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2018-05-16

★4度目の川越

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忘日、と言ってもだいぶ前の話、平成お徒歩隊でまた川越に行った。

これで都合4度目、何故4度も川越へ!? 別にイモが好きで行ったのではない、偶然が重なっただけ。

今回は川越市街の隅から隅まで案内してもらったので、なんだか川越のベテランになったような気がした。ただしほんの上っ面のベテラン。



今回驚いたのは、若い娘が着物姿で群れ歩いていたこと! 

日本の娘っ子はこんなことしないよなあ!? と思って観ていたが、本丸御殿の中の縁側に群れていた娘に聞いてみたところ、ベトナムから来た専門学校の生徒だと言った。だったら、アオザイ姿が見たかったなあ、と誰かがつぶやく。別な群れはネパール人だと言った。

どうやら、その学校の遠足か何かなのか、娘っ子のほかに若い男の子も数人着物を着ていた。


うかうかと歳をとっている間に日本はどういう塩梅になってしまったんだろう。

日本の有名観光地にはアジア系を中心にした観光客がうじゃうじゃいるともいう。それを最初に認識させられたのは、忍野八海でだった。


まさかこんなところには! と思ったのが間違い、八海の池の周りは彼らでごった返していた。

それに圧倒されてしまって、人影のなさそうな場所にそそくさと逃げて行ったら、今度はそこに西洋人の家族がいた。

忍野八海でこうだから、江の島、鎌倉なんぞだったら、これどころの騒ぎではないのだろうなあ。




どちらかと言えば、背のバカ高い西洋人よりも小柄なアジア系の方に親しみがもてるので、彼らが嬉しそうに日本の各地を歩いているのは、門外漢としては特に嫌うものではない。

ただ環境客が増えると当然マナーだとか生活習慣の相違みたいなものが目立つようになるとは思う。

しかし考えてみれば、日本の高度成長時代に日本人の観光客が世界中から非難されたことを、ぽかっと忘れるわけにはいかないだろう。因果は巡るんだなあ。





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今回はしおらしくも、市立博物館などに立ち寄り川越歴史などもちびっと眺めた。

さまざまなものが展示してあり、それなりに観ごたえがあるが特に引かれたものがある。

江戸時代、この地に大きな影響があったのはどうやら天海というお坊さんらしいが、その座像が展示してあった。


その面構えをよくよく眺めれば、狸おやじ家康とこの面構えの天海、お似合いだなあ。

こういうのは何て言うんだろう、少なくても宗教家とは言えないような気がするし、しかし世俗の参謀ともちっと違うようだし、やっぱり怪物!? がふさわしいかな。





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今回もまた、更新せずに日が過ぎた。

この頃思う。「爺いの世迷言を書き捨てて、それでどうするのだ!!」

どうにもならないし、どうする気もない。


しかしまあ、暇な爺いの手慰み、思い立ったら書けばいい。




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2018-04-22

★秩父弥次喜多道中記の2

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忘日、すちゃらか組の技瓩汎鷽諭秩父を歩いている。

羊山のシバザクラを瞥見し、和銅露天掘跡に佇み、長閑な細道を辿っていま皆野町に入った。

大分歩いたし午後1時近くになっていて腹も減ってるし段々無口になってきた。だが、我慢。

荒川を左岸へと渡ったそのあたりに「前原の不整合」という地質年代の地層が路頭しているというので、まずはそこを探さねばならない。

左岸へ橋を渡ったが看板も無く人影も見当たらない。何処だどこだ!? 探すも、らしきものは見えず。そのとき、道の向こうの小屋の前に爺様が何かしているのに気付いた。聞いてみたが、「◆¶Θ□▼・・・」。要領を得ない。

「あった!! あったこれだ!」技瓩叫ぶ。ちょこちょこっとタブレットを指ではじいて地図の上に発見した。

あらためて、機械の力はすごいなあ、まさかこんなマイナーな場所が機械の地図に載ってるなんて!




「前原の不整合」は荒川の川波が洗う岸辺にあった。高さ10メートルぐらいの絶壁、下部のほうが黒っぽい岩石、上部が茶色の岩石だ。

説明板によれば、遠く3億年〜1億年前、ジュラ紀(・・白亜紀、八代亜紀??)のころ、日本列島に沈み込む太平洋プレートの堆積物が列島の陸地に押し付けられた。これを付加体というらしい。

この崖の下部、黒っぽい部分が約2億年前のジュラ紀の岩、秩父帯で、その上部は約1500万年前の秩父盆地を構成する地層だという。

更に泥縄的web知識によれば、付加体は列島の北側から(ということは古い順から?)、三波川変性体、秩父帯、四万十体と帯状になって関東から九州まで貫いているという。

う〜む、ダイナミックかつスケールがデカい話だ。


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   (webサイトから) 




さて、時刻はすでに午後1時半だ。大いに腹が減った。近くの蕎麦屋「はしば」に行く。

県道沿いに「そば、はしば」の簡素な看板があり、その向かい側の何の変哲もないしもた屋、看板も何も掲げていない。

ガラガラと引き戸を開けると、小さな可愛らしいお婆さんがにこやかに、券売機で食券を買ってください、という。

見れば目の高さに白っぽい箱があり、ただ白いだけかと目を凝らせば真ん中あたりの四角い枠に並盛、大盛、特盛、とだけ書いてあった。

小皿大盛のきんぴらごぼうは無料、小さなお椀に自分でつゆを入れネギ、摺り胡麻などの薬味を小皿に取って窓際に並んだ簡素なカウンターで待つほどに並盛蕎麦到着、技瓩和臉垢鮹輅犬靴燭蕕靴ぁ

少し黒い蕎麦殻が混じっている乳白色のぬめるような肌をした蕎麦で、量は並盛で十分。

一箸すすり込んで驚愕、衝撃! 喉越しが申し分なく、噛めばむっちりと弾力があり、ほんのりと甘みさえ感じる。

隣の母娘は物静かに食しているが、ずずっ、ず〜〜〜と思いきりよくすすり込むと一層旨い。

もしかして、並木の藪に肩を並べるほどではないか。ともかく驚いた。並600円。


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「はしば」で少しゆっくりして疲労も回復、山側の細道に入って長瀞に向かう。

頭上の若葉の輝き、荒川に沿って流れてくる爽やかな春風、鶯の鳴き声が上手になったと技瓠

大分歩いて3時ころ「埼玉県立・自然の博物館」到着。またここで地学の学習をするのだ。



なんだか真新しい建物になり周囲も整備されたような気がするが入るのは初めて。

1階フロアのほとんどが地質学展示、石ころやら岩の切断したのやらで占められている。

遥かジュラ紀から今日の姿まで、この地域がどのように変遷してきたかが、パネルで説明してあり、それに関する岩石見本が並んでいる。

が、パネルを丁寧に読んでいた日にゃあ、この後の夕方の秩父駅前での一杯に支障あり、写真だけ写して後でじっくり学習しよう。

ということだけれど、後では学習しないな、たぶん・・・いやぜったに!


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夕陽が照らす岩畳に行く。人はちらほらで船下りもやっていない。

岩畳の上をうろうろして、「なんだか爪でもって剥がれそうだよな」と技瓩凄いことを言いつつ、赤壁や甌穴を探す。

赤壁はすぐ判明したが、甌穴は小さいのしか見つからなかった。技瓩執着し行きつ戻りつしたが結局大きいのは探し出せず。

夕風が川面を渡ってくる。静かでゆったりした時間が流れている。残照が山の緑を照らしている。


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長瀞発5時半ごろ秩父着6時ころ、駅前の居酒屋「ぶぶすけ」。

技瓩突出しのキャベツの葉っぱが旨いと言って、むしゃむしゃする。彼は上品だからあまり飲まず、ビールジョッキ1杯程度。

こちらは下品だから長瀞の駅前で時間待ちの間に缶ビールごくごく、ここへきて武甲正宗(余り旨くない)、焼酎ロック2杯、これで割勘では世の中に相すまぬので、つまみは大好きな杓子菜だけ、技瓩忙豹箸覆豹えと勧める。




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言わんかたなし、の素晴らしい一日だった。十二分に満足した。

ほろ酔い機嫌で西武秩父駅へ、が、けしからぬことにホームの階段を下りかけたその目の前で、

す〜〜〜っと電車が消えた。本日2回目!! 

そのとき後ろで妙齢の女性が、あら行ちゃった!と言って入口へ戻ったが、

今度乗り遅れたら笑い話にもならんと思い、ホームにしがみついて待った。

電車がきて件の女性を見つけて、ずうずうしく同じボックスに座って、

こちらは酒の勢いを借りて大声で与太話をふっかける。

余り嫌な顔もされなかったので、ますます勢いづいて与太話の連続、

こちらは極めて気分がいいけれど、彼女にとって迷惑この上なかっただろうなあ!



よって、繰り返す! 帰りの電車も含め素晴らしい一日だった。十二分に満足した!!




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2018-04-21

★秩父弥次喜多道中記の1

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忘日、すちゃらか爺さんが二人、新緑溢れる秩父路を歩いた。

メンバーは4人だけれど急遽二人が行けなくなり、技瓩汎鷽佑世韻量鐚ヾ鄲親暫罎箸覆辰拭

9時40分ごろ西武秩父駅に集合した我等はすかさずタクシーに乗り込んだ。

貧乏爺さんのすちゃらか組ではタクシーなどもってのほか、堅くご法度なのだが、今回は理由がある。

実は秩父線花畑発10時30分ころの電車で和銅黒谷駅へ行く予定なのだ。

その間、4,50分を利用して彼の有名な羊山のシバザクラなどをちらっと見てこようという魂胆、二人ともかなり以前に見たことはあるのだが、見ごろのこの時期はちょっと仁義を切らねば秩父は歩けまい。




タクシーは要所々々に警備員が立つ小道を登ってシバザクラの近くに止まった。

時間が早いせいか見物人はそれほど多くない。丘のてっぺんに腰を下ろしてまったり寛いでいる中高年が多い。

花はほんの少し時期が早く、まだ十分咲き切らない場所もあったが、まあ十分だ。

なによりも時間が気になって大急ぎでぐるっと丘を一回りする。

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帰りもタクシーに乗るなどということは神をも恐れぬ所業であるから、のそのそと歩いて丘を下り御花畑駅に急ぐ。

のだが、途中小用を催してきた。この処理のため、なんだか切羽詰まってきたと思ったら、駅を目の前にして踏切がカンカンと閉まった。かくては! と空くのを待ちかねて駅にダッシュしたが又しても目の前でドアがぺたりと閉じた。駅員に懇願、九拝すれど一向に効果なし!!

40分もある次の発車時刻まで、こんなところでどうすればいいのだ!

仕方がないので秩父の古い街並みを秩父駅に向かってゆるゆる歩いてみた。

香わしい春の風がさらさらと街並みを抜けてくる。ハナミズキの薄赤い花が陽光に輝いて揺れている。

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秩父駅で今度は大分早めにホームに入る。駅員が切符を見て、む、お花畑からだね、70円損したなあ、と言った。こん畜生メ。

電車の中で、泥縄式にwebサイトからコピーしてきた地質学を技瓩鉾簣、即ち秩父は地球の付加体と言われる岩石が路頭していて、故に地質学発祥の地と言われる。今日、我等は地質学をば勉強するのだ云々。

技瓩蓮△曚Α△修Δね、と一言だけ言った。




和銅黒谷駅から東側の丘陵に登る。和銅採掘跡を見るためだが、なかなかの急坂であり息を切らし汗にまみれる。

採掘跡は舗装の小道から少し外れた沢沿いにある。巨大な和同開珎のモニュメントがあたりを圧していた。

肝心の露天掘り跡は小さな沢の向こう岸にあり、しかし落葉や瓦礫が積もっていて鉱脈はなんだかよく分からない。

説明板によれば、「ニギアカガネ(熟銅)」という製錬を要しない純粋な銅(自然銅)の露天掘り鉱脈らしい。この銅も地下2,30劼廼い圧力により変性した結晶片岩の一部なのだそうだ。

早速にして地質学を十分深く勉強してしまったではないか!

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ここから荒川の下流の皆野町に向かう。

自動車ぶんぶんの国道を避けて裏通りを歩く。細い道では車がいない、騒音もない、人もいないけれど、新緑が溢れるように山肌を盛り上げ、春の花が咲き、鶯が上手に鳴き、風さえ薫る。

まさに秩父の春爛漫、長閑でゆったりして得も言われぬ。

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大分歩いて草臥れて腹が減って皆野町に入った。

しかし無い元気を無理に引っ張り出して、これから「前原の不整合」に行く。

秩父盆地ができはじめたころを物語る重要な露頭だというから、またまた地質学を勉強するのだ。


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