本当にこわい(?)アルコール摂取【後編】


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本当にこわい(?)アルコール摂取【前編】
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20120113/1326439113

前回はアルコール摂取で脂肪がつくワケをお話ししましたが、太ってしまうのは見た目でわかるので、気をつけなきゃ・・・と自覚しやすい問題であると謂えそうです。しかし、アルコールの害はわかりやすい物ばかりではありません。気がつかないうちに体は悲鳴をあげているのかもしれません。今回は慢性疾患や栄養素欠乏の問題などを中心にお話をしたいと思います。あー、こんなに体に影響があるんだなぁと謂うのをなんとなく感じてもらえれば良いと思います。


■慢性疾患とアルコール
飲酒は様々な慢性疾患のリスクファクターです。面倒な人はこんなにいっぱいあるのだなぁ、と読み飛ばして頂いても雰囲気は伝わるかと思います。

肝障害:
お酒の飲み過ぎで悪くする内臓は?と、問われればたいていの方は肝臓を思い浮かべるのではないでしょうか。
脂肪肝アルコール性肝炎肝硬変をアルコール性肝疾患と呼びます。前回述べたように食事からのエネルギーが十分な状況で大量のアルコールを摂取すると肝臓は体脂肪を合成する方向に向かいますが、その脂肪が肝臓に蓄積し脂肪肝ができあがります。脂肪肝は食生活を見直すことで改善することが可能ですが、そのままの飲酒習慣を続けてしまいますと*1肝硬変に移行する事がありますので要注意です。この肝硬変は生活を改めても元には戻りませんので要注意です。肝硬変は、アルコール代謝能力*2や肝炎ウイルスの感染の有無が発症に影響を与えますので、該当する方は特に注意が必要でしょう。また、アルコール性肝炎は主に、短期間に大量の飲酒が危険因子です。



高血圧:
アルコールは高血圧も招くことを多くの疫学研究から確認されております。この血圧上昇は少量飲酒でもおこるもので、飲む量が増えるほど血圧の上昇幅は大きくなると*3と指摘されております。大量飲酒者では禁酒により血圧が低下する事が報告されており、血圧とアルコールには密接な関係があることがわかります。塩分摂りすぎで高血圧が心配な方は特に飲酒量には気をつけたいところです。


脳血管障害:
アルコールは脳出血の危険性を高めますが、これは先に述べた血圧が関係していると考えられます。しかし、脳血管障害全般でみると軽度または中等度の飲酒ではアルコールによる悪影響ができない事もあり、肝臓や血圧の影響ほどには断定できるほどの影響ではないみたいです。


心疾患:
上の3項目とは少し異なり、少量飲酒者ではむしろ心筋梗塞の発症率が低下することが多くの疫学調査により報告されております。とは謂え、飲む量が増えると心筋梗塞のリスクは高くなる*4ため注意が必要です。この少量飲酒の心筋梗塞予防効果には様々な要因が複雑に関わっている*5と考えられますので、「心筋梗塞予防にお酒を飲んでいいぞ!」と飲酒の口実にしない方が良いでしょう。


がん:
アルコールはWHO傘下のがん研究機関では明確な発がん物質として分類*6されております。主に上部消化管がんや肝臓、直腸、結腸がんのリスクを高くすると考えられております。女性ではさらに乳がんについても関連性が指摘されております。食べ物の発がんリスクを気にする人はアルコールを無視することはできないでしょう。



糖尿病:
糖尿病の方では飲酒は御法度と一般に認識されておりますが、その悪影響は今ひとつはっきりしないようです。もちろんそれは少量たしなむ程度の飲酒についての話*7です。糖尿病は食後の高血糖が心配される病気ですが、むしろ飲酒*8後しばらく経ってからの低血糖の方が心配*9になるのです。なので、糖尿病の方が飲酒をする場合は、低血糖予防のためにキチンと必要な食事を一緒に摂るようにしましょう。



■微量栄養素とアルコール
アルコールは消化器系や代謝を司る肝臓にダメージを与えることなどにより大切な栄養素の吸収や利用にも悪影響を及ぼすことが心配されております。ここでは特に心配される栄養素について言及をします。

ビタミンB1
大量飲酒者にビタミンB1チアミン)欠乏が多いことが知られておりますが、これはビタミンB1の吸収が低下するだけでなく、大酒飲みに食事内容が貧困な人が多いことも影響していると考えられます。


葉酸
お酒を飲む人は特に気をつけなければならないビタミンと謂えるでしょう。アルコールは葉酸吸収を悪くするだけでなく、葉酸の肝臓などでの代謝にも悪影響を及ぼし、巨赤芽球性貧血をはじめ、妊娠後の胎児の成長への悪影響、大腸がんや直腸がん発生リスクの上昇など深刻な問題を引き起こす可能性があるため、とても注意が必要です。



マグネシウム
アルコール依存症や大量の飲酒を習慣的に行う人ではマグネシウム欠乏が心配されます。マグネシウムは様々な代謝酵素に関わる重要な物質ですので、影響は多岐にわたりますが、特に注意しなければならないのは不整脈のリスクを高める事でしょう。


亜鉛
アルコールは亜鉛の吸収を低下させますが、マグネシウムと同様に様々な役割を持つ栄養素なので体への影響が心配されます。アルコール分解を担うADHと謂う酵素亜鉛を含む酵素であるため、亜鉛欠乏がアルコールの害をさらに増強させる悪循環に陥る可能性もありそうです。


■ほどほどの飲酒は健康に良い?
前編からここまでアルコールの問題点ばかりを指摘してきましたが、この項目ではアルコールの体によさそうな効果を鶏揚げ採り上げてみようと思います。だって百薬の長なんて言葉もあるぐらいですからね。では、どらねこが考えるアルコールの良い作用を幾つか書いてみます。

食欲の増進:
なんだか食べたくないなぁ、と謂う時にもちょっとアルコールが入ると食が進むことがあります。食事を美味しく楽しめる節度のある飲酒は食生活を豊にするかもしれません。


心理的効果:
普段の生活からちょっと離れて他者とコミュニケーションをとるのに飲酒は適していると考えられます。また、落ち込んだ気持ちを切り替える効果もあることでしょう。しかし、この楽しい経験が飲酒習慣への動機付けともなりそうなので注意が必要です。


血中脂質の改善効果:
所謂善玉コレステロールと呼ばれるHDLは習慣的なアルコール摂取により血中の濃度が高くなります。これがアルコールの心保護作用に影響しているとも指摘されますが、HDLを増大させる効果だけを取り出せるワケではないことを忘れてはいけません。



微量成分の影響:
例えば赤ワインに含まれるポリフェノールやフラボノイド類の健康効果がさかんに調べられております。


死亡率に与える影響:
アルコール摂取と死亡率の関係を調査した結果をグラフにすると、少量の飲酒者については全く飲まないグループと大量に飲むグループに比べると死亡する人の割合が少ないと謂う各種の調査結果が確認されております。この事を「Jカーブ効果」呼び、少量飲酒の健康効果の根拠とされたりします。


■飲み方に気をつけて比較的安全(?)な飲酒
さて、前の項目でアルコールの健康に良い作用を紹介しましたが、それらが発揮されるのはほどほどの飲酒を行った場合であると謂う事を忘れてはいけません。では、ほどほどの飲酒とはどれぐらいなのでしょうか?

厚生労働省の健康日本21には次のように書かれております。

通常のアルコール代謝能を有する日本人においては「節度ある適度な飲酒」として、1日平均純アルコールで約20g程度である旨の知識を普及する。
なお、この「節度ある適度な飲酒」としては、次のことに留意する必要がある。
1) 女性は男性よりも少ない量が適当である
2) 少量の飲酒で顔面紅潮を来す等アルコール代謝能力の低い者では通常の代謝能を有する人よりも少ない量が適当である
3) 65歳以上の高齢者においては、より少量の飲酒が適当である
4) アルコール依存症者においては適切な支援のもとに完全断酒が必要である
5) 飲酒習慣のない人に対してこの量の飲酒を推奨するものではない

要するに、すでに飲酒習慣のある人はまぁ、20g程度のアルコール摂取は認めようじゃないか。と謂う事ですね。で、赤くなるような人や女の人はソレより少なくなきゃダメよ、と述べているわけです。では、この20gのアルコールってどれぐらいなのでしょうか?
アルコール飲料のラベルなどにはアルコール濃度が記載されておりますが、%(パーセント)や度などと書かれています。これを重量に換算しなければなりませんが、アルコールは水よりも比重が小さいので同じ容量でも水よりも軽い事に注意が必要です。例を挙げて説明してみましょう。

例:アルコール5%のどらラガービール350ml缶1本のアルコール重量は何gでしょう?


まず、350ml中のどらビールに入っているアルコールは全体の5%ですから、17.5mlと謂う事になります。
アルコールの比重は水に比べて軽く約0.8なので、17.5×0.8で計算すると重量が求められます。
350mlのどらビールにはアルコールが約14g含まれている事が計算できました。

このように換算してみますと、いろいろなお酒の節度ある飲酒量の目安がわかってきます。実例を挙げるとさらによく分かることでしょう。




おそらく多くの愛好家が悲鳴をあげたのではないでしょうか?「1日平均にするとこれだけしか飲めないの?」「こんなのありえねーし」そんな貴方*10はすでに終わってます。ただちに悔い改めましょう。

■食べ方にも注意しましょう
アルコールの飲み過ぎは健康に悪影響を及ぼす可能性が高いのですが、食生活に気をつける事でそのリスクは大きく変わってきます。前編でも述べましたが、お酒と一緒に脂の多いおかずを摂ることは肥満や脂肪肝を招きやすくオススメできません。飲酒は栄養バランスに配慮した美味しい食事と一緒にほどほどたしなむ程度に留めておきたいところです。お酒は食事の代わりにはならないのです。
もし、少しばかり飲み過ぎてしまう事が重なるようであれば、欠乏しやすいビタミン、ミネラルを十分に確保できるようにします。葉酸についてはサプリメントを活用*11しても良いかも知れません。そして、飲酒後には脱水症状を予防するために少し薄めたスポーツドリンクに塩をぱらりと一降りしたものを飲んでから寝ると良いでしょう。

■終わりに
長々と述べてきましたが、アルコールは人体に様々な影響をもたらす取り扱いの難しい食品成分だと謂うことはわかっていただけたかと思います。ほどほどでは害は少ないと考えられますが、そのほどほどに保つことを難しくするおいしさや依存性が危険性を高めます。このような危険な成分が許容されているのはその人間社会との深い関わりが影響していると考えられます。近い将来、アルコール摂取は禁じられてしまうかもしれません。そうならないためには、個々人が適度な飲酒量を心がけるだけでなく、飲酒によって他者に危害を与える事をなくすこと、飲みたくない人にお酒を勧めない事などお酒を飲む側がキチンとルールを守ることがもとめられることでしょう。
文化としてお酒を飲む習慣を残していくためには、誰にとっても楽しい飲酒となる事が大切だとどらねこは思います。

*1:1日あたりのアルコール摂取量が40gを超える集団ではそれ未満に比べて発症率が高くなることが観察されております。

*2:一般的には女性は男性の1/2程度の飲酒でリスクが高くなると予想されます。

*3:閾値なしの容量依存的な関係

*4:所謂J字型の関係。BMIなんかもこのタイプ

*5:継続的中等度までの飲酒は血中のHDL濃度を高くする事が知られているが、これが心臓保護作用を示すと予想される。他にも血液凝固系への影響や心理学的な影響も無視できないが、それよりもほどほどの飲酒をたしなむような人々は望ましい食生活をしているためであると謂う間接的な影響も大きいとも考えられている。過信はしない方が良さそうだ。←主にじぶんに向けて

*6:Agency for Research on Cancerではアルコールの発がん性は人に対して明確であるというGroup1に分類されている。http://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/index.phpに一覧あり

*7:暴飲暴食による肥満は糖尿病に良くないことは明白です

*8:糖質量の多い醸造酒は速やかに血糖値が上がるので注意!しかし、その反動も怖い。

*9:エタノールアセトアルデヒドへ、アセトアルデヒドを酢酸へ代謝するときに、NADHが生成しますが、大量飲酒でNADHが大量につくられバランスが偏ると、糖新生の中間代謝物であるピルビン酸を乳酸にオキサロ酢酸をリンゴ酸に還元してしまうためにグルコースの産生が低下する。食事由来の糖質が少ないと低血糖に陥る可能性があるため要注意である。余談だが、アルコール依存の方が脱却するために用いられる薬ノックビンは、アセトアルデヒドを酢酸に代謝するのに必要な酵素アルデヒドヒドロゲナーゼを阻害する。アセトアルデヒドが残る事による不快感が飲酒を抑制します。悪酔いするのでお酒をあまり飲めない人と同じような状態になるんですね。

*10:筆者どらねこのこと

*11:飲酒を控え、食事からの摂取を目指すことが大前提