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2018-06-15

★湯に溶ける万緑

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忘日、久し振りに温泉に行く。

あきる野市の「瀬音の湯」。五日市の街から檜原街道を山に入った秋川の渓谷沿いにある。

絹糸のような雨粒がフロントガラスをしっとり湿らせて、向かう山には霧が立ち上っている。

天気は優等生の如き「晴れ〜」がいいとは限らない。煙霧、また幽玄ではないか。



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平日、雨、さすがに空いていてのんびりと湯船につかる。

すべすべとした湯の感触が体を包み込んで、幽かに硫化水素のような香。

内湯は源泉かけ流し、と書いてあるが、ほんとかな? 湯が溢れていないような。

大きなガラス窓の向こうに緑がいっぱいに広がる。



外にある小さな露店風呂に入る。

ようやく感じられるほどの雨が頭に降りかかっているが、気にするほどのことはない。

体を沈めると、眼の前の生き生きと鮮やかな緑が雨に溶けて湯の中に滴っているようだ。

奥の山に目を転じると白い霧がゆらゆらと立ち上って水墨画を思わせる。



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何も言うことはないのではないか!

ただ黙って湯につかり、黙って緑をうち眺めて、それでもう十分だ。



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サウナに入ったり水風呂に飛び込んだりまた内湯に浸かったり、小一時間。

さすがに十分以上に堪能したので、休憩所へいく。

休憩所の外側に緩やかに弧を描いて、板張りのテラス。寝椅子が20個ほど。

ここにも滴るような緑、雨に濡れた緑は一層美しい。



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2018-06-05

★東京最後の清流の2

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東京最後の清流と言われる黒目川と落合川を辿っている。

東久留米駅(東京)近くの黒目川を下って両河川の合流点を過ぎ、今度は落合川を遡って東京では稀有と思われる南沢湧水を経て、いま六仙公園で昼飯を食した。
そしてまた落合川の岸辺に戻る。子供たちが川に入って無心に遊ぶ姿を見るのはとても気持がいい。




それで少々歩いて落合川の源流点に到着。看板には「一級河川・落合川・源流域・東京都」と書いてある。が、その先は草茫々で川らしき姿は見えない。橋の下にわずかに水たまりがあるだけ。
湧水は枯渇しているのではあるまいか? 清流は何時まで清流でいられるか?


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さて、落合川の源流点を確認したからには、今度は黒目川の源流を目指さねばならぬ。
ここで少し問題がある。というのは、ここから所沢街道を北上して黒目川にぶち当たらねばならない。街道は車ぶんぶん、見るものもなくただただ暑いだけ、やむを得なければやむを得ない。




で、街道と大きな道路(名を知らず)の交差点まで来て、そのちょい東側の橋で黒目川と再会。
やあ、また会いましたね、今度は浮気をせずにあなたに寄り添って行きますよ。
黒目川のここから下流域には今朝歩いたような立派な遊歩道が両岸に整備されている。


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ところが、ここから上流域のほんのちょっとの間は遊歩道がない。
その代わりと言っては変だが、大きな道路の途中に氷川神社があって、黒目川は神社の裏側をぐるっと回っている。氷川神社に到着。


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さっきの南沢湧水の近くにも氷川神社があったが、どうも氷川神社というのは水に関係する神様のようだ。考えてみれば、今までに見聞した氷川神社はみな水、または川の近くに鎮座ましましていた、ような気がする。神様には日ごろほとんどご縁がないが、こう考えると面白い。




そして、少し歩いて黒目川の遊歩道がある。
とてもきれいに整備されていて、人々の憩いの場になり、ジョギングのコースともなっている。
水辺をこのように整備するのは、とてもいいことだと思う。たとえそれが高度成長期の、河川なに構わず埋め立てろ、の免罪符であったとしても・・・


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程なく第十小学校の裏手に出たが、ここでは川が干上がってしまい水の面影はない。大丈夫か? 黒目川源流域。
しかしここでは、黒目川に沿ってとても立派な木道橋が整備されている。たぶん、子供たちにこの川の清流を見せるためだろうと思うけれど、肝心の流れがないのでは如何とせん。


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その先は森の中に入って、しかし遊歩道は続く。
ひんやりした木陰の道だけれど、もはや夕方、暑さは去った。森の中では木々の緑と傍らの紫陽花が美しい。ゆったりと散歩する人と行違う。静かなそして落ち着ける夕まぐれの時刻。


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森の中から出て竹林と雑木林の遊歩道を行く。
いよいよ最終段階、先の方にトイレの小さな建物が見える。そこで遊歩道はお終い、向こうは新青梅街道、車の響きが伝わってくる。嫌な音だなあ!


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青梅街道に架かる橋の下に、黒目川源流の水がほの見えるが、流れはない。枯れていると言っていいのだろう。車ガンガンの新青梅街道の先は、小平霊園の”さいかち窪”、この鬱蒼とした森が黒目川の源流点だ。


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新青梅街道を大急ぎで突っ切って”さいかち窪”の森に入る。
きちんと区画された霊園の中で、この一角だけ森が残されている。黒目川の源流点に遅まきながら敬意を表しているのだろうか。森の中に水辺はないが、かろうじて新青梅街道の橋に向かって排水溝のようなトンネルが見える。落葉がうず高く積もって水は枯れている。


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東京最後の清流、黒目川も落合川もその源流点はすでに死んでいるかの如く思える。
かといって東京じゅうのコンクリートやアサファルトを引っぺがすこともできない。進歩という名のもとに何か重大なことを忘れてここまで来たのだろうか!?


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小平霊園に夕暮れの風が涼しく吹き抜けている。
散歩の人が広い霊園のそこここをゆったりと歩いている。緑がきれいでよく手入れされているので墓場というおぞましい感じは微塵もない。東京は墓場が格好の散歩の場かも知れない。
遠からぬうちに御世話になるのだろうけれど。




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例によって独りで反省会を執り行う。

今日は天候に恵まれまずまず楽しかった。川辺も美しかった。

なろうことなら、この清流は残ってほしい。

そして子供たちがわあわあと川で遊んでほしい。

そんな未来を夢見ながら、少しばかり酔った。



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★東京最後の清流の1


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忘日、東久留米市(東京)の黒目川、落合川を歩く。

市内を西から東に向かって流れ、東の端っこで両河川は合流する。両方とも流域の多くの場所で湧水が川に流れ込んでいることから、”東京最後の清流”などと言われているらしい。

武蔵野台地には国分寺崖線や府中崖線に沿って何か所もの湧水がある。あるけれど、或いはあったけれど、その多くは水枯れ、小川干上がり、悲しい姿になってしまったように思う。
この状況は,地面をひたすらコンクリートやアサファルトで覆いつくしたために、雨水が沁み込まなくなった報いではないかと疑っている。

黒目川も落合川もいつまで清流のままいられるのか!? 近い将来、他の湧水のように枯れてしまい、無残な姿になるのではないか? 
そうならないうちに、再度歩いてみようと思った。




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まず駅西口に降りて北に向かう。すぐに黒目川に突き当たった。水は澄んでいて浅い川底に小石が光っている。両岸に立派な遊歩道が整備されている。
川を渡って住宅の間を抜け「小山台遺跡公園」に行ってみる。小高く盛り上がった段丘の上は旧石器時代からの生活があり、久留米中学校が発掘調査して縄文時代の住居跡を発見したという。
縄文遺跡を訪ねると、なんといい場所を見つけるものだとつくづく思う。日当たりがよく風通しがいい場所をぴたりと選んでいる。




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下流に向かって遊歩道を歩いていると、川の中に入って網で魚を捕っている家族がいた。嬉々として実に楽しそうだ。歩道にテントが張ってあり、一角に小さな水槽があった。覗いてみると小さな魚が3,40匹ゆらゆらしている。
傍のおじさんに魚の名を教えてもらう。アブラハヤ、カワムツ、オイカワ、メダカ、ヨシノボリ、アメリカザリガニ・・・みな清流に住む種類なのだろう。ジュニアばかりで可愛いい。




ふと川面を見ると”にょろ助”が気持ちよさそうに泳いでいる。これもまだ少年のようだが、今日は夏のように暑いから水泳で涼を堪能しているに違いない。流れに身を任せるが如く悠然としていたが、最後は川の中の草むらに消えた。


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左手の住宅の中に「宝泉寺」があり立ち寄ってみた。境内に二つのお地蔵さんの石像がある。
一体は、地蔵さんに3人の童子がすがり付く慈愛の像で、当時の信仰の様子がうかがわれる、とある。子供を大切にしたんだろうなあ。
もう一体は、六面体の石幢に六道を表現した地蔵の姿が浮き彫りになっている、とある。
いずれも市の指定文化財。


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黒目川に戻って少し下ると落合川との合流点。
右が黒目川、左が落合川。両河川とも東京屈指の清流と言われる。特に落合川は中流域に都の水道施設があり、大量に湧き出している水を水道水に利用している。


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今度は落合川をさかのぼる。川の中で綺麗な水草が揺れている。
幽霊が潜んでいるような柳が風になびき、その向こうで今朝降りた西武線が走る抜けていった。


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遊歩道には様々な花も見られる。時期的に紫陽花が多いけれど、不勉強ゆえ名の知らぬ花も多い。
歩いていてこれらの花々を見れば心が和む。惜しむらくは名さえ知らぬから、そのほかを知る由もなく、ああ綺麗だナ、で終わってしまうこと。情けなか〜。


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心和むものは花だけではない。川で遊ぶ子供達を眺めるのも楽しい。
嬉々としてじゃぶじゃぶし、夢中になって小魚を追う。けだし少年の日々の追憶ばかりにやある、自然に触れ自然の中で遊ぶことが、将来どんなにか心の栄養になることだろうかと思う故である。


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落合川本流から左手に入ると「南沢遊水地」。この森の中に都の水道取水施設がある。
幅2mほどの小川が滔々と清冽な水を流している。水道の余水だ。掬ってそのまま飲めそうでもある。
こんなに豊富な水量の湧水は東京ではまずないのではなかろうか。ほんとに貴重だと思う。


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さらに奥へ行くと湧水点の近くの森への入り口がある。
水は林の奥から流れ出ているが、そこは川底が浅く、しかし水は澄んでいて小さな子供がじゃぶじゃぶしていた。楽し気な笑顔がいいなあ。


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以前何かの団体で来たときは、湧水点近くまで入れてこんこんと絶え間なく湧き出す水の流れを見学させてもらったが、今回は個人、むろん中には入れない。
森の中を抜けて都の浄水所脇を通る


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近くの都立六仙公園へ行き、広々と草原が広がり風が通り抜ける木陰のベンチで昼飯。

陽射しは暑いけれど解放感満点、そよそよと吹き抜ける風も旨い。

全行程の約半分、後半は落合川の源流域を極め、その後また黒目川に戻って源流を目指す。

楽しからずや。


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2018-05-29

★大山道下見の2

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さて、平成お徒歩隊、6月ウォーキングの大山道を下見のため歩いている。


三軒茶屋駅から出発し、いま世田谷鶴巻あたりの「大山道むかし道」をゆるゆると進んでいる。
同行は街道歩きに嵌っている、今回の企画者S氏。以下の説明は、同氏作成の、簡明にして十分なる手持ち資料に依っている。



静かな住宅街の中を緩やかにカーブしながら伸びる大山道。
小さな児童公園があり、その一角にちょん曲げ姿の旅人の銅像が置いてあった。菅笠と振り分け荷物を脇に置き、ゆったりとキセルを燻らしているその姿はとても写実的。見ていると一服し終わって今にもヨイコラショと立ち上がって歩きだしそうだ。



更に進んで桜新町に入る。
この辺りにすんげ〜若い時分住んでいたことがあり、とは言えン十年も前のこと街並みはすっかり様変わり、しかし見覚えのある道路の具合が懐かしさを誘う。
そのとき向かいの蕎麦屋さんから一人の爺さんが出てきた。あれは!? 当時大変お世話になった昔の新富鮨のおやじさんではないだろうか?

お世話になったというのは、若いけれど金のない当時、格安で鮨を食わせてくれたおやじさん。それで江戸前鮨の何たるかを教えてくれたおやじさんだ。一度ここにきて当時のお礼を言いたかったが、ここであったが百年目、躊躇なく声をかけた。

はじめはおやじさんの目に不信の色がちらりと射したようだが、話しているうちに当時を思い出したらしい。それはそうだナと思う。おやじさんは数えきれないほどのお客を相手にしてきたが、こちらはおやじさん一人だけ覚えていればいい。

兄や弟をみな一人前の鮨屋にして店を出させ、真っ正直な人柄が人を惹きつるおやじさんは、今でも当時の仲間の語り草となっている。懐かしかったが狭い路上で永い立ち話も出来ず、いずれ近いうちに当時お世話になった連中とともに改めて再訪する旨約して別れた。 



用賀の街に入ってバーミヤンで昼飯。
こともあろうに、調子こいて安駄ワインを3杯も呑んでしまった。
食事が済んで表に出たら、むんわりと熱く一瞬ふらりとした。決して酔っぱらってはいないと意識は言うが体は酔ってるよと言っているらしい。意識と体がお互いに喧嘩しているので、本人は中に立ってどうすることもできない。意識は酔ってないから歩けと言い、体は酔ってるから嫌だと言う。
ふらり、ふらり、ぜいぜい、S氏から遅れるから何度も心配をかけた。




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多摩川に望む高台の行善寺から遥か川向うを眺める。
かっては眺望のよいことで知られていたらしいが、今は眺望どころの騒ぎではなくビルの向こうに多摩川の土手のわずかな緑が見え隠れするだけ。
そして多摩川の土手に至って「二子の渡し跡」の碑。堤防に登って、S氏に、頼む、休むと懇願、水をがぶがぶ飲む。それでようやく意識と体の喧嘩は治まったようだ。



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対岸に渡って、川崎市、「二子溝の口宿」。
通りを眺めればやはりどこか古い宿場の俤が何となく偲ばれる。新しいお店の家並の中に宿場当時の面影を残す店舗がいくつか残る。蔵造の店「タナカ呉服店」、江戸時代の薬屋「灰吹屋」など。



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そして終点溝の口駅近く、「二ヶ領用水」に至る。
この用水路は、10月のお徒歩隊ウォーキングで歩く予定になっている。企画はダンデーM氏、思いがけないコースを探し出してくるベテラン。
一見したところ綺麗な用水路のようで10月がまた楽しみとなった。




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これにて大山道、三軒茶屋〜二子溝の口宿の下見終了。

思うに、江戸以前の人は何かにつけよう歩いたものだと思う。

娯楽と言ってもまずは歩いて神仏詣。

ま、歩くよりテがなかったとはいえ、今はどうなんだろう?

夕風の中を駅に行く。



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