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2018-12-09

★義士の足あと

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だいぶ前の某日、平成お徒隊は赤穂義士が討ち入り後に歩いた道を辿ってみたのだった。
コースはこんな案配。

コース: JR 両国駅〜吉良邸跡〜回向院〜赤穂義士休息の地〜一之橋〜芭蕉記念館〜萬年橋〜ちくま味噌〜永代橋〜鉄砲洲稲荷〜浅野内匠頭邸跡〜築地本願寺〜昭和通りから仙台藩上屋敷跡〜第一京浜旧東海道)〜水野監物邸跡〜御田八幡神社泉岳寺〜高輪大木戸跡〜都営地下鉄「泉岳寺」駅


かような精妙で興味あるテーマの企画者は技瓠氏は寡黙であるけれどシゴトは実に丁寧で真面目、ガイドがこれまた微に入り細を穿って深く緻密に案内してくれる。その氏を先頭にまずは吉良上野介の屋敷跡に向かう。天気はよく無風、絶好の歩き日和。




ビルに囲まれた一角に塀を巡らせた約30坪ほどの「本所松坂町公園」、ここが吉良邸跡。元の屋敷は約2600坪もあり、そのほんの一部を地元の有志が買い取って公園にしたという。公園内には小さな祠や上野介の座像やらが狭いながらに祀られ、首洗い井戸なるものまであって幟が揺れ周りの壁には江戸切り絵やら説明版やらが所狭しで、その中に元の屋敷の見取り図があった。

見取り図を見ると部屋数が膨大であり、とてもそれを数える気にもならなくて、建て増しを繰り返したような迷路でもあって、この中から上野介が潜んだ場所を見つけるのはこれはもう容易なこっちゃないなと考えさせられた。夜だけにやはり虱つぶしか?


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吉良邸跡から隅田川の岸辺に出て「赤穂義士休息の地」を瞥見し「芭蕉記念館」をちらりと横目に見、隅田河畔に座る芭蕉像を見る。遠くを見つめる芭蕉の目はまだ見ぬ遥かの奥の細道であろうか、はたまた江戸の下町の喧騒であろうか。

隅田川のテラスに降り左岸を歩く。暖かい日でそよ吹く風が心地よい。青黒い水は滔々と流れアーチ橋にかかる工事用ネットさえなんだか美しく見える。お徒隊も午前中であれば極めて元気がいい、ただ午後も3時ころになるとだれてくるのは歳ゆえ致し方ないか!



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永代橋に至り、傍の「ちくま味噌」に立ち寄る。この場所を選んだのは、企画者の容易ならざる素養のゆえかと思われる。立派なビルの前に御影石の碑文があり、そこに要旨こう書いてある。

赤穂義士休息の地
乳熊屋(ちくま味噌)の初代作兵衛は風流の道を嗜み宝井其角に師事し、赤穂義士の一人大高源吾とは俳諧の友であった。此の誼みで芽出度く本懐を遂げ泉岳寺への引上の途路彼等が永代橋に差し掛かるや一行を店に招じいれ、拾度上棟の日でもあったので甘酒粥を振る舞って労を撈ったのである。大高源吾は棟木に由来を認め又看板を書き残して行った。これが大評判となり江戸の名所の一つになった。



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永代橋を対岸に渡って、南に佃島の高層マンションを眺めて佃煮を思い起こし今昔の念に打たれ、八丁堀を経て鉄砲洲稲荷の富士塚を登ってから聖路加国際病院近傍に至る。ここに慶應義塾大学発祥の地記念碑があり、聖路加大学敷地内には「女子学園」発祥の地記念碑もある。女子学園とはなんぞなもし、と聞いたら、えっ! 知らんの!? 超有名な進学校じゃん! なんだって!

近くに解体新書の碑もあった。この場所で良沢や玄白が翻訳したのだという。なんだかここは江戸末期の世の学問がむらむらと湧き上がってきた場所であるらしい。

そしてお目当てのひとつは聖路加病院の脇にひっそりたたずむ浅野家屋敷跡の石碑。眺めながら一人がつぶやく。「しかしまあ、殿様の短慮でその家来はえらい迷惑だったなあ。今だったら短気な社長のために社員一同路頭に迷う、やってらんないね! 」それもそうだな。


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さて昼飯は築地で自由昼食、つまりめいめい勝手に食え、ということで本願寺を一瞥してから市場の場外へ。場外の狭い通りは外国人観光客であふれかえっているから、交差点を渡ったビルの地下に「築地藪」の看板を見つけ、独り静かな店内で盛り一枚と日本酒一合。幸せ。


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さて、エネルギーの補給を終え、銀座をかすめて汐留の日本テレビ脇に仙台藩屋敷跡の碑。そこに、”ここでも義士たちは粥のふるまいを受けた”と書いてある。粥は仙台名物「糒=ほしいい」とのこと。ただ、驚くのは夜中の討ち入りの情報が瞬く間に江戸の市中を駆け巡ったらしいこと。ちくま味噌にしろ仙台屋敷にしろ、どこから討ち入りの情報がもたらされたのであろうか!?


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ここからは旧東海道に出てひたすら南下の一途、車ぶんぶんの脇を黙々と歩く。こういう時に一番疲れがたまる。だからでもないけれど、JR田町駅近く三菱自動車本社(旧薩摩屋敷跡)にて西郷と海舟の会談の碑を見る。

円形の石に「江戸城開城 西郷南洲・勝海舟 会見の地  西郷吉之助書」と書いてある。一同しばらく眺めて、誰かがぼそりという。「ほんとに西郷がこんなことを書いたのかなあ? 幕末が終わり怒涛の明治の初めにわざわざ西郷どんが書いたのだろうか?」

この”ぼそり”を聞いてはっと思う。とかく書いてあればほんとのことと頭から思い込む癖がある。なので、後日当たってみたら西郷吉之助は隆盛の孫とあった。これなら納得できる。確か西郷吉之助は隆盛の幼名だったと覚え込んでいたから。こんがらかってしまった。


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高輪の大木戸を一瞥して、いよいよ泉岳寺。こじんまりした本堂の左手に47士諸先生のの墓がある。内匠頭と奥方の墓は別格、狭い墓の一番奥に鞘堂に納められた内蔵助の墓、脇にずらずらと一同の墓が並ぶ。一つ一つの墓に線香を備える一団あり、煙がもうもうと立ち夕暮れの空にのぼってていく。

討ち入り後、”お預け”になったそれぞれの屋敷でそれぞれ切腹となったらしいけれど、どんな気持ちで死んでいったのだろうと思う。主君の仇の本懐を遂げ晴れ晴れとした気持ちで従容として臨んだのだろうか。はてさて。


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そんな思いをお徒隊の銘々が抱いたかどうか知るよしもないけれど、少しずつ暗くなっていく墓所の前で長い休憩をした。





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ともあれ、義士たちが2時間ぐらいで歩いた道を爺婆が一日かけて歩いた。13劼阿蕕ぁ


近くに住んでいても都心を歩くことはめったにない。だからトウキョウを知らない。

こんな機会があれば否応なく東京のことも少しずつ知ることができてありがたい。

さてさて、これから五反田駅に出て懇親会を盛大に執行するとしよう。






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2018-11-25

★多摩丘陵ふらりぶらり

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忘日、小春の陽に誘われて散歩。

立川からモノレールで多摩川を越えた「甲州街道駅」で地上に降りる。道路の向かいに側に、半分削られてしまった昔の一里塚が住宅に囲まれて窮屈そうに身を縮めている。ふと、全国でどれほどの一里塚が消えてしまったんだろう、造るのは大変だったろうにと思った。

まだ9時ころなので陽射しは生き生きとして、そして初々しい。モノレール下の大きな道路を歩いていても味気ないから脇道に入った。足が向くまま、と言っても足が勝手に歩くわけはないから、気分の向くままあちらに曲がりこちらへ折れてゆるゆる歩く。


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思いがけなく浅川の土手に突き当たった。そうだ、今日はこの川を遡ってみようと考える。浅川はその源を小仏峠下に発し、八王子の市役所のあたりで北からの北浅川と合流、日野市の東で多摩川に流れ込んでいる。どこまで遡るかは体力と気分次第。

土手を歩いていると上流のほうに雪を頂いた富士が見える。その富士の雪にかぶさって水鳥の群れがわあわあと旋回している。しばらく皆で旋回して一斉に川面に着水したと思ったら、また飛び上がって旋回し始めた。いったい何をしているのだあ、気分がいいから遊んでいるのかなあ。





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浅川の土手を歩く。川面は澄んで小魚も見える。気分爽快、散歩の人たちもしきりに雪の富士を写真におさめている。「ふれあい橋」という、全国にいくつあるか知れない変てこな名前の歩道橋を渡って対岸に行く。川からちょっと離れて「高幡不動尊」。境内は案外の人出。七五三の女の子が可愛い。


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五重塔の脇のモミジが色づいて朝日に美しい。が、ちょうど逆光なのが惜しい。ここにはさまざまな伽藍が立ち並んでいるが、以前に見たことがあるので裏側の山に登ってみることにした。何事によらず「降る」は好きだが「登る」は苦手、しかしまあ、やむを得ない。



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この裏山は「多摩丘陵自然公園」となっているのだが、山道の脇に石仏が点々と並んでいて、88番の内の○○番目、と表示してある。高幡不動のなんたら88か所を模した石仏なのだろう。その一体いったいを丁寧に参拝していく人もいる。こちらは全部素通り、これじゃあ来世よくないよな。

頂上の小高くなった入り口に「高幡城跡」の看板があった。北条氏照の家臣の城だったらしい。だが入ってみても何もなし。山道に戻って西へだらだら降りていくと、山を削って造成した大きな住宅団地に出た。少しずつ北に向かって下り、北野街道、京王線を超えて再び浅川の岸辺に戻った。





浅川の堤防道はよく整備され野草もきれいに刈られいている。陽射しが温かく少し汗ばんできた。散歩する人走る人と行きかう。左の足指が外反母趾で変てこりんに曲がっているが、これは若い時分足に靴を合わせるんじゃなくて靴に無理やり足を合わせた報い、年取るまで何でもなかったのに、ここへきて江戸の仇を取られた。が、ゆっくりぶらぶらするには支障がない。歩けることはいいことだ。





浅川が二手に分かれている。右、北側から流れてくるのが浅川本流、左南側の流れが湯殿川と表示してある。湯殿川とは湯殿山をお思い起こすがこの川沿いを歩くことにした。どこからどう流れてきているのか知らないが、まあとんでもない所へは行かないだろう。

さらさらした奇麗な流れの中に20cmぐらいの小魚が群れ泳いで何やら騒いでいた。アユじゃなさそうだけれど何だろう? オイカワのような気もするが分からない。川魚は今頃の季節に皆産卵するのだろうか? こんなことさえ知らぬ。ぼう〜〜っと生きていんじゃね〜よ!!

だいぶ上流まで行くと今度は流れるとも知らぬ澱みに鯉が数匹たゆたっていた。ちょうどお昼時なので鯉を眺めながら昼飯にする。風の通らない陽だまりの土手の草に腰を下ろしてコンビニおにぎりの超豪華版? 最近コンビニのおにぎりも進化したし、オデンがまた長足の進化だとも聞く。恐るべしコンビニ。


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この湯殿川の岸辺も遊歩道がよく整備されていて歩きやすい。アスファルト舗装は半分だけで草地も残されている。草地を歩くと足が心地いいと喜んでいる。しばらく行くとまた川が二手に分かれた。北側の川を歩く。こちらが湯殿川の本流らしい。


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前方の川が大きく南に逸れ始めた。あまり南に行ってしまっては線路から離れることになる。ここで川に別れを告げ街中にちょっと入ったら北野街道に出た。面白くはないけれど北野街道をしばらく進む。けれどあまりに面白くないので脇道をあちこち歩いていたらまた川に出た。道行く人に聞いてみたら川は湯殿川だという。なんだ、どっちみち同じだったか。

大きな街道に突き当たった。「町田街道」と標示してある。ならばここを北上すれば高尾の駅に出るはずだ。今日はここまでにすべえ、まだ3時半ごろだけれどいささか草臥れた。距離計は作動させなかったが15劼阿蕕い亙發い燭鵑犬磴佑┐戮。






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午後4時、高尾駅南口蕎麦屋。久保田1合、盛り一枚。

今日は一日秋日和、いい日だったなあ!

体を休め、ゆるゆると飲み、ゆるゆると啜る。

これだけでほんわかとしたきた。




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2018-11-07

★身近にある秋

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忘日、久しぶりの陽差あり、このチャンス逃すまじと散歩。

しばらくのあいだ部屋の中でぐずぐずしていたのでストレスがたまっていたのかもしれない。澱んだ気分を吹き飛ばすのは表に出るにしかず、と思い込んでいる。それは単なる思い込みにすぎないかもしれないけれど、どうであれ気分が晴れればそれでいい。




多摩川の堤を歩いて上流に行く。どこへ行こうというあてもないから気の向くままに足を運んでいるに過ぎない。計画性大欠如! 今、桜の紅葉がちょうど美しい。楓やモミジの目の覚めるような色はこのあたりの秋にはほとんどない。京都などの紅葉は人為的に作られたあでやかさではあるまいか?


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今の時期は花にとぼしいと思っていたが、道々よく見れば案外いろいろ見つかるものだ。この花が秋かよ、と言われれば、まあ黙るしかないけれど、目的のない散歩になにはともあれ花は不可欠であるように思う。てこてこ歩いて行って立ち止まっては花を眺めるのは楽しい。


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途中のベンチが設えてある河川敷の公園などには時に紅葉を見る。ささやかなりとは言え、楓かモミジか、色づき始めている。身近で紅葉を見たいといえば、まあこんなものかもしれない。いやいや、府中の森公園の紅葉はこんなもんじゃない、と言うかもしれないが、それはそれ、これはこれ、ではないかと思う。


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ずう〜〜っと歩いて行って、羽村の堰。水量がずいぶん少ない。多摩川の水をここで全部吸い取っているような感じになっている。でもまあ、幾分かは川に流さなければいかんだろうから、吸い取ったうちの少しだけ川に戻す。少し下流へ行けばまた支流からの流れ込みもあるだろう。


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羽村の堰下に対岸に渡る歩道用の橋がある。その橋の中ごろに3,4人の人がじっと川面を覗いていた。何事ならむ、と聞けばアユが100匹ほど群れているのだ、という。どれどれときらきらする川面を眺めれば、なるほど時々水の中で魚の腹がきらりと光る。よくよく目を凝らしてみれば、いるいる、200匹は下らないと思うほどの魚が群れ泳いでいる。何をしているのだろう、産卵なのかなあ。





対岸の「あきる野市」を勝手気ままに行きたいほうへと歩く。それでも余り広い地域ではないからどこか知らないところへ行ってしまうということはない。民家の庭先できれいな紅葉を見た。この辺りは少しだけ気温が低いのかな、と思う。


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そうやってあちこちぶらぶらして5時ころ帰宅した。

距離計は作動させていなかったので不明。

まあ、身近な秋はそれなりに。




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