2009-12-08
ニセ科学批判猫系自己投影型
12月1日にニセ科学問題にコミットしているヒトってなんか猫好きが多い気がすると、以前から思っていたことを記事にしてみました。そうしたら、思っても見ないところ場所からトラックバックを頂きました。
●ねこ怖い
ニセ科学問題に鋭く切れ込むことで知られている、poohさんのブログだ。
ニセ科学に言及する頻度の高いひとには確かに猫好き比率は高い気がする。なんかちょっと前に犬派対猫派みたいな議論もあったような(山羊派とか登場していたような)。
慎重ですが、poohさんもどらねこと一応同じような印象を持っておられるようです。折角なので、ニセ科学問題にコミットしているヒトのなかで、猫好きと思われる方を列記してみようと考えました。目的は勿論印象操作に決まってます。
紹介する前に、『ねこ怖い』のコメント欄で黒猫亭さんがその理由を考察されておりましたのでそちらを引用します。
どらねこの意見
自分の性格は完全に猫だというのも有りますね。
この際、暴論吐いちゃいますけど、猫というのは基本的に嫌な事があれば我慢しない生き物なので、おかしいと感じたらおかしいと表明する。たとえ近しい人が逆の意見を持っていても、空気を読んで自重する事は無い・・・みたいな。
そんな処がトンデモさんとニセ科学批判系の人に猫好きが多いのかも知れません。
それに対し、黒猫亭さんは
猫好きの人と謂うのは自分の愛情に見返りを求めないところがあるのかな、とぼんやり考えています。相手が愛情を返してくれなくても、自分が相手を愛することで満足が得られるところがあるのかな、と。一方、犬と謂うのは人間が注いだ愛情以上の愛情を返してくれますので、愛することで愛されるしっかりした関係性や信頼感に満足を見出すタイプの人には犬が向いているのかなと思います。
強引にニセ科学批判に結び附けて言うとですね、おそらくニセ科学問題にコミットすることって、見返りのない愛情を注ぐこと、要求された愛情に精一杯応えたいと望むこと、そんなものに似ているんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか(笑)。
どらねこは自己投影を、黒猫亭さんは無償の愛であると主張。なるほど、どちらもありそうだ。ニセ科学批判猫系を自負する皆様は、自分がどちらに当てはまるのか考えてみると面白いかもしれません。(たまたま猫好きというヒトが多いと思うけど)
さて、そろそろ今日の本題である、ニセ科学批判猫系名簿の発表します。
☆まずtwitterで発見した猫系の皆様を紹介します。どらねこの「猫系ですか」の問いかけに快く(?)答えてくださった皆様です。
TAKESANさん
ゆんゆん探偵さん
kzmsnowさん
あと、shippo1027さんはニセ科学批判ではないですけど、猫好きを表明してくださいました。有難うございます。
☆次はハイクで見つけた猫な人々
tougaさん 「猫も科学も謎で神秘でロマンです!」
kananaka(kanaka)さん 「ヌコも好きですが、キノコも好きなkanakaでございましたん」
みつどんさん 「時々、人よりも猫の方が良いんじゃないかと思う程度ですが、猫派です」
akiraさん 「ぬこ様の下僕になりたい」
いずれも猫系を代表する強者揃いですね。
☆ハイクのニセ科学批判猫派募集にスターを下さった方々
hokuto-heiさん
keiseiryokuさん
burieさん
ハイクは猫の宝庫ですね。
☆続いて、誰の目にも明らかな猫な方々
complex_catさん
Temperさん
felis_azuriさん
blacklook368さん
黒猫亭さん
yamagatamyclusさん
hibigenさん
もうなんか、特大の鍋に猫が押しくらまんじゅうってかんじですね。
☆確証は無いが、どらねこの見立てでは猫派なヒトビト
FSMさん・・・はてブタグに猫を確認。他の動物は無い模様。
kamezoさん・・・愛猫サツキフクロスキーにメロメロ(?)
kubohashiさん・・・もしかしてピグレット派かもしれない・・・
☆ブコメで猫系否定せず
NATROMさん
☆トラキチ(?)
ohira-yさん ゴメンなさい、妻はネコでしたものね、追加しておきます。
☆ブコメ等で表明してくださった方
Neanさん 「猫さまはヒトのIQを20ポイントくらい引き下げる超能力を持っているぞ説」を提唱
petronius7さん このIDは、昔出会った「護民官ペトロニウス」という猫の名前を貰ったのです。
tikani_nemuru_Mさん大変申し訳御座いませんでした。謹んで追加させていただきます。忘れっぽいのは猫ならではということで・・・
梨さん コメント欄からありがとうございまーす。猫派だったのですね♪嬉しいです。
himajin774さん 物心ついたときには既にですか!!すご〜い。私の場合はとても悲しい出来事があった後ですね。
ふぃっしゅさん NATROMの日記コメント欄にて表明しているのを確認。
ROCKYさん 自分が猫!!にゃあ〜〜〜
machida77さん トラックバックいただきました。入れて良いですよね?
如何でしたか。ニセ科学批判猫系のあまりの勢力に犬派の方々は圧倒されちゃったのではないでしょうか。山羊派の瞳孔が縮んじゃったんぢゃないでしょうか?
・・・なんて暴言を吐いておいてなんですが、動物ってホント素敵ですよね、地球の素敵な同居人さん。パカも犬もカワイイし、ヤモリもシュレーゲルアオガエルもみーんな素敵な仲間です。特に猫や犬は大切な家族として捉えている方が多いと思います。家族の誰かが不健康になったら、他の家族は悲しくなります、辛くなります。ニセ科学の中には家族の不幸を食い物にするような輩が存在します。家族を不幸にするニセ科学は許さない!それは猫派、犬派に関係ないニセ科学問題にコミットするかた共通の思いでしょう。
エントリの為に、情報収集を行っていて、皆様の動物や家族に対する優しい気持ちを頂きました。どうもありがとうございました。
あ、今回名前が挙がらなかった方で、私も猫派だ!!という方は是非名乗り出てください、追加します。あと、猫派に載せられていたけど、ホントは○派だ!!という方がいらっしゃいましたら、修正してお詫び申し上げます。
- 68 http://b.hatena.ne.jp/
- 32 http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/doramao/20091208/1260280183
- 28 http://b.hatena.ne.jp/hotentry/life
- 18 http://b.hatena.ne.jp/entrylist
- 12 http://b.hatena.ne.jp/entrymobile/17813857
- 11 http://b.hatena.ne.jp/entrylist?url=http://d.hatena.ne.jp/doramao/
- 11 http://pipes.yahoo.com/pipes/pipe.info?_id=faa858a20082ef6d25ad27557e37e011
- 9 http://b.hatena.ne.jp/hotentry/diary
- 8 http://a.hatena.ne.jp/chronekotei/
- 8 http://b.hatena.ne.jp/entrylist/life




> はてブタグに猫を確認
鋭い。(^^)
ナキウサギやプレーリードッグやカピバラも捨て難いのですが、どれか一つと言われたらやはり(?)猫かな、と。
> たとえ近しい人が逆の意見を持っていても、空気を読んで自重する事は無い
…という生き方に憧れるから、というのもあるような気がします。
ちなみにこれは時々覗いては和んでるサイトです。ご存知かもしれませんが。
http://mainichi.jp/select/wadai/graph/animal/index.html
コレって連載(?)だったのですね。しりませんでした。
fireflysquidさんはニセ科学批判猫派博愛系だと推測しておりますが、如何なモノでしょう。
猫を飼うようになってつくづく思うのは、猫に対する愛情ってのは、娑婆の損得勘定で考えたら引き合わない感情だなぁ、と謂うことでして(笑)。どうしたって猫が飼い主を愛する感情よりも、飼い主が猫を愛する感情のほうが強いものです。poohさんのところでも申しましたが、勿論猫だって飼い主を愛しているんですけど、その愛情は相手の愛情を要求するような形のものになりがちですから、結果的には猫よりも人の愛情のほうが強くなるように出来ているわけです。
その点犬の場合は、犬の側が人間に注ぐ愛情の純粋さや信頼の深さを考えると、絶対に人間は叶わないなぁとか思っちゃうんですね。まあ、その愛情の故に何かをしてくれる保証があるとは限らないですけどね(笑)。でも、気持ちの問題に限って謂えば、犬が飼い主に抱く愛情と信頼に人間は絶対勝てないだろうと思うんですよ。人間のほうが欲得ずくの複雑怪奇な世界で複雑怪奇な心性を抱いて生きていますからね。
その点、猫のほうがずっと純粋にセルフィッシュですし、向かい合っていても「こいつがオレを愛する気持ちより、オレがこいつを愛する気持ちのほうが絶対強い」と謂う確信を持てます(笑)。猫の愛情の強さと謂うのは、相手に愛情を要求する気持ちの強さなんだと思いますから、飼い主を愛する猫ほど飼い主の愛情を要求するわけで、何処まで行っても飼い主の愛情のほうが強いわけですね。
これはつまり、猫本来の生態上の対他関係と謂うのは母系の親子関係しか存在しなかったわけですから、飼い主が子猫の立場に立つことが不可能な以上、どうしても猫のほうが子供のポジションに固定されるからだと思います。よく「飼い猫は一生飼い主を母親と認識して子供のまま生きる」と謂われますが、一万年もの大昔に、人間がリビアの草原からイエネコの祖先を連れ出して以来、そう謂う偏頗な関係がずっと続いているわけで、算盤勘定が引き合わないのはしょうがないんです。
poohさんのところで「ニセ科学批判は見返りを求めない愛情を注ぐ行為に似ている」と申し上げたのは、こう謂う普通の損得勘定では決して引き合わない部分をイメージしていまして、コスト対効果比で謂えば絶対的に引き合わないわけですね。
たとえば、ニセ科学を流布する側は、人々が潜在的に持っている欲求に言葉巧みに訴えかけるわけですし、そのプロセスで不正を働くことにまったく忌避感はないわけですから、上手くツボを突けば少ない労力で比較にならないほど大きな影響力を持つことが出来ますが、それに対抗する場合は、人々の欲求に反する事柄を、正確を期しながら説明しなければならないと謂う絶対的なハンディがあります。
ですから、ニセ科学を批判する言説は、原理的に最初の最初からニセ科学言説よりも圧倒的に伝わりにくい・受け容れられにくいと謂う性格があります。また、ニセ科学を受け容れて盲信する所謂ビリーバー的な人々を説得する場合でも、説得される側は基本的に「話を聞かなきゃ好い」「耳を塞げば好い」と謂う圧倒的な低コストでニセ科学批判の言説を撥ね退けることが出来ますから、それを説得するには比較にならないほど高いコストが要求されます。
これはまあ悪意的な陰口ですけど(笑)、先日みつどんさんのところに変な殴り書きの書き込みがありましたが、アカラサマな棄てハンだわタイポだらけだわ「ですます」とタメ口入り交じりだわで、あんなゴミのような殴り書きの書き込みには、二、三分くらいしか手間が掛かっていないはずですよね。多分一番時間が掛かっているのは、棄てハンを考えることくらいでしょう(笑)。
しかし、そう謂うゴミのような書き込みに対応するには、相手の主張のロジックを吟味してそこで陳べられている事実関係が正しいかどうかを確認し、それに対してどのような反論を加えるのが妥当なのか、ニセ科学批判の目的上適切なロジックなのか、第三者の読み手に対して効果的な表現となり得るか、そう謂うふうに考えてコメントを書く必要があります。多寡が二、三分の手間の落書きに対して、です。
ハッキリ言って、ニセ科学批判の言論は、算盤勘定だけで謂えば絶対的に引き合わない営為でしかないんですね。しかし、誰かがやらなければならない。言葉を尽くして説明して、普通なら通じないはずはない言葉が通じなかった、つまりまったく無駄だったと謂う場合でも、その対話を見守っていた第三者には通じたかもしれない、こう謂う窮めて心細い信念だけをよすがに、絶対的に引き合わない営為を継続すること、これはやはり見返りを求めない愛情を注ぐ行為に似ているんじゃないかな、と謂うのがあの書き込みの真意です。
その意味では、どらねこさんのお話もオレの話も、視点をどちらに置くかの違いで或る部分では共通しているのかな、と思うところもあります。どらねこさんが仰るように、猫好きな人々が「おかしいと感じたらおかしいと表明する。たとえ近しい人が逆の意見を持っていても、空気を読んで自重する事は無い」のだとしたら、たとえば猫に注ぐ自分の愛情が報われようが報われまいがそんなことはどうでも好い、人から笑われようがみっともなかろうが、それもどうでも好い。自分が相手を愛していることには違いがないんだから、自分の気持ちに正直に相手を愛するだけ、と謂うふうにお考えになるのではないでしょうか。
ニセ科学問題に対処することは、引き合おうが引き合うまいが、誰かがやらねばならないことではあります。決して抛っておいて好いことではありませんし、甚だしい場合には人が死にます。何処かの心のねじくれた人間が美味しい思いをする為に甘言を弄して多くの人々を騙しているわけですから、そのような行為を許せないと感じたら、引き合おうが引き合うまいが躊躇なくそれに対抗する。
ただ、自分の気持ちを晴らす為だけにやっているわけではないですから、言論の到達範囲を拡げ深度を深める為にコスト対効果比は考えるけれど、原則的に投下した労力に見合うだけの結果が得られる保証がないことがそれを躊躇う動機にはならない、そう謂うことではないかと思います。
普段、ご飯系・ネタにしか食いつかないので、お恥ずかしい限りですが。
NATROM先生は、間違いなくネコ派です。ご自分で飼っていらっしゃいますし、地下で眠るMさんにもそう答えています。
末筆ながら、2年目突入おめでとうございます。ますます筆の冴え渡ることをお祈りしております。
あとキノコも(笑)
哺乳類なら代替じゃなくて大体おっけーなんですが、猫は特別な気がします。愛でるもの、というかなんというか。
そういえば昔はニセ科学もトンデモとして愛でていましたが、いつのまにやら黒猫亭さんがおっしゃるように割の合わない愛情を注ぐようになってしまいました。(^^;;
某子猫投げ捨て関連エントリからの蓄積を下地にしたコメント(?)ですので、重みが違いますね。
なるほど、猫を飼うことニセ科学問題にコミットする話は、絶対的不利な状況に臨んで身を投じるという点では同じような構図ですね。
私がこれ以上同様の話を述べる必要は無いと思いますので、思うところなどを書いてみます。別に反論じゃあないです。
>たとえば、ニセ科学を流布する側は、人々が潜在的に持っている欲求に言葉巧みに訴えかけるわけですし、そのプロセスで不正を働くことにまったく忌避感はないわけですから、上手くツボを突けば少ない労力で比較にならないほど大きな影響力を持つことが出来ます
ニセ科学を流布する人を猫に置き換えてみます。
猫は猫好きの人々が潜在的に持っている感情を弄ぶ悪魔の瞳をもっており、スリスリ、「にゃあ〜お」と巧みに訴えかけるわけですし、そのプロセスで愛情を求める事にまったく忌避感はないわけですから、上手に甘えれば、少ない労力で比較にならないほど大きな影響力を持つことが出来ます。
なんと、ニセ科学批判猫系は現実社会と家庭に於いては真逆の立場を演じていたのですね。う〜〜ん、もしかすると科学的思考のできる訓練を積んだ人であれば、このあらがえない心理を理解しているからニセ科学批判問題に取り組みやすいのかも知れません。(根拠無し)
ところで、割に合わない
>たとえば猫に注ぐ自分の愛情が報われようが報われまいがそんなことはどうでも好い、人から笑われようがみっともなかろうが、それもどうでも好い。自分が相手を愛していることには違いがないんだから、自分の気持ちに正直に相手を愛するだけ
愛を嫌な事に変えて考えてみます。
自分から見たら役に立たないことがわかっているからやりたくない。でも、周りのみんなには温度差があっても誰もイヤだと言い出さない。言えば自分勝手なヤツだとレッテルを貼られてしまうことが見え見えだからだ。同調圧力は感じるけど、自分の感覚に合わない事は拒否したい。でも、感覚に合わない事を行った場合よりも、反対した場合に受けるバッシングの方が大きな負担となる事は明らかだとしても。
例えば、30人31脚に参加するには皆の同意が求められるという状況に居たとすると、先ず、自分は面倒くさいから参加したくないし、理念や理屈に納得が出来ないので、気持ちは反対。でも、自分が反対してしまうと周りから白い目で見られることが分かっている。結局反対をして、その結果いろいろ叩かれて、しぶしぶ参加させられることになるなんてパターンになりそうです。
これもニセ科学批判に相通じるものがありますね。所詮暴論に過ぎないと思って書いていることなのですが、なんだか本当にありそうな気持ちになってきました。怖いのでここら辺でやめておきますね。
読みにくくなるので一端切ります。
→
ぶっちゃけてしまいますと、あのような杜撰な書き込みに対して、労力を費やしたように見せたくないので、コチラも捨てハンにして、反論の精度は落ちますが、2行程度で応答したくなります。猫(?)なので、ついつい感情的になってしまいます。無償の愛型批判者の足を引っ張り兼ねませんね。反省しておりますので、許してください。
>ただ、自分の気持ちを晴らす為だけにやっているわけではないですから、言論の到達範囲を拡げ深度を深める為にコスト対効果比は考えるけれど、原則的に投下した労力に見合うだけの結果が得られる保証がないことがそれを躊躇う動機にはならない、そう謂うことではないかと思います。
結局この言葉に尽きるのですよね。猫派、犬派はともかく、良質な推論を書いていただけたことで意味のあるエントリになったと思っております。
あと、予想以上の反響に驚いても居ます。
いろいろとありがとう御座いました。
貴ブログの猫成分はホント、濃厚で御座います。これからも補給にちょくちょくよらせていただきたいと思います。
NATROMさんの猫パワーは想像以上でした。
猫派でいらっしゃいましたか!!それは嬉しい限りです。
でも、トンデモ発言がもしかすると本当に・・・な感じで空恐ろしい気もします。
梨さんは熊派だと思っておりました。
貴ブログのエントリやコメントからはいつも深い愛情が溢れかえっているように感じております。
ところで、私のハンドルネームはドラえもんのドラも意識してつけたものだったりします。
私の特技は猫と新生児との会話ができることです。
kiklogからこちらを知り、数ヶ月前から読んでいました。私こそ、勉強させていただいています。また出没させてください。
私なんて、書き込んだことも有りませんから、素晴らしいと思います。ありがたく綴らせていただきたいと思います。
『自分が猫』仲間が増えて嬉しいです。ひんやり冷たいお鼻が堪らないですね。
そうだったのですか。それは嬉しい限りです。
もしかして猫の母乳を吸って成長したのでしょうか?
勉強なんてお恥ずかしいです。素人の記事なので、誤りなど有りましたらどうぞご指摘下さい。
触れないほうがスマートかなと思ったのですが、やはりあれはどらねこさんでしたか。簡潔で要点を押さえたシャープな応答だったので、今ひとつ個人を特定する確信がありませんでしたが(笑)、あれはあれで妥当な対応なんではないでしょうか。
オレは自分のブログでも、無責任なコメントに対しては、話の接ぎ穂が何処にもないような木で鼻を括ったようなコピペのレスで話を切っちゃうことがありますので、労力を掛けたように見せたくないと謂うお気持ちはよくわかります。
>話の接ぎ穂が何処にもないような木で鼻を括ったようなコピペのレス
本気で反論したいか、かまって欲しいかのどちらかですよね、ああいった類のコメントは。本気で反論したい人は、喧嘩腰か初めは下手に出てくる事が多いと思いますので、かまってタイプかなぁ、と思いましたが、どうだったのでしょうか。
かまってタイプには黒猫亭さんの謂う対応が効果的なのでしょうね。
ホメ信者がトラコパシーと一緒にするなと謂うのであれば、直接やり合えばよいのですから・・・
かまってちゃんの目的はかまってもらうことそのものなんですから、相手にするだけで目的が満たされてしまうわけですね。一方、その言説には論と呼べるものがまったくないですから、かまうだけのメリットはない。精度が低すぎて情報発信の足掛かりにすらならないんですね。固有の主張もロジックもないし、どんな結論になっても相手は構わないんですから。
本人視点でコストも掛けていなければ、第三者視点でのメリットもない、個人的な見解としては、こちらのデメリットにならない限り、そんな精度の低い言説には誰もコストを掛けて応対しないのだと思い知らせると謂うのがいちばん妥当な対応なんじゃないかと思います。
ただ、例のコメントについては文中に『振盪』(ダイナマイゼーションですね)という記述があり、単なるかまってちゃんでは無いのかなぁ、と思ったのですね。
それで、軽率な反応をしてしまった次第です。論点をずらしながら再登場されたくなかったので。