Andante dolcemente アンダンテ ドルチェメンテ

ページビュー
58862

2017-01-01

Andante dolcemente

あけましておめでとうございます。

新しい年がスタートしました。

今年もよろしくお願いいたします。

さて、昨年から、ダルクローズリトミックの研究会を立ち上げ、そちらのブログも開設しました。

小倉山だより
http://d.hatena.ne.jp/dolcissimo+sakurasakurayayoinosoraha/20170101
こちらは主に研究会関係の連絡やお知らせで、

そしてこちらAndante Dolcementeは音楽の話、と言う事にしていたのですが、
結局どちらも音楽に関する事が中心になりますので、今年からは「小倉山だより」一つにしたいと思います。

こちらは、当分の間、お休みします。
この、タイトルAndante dolcementeは自分でも気に入っていたのですが、4年間くらい続けられたので、これで良かったと思います。

私の状況も少しずつ変化してきているのです。

結婚・出産が遅かった私は、子供の成人がほぼ私の還暦、よし!私は60歳から仕事を増やすぞ!とずっと思ってきました。

今実際その年になってみて、思ったよりは動けてないのですが、それでも仕事や勉強にもうひと頑張りしてみたいと思っています。

dolceと言う楽語は、良くロマン派の音楽に登場します。dolcementeもほぼ同じ意味です。

甘く、やさしく・・・・

もう詳しい事は忘れたのですが、いつかのどこかの、歴史に残るような人が「人生は甘露の味」みたいな事を、どこかのなにかに書いていて、それが、たとえ過酷であっても・・・という但し書きつきの「甘露」であったように記憶しています。

まだ私は若かった・・でも、心に残っていました。

だから、dolceという言葉はその「甘く」という訳が転じて「人生=甘露の味」につながります。

いつかその味が判ってみたいものです。

では・・

2016-10-16

いつまでも若く

ボブ・ディラン氏、ノーベル文学賞受賞


特に大ファンだと言う事ではない。

でも、ある詩に深く感銘を受けた事があって、今も時々思い出している。

まだ若いころ、といっても、30歳前後だったと思う。

ある年のクリスマスに、友人が私にこの詩を書いたカードをくれた。

(今思えば、その頃の私を見ていて、これを読んだ方が良いよ、と思ったのかな?)




いつまでも若く Forever Young

神様が君を祝福しいつも見守ってくれますように
君の願いが全て叶いますように
君がいつも誰かの為に尽くし
誰かが君の力になりますように

君が星へと続くハシゴをつくり
その1段1段を登っていけますように
君がいつまでも若々しくありますように

君が正義感をもって育ちますように
君が誠実な人間に育ちますように
君がいつも真理を知ることができ
君を包んでくれている光に気づけますように

君がいつも勇気をもち
背筋を伸ばし力強くありますように
君がいつまでも若々しくありますように

君の手がいつも忙しく動いていますように
君の足がいつも迅速に動いてますように
強くゆるがない信念をもちましように
変化の風向きが変わろうとも

君の心がいつも喜びで満ちていますように
君の歌がいつも歌われいますように
君がいつまでも若々しくありますように


あれから約30年、星へと続くハシゴを、半分以上登った。

問いかけ続ける言葉に出会えた事に感謝。

2016-10-11 ようやく・・

ようやく涼しくなり、私の体は喜んでいる(*^_^*)

地球のためにはどうだか判りませんが、私は個人的には・・温度は20度イラナイ、と思っています。

しかし、周囲の方々は、体感温度が違うのか?  もう寒いって・・・
昨夜は町内会の会議があったけど、もうダウンを着てこられている方がいた!

ところで、さっぱり、このブログの更新が出来てません。

春からダルクローズ・リトミックの研究会をスタートさせて、それに存分に時間をエネルギーをかけたいと思っている。

頭の中は常に音楽の事がある。

和声法の勉強のテコ入れや、小品の作曲などもスローペースで続けている。
それは、私のこれからの指導に役に立つので、重要なインプット。

ジャズピアノも手をつけた。前々からやってみたかった。還暦を機に、この時期を逃したら、始められないかもと思い立った。
一番手こずっているし、時間もかけていられないけど、これは古希を目指してのまだまだ序奏なので、先生には悪いけど、いいか・・ジャズの教室では宿題しないふまじめな生徒と化しています。でも楽しい。私の印象では、ジャズ素顔のままでクラシックは、曲にもよるけど、時に女優(精神的にですよ)

ちなみにジャズを聴く耳はものすごく中途半端と自覚。
前回、先生がここはこうやって・・と弾いてくれたのが。ものすごくかっこよかった♡と思ったのに、その「印象だけ」が残っていて、全然真似できない。
私の場合、聴くだけで、聴けるようにはならないって事。それは今までもそうでした。
ちゃんと弾いて、分析してみないと聴こえるようにならない。

そして両親が揃って90越え、年に4回くらいは札幌に帰省しているが、もう少し回数増やそうかなと考えたりしている。母がこないだ、しみじみ、後何回会えるのかしらね〜と言った。
でも、私だってこの年。2泊3日で飛行機に乗って行き来するのが、体力的にしんどくなってきた。(もともと乗り物に弱いので体にかかるストレスは大きい方なのではないかなと思っているのですが?)

などなど、時間の「使いで」が目減りしているので、使い方を本当に考えないとなぁと思う。

こういうわけで更新は滞りがちです。

でも、METライブビューイングの季節がもうすぐ始まる。
まえは10演目制覇!とか思っていたけど、次期は、Rシュトラウスの「薔薇の騎士」は外せないとして、他は厳選チョイスで行きます。

また観られたら音楽の事、書いてみたいと思います。

2016-08-26 アントネッロを聴いて

まだまだ暑いけれど何とか耐えている。

酷暑の時間帯は極力出歩かないで体力を温存しつつ、筋トレなどを地味にやって、秋になった時に困らないようにしたいものだ。


OTTAVA Mallの古楽アンサンブル「アントネッロ」のが面白かった。

http://ottava.jp/mall/anthonello.html

戦国時代には、宣教師が来て、それと同時に南蛮の音楽も伝来したはず、という事。

来たのは宣教師だけではない。

船乗りたちは、航海の無聊を慰めるために、歌ったり踊ったり奏でたりしたに違いないと推察される。

良く考えたら当たり前ではあるけど、そうか!という思いがする。

そして当時のヨーロッパは、まだバロック時代にもなっていない。

私がある時期、好んで聴いていた「古楽」の時代である。

それらのCDは私の好きな物が多いし、とても役にたった。

音の素材は旋法であり、リズムは不等拍、変拍子、不等フレーズに満ちている。

ビートのない、追分節のようなものもあれば、思わず体が動いてしまうようなダンサブルなものもある。私は後者の方に特に惹かれた。

多くは歌があり、そう多くはない、素朴な弦楽器管楽器打楽器で奏でられている。

リズム面では、2の倍数の小節フレーズに慣れ切っていて、不等拍や変拍子の経験の少ない私たちには、ある面難しい?

しかし、全体の構成は、素朴で大曲ではないので、わかりやすい。

つまり、私たちの経験の少ない「不等拍」やら「不等フレーズ」「変拍子」などの音楽的要素を勉強するには、適しているのである。

その、戦国時代に伝わった音楽が日本に影響し、古謡や民謡などの大衆の音楽にも影響を与えたかもしれない、と推察されている。

当時の日本の民衆が面白がって珍しがって見聴きして、やってみたり真似したりしたに違いないと言うのだ。

今、今の私たちが、「昔の日本の音楽」と言っているものの中には、その時代に受けたヨーロッパからの影響が含まれているかもしれない、というのだ。

さらに、その後「鎖国」があって、バロックや古典派の時代の音楽は伝来しなかったので、その時代の影響は受けていない。

機能和声の音楽の洗礼を受けなかったのだ。

そういう話ってすごく面白い。もしそれが入ってきていたら、日本人も違う耳を持っていただろう。

色々と客観的に見るヒントになる。

それよりなにより、アントネッロの音楽が大変魅力的で、すごく惹かれている。

そのほかの話もとても面白かった。

河童と言うのは、実は、隠れキリシタン時代に、かくまわれていた宣教師のことかもしれないという仮説とか・・。

ザビエルはげに高い鼻、日本人にはない大きな目・・

アントネッロの音楽をもっと聴きたくなった。

一番聴きたかった「天正遣欧使節の音楽」というCDが絶版で、お値段が高騰しているのが大変残念、もっと上がらないうちに買おうかな、どうしようかな・・・・



こないだは、日曜美術館で、ルネサンスからバロックにかけてのイタリアの画家、ティントレット(有名なティントレットの息子のドメニコ・ティントレット)の描いた、天正遣欧使節の一人(伊東マンショ)の肖像画が紹介されていた。

大航海を経て2年半かけてヨーロッパにたどり着いた少年たち、あっちで、日本には謡曲とか雅楽があってとか、お琴や笙の笛や琵琶(私は歴史に強くないのですが、能はすでにあったはずだし、琵琶もあったはず、その琵琶だって大陸から伝来したものだ。壮大だなぁと改めて感じる)を伝えたりしなかった・・・のかなぁ、そういう使命を担ってはいなかったのかなぁ、と妄想する。

こういう事だって、ちゃんと勉強する気になったらもっと深められる方法はあるだろう。

2016-07-31

きょうきょうきょう

昨日は、京都市交響楽団定期演奏会だった。(今日、京響というコピーがあります)

今年度から、土曜セレクトコースに入会した。奇数月の土曜日に、つまり年に6回、生オケ聴きます、今回で2回目。

ここ数年は、午前に気楽に聴けると言う事でMETライブビューイングでせっせと通う、「オペラの時代」だったけど、オケももっともっと聴きたい。ジャズも聴きたい、弾きたいと何とも気の多い私なのですが・・・


さて、今回は、アメリカの若手の指揮者ユージン・ツィガーンさんの指揮で、シューベルトの「未完成」とマーラーの第5でした。

どちらも良く耳にする曲だけど、生で聴いたのは初めてか、うんと久しぶりだったと思う。

独身の末期の頃、某オケの定期会員だったから、もしかしたら聴いてたかもしれないけど、その頃の事は忘れている。

オーケストラ、当たり前と言えば当たり前ですが、生で聴くと、格段に「面白い」

まず音が立体的(これは私の日ごろの音楽環境が悪いというせいもあります)なので、各楽器の絡みがとても面白く聴ける。そして、同じ空間で鳴っているので、空気を通じて自分の体全体で音を受け止められる。

マーラーの第5は、験攵呂痢屮▲澄璽献Д奪函廚あまりに有名で、私もまずこれが好きになった。

マーラーは、曲相が変化に富み、しかも、「この一瞬!」「これだけのために」みたいに打楽器が一つの音を鳴らしたり、とにかく、一瞬一瞬、本当に面白い。

しかし演奏は、どうだったのか? 

想像するに、外国から指揮者招いて、どのくらい合わせられるのだろうか?そんなには出来ないだろうと思う。こんなに仕掛けの多い曲のアンサンブルって難しいんだろうな〜と思う。

指揮者のやりたい事が全部出来るわけでもないのだろう。

独奏が輝きを放つ場面では、その人の力量で確かに輝く。たとえば1楽章のトランペット

しかし、アンサンブルとしてはどうだったのか?もっとがつ〜〜んと来てほしいところもあったし、なんだかエネルギーが落っこちたみたいに感じたところもあった。

でもでも、私の耳はまだまだだ。自分の感覚は大事だけど、ちゃんと聴けてないかもしれない。

そこで、他のオケの演奏も聴いてみたいなと好奇心が湧く。そして、ちょっと調べたら

あった

秋に大フィルがエリアフ・インバル指揮でマーラーの5番を定期でやる。カレンダーにチェックを入れた。

ところで、生で聴く楽しみとしては「見る」ことにもある。

団員さんの体の動きが見える。

海外のプレイヤーが日本のオケに入団して、その違いに驚く事の一つに、

日本のオケの人、体を動かさない。Why Japanise?!なのである。

私の席は、オケに向かって左よりなので、ファースト・ヴァイオリンの手前の人は、横から良く見える。

前から4番目くらいの女性、座り方がきれいだ。座骨がしっかり椅子に上に乗り、しかも、その上下が自由な感じ。音楽のエネルギーと共に、体が自然にしなったり、上に伸びたりしている。全身で音楽を感じているのがわかる。そして決して無駄に動いていない。美しいなと思ってみている。

しかし、そうでない人もいる。手しか動いてない感じがする。リズムが感じられない。

指揮者パッションに反応できてるのか?すべての楽団員が、指揮者の感じるままに、全身で感じられたら、ものすごい音になるのかもしれない。

私自身が、体がとても動きが悪くて、ここ10年ほど、関心を持って練習しているけど、体をしっかりさせていくと、反能力が高まるという事を実感している。

ボディ・マッピングの先生が「リズムは『下半身』から感じられなければ」と言った時、本当にそうだと思った。しかし、今はゆるぎなく「そう!」と思えるけれども、以前の私なら、その事を理解できなかったと思う。

そして、その事は長年やってきている、ダルクローズの根幹でもあり、ばっちり、つながった。

体重の移動を伴ってこそ、筋肉感覚でリズムを感じる事ができる。でも、動きやステップが、ダラダラふわふわしてると、感じる事はできない。ダルクローズを始めたばかりの頃の私はそうだった。何しろ歩き方が悪かった。不必要に大股で、ゆれていた。

そうなると、視点は「からだそのもの」に向かっていく。

ああ、はてしない

ところで、今度はもっと良く見えるようにオペラグラスを忘れずに持っていこうと思っている。