見した。それは、占領軍当局の検閲方針だった。つまり、そこには、第三項と第四項で、次の事が禁止されていた。第一に、現行憲法はアメリカ人が日本統治のために起草した法律文書であること・・・。第二に、その事実を厳格に秘匿すべきこと・・・。ところで、江藤淳の言う現行憲法の根底に潜む「虚偽」とは、このことである。日本政府も、マスコミも知識人も、この事実を隠蔽したまま、あたかも自由な政治活動や言論活動を展開してきたかのように振舞っているが、はたして、それでいいのか、と問題提起する。そして、江藤淳は、この虚偽に注目して、この虚偽を隠蔽した上に成立している戦後文学や戦後思想など、要するに、戦後的なもの全般を批判し、次のように結論づける。≪だが考えてもみるがいい。国家の基本的事実を、そのままに明らかにできない言論が果して”自由”な言論だろうか?検閲と秘匿を原点とし、嘘の皮に嘘を塗り固めた現行憲法の”平和主義”なるものが、果たしてどのような平和の維持に役立つだろうか?≫
2012-05-22
アナーキズムと国家主義ーー江藤淳と小沢一郎の「共有するもの」の中に、アナーキズムと国家主義という問題があるように見える。一見するだけだと、江藤淳も小沢一郎も、「国家主義」の人と思われがちだが、しかし、彼らの言動や政治行動を詳細に観察していくと、彼らの思想の根底には「深い闇」があり、それは「アナーキズム」につながる暗い破壊的な情熱にのようなものであることが分かる。江藤淳には、その「自死」が象徴的に示しているように、元々、その内部深くに自己破壊的衝動というものが存在していた。「朱子学的世界像」や「国家の再建・再構築」を力説しながら、どこかでそれらを破壊したいという衝動が、江藤淳の文学作品や政治評論には色濃く反映していた。具体的に言えば、『海舟余波』の世界が国家主義的なものを代表し、晩年に書いた『南洲残影』が自己破壊的、アナーキズムな衝動を表現したものと言うことが出来る。これは、言い換えれば、『海舟余波』のリアリズムと『南洲残影』のロマンチシズムということも出来る。江藤淳は、転向したとか変節したと誤解する人もいるようだが、転向でも変節でもなく、これらの二つの要素が共存していたのが、江藤淳という批評家の存在根拠だった。江藤淳をして、凡庸な文学者から決別せしめたも、この『海舟余波』のリアリズムと『南洲残影』のロマンチシズムが共存していたことによる。この共存とは、言い換えれば、リアリズムの極限形態がロマンチシズムであり、ロマンチシズムの極限形態がリアリズムである、という形での共存であった。ところで、同じことが、小沢一郎にも言えるように思われる。社会秩序や国家理性を重んじる小沢一郎がいれば、同時にすべてを破壊し尽くさんばかりに権力闘争に邁進する小沢一郎がいる。ドストエフスキーに「踏み越え」という思想があるが、江藤淳も小沢一郎も、ともに「踏み越え」ることを恐れない過激な思考力と過激な行動力の持ち主である。江藤淳は言うまでもなく、小沢一郎もまた「憲法問題」、ないしは「安全保障問題」に深い関心を寄せ、しばしば根源的とも言うべき問題提起をしてきた。最近の例では、沖縄の米軍基地移転問題がその典型である。沖縄の米軍基地移転問題で、自民党やその支持者たちを中心に、危険かな普天間基地移転は、辺野古移転でほぼ決まっていたのに、鳩山民主党政権になって、「県外・国外移設論」を主張し始めたために、そ計画が壊れ、日米同盟にひびが入り、日米の信頼関係も失われた上に、普天間基地がそのままになってしまっていると批判する人たちがいる。自民党やその支持者たちは、沖縄米軍基地の「海外移転」を語ることそのものが政治的な「理想主義」であり「ロマン主義」であるというかもしれない。もつと現実を直視しろ、と。しかし、それは認めるとしても、沖縄の米軍基地が存続する限り、日本の国家主権は失われたままだということも現実である。辺野古に米軍の普天間基地を移すことで、問題は解決するどころか、かえって沖縄米軍基地は固定化・永久化することになる。沖縄米軍基地問題に鳩山・小沢政権が、挫折したとはいえ、困難な問題に踏み込んだことは重要である。こういう問題提起は、思考のロマンチシズム、思考のラディカリズムなしにはあり得ない。僕は、ここに小沢一郎の「踏み越え」の政治哲学が垣間見えると考える。また、おそらく小沢一郎が、日本の司法官僚に狙われたのも、この思考のロマンチシズム、思考のラディカリズムによるものだと思われる。しかし、われわれ日本国民は、日本国がアメリカの保護国であり、属国であることを歓迎し、「米国日本州」であることを望む人は別だろうが、いつまでも日本国内に米具基地があり続けることを認めるわけにはいかない。日本国内に米軍基地が存在し、日本がアメリカの「核の傘」に保護されている限り、日本は「独立国家」ではない。まさしく、「米国日本州」でしかない。「月刊日本」の「巻頭言」で、南丘喜八郎は、現在の日米安保条約は「不平等条約」であると喝破している。そして、「条約改正」が必要だと、と。日本の保守・右翼の面々は、日米安保条約が「不平等条約」であることを知っているのか? それでも、沖縄の米軍基地が存続することを許すのか?
2012-05-21
江藤淳と小沢一郎が「共有するもの」―安全保障と憲法改正論
2012-05-20
小沢調査会と江藤淳。実は、江藤淳は「小沢調査会」のメンバーでもあった。竹下内閣時代の朝食会「政治改革に関する有識者会議」で、当時、官房副長官だった小沢一郎と江藤淳は、しばしば同席し、「政治改革」について議論していた。この会合の他に、「小沢調査会」でも学識経験者として同席し、憲法問題や安全保障問題について議論している。江藤淳は、小沢一郎という政治家の資質も才能も知り尽くた上で、政治家・小沢一郎を絶賛し、擁護し、期待していたのである。
2012-05-19
何故、小沢一郎でなければいけないのか? 何故、竹下や小渕や野中・・・ではいけないのか?
2012-05-18
江藤淳と小沢一郎・・・江藤淳の「それでも『小沢』に期待する」を読む。
2012-05-17
江藤淳の「第二の敗戦」論と「沖縄米軍基地国外追放論」ー
2012-05-16
野中広務よ、お前こそ「恥を知れ!!!」だよ。
メルマガ「週刊山崎行太郎」82号を配信しました。
検察審査会スキャンダルを忘れるなかれ。本当に検察審査会は開かれたのか?(開かれていない!!! ) 検察審査会メンバー11人は存在するのか?(存在しない!!!TBSの報道番組に出た検察審査会委員を名乗る匿名氏は明らかに「捏造」である!!!) 何故、検察審査会の民間人メンバーの平均年齢の計算が、何回も何回も異常な数値になるのか?(検察審査会委員なるものが存在しないから狂うのである!!!) そもそも最高裁事務総局が購入した「籤引きソフト」にインチキはないのか?(インチキはバレバレである!!!)・・・。「一市民が斬る」ブログ氏等が追求して来た問題、そして「週刊ポスト」や「サンデー毎日」「日刊ゲンダイ」などが、詳しく後追い報道した問題、要するに検察審査会スキャンダルと最高裁事務総局スキャンダルを忘れるなかれ。小沢裁判を取り巻く疑惑は「捜査報告書捏造」問題だけではない。小沢裁判の深い闇の奥に、さらに大きな疑惑が存在する。暴き出さなければならない。
2012-05-15
それでも、僕は、「政治家・小沢一郎」を徹底擁護する。江藤淳は、かつて、「そもそも小沢一郎という政治家は、総理大臣になることを第一義としていない政治家である」と書いて、「政治家・小沢一郎」を絶賛したことがある。先日、「月刊日本」の企画で、平野貞夫氏と対談させてもらったが、平野氏の話によると、江藤淳の政治家・小沢一郎への信頼と期待は、半端なものではなかったらしい。平野氏の仲介で、都内某所で、江藤淳と小沢一郎は頻繁に勉強会を繰り返していたということだ。むろん、平野氏も同席していた。小沢一郎の「政治哲学」に、江藤淳の影響は濃厚であると、平野氏は言った。なるほどと思った。僕は、江藤淳を畏怖し、敬愛しているが、同じように政治家・小沢一郎を畏怖し、敬愛している。簡単には言えないが、二人の間に、何か同じような精神哲学があるからだろう。江藤淳の思想に「治者の哲学」というものがある。小沢一郎の政治行動や政治哲学を見て行くと、江藤淳の「治者の哲学」に近いものがあることが分かる。「言い訳しない」「愚痴を言わない」「自立」・・・。その頃は、江藤淳も小沢一郎も、「大久保利通」を理想の政治家と見做していたようである。大久保利通は、多くを語らず、ただ実行・実践あるのみの政治家だった。大久保利通は「治者の政治学」を実行し実践した人である。小沢一郎も、これまで、大久保利通のように生きてきたと思われる。さて、江藤淳は、小沢一郎を、総理大臣になることを目的としていない政治家だと言った。しかし、それでも僕は、今となっては、小沢一郎こそ総理大臣として、弱体化し、地盤沈下した日本政治を再建すべきだと考える。「総理大臣」という地位が問題なのではない。もはや総理大臣として日本政治を再構築できる人は、小沢一郎以外にいないからである。(続く)
緊急連絡ー「江古田哲学研究会」のお知らせ。小生の事情により、今月から、また元のように「第三金曜日」に日程変更になりました。今月は、5/18(金曜日)、午後7時からです。新しく参加希望の方は、メールで問い合わせてください。
2012-05-14
緊急連絡ー「江古田哲学研究会」のお知らせ。小生の事情により、今月から、また元のように「第三金曜日」に日程変更になりました。今月は、5/18(金曜日)、午後7時からです。新しく参加希望の方は、メールで問い合わせてください。
毎日新聞の岩見隆夫の正体とメディア犯罪を告発せよ。5月8日に高級日本料理店「黒澤」で野田首相は朝日新聞の星浩、毎日新聞の岩見隆夫、読売新聞の橋本五郎と「会食」をしたそうである。
2012-05-13
ヤンキー・ゴー・ホームの文学ーー大江健三郎の『芽むしり仔撃ち』を読むーー。戦後の日本の子供たちが、米軍兵士を相手に、しきりに口にした言葉に「ギブ・ミー・チョコレート」とがあるが、それと並んで 、大人たちがが口にした言葉に、「ヤンキー・ゴー・ホーム」という言葉があった。僕は、そいう時代の空気を直接的には知らないが、大江健三郎の小説を読むと、そういう時代の雰囲気を味わうことが出来る。たとえば『人間の羊』という短編小説があるが、それは、アルバイト帰りの大学生が、バスの中で、酒に酔った若い数人の米兵のグループに、無理矢理、ズボンとパンツを引き摺り下ろされ、面白半分に裸の尻をポンポンと叩かれ 、愚弄される話である。この屈辱と絶望にまみれた青年は何の抵抗も出来ず、黙って夕闇の中に消えていくが、僕は、最初にこの小説を読んだ時、この青年の背後から、「ヤンキー・ゴー・ホーム」という押し殺した叫びが聞こえてくるように思ったものである。この米軍占領下の日本人青年の屈辱と絶望の深さを、まさに今、目の前で起こっているかのように、生々しく描いたところに、大江文学の神髄があると言えるだろう。ところで、僕は、高校生時代、生物担当の教師でありながら、民俗学者として知られる「小野重朗」という不思議な先生に教えられたことを契機に、大江健三郎の小説を夢中で読んでいた。言うなれば、それが僕の文学や思想との本格的出会いであり、文学的、思想的目覚めであった。そいう体験をしたのは、僕だけではなかったらしい。後に、中上健次も加藤典洋も似たような体験をしていたらしいことが分かり、驚いたことがある。その頃、大江健三郎の小説は、青少年読者の間に広く深く浸透し、熱狂的に読まれていたということだろう。僕が生まれて初めて買った本は、大江健三郎の『死者の奢り・飼育』とドストエフスキーの『地下生活者の手記』という文庫本であるが、ドストエフスキーを知ったのも、大江文学の読書体験を通じてであった。ちなみに大江健三郎の文庫本『死者の奢り・飼育』の解説を書いていたのは、後に「我が生涯の師」となる文芸評論家・江藤淳であった。僕は、ほぼ同時に、僕の思想的骨格を形成することになる大江健三郎とドストエフスキーと江藤淳を知ったのであった。いずれにしろ、大江健三郎の小説の衝撃は強烈だった。僕の文学的・思想的人生はここから始まった。さて、「群像」6月号に、大江健三郎の初期作品のなかの唯一の長編小説『芽むしり仔撃ち』の一部が掲載され、それを奥泉光と町田康、野崎歓の三人が熱く論じている。三人とも、現代小説が失ってしまった小説というものの圧倒的な力を感じているようだ。僕も、久しぶりに、大江健三郎の初期小説『芽むしり仔撃ち』再読し、小説というものの魅力と恐ろしさを、あらためて痛感した。『芽むしり仔撃ち』は、戦時中の農村を背景に、村人たちに見捨てられ、懐柔され、翻弄された挙句、裏切りと逃亡を余儀なくされる「少年院」の子供達を描いている。無論、素w朴なリアリズム小説ではないが、どんなリアリズム小説よりもリアリティーがある。大江健三郎の初期小説は、ほとんどの作品が、「閉ざされた閉塞状況」とその閉塞状況を生きなければならなかった少年たちの「屈辱」「恥辱」を描いている。「閉ざされた閉塞状況・・・」が、「米軍占領下の日本」を暗示・象徴していることは言うまでもない。大江健三郎の文学こそ、そうだと公言はしていないが、文字通り「ヤンキー・ゴー・ホーム」世代の「反米愛国文学」なのだ。
2012-05-12
小沢裁判は、日本の文化人・知識人の思想的レベルを判定するリトマス試験紙の役割を果たしている。田中角栄裁判の頃は、公然と田中角栄を擁護する文化人・知識人は渡部昇一、小室直樹、江藤淳・・・など、いるにはいたが、極めて少数だった。しかし今回の小沢一郎裁判では、小沢一郎擁護派の文化人・知識人は、田中角栄裁判の時とは異なり、圧倒的に多いように見受けられる。そして、小沢一郎擁護派の文化人・知識人の多くは、小沢一郎裁判の背後に、政権交代を実現した政治家・小沢一郎を政治的に抹殺しようする 謀略的な「ナニカガアル」と思っている。逆に、マスコミや検察は、「小沢一郎批判」一色である。しかし「小沢一郎批判」派の文化人・知識人の顔が見えて来ない。田中角栄裁判の時、検察側に立ち、田中角栄批判を続けた立花隆のような存在がいない。いるとしても、せぜい『角栄になれなかった男ー小沢一郎全研究』を出している松田賢弥ぐらいだろう。松田賢弥の思想的レベルなど考えて見るまでもなく、明らかだろう。(続く)
2012-05-11
ケビン・メアの『決断できない日本』を読む。沖縄侮蔑発言で首を切られた米国国務省(外務省)日本部長ケビン・メアが、最近、書き下し本や対談本の出版、テレビ出演などで、にわかに日本のマスコミで注目され始めているが、しかしケビン・メアの著書を熟読するまでもなく、日本担当の外交官としては、かなり頭の悪い、脇の甘い凡庸なアメリカ人だということが分かる。言い換えれば、この程度の在日アメリカ人外交官、つまりジャパンハンドラーズに洗脳され、言いなりになっているらしい日本の政治家たち、たとえば長島昭久、前原誠司、石破茂・・・等の「奴隷根性」(マゾヒズム)には驚き呆れるほかはない。ケビン・メアは、在日米軍不要論を公言する小沢一郎を「安保オンチ」と言ったり、鳩山由紀夫を「アホ」と言ったり、と言いたい放題だが、深く考えるまでもなく、ケビンメアの発言の方が、日本の植民地支配を目指すジャパンハンドラーズとしての手の内を曝け出したもので、馬鹿まるだしというほかはない。日本国民に向かって、そんな発言をすると、命はいくらあっても足りなくなるという事が、この頭のトロイ、気の毒なアメリカ人には分からないらしい。ケビンメアは、日本の核武装問題にも言及しているが、これまた幼稚である。日本にとって核武装は必要ない、核武装は無駄だ・・・と言う。なるほど。言うまでもなく、アメリカ政府の本音は、日本に核武装はされては困るというものだろう。日本が核武装することになれば、日本の対米自立、対米独立は現実のものになる。アメリカ政府が恐れるのは日本の独立である。対中戦略の前線基地である日本列島が、アメリカのコントロール下から脱け出すことになれば、アメリカの国際軍事戦略は破綻する。ケビン・メアが「日本が核武装したって何の役にも立たないよ」「核武装なんてアホらしい」というのは、アメリカ政府の本音を代弁しているのである。ケビン・メアは馬鹿だから、そんな重大な話も、ベラベラ喋る人である。ちなみにケビン・メアの「奥さん」は日本人である。先日、「小沢一郎無罪判決」の出た日、外国人記者クラブで、「CIA疑惑」が暴露されたコロンビア大学教授で、ジャパンハンドラーズの大物・ジェラルド・カーチスの「奥さん」も日本人である。これらの夫婦は、日ごろ、どんな会話をしているのだろうか。「日本人なんて、ホント、馬鹿だよねえー(笑)」なんて。
2012-05-10
「小沢裁判無効論」ー「小沢一郎裁判」は、アメリカ帝国主義とその奴隷と化した日本支配階級が仕組んだ「政治裁判」であり、「デッチアゲ裁判」である。小沢一郎裁判は、裁判そのものが、最初から無効である。アメリカ帝国主義の世界戦略の一環として仕組まれたデッチアゲ裁判であり政治裁判であることは明らかである。このデッチアゲ裁判であり政治裁判である小沢一郎裁判に、加担し協力しているのが日本の一部の支配階級(既得権益層)である。「小沢一郎バッシング報道」を繰り返す巨大マスコミ、霞ケ関官僚、さらには、ことあるごとに「小沢一郎憎し」のコメントを繰り返す石原親子や、米国の奴隷に成り下がった仙谷・菅・野田一派、そして低次元の「小沢一郎批判」を続けるしか能のない日本の学者・文化人・ジャーナリスト・・・・等はその仲間であろう。これ等、日本のエリート層を形成している連中こそ、日本の自立と独立を阻む「獅子身中の虫」である。言い換えれば、彼らこそ、意識的か無意識的かは分からないが、結果的に見れば、「日本と日本人を米国に売り渡す」、いわゆる「売国奴」の役割を担っているのである。したがって、「小沢一郎裁判」は、これから、日本の自立と独立を賭けた「日本民族独立戦争」「日本民族独立革命」の一環と位置づけるべきである。つまり「小沢一郎裁判闘争」を、無罪を勝ち取ることを主眼とする消極的な裁判闘争ではなく、小沢一郎裁判を通じて、日本の自立と独立を実現すべき「裁判闘争」と位置ずけ、積極的な闘いを継続すべきである。われわれ日本国民は、これまでにも、小沢一郎裁判を通じて多くのことを学びとってきたが、たとえば、アメリカ帝国主義の「走狗」となって小沢一郎批判を繰り返す怪しい日本人たちの正体・・・を学んできたが、これからも、小沢一郎裁判を民族独立戦争の一環として闘うことによって、さらに多くのことを、つまり誰が「裏切者」であり、誰が本当の「売国奴」であるか・・・を学び取ることが出来るだろう。
2012-05-09
指定弁護士たちが「控訴」を決定したらしい。しかし、元々、法哲学的にも、法理論的にも、この事件は明らかに、無意味な冤罪裁判であり、いわゆる政治裁判、言い換えれば人民裁判であるから、「なんでも有り」なのである。しかし、それにしても、世論を読み違え、世論の後押しがあると勘違いしているらしい「指定弁護士」という人種も、恐ろしいものだ。石原親子が世論を代表しているわけではない(笑)。これから、小沢事件の主役は、「指定弁護士」ということになろう。一体、この弁護士たちは、どういうつもりなのか。昔、「鬼頭史郎弁護士」とか、オウム真理教事件の「押し掛け弁護士」とか奇怪な、怪しい弁護士がいたが、この三人の指定弁護士たちも、その仲間入りということになるだろう。言うまでもなく、小沢裁判は、実質的に、一審の「無罪判決」で終わっている。小沢一郎は政治活動に専念すべきだろう。黙っていても無罪になるのは分かり切っている。(続く)
戦前の「司法庁」復活を目論む司法官僚たちが「小沢一郎潰し」を画策した張本人だという話があるが、本当か。怪しい人物として名前が挙がっているのは、政権交代選挙直前の肩書で言うと、法務大臣・森英介、法務官・早川忠孝、事務次官・小津博司、官房長・稲田信夫、官房審議官・黒川弘務、入国管理課長・西川克行・・・等である。特に、次期検事総長と言われる小津博司の最近の言動には注意が必要らしい。さて、僕は、国家や国力の強化は必要だと考える。しかし、国家権力の肥大化、強大化には必ずしも賛成ではない。国家や国力の強化は、司法官僚等の権限拡大によって達成されるとは思わない。警察国家、検察国家になることが国家・国力の強化につながるとは思えない。むしろ、逆であろう。アナーキズム的な自由は論外としても、国民や国民生活の自由や権利は、ある程度、確保されるべきだろう。それが、国力の強化につながる。
2012-05-08
今日、小沢側近の平野貞夫氏と対談。「月刊日本」の企画で、本日、平野貞夫氏と、政治家・小沢一郎や小沢裁判などを巡って、対談することになりました。僕は、政治家・小沢一郎が、潰れそうで、なかなか潰れないのは、「小沢側近」の元参議院議員、政治評論家、政治理論家・・・・の平野貞夫氏の存在が大きいのではないかと思っていました。小沢一郎は「物言わぬ人」であり、平野氏は「物言う人」です。おそらく、平野氏の存在がなければ小沢一郎は遅かれ早かれ、陰謀謀略に巻き込まれ、政治的に抹殺さた上に、人間的にも潰れていたでしょう。「物言わぬ人」と「物言う人」のコンビ。この微妙なバランスの上に、小沢一郎の持続する政治力の秘密があるように思われます。日露戦争の旅順攻撃隊の「物言わぬ参謀長・伊地知幸介」の例でも分かるように、「物言わぬ人」は、軍人であれ政治家であれ、 謀略的な「汚名情報」とともに、簡単に政治的に抹殺されます。そして、歴史には「汚名」だけが残されます。歴史とは、しばしば「物言う人」たちの歴史です。通俗時代小説作家・司馬遼太郎の「坂の上の雲」は、「物言う人」たちの残した資料に依拠しています。井口省吾満州軍参謀等の残した謀略的資料を鵜呑みにし、「 物言わぬ参謀長・伊地知幸介」に対する悪罵・罵倒を繰り返す司馬遼太郎の「坂の上の雲」というインチキ小説は、日露戦争で犠牲になった多くの戦死者たちの名誉のためにも、即刻、絶版にすべき本です。逆に「物言わぬ人」たちに注目し、「物言わぬ人」たちの再評価を試みたのが、「夏目漱石研究」で知られる、文芸評論家にして政治評論家でもあった江藤淳でした。異才・江藤淳が、小沢一郎という政治家を高く評価した理由の一つは、ここにあります。ちなみに、小沢一郎と江藤淳を結びつけたのは、平野氏だそうです。今日の対談では、江藤淳のことも話したいと思っています。「平野貞夫/山崎行太郎対談」の雑誌掲載は「月刊日本」6月号の予定です。(続く)
2012-05-07
「小沢裁判」の歴史と現在。政治資金規正違反事件としての「小沢裁判」は「無罪判決」で終わったと言っていいが、「小沢裁判」そのものは終わったわけではない。今は、一段落しているだけである。つまり「小沢裁判」とは、小沢一郎が生きている限り続くのだと見て間違いない。何故、そういうことになるのか。それは、政治家・小沢一郎の才能と資質を恐れ、警戒し、隙があれば小沢一郎を政治的に抹殺したいと考えている人間が、あるいは政治勢力がいるからである。たとえば、政権交代を実質的に潰すためには「小沢一郎」をつぶしさえすればいいからだ。言い換えれば、「小沢裁判」は単なる裁判ではなく、明確に政治裁判であり、政治闘争の一環としての裁判なのである。したがって、「小沢裁判」を、裁判の技術論や罪刑法定主義の「原理原則」を持ち出してきて、その不当性を告発し、批判してみても限界がある。「小沢裁判」は、法の原理原則を無視して、強引にはじめられた裁判である。国家権力とは、自らの権力を保持し続けるためには、何でもやるのである。
2012-05-06
大連のロシア人街で。しかし、建物が残るだけで、旅行者を含めて、ほとんどロシア人はいない。民族の興亡の歴史を見る思いが・・・。
旅順港を眼下に見下ろす白玉山山頂の「表忠塔」。東郷平八郎と乃木希典が、日露戦争戦死者を慰霊するために建てた慰霊塔。蝋燭の形をしている。素材は乃木希典の故郷、徳山の花崗岩が使われている。現在は、「白玉山塔」と呼ばれている。ところで、日露戦争は、われわれにとって「歴史」や「物語」の世界の出来事に過ぎないが、旅順に来てみると、それが、「血と涙の生きた歴史」であることを実感する。とくに「伊地知」や「鮫島」・・・などの名前を見ると、日露戦争に出陣した僕の故郷、鹿児島の青年軍人たちの多くが、ここに眠るのかと思い、感無量である。
白玉山山頂から見た旅順港。中国海軍の軍港。軍艦が見える・・・。
乃木希典とステッセルの「水師営の会見」の行なわれた建物の前で・・・。本来の建物は民家で、日本軍が野戦病院として利用していた。建物は、文化大革命の時代に壊されたらしい。現在の建物は、再建されたもの・・・とか。
2012-05-05
旅順の日露戦争激戦地・東鶏冠山頂にて。ロシア軍はここに、洞窟やトンネルえ堀りめぐらし、近代的な装備の、強固な陣地を築き、山頂には見張り台と砲台を設置して、旅順港を監視し、護衛していた。
似非エコノミスト・浜矩子の正体を暴く。「WILL」の6月号に、あの浜矩子が、「小沢一郎批判」を書いているらしい。「小沢一郎無罪判決」を喜ぶ小沢支援者たちを、TBSの「時事放談」で、上から目線で「信者」呼ばわりしたバカ女である。時事放談の次は、バカ右翼の掃き溜めとして有名な「WILL」とは、よくで来ている。浜矩子のようなバカ女の落ち行く先は、誰も相手にしないバカ保守の溜まり場「WILL」しかないのである。そう言えば、最近、書店の店頭に浜矩子の駄本が並んでいた。日本に帰ったら、暇な時にでも、立ち読みでもしてみるか。
2012-05-04
昨日から大連にいます。今日は旅順(中国の軍港)に行きます。昨年3月、外国人にも見学が開放されたらしい。大連と言えば「アカシアの大連」(清川卓行)。しかし、大連には、現在、アカシアは、ほとんど切り倒されたらしく、残念ながら、街中にあまり見ることは出来ない。
2012-05-03
指定弁護士たちの憂鬱。小沢裁判の無罪判決を受けて、これからの対応について、指定弁護士たちが、控訴するかどうかの会議を開き、その後、記者会見をし、もう一度、会議を開き、最終判断を決定するようだ。しかし、いずれにしろ、もし控訴するとすれば、「恥の上塗り」になることは間違いない。いまでも指定弁護士たちは、いい笑いものになっているのだから、これ以上やると・・・。ところで、これから中国の大連に向かって飛び立つ。
2012-05-02
アメリカの影ー江藤淳と小沢一郎。
2012-05-01
日本人よ、今こそヘーゲルとマルクスを読み直せ!!!・・・唯物論的転倒の哲学。
2012-04-30
江藤淳は、何故、「政治家小沢一郎」の才能と資質を絶賛したのか?
小沢一郎裁判とメデイア革命。東京地裁で「小沢無罪判決」が出たことで、「小沢裁判とは何であったのか」という総括と議論が、マスコミを中心に、ネット論壇も巻き込んで沸騰しているが、こういうマスコミ主導の総括と議論自体が、小沢裁判問題の本質を曖昧化し、隠蔽し、雲散霧消させる役割を持っていることを忘れてはならない。小沢裁判も小沢革命も終わってはいない。ネット論壇を含めて、マスコミに、安直に総括させてはならない。
2012-04-29
メルマガ「週刊山崎行太郎」最新号を配信しました。「小沢無罪判決」を特集しています。他に「ドストエフスキーとミシェル・フーコー」等です。
巨大マスコミの「集団自殺」とネット論壇の「台頭」。「小沢裁判」を通して多くのことが明らかになったが、その中でももっとも大きな問題は、マスコミという「メディア問題」であった。小沢裁判は「無罪」に終わったが、かつて、同じように政界最高の実力者が裁判法廷に引きずり出されるという「田中角栄裁判」があったが、「田中角栄裁判」と「小沢一郎裁判」の間の差異と落差もここに、つまりマスコミの問題にあったと言っていい。
2012-04-28
「小沢裁判」とは何だったのか?小沢一郎裁判は、結局、無罪判決で終わった。言うまでもなく、この無罪判決の意味は小さくない。しかし、むろん、判決の中身が問題なのではない。つまり無罪判決の理由を説明した判決文、たとえば「政治資金規正法に違反しているかどうか」「小沢一郎と秘書の間に共謀関係が成り立つかどうか」というような判決文の内容が問題なのではない。裁判官が、苦し紛れに、無罪判決を出さざるを得なかったという事実だけが重要なのである。
2012-04-27
ジェラルド・カーチスが「外国人記者クラブ」での「小沢裁判総括」会見で醜態をさらけ出した。昨日の記者会見の席で、記者たちが、カーチスに「CIA疑惑」を直接質問し、彼を慌てさせたようだ。カーチスは、「私がCIAという説は、陰謀論であり、クでラップ(ゴミのような話)」と、シドロモドロになり、醜態を晒したというわけだ。ところで、このカーチスが、アメリカの対日政策の現地代理人役を果たしていることは、小泉純一郎政権、菅直人政権時代に、 頻繁に官邸に出入りしていたことからも明らかである。関東学院大学卒の小泉ジュニアは、昨日も、「小沢一郎無罪判決」に対して、偉そうなコメントをしていたが、この小泉ジュニアを、アメリカの超名門大学コロンビア大学に留学させ、単位の取り方まで懇切丁寧に面倒を見てきたのも、実はジェラルド・カーチスであった。「偏差値47」の小泉ジュニアに、「(小沢無罪判決で、)政界の霧はますます濃くなりましたねえ・・・」などと 、大口を叩かせているのは、バックにジェラルド・カーチスがいるからである。小泉純一郎とその息子・小泉進次郎の存在感こそ、「政界の黒い霧」そのものと言うしかない。お笑いである。
2012-04-26
小沢一郎無罪判決!!!ついに小沢一郎裁判に「無罪判決」が出た。最高裁事務総局も裁判官も、ネット論壇を中心に異常に盛り上がって来た「小沢一郎支援」「小沢一郎無罪論」、換言すれば「検察批判」「最高裁批判」という「世論」の高まりに抗しきれなかったということだろう。
2012-04-25
「外国人記者クラブ」諸君に告ぐ。「小沢一郎裁判」における日本の「最高裁スキャンダル」と「小沢一郎殺し」の政治謀略を世界に向けて発信しよう。中国の「薄熙来事件」以上の大事件、大スキャンダル、大クーデターが、今、まさに、この日本で起きている。明日、「外国人記者クラブ」で記者会見予定のジェラルド・カーチスはCIAの情報提供者であり、手先だと言われている。カーチスこそ、小沢一郎という日本の有能な政治家を政治的に抹殺し、日本を奴隷国家にしようとしている、いわゆる「小沢一郎殺し」の張本人の一人なのかもしれない。「CIAへの情報提供者であり、手先・・・」であるカーチスの話を鵜呑みにしてはいけない。ところで、本日、森ゆうこ参議院議員と一般市民有志が、「小沢裁判」で暴露された検察審査会スキャンダルと最高裁スキャンダルを説明する英文レポートを作成し、外国人記者クラブで、一斉に配布したそうである。「外国人記者クラブ」に集う記者諸君、この英文レポートを熟読の上、明日のカーチス会見に臨んで欲しい。
松田賢弥と週刊文春と夕刊フジの接点。
2012-04-24
「小沢裁判無効論」。
2012-04-23
岩田温『政治とはなにか』出版記念講演会のお知らせ。
「月刊日本」ホームページに、五月号掲載の小生の「ドストエフスキーとミシェル・フーコー」がアップされています。ご一読を。
「外国人記者クラブ」で記者会見を開き、国際社会に向けて「検察審査会スキャンダル」と「最高裁スキャンダル」を情報発信せよ。先日の「小沢一郎政治裁判の不当判決を許すな!!!」国民集会で、外交評論家の天木直人氏が提案したことだが、「外国人記者クラブ」で記者会見を開き、国際社会に向けて「検察審査会スキャンダル」と「最高裁スキャンダル」を情報発信せよ、というプランは、面白いと思った。早速、関係者たちが「外国人記者クラブ」での記者会見実現に向けて動き回っているらしいが、「外国人記者クラブ」は、これまでも、しばしば「政変劇」の舞台になったところだ。もし、これが実現すると、とんでもないことになりそうだ。僕は、よほどの非常事態でない限り、外国のメディアや外国人記者、外国人記者クラブ・・・等を「頼り」にすることは、独立国家の国民としては避けるべきであり、どちらかというと嫌いである。しかし、日本のマスコミ、記者、ジャーナリストが「洗脳」され、「骨抜き」になり、「頼り」に出来ない以上、仕方がない。たしか、明治時代の暗黒デッチアゲ裁判として有名な「大逆事件」の場合も、日本のマスコミは沈黙したが、外国のメディアは、日本で「暗黒デッアゲ裁判」が行われているとリアルタイムで報道していたはずである。それにしても、日本という近代的な民主主義国家を、軍事独裁政権的な低開発・後進国以下の「暗黒裁判の国」に堕落させたものは、誰れか。司法合格だけが自慢の頓珍漢な「剛腕政治家」(笑)・・・気取りの仙谷由人か。そうかもしれない。しかし問題なのは、権力や体制、そして植民地の宗主国・・・に「洗脳」され、「御用文化人化」し、「奴隷ジャーナリスト化」したマスコミ、文化人、ジャーナリスト、学者・思想家・・・たちだろう。
2012-04-22
4・20国民大集会動画。「小沢一郎裁判の不当判決を許さない!!!」国民大集会が文京シビックセンター大ホールで行われました。その時の様子が、youtubeで動画が見れますので、以下に紹介します。どうぞご覧になってください。
「検察審査会の会議は開かれていなかった・・・」疑惑が、いよいよ政治の表舞台で明らかにされる時が来た!!!
2012-04-21
「小沢一郎政治裁判を許すな」国民大集会に行って来ました。
2012-04-20
「小沢一郎支援」国民大集会会場から…。
江藤淳と小沢一郎の「独立革命論」・・・。
本日、4月20日「STOP!権力の暴走」国民大集会「小沢一郎政治裁判の不当判決は許せない―」が開催されます。本日は、小生も参加(登壇)予定です。「小沢一郎問題」に関心のある方は、是非、文京シビックホールへ。
メルマガ「週刊・山崎行太郎」第80号を送信しました。このメルマガでしか読めない「≪連載≫政治評論家・江藤淳とその時代」は今回は「江藤淳は素朴な反米主義者ではない。」です。他に「中国の権力闘争の続報」「『波打ち際』の文学と哲学」などが主な内容です。購読希望者は以下のアドレスから登録してください。
緊急連絡ー「江古田哲学研究会」のお知らせ。今月も、第三土曜日、4/21(土曜日)、午後六時からです。参加希望者は、メールで問い合わせてください。
2012-04-19
「小沢一郎裁判」と「ポスト植民地主義時代」の政治構造。
メルマガ「週刊・山崎行太郎」第80号を送信しました。このメルマガでしか読めない「≪連載≫政治評論家・江藤淳とその時代」は今回は「江藤淳は素朴な反米主義者ではない。」です。他に「中国の権力闘争の続報」「『波打ち際』の文学と哲学」などが主な内容です。購読希望者は以下のアドレスから登録してください。
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2012-04-18
「ドラえもん」を哲学的に読み解く。
メルマガ「週刊・山崎行太郎」第80号を送信しました。このメルマガでしか読めない「≪連載≫政治評論家・江藤淳とその時代」は今回は「江藤淳は素朴な反米主義者ではない。」です。他に「中国の権力闘争の続報」「『波打ち際』の文学と哲学」などが主な内容です。購読希望者は以下のアドレスから登録してください。
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2012-04-17
お笑いコンビ・仙谷由人と枝野幸男に原発問題処理能力なし。本人たちが自覚しているかどうか分からないが、仙谷由人と枝野幸男は、野田佳彦「ドジョウ踊り総理」に続いて国民の「笑いもの」になりつつある。野田佳彦が、「消費税は絶対に上げません。」とまくしたてながら、誰に洗脳されたのか知らないが、あっさり前言を翻し、またたくまに今度は消費税増税に「命を賭ける」と宣言し、トジョウ総理らしく迷走に迷走を繰り返し、国民の格好の「お笑いネタ」になっているわけだが、今度は、仙谷由人と枝野幸男が、国民の格好の「お笑いネタ」になりつつある。枝野幸男の場合。「原発の再稼働には私も反対だ」と言っていたかと思うと、舌の根も乾かぬうちに、なんと今度は「原発再稼働へまっしぐら宣言」。仙谷由人。東電の次期会長選びを、「剛腕」をふるいながら一人でしきっていると言われている仙谷由人。昨日か一昨日か、「原発再開がなければ日本は集団自殺だ」と、威勢よく発言したまではよかったが、今日は、民主党内の議員たちに袋叩きにあってサンドバッグ状態・・・。枝野幸男にしろ仙谷由人にしろ、「小沢一郎」を気取って「剛腕」を気取ってみたが、お気の毒に、すぐにメッキが禿げるという悲喜劇が繰り返される。しかし、フクシマ原発事故後、一年しか経っていないこの時点で再稼働なんて、誰が考えても無理というものだろう。僕は「反原発」でも「脱原発」でもないが、今、この時点で、目前にちらつく巨大な電力利権に目が眩んだのか、大慌てで「原発再稼働宣言」なんて、馬鹿も休み休み言え、と申し上げたい。「慌てる泥棒はもらいが少ない」ということも知らないようでは、利権政治家も失格である。もっとましなことを考えてくれ。国民の税金が無駄になるではないか。しかもまたまた、関西電力大飯原発3、4号機(福井県)再稼働に向けた野田佳彦首相と枝野幸男ら3閣僚による協議の「議事録なし」・・・だと。
メルマガ「週刊・山崎行太郎」第80号を送信しました。このメルマガでしか読めない「≪連載≫政治評論家・江藤淳とその時代」は今回は「江藤淳は素朴な反米主義者ではない。」です。他に「中国の権力闘争の続報」「『波打ち際』の文学と哲学」などが主な内容です。購読希望者は以下のアドレスから登録してください。
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2012-04-16
検察審査会議決は「架空議決」だった。小沢一郎を「強制起訴」した検察審査会11名の審査会委員は存在しない、ということが、関係者の証言から明らかになった。多くの人が予想した通り、検察審査会は開催されていなかった。といいことは、検察はとんでもないインチキ組織ということになる。即刻、解体すべきである。
2012-04-15
中国権力闘争「重慶事件(薄熙事件)」の続報です。英国人殺害の主犯として、薄熙来夫人の谷開来の死刑がほぼ確定したようだ。一説には、薄熙来の「国民的人気」を考慮して、決定的な罪は免れるのではないかと思われていた薄熙来本人も、死刑か無期懲役は免れない状況のようだ。「政治家」という存在の、危険性と過酷さを、あらためて感じる。つい昨日まで、中国政府の最高指導者の一人として「政治局常務委員」がほぼ確定と言われていた人が、あっという間に犯罪者の烙印を押され、夫人もろともに「死刑」・・・、というのだから・・・。薄熙来夫妻は再婚のようだが、家族写真を見ても分かるように、谷開来夫人は、才色兼備の弁護士で、もし何事もなく、夫の薄熙来が中国政府の「政治局常務委員」として活躍し始めたら、間違いなく、新しい中国女性を象徴する存在として国際社会でも注目されることになっていたはずである。すでに海外メデイアでは、「中国のジャックリーン(故ケネディ大統領夫人)」と呼ぶところもあるらしい。ちなみに、谷開来は、一見、何不自由なく育った裕福な家族の出であるかのように見えるが、そうではないらしく、文化大革命で、両親も四人の姉も命を奪われ、苦難の人生を送ってきた人だというのだから、皮肉なものである。小学校もろくに卒業しないまま、たまたま習い始めた琵琶で才能を発揮し、その美貌もあって、天才的な琵琶演奏家として有名になった。やがて北京大学に、その類稀な「文才」を評価され、入学する。数学の答案は白紙だったとも言われている。やがて妻子持ちの薄熙来と出会い、結婚。弁護士資格を取得し、英語にも堪能なことから、国際弁護士として活躍し始める、というわけである。ところで、重慶事件が発覚する原因も、実はこの夫人にあった。英国人ビジネスマンが殺されたことから、この事件は始まったが、その殺人事件の容疑者として浮かび上がって来たのが谷開来だった。英国人ビジネスマンと谷開来は愛人関係にあったとう情報もある。いずれにしろ、そこで、もう一人の主役が登場する。重慶で、薄熙来の片腕として、また「打黒政策」の責任者として「マフィア狩り」に活躍していた重慶副市長、そして公安局長の王立軍。王立軍が、谷開来の捜査に乗り出したことから、この事件は急展開する。子分の王立軍が、妻の谷開来を捜査し始めたことを知った薄熙来は怒り狂い、王立軍追放に乗り出し、逆に身の危険を感じた王立軍が、アメリカ大使館に逃げ込み、すべてを暴露する。
2012-04-14
野田内閣支持率21・7%に下落。「時事通信」の調査によると、野田内閣支持率はまた下落したのだそうである。明らかに、これは、日本国民が、野田が「不退転の決意」で、「命をかけている」と宣言して取り組んでいるところの狂気の政策、つまり「消費税増税」なるものに拒否反応を示しているということだろう。しかし野田本人は、政権の存続さえ危ぶまれる状況に追い込まれている、この「支持率下落」も、痛くも痒くもないらしいから驚きである。これは、野田政権が、国民の意向など眼中にない、つまり「宗主国アメリカ」の顔色ばかり伺っている典型的な「ポスト植民地主義政権」だということだろう。早く、植民地支配の現地代理人・野田を、政権の座から引き摺り降ろさなければ、消費税増税だけではなく、何か大変なことが、たとえば日本国民の反乱と抵抗を前にして、慌てふためいた奴隷政治家・野田が、宗主国アメリカが命ずるままに、「銃口を日本国民に向ける・・・」というような不測の事態が起きないとも限らないだろう。今、まさに、日本国民の良識と気概が試されているのだ。日本国民は、これまで、政権を、一年そこそこで、次々と引き摺り降ろしてきた。「首相がコロコロ変わるのはよくない」と、それを批判する向きもあるが、僕は、逆に、それは、日本国民の政治的感覚の健全性を証明するものだと思う。植民地主義的な奴隷政治家であることが明らかになれば、その時点で、速やかに政権の座から引き摺り降ろすのは、決して悪いことではない。少なくとも、今のような、「小沢一郎抜きの民主党政権」ならば、即刻、潰すべきだ。
早瀬善彦君の書評(岩田温著『政治とはなにか』)が届きましたので、掲載します。ご一読ください。早瀬君は、現在、京大大学院博士課程在学中で、日本保守主義研究会機関紙「澪標」の編集長です。
2012-04-13
小沢一郎とドストエフスキー。ドストエフスキーの『地下室の記録』を読む。かって『地下生活者の手記』とか『地下室の手記』とかいう題名で訳されたドストエフスキーの特異な作品があった。ドストエフスキーの作品の中でもひときわ風変わりな作品で、ドストエフスキー愛読者なら例外なく取り上げる作品である。たとえばアンドレ・ジッドは「ドストエフスキーを解く鍵」となる作品であると言っている。その作品=小説が、ドストエフスキーの長編小説『カラマーゾフの兄弟』の新訳で、大ヒットをとばし、ドストエフスキー・ブームをもたらした亀山郁夫によって、新訳が試みられている。文芸誌「すばる」に掲載されているので読んでみたが、「邪悪なる精神」とでも言うべき過激な思考力があり、かなり面白い。最近の日本の論壇や文壇、ジャーナリズムには、凡庸な「正義」「愛」「道徳」「善意」・・・があふれているが、それらの「偽善的言説」に対する厳しい批判がない。つまり、ドストエフスキーが『地下室の記録』で描き出したような、理想主義や社会正義、欺瞞だらけの美辞麗句・・・への批判、罵倒、呪咀・・・、つまり「邪悪なる精神」がない。ドストエフスキーの『地下室の記録』は「わたしは、病んだ人間だ・・・・・・わたしは、底意地が悪く、およそ人に好かれるような男ではない。肝臓でも悪いのではないか、思う。」というような奇妙な文章で始まる。しかし、言うまでもなく、この「およそ人に好かれるような男ではない」という男が、多くのドストエフスキー愛好家を引き付けてやまないのだ。何故か。こういう邪悪な人間にしか理解できない真実、あるいはこういう意地悪な人間にしか表現できない真実というものがあるからだ。「当時、わたしはまだ24歳という年頃だった。暮らしぶりといえば、その当時から陰気くさく、だらしなく、凄まじいくらいに孤独だった。だれとも付き合わず、おしゃべりも避け、ますます自分の穴倉に閉じこもることが多くなっていった。・・・」 あるいはこんな文章もある。「それにしても、ご存知だろうか? わたしはこう確信しているのだ。つまり、わたしたち地下室の住人は、しっかりとタガをはめて押さえつけておかなくてはならない、ということだ。彼らは、たしかに地下室で40年間、黙って閉じこもっていられるが、いったん世間に出してみろ、もう、タガが外れたようにしゃべりまくる、しゃべりまくる、しゃべりまくる・・・・・・」 僕は、高校生の頃、これらの文章を読んで、文学というものは凄いものだと感じた。そこから僕の「文学」と「思想」は始まった。今さら言うまでもなく、日本人はドストエフスキーが好きである。日本の近代文学の歴史とはドストエフスキー愛読の歴史だったと言っても過言ではない。二葉亭四迷から小林秀雄、大江健三郎、三島由紀夫まで・・・、ドストエフスキーに影響を受けなかった文学者はいない。しかし、繰り返すが、最近の文壇や論壇、ジャーナリズムの言説にはドストエフスキー的なものが欠如している。ドストエフスキー的なものとは、この『地下室の記録』にあるような「邪悪な精神」である。たとえば、小沢一郎という政治家を論ずる言説に、「善」や「正義」はあふれているが、「邪悪な精神」「邪悪な思考力」はない。「政治家は聖人君子である必要はない」「金権政治家の何処が悪いのか」「無能な善人政治家こそ政治家失格ではないのか」・・・というような「邪悪な精神」故に真実に近い言説がない。大震災や原発事故を語る言説にもそれはない。「フクシマ原発事故の被災者、避難民は、毎日、パチンコばかりしている・・・、避難受け入れ先の住民に嫌われている・・・」というような邪悪なる言説は、あるいはアイロニカルな言説は、それゆえに真実に限りなく近いはずの言説は、封印され、隠蔽される。(続く)
2012-04-12
4月20日「STOP!権力の暴走」国民大集会「小沢一郎政治裁判の不当判決は許せない―」からのお知らせ。当日は、小生(山崎行太郎)も参加予定です。
薄熙来の政治生命は完全に絶たれた。その一方で、胡錦濤 の引退後も、つまり習近平体制下でも、薄熙来事件処理で存在感を増した胡錦濤 の「院政」の可能性が高まったと見られる。つまり、国家主席の座は習近平に渡すが、人民軍軍事委員会のポストにはそのまま居座り、「習近平体制下でも睨みをきかせる」ということになるのではないか・・・というわけである。さて、中国国営新華社通信は、11日未明、規律違反で共産党政治局員などの職務停止となった薄熙来(前重慶市党委書記)をめぐる事件について、次のように論評したもようだ。「胡主席の果断な決定」「胡錦濤同志(国家主席)を総書記とする党中央が果断な決定を下し、突っ込んだ調査と厳粛な処理を行った」・・・。それにしても、中国共産党内部の権力闘争の奥は深い。今秋の「18回共産党大会」で「政治局常務委員」が確実と見られ、習近平(国家出席)、李克強(首相)に続く第三の指導者の地位が予想されていた薄熙来が、瞬く間に政治生命を絶たれるのだから、政治家の権力闘争というものは、恐ろしい。薄熙来の失脚が明らかになると同時に、薄熙来が1990年代に市長を勤めていた「大連」でも、薄熙来人脈の実業家で、薄熙来の息子の英国留学の面倒を見てきたと言われる「大連実徳集団」会長・徐明が拘束・逮捕されたという。それと同時に、薄熙来事件の発火点である重慶では、薄熙来人脈の大粛清が始まったらしい。無論、中国共産党次期指導者たちをも巻き込んだ今回の政変劇が、このまま終熄するとは思えない。薄熙来の後ろ盾だったと言われる江沢民一派や、現政治局常務委員の周永康らの動向が気になるところだ。
2012-04-11
中国権力闘争の渦中にある薄熙来夫妻とその息子。胡錦濤=共青団一派と習近平=江沢民一派との権力闘争を背景にした重慶事件は、薄熙来とその妻で弁護士会の谷開来、そして薄夫妻の息子で、英国オックスフォード大学政治哲学部留学を経てハーバード大学大学院に留学中の薄瓜瓜を巻き込んだ凡庸な「薄熙来一族スキャンダルl」に矮小化されつつあるが、この権力闘争において、政権交代を目前にした習近平=江沢民一派が、手痛い打撃を受けたことは明らかである。さて、この一連の重慶事件が勃発した時点で明らかになったのは、重慶書記の薄熙来のマフィア組織取り締まりであり、その行き過ぎという問題だった。つまり、薄熙来のマフィア取り締まりの矛先は、胡錦涛派閥の重慶前トップ・汪洋に向かっていた。実は、今回の政変の中心人物は、この汪洋だったと言ってもいい。汪洋は、現在、広東省トップだが、習近平=江沢民一派が、胡錦濤 一派の重要人物である汪洋の失脚 、そして胡錦濤一派一掃を狙っていたからである。が、「重慶のマフィアをはびこらせたのは汪洋の前の重慶のトップ、習近平=江沢民一派の賀国強だったー」とする胡錦濤 派の巻き返しにより、結果的には胡錦涛の「団派」(中国共産主義青年団出身者による派閥)の汪洋のみならず、賀国強、曾慶紅、張徳江など習近平=江沢民派の「上海組」の大幹部たちにも波及してしまった。したがって、薄熙来は、胡錦濤 一派からだけではなく、仲間であったはずの習近平=江沢民一派からも恨みを買うはめになってしまい、両派から切り捨てられることになってしまったというわけだ。今、現在、薄熙来の文化大革命的な煽情的大衆運動を連想させる「政治手法」や、薄夫人・谷開来の「個人的なスキャンダル (英国人ヘイウッド氏殺害犯として逮捕?」に関心は移りつつあるようだが、この重慶事件は、あくまでも現国家主席・胡錦濤 一派と次期国家主席・習近平一派による権力闘争だったのである。特に薄熙来の政治行動の背後に江沢民一派がいたことは明らかで、薄熙来夫妻が逮捕されたり拘束されている現在、江沢民一派が追い詰められていることは言うまでもない。一部には、北京市内に軍車両が登場し、内乱が発生、という情報もあるぐらいだ。いずれにしろ、中国共産党内部で、今、何か深刻な事態が進行しつつあることは否定できない。(続く)
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