数学的にありえない 上

数学的にありえない 上

サスペンス。
大学院生(博士課程)にしてギャンブラーの主人公、デイヴィッド・ケインは数学の天才である。しかし、最近の彼は幻覚に悩まされており、そのせいで講師として教壇に立つことも論文を書くこともままならなくなっている。
物語の冒頭、入り浸っていたカジノでデイヴィッドは(負けることがありえないくらい低確率の手で)大敗を喫する。カジノへの莫大な負債を抱えるハメになった彼は統合失調症気味の兄ジャスパーや恩師ドクの協力の下、借金取りから逃げつつ金策に走ることになるのだが……
物語の出だしからこの調子で目まぐるしく進行し、どこにいつ話が着地するのか読者に予断を抱かせる隙もない。本書の折り返しにある「ジェットコースター・サスペンス」という看板に偽りのないダイナミックな作品だ。
物語はこの後、主人公、ジャスパー、何やら怪しげな研究を行っている大学教員トヴァスキー、その研究を横取りしようと画策する〈科学技術研究所〉所長フォーサイス、CIAの女性工作員であり主人公と同行することなるナヴァなどといった多数の人物視点から語られていく。この多数の視点というのが肝であり、物語中盤で発現する主人公の能力(背後の説明体系は異なるものの、スタンド能力みたいなもの)が周囲に(ひいては世界に)及ぼす影響と結果を魅力的にプレゼンテーションする機能を果たしている。
それからこれは個人的に感想になるが、本作一番の読みどころは伏線の張り方とその回収の手際よさにあるように思われた。
物語に彩りを添えるために挿入された確率論、量子論、相対論などに関するエピソードも楽しめた。それらはあくまでも本筋に水を差さないように抑えられているので、読んでいて鼻につかない。
総じてレベルの高いエンタメ作品です。オススメ。

蛇足。読んでいる途中から気になったのだけど、この作品はいわゆる「セカイ系」の一種なのでは?戦闘美少女(わはは)が登場するし、主人公は彼女に助けられるし。
作者は1970年生まれでゲームなどのサブカルチャーにも親しんでいるみたいだし、世代的にも受け入れられ易い設定なのかもね。