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2011-07-22

1986年の原子力発電所事故後に味噌の輸出は急増したのか

| 17:37 | 1986年の原子力発電所事故後に味噌の輸出は急増したのかを含むブックマーク 1986年の原子力発電所事故後に味噌の輸出は急増したのかのブックマークコメント

■味噌と放射線の検証あらすじ

(味噌は放射線対策になるのか、という検証エントリを読んだ方はここはとばしてもらってもかまいません)

【放射線対策には味噌が良い】

福島の原子力発電所事故後、このような情報がツイッターなどネット上で流れました。

初めのうちはマクロビオティックと謂う、陰陽思想を採り入れた特殊な食事法を実践している方々が中心にこの話を広めているようでした。マクロビオティックを以前から批判していた立場から、当ブログではマクロビ食は放射線対策として期待できませんよ、と謂う記事を書かせていただきました。→http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110316/1300276638

ところが、それだけに留まらず、味噌メーカーのウェブサイトでも味噌が効果があるかのような記載が掲載されたり、一部週刊誌でも特集を組まれるようになりました。

これについては、FOOCOM.NETにおいて、「1日2杯の味噌汁が効く」は本当ですか?放射能汚染のトンデモ科学に騙されないためにという、特集記事が組まれ検証されております。

結論から先に書きますと、1日に2杯程度の味噌汁が放射線による体への影響を抑えることができると謂えるような研究報告はありません。あるのは乾燥重量で食事の10%を味噌に置き換えた食事を与えていたマウスに高線量の放射線を照射したところ、そうで無いマウスにくらべ、小腸粘膜幹細胞の生存率が高かったというものです。この実験に於いてはマウスの生存日数に統計学的に有意な差は確認できておりません。

少しでも効果が確認できているのなら、念のために味噌を食べておけば良いのでは?そんな風に考えてしまいそうですが、動物実験の結果を人間に当てはめて効果があると考えるのは実はとても無理があることなのです。もう一つ、効果が確認できたのは食事全体の10%も味噌に置き換えた食事をしているマウスであることです。これを人間に置き換えてみましょう。1日の食事量を仮に1500gとすれば、150gの味噌に相当します。そんなに味噌を食べられるものでしょうか?いや、もう少しすくない量でも効果があるのかも知れないと、思うかも知れません。しかし、このような実験はなるべく少ない量でも効果を確認したいものなので、おそらくですが少ない味噌の量で予備実験を行ったことと推測されます。それでも10%味噌食にしたと謂うのは、それより少ない量では有望で無かったのかも知れない・・・などと謂う事が想像されます。

塩分摂取量はなるべく控えめにすることが求められている状況で、必要のない塩分を摂ることを推奨するのはあまり望ましくないと私は考えます。

因みに、上記の実験が報告されているのは、みそ健康づくり委員会が刊行した『みそサイエンス最前線』(1999)という冊子です。この話を紹介している伊藤教授の記事の扉絵です。

f:id:doramao:20110722173007j:image:w500

体裁を見ていただければ分かると思いますが、これは学術雑誌では無く、一般の方を対象とした味噌の効果を宣伝する冊子に過ぎません。有望な研究であれば、学術誌に投稿され、検証を受けて掲載されると謂う手続きが踏まれると思うのですが、私の調べた限りでは、学術論文として上記の実験が掲載されているのを見つけることができませんでした。

では、なぜこのようなたいした根拠を持たない言説がこれ程までに広がってしまったのでしょうか?

■もっともらしい根拠

デマは人々が不安な状態にある場合、通常時よりも大きく広まるとされております。しかし、不安な状態であればどんな情報でも信頼してしまうワケではありません。もっともらしく感じてしまうような何かがあったから大きく広まったに違いありません。

その1つとして考えられるのが、過去の実績と伝統食品と謂うキーワードです。

もともと味噌は昔から日本で食べられてきた食品・調味料で、一般に健康食品として認知されていると謂う背景があると思います。そのうえで、過去に放射線の害を軽減したと謂う実績があると謂われたらなんとなく信用してしまうかもしれません。どちらか1つの情報だけでは説得されにくいのですが、この両者が合わさることで急に情報の信頼性が上がったように感じてしまうように思います。更に、この情報が緊急性を求められるモノであった場合にはデマは一気に広まっていくように思います。

では、味噌の場合はどのような情報があったのでしょうか?

自身や家族も被曝した長崎の秋月辰一郎医師の体験談がそれにあたると考えられます。この体験談の中で、原爆症にあわずにすんだのは、『わかめの味噌汁のおかげ』と語っております。このエピソードを参考にチェルノブイリ原子力発電所事故の際にも、味噌が活躍したという情報も付加され、伝統食品の味噌に放射線の害を軽減する効果がある、と謂う情報に説得力が加わったのでしょう。これには日本の伝統食品がヨーロッパで活躍』という、なんとなく嬉しく感じてしまう情報が含まれている事を見逃せないと思います。

■本当にヨーロッパで活躍したのか?

さて、ここからが本題です。味噌が効くか効かないかは不明ですが、現時点では味噌を沢山食べて放射線の影響を軽減できる事を明らかにした研究は無いと謂うところまでは良いと思います。尤もらしく感じられる割には実はあやふやという事ですね。では、この噂話につかわれた情報は全てあやふやで根拠の乏しいモノなのでしょうか?

どらねこは、本当にチェルノブイリ原子力発電所事故の後、ヨーロッパで味噌が飛ぶように売れたのかを検証してみます。

ネット上でこのような記述*1をみかけました

1986年にチェルノブイリ原発事故のあと秋月医師のレポート『長崎原爆記』の英訳が西欧で広まり、味噌の輸出量が爆発的に増えました。

それまで約2トンそこそこであったものが、チェルノブイリと秋月医師のレポート以降に急増し、出荷量は年間14トンまで増加しました。

他には、輸出量などの数字の無いものもありますが、事故後にヨーロッパで味噌の消費量が急増*2したという部分は同じです。

■検証してみた

まず、味噌の輸出量全体を確認してみましょう。これは財務省から発表されている味噌輸出量の推移を抜粋したモノです。

f:id:doramao:20110722173152j:image:w500

味噌の輸出量はほぼ一貫して増加しており、輸出量は20年間で10倍ほどにまで拡大しています。チェルノブイリでの事故は1986年ですが、前年に比べて増加しているのはわかるものの、前後の増加ペースとほぼ同じであり、ここからは事故の影響は確認できません。

ここから推測できるのは、チェルノブイリ事故は、日本の味噌輸出量に全体には大きな影響を与えていなそうだ、と謂うことでしょう。

では、このときヨーロッパではどのような変化があったのでしょうか。同じく財務省の貿易統計を参考にして、その推移を表にまとめてみました。

f:id:doramao:20110722173250j:image

まとめてビックリしたのですが、確かに前年に比べ、大幅にみそ輸出量が増えておりました。しかも、翌年は半減に近い減り方をしており、なんらかの特需があった事が予想されます。簡単に調べただけでは、原子力発電所事故以外の要因を見つける事が出来ませんでしたので、おそらくその影響で輸出が増えたのでしょう。

実のところ、マクロビオティック及び、食養関係者が拡張して流した情報に過ぎないと思っていたのですが、本当だったようです。

■それが何を意味するのか

味噌の輸出がその時だけ突出して増えたのは事実ですが、それが何を意味するのか正確なところを調べるのは実は相当難しいと思います。

例えば、味噌を食べている人が10人しかいない国があったとして、それが3倍になっても30人になるだけですが、10万人の国で3倍であれば、30万人になり、増加数は前者が20人なのに対し、後者では20万人と大きく違います。それぞれの国の人口規模、味噌愛好者の数などを把握しなければ、どの程度の影響であったのかを判断するのは難しいと思います。

また、味噌の輸出量は確かに増えているのですが、それが本当に消費されたのかどうかはこのデータからはわかりません。もし放射線による健康被害への対策として用いられていたとしても、効果があった事を証明するような研究成果は知られていないので、結局何も謂えないのです。

■憶測

さて、ここから先はどらねこの憶測です。そんな風に考えることもできるんだな、程度に読んでくだされば幸いです。

当時、ヨーロッパへの味噌輸出量は約200tであり、事故の年でも約400tにすぎません。これは日本国内の生産量60万tと比べるとお話しにならない程少ない量であることがわかります。ヨーロッパのごく一部の方々しか味噌を食べていない事は想像できるでしょう。では、この味噌を消費していたヨーロッパに住んでいる方々と謂うのはどんな属性だったのでしょうか。想像に過ぎませんが、その多くは日本国籍を持つ方や日系の人、或いは日本食愛好家だったと思います。ところで、この日本食愛好家には普通の日本食ではない、マクロビオティックや玄米菜食愛好家が相当数含まれていたのではないかとどらねこは推測しております。

マクロビオティックの創始者である桜沢如一氏は、ヨーロッパ・・・とりわけフランスに拠点をつくり、彼の主張する食事療法の普及啓発に励みました。彼の著書には、玄米菜食を提供するお店や特殊な食材が売られている様子などが書かれております。また、マクロビオティックが健康に及ぼす影響について述べている研究を検索するとオランダの文献が結構な割合でヒットするのですが、このこともマクロビオティックがヨーロッパに於いて無視できない影響を与えている事を示す傍証といえそうです。どうも北ヨーロッパや低地諸国などで人気があるみたいです。

チェルノブイリ原子力発電所事故、秋月医師の体験談を紹介したのは、現地のマクロビオティック実践者ではないでしょうか。それと謂うのも、秋月医師は桜沢如一氏の教えを守り、持病を克服したというエピソードとともに語られる人物だからです。それ以来、秋月医師はマクロビオティックの考え方に賛同し、玄米菜食を採り入れた食生活を推奨するようになったと謂うことです。マクロビオティックを知る人の間では広く知られている人物なのです。

そうして、チェルノブイリでの事故後、現地のマクロビオティック実践者や食品販売者からの注文が増えたことを受けて、当年の味噌輸出量が倍増したのではないかと考えます。もしかしたら、現地のマクロビ実践者から、善意の支援物資として、旧ソ連へ味噌が大量に送られたというような可能性もありそうです。

■おわりに

放射線に対する不安は現在もおさまっておりません。その中で何となく味噌が放射線に効果があると理解してしまった人が結構いらっしゃるかも知れません。元々は特殊な食餌療法を行っていた人の間だけのおまじないのようなモノであったのが、伝言ゲームの末に、なんとなくもっともらしい対策法であるかのように認識されるようになると謂うのは、結構恐ろしいことだと思います。

おかしいな、と思ったときに直ぐに調べること、簡単に広めないこと、その大切さはこんなところにあるのかも知れません。後になるほど、検証は難しくなるのですから。

*1:趣旨を損なわないよう配慮し文章はかえております

*2:しかし、2トンが14トンってなんでしょうね?1985年ですら200トン輸出されているのですが

mimonmimon 2011/07/23 00:16 > しかし、2トンが14トンってなんでしょうね?

特定の国に限った数字でしょうね。
doramaoさんの表にない国といえば、当のソ連(当時)の可能性があると思います。調べかたがわからなかったので、裏づけは取っていません。
それに、東欧が崩壊しつつある時期でしたから、例えば'85年に東ドイツ経由で入っていたものが'86年には直輸入になったりして、統計上の推移での輸出量と消費量とが大きく食い違う可能性もあります。

doramaodoramao 2011/07/23 08:43 そうなんですよ。公式の統計には載っていないんです。
実際は0ではないと思うんですが。