「クラシック・ミステリのススメ」

『クラシック・ミステリのススメ』という同人誌が出ました。


創元や早川などといった老舗出版社以外の国外ミステリに興味があるけど、
不案内なのでなかなか手が出ない、
というお方を想定して本書は編集されております。


国外(翻訳)ミステリの叢書を網羅的に紹介しているので、資料としても面白いです。
この本があなたの読書生活の一助を担えれば幸いであります。



ちなみにぼくは内容で貢献できなかったので、
昨日のMYSCONで売り子をしていました。

「死の相続」セオドア・ロスコー

死の相続 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

死の相続 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

ミステリ。
本書は主に戦前のパルプ小説誌で活躍した作家、セオドア・ロスコーの代表長編作品である。
「ハイチに住む資産家の叔父が殺された」語り手である青年カートのガールフレンド、ピートは叔父イーライの顧問弁護士と名乗る老黒人からそう告げられる。葬儀に参加し遺産を相続するため二人はハイチに赴き、葬儀の会場となるイーライの屋敷で彼の使用人たち出会う。だが、彼らは一癖も二癖もあるアクの強い連中だった。そして葬儀も終わりに近づいたころ老弁護士の口から遺言が読み上げられ、遺産相続の条件が判明するが、それは驚くべきものであった……

息をもつかせぬ怒涛の展開で、読者を最後まで引っ張っていくのがこの作品の特徴。テンションの高さは章題にも現れており、14の章題のうち半分にあたる7つに感嘆符が付いている。ちなみに邦題には付いていないけど、原題はきちんとエクスクラメーションしてます。内容もパルプ出身の作家の作品らしく、B級ノリ感満載。のっけから『そして誰もいなくなった』ばりの皆殺し展開で、物語の佳境には「ゾンビ」まで登場する。しかもその「ゾンビ」、山賊を率いて暴動を起こすし。折からの悪天候と葬儀の太鼓のリズムが鳴り響く不気味な状況で展開する連続殺人事件は、密室殺人をはじめとする不可能犯罪てんこもりの大盤振る舞い。しかもそれがラストではロジカルに解かれていくんだぜ。意外なことに。
まぁ、犯人の行動には説明がうまく付けづらいところもあるんだけど、おおむね納得いく解決ですよ。とくに密室脱出のトリックはなかなか読ませます。
本書の魅力はカオティックな展開がラストの解決編でいきなりロジカルになると言うこの落差にあると言っても過言じゃない。あとは登場人物全員が怪しすぎて、かえって皆犯人らしくないところが個人的には好みでした。
作中の言葉を借りるならば「酔っ払ったポーが『不思議の国のアリス』を書きなぐったような」作品。テンション高い、変な本格が好きなら(『赤い右手』とか?)おすすめ。

「推定相続人」ヘンリー・ウェイド

推定相続人 世界探偵小説全集 (13)

推定相続人 世界探偵小説全集 (13)

ミステリ。
本書は英国ミステリ界きってのノーブルな出自を持つ作家、ヘンリー・ウェイドの代表作。准男爵家に生まれた彼の作品には、高貴な品格の漂う格調高い作品が数多い。軍隊で将校を務めた後に高級行政官としての職務に携わった経験が生かされたのか、警察組織の内部構造や事件捜査の活動内容をリアルに描く手腕に定評がある。
小説は主人公である放蕩者のユースタス・ヘンデルが、親戚の親子が水難事故で亡くなったと聞かされるシーンから幕を開ける。だが本書を実際に読む段には、まず巻頭の登場人物表の隣に載せられた家系図に注目してほしい。そしてヘンデル家一族の面々をユースタスが回想、説明する際には、誰がどういう姻戚関係にあるのかを確認しながら読み進めることをおすすめする。それが物語のプロットの根幹にかかわる部分なのだが、やや入り組んでいるため普通に読みすすめても関係の把握が困難なのだ。
この後、生活に困窮したユースタスは、自らが本家の遺産相続人になろうと親族の殺害計画を立てる。いわゆる倒叙ミステリ的な展開を遂げるのだが、後半から段階的に皮肉な様相を呈してくる。ユースタスは自ら考案した計画が原因で災厄に見舞われることになるが、事態は彼自身の意図したものとは違う方向に進展していく。そして物語は最終的に意外な結末へとたどり着く。
この「意外」というのは主人公にとってであって、ミステリ慣れした読者には本書の結末はある程度予想できるだろう。その理由はプロットの端正さと丁寧に張られた伏線にある。スマートなミステリほど論理的に妥当な構成を持つものが多いため、演繹という言葉の意味とその働かせ方を心得たものには、ある程度展開が予想できるからだ。
しかし、巧緻なプロットを抑制された文章に乗せて展開させていくその手際の見事さは、読者が本格ミステリに親しんだ者であれば必ずや感嘆させられることだろう。
「最後の一撃」もまたよし。
構成の美しさと皮肉の効かせ方がチャーミングな本書は、ミステリの初心者と上級者におすすめ。スレた人には向かないかも。

「陸橋殺人事件」ロナルド・A・ノックス

陸橋殺人事件 (創元推理文庫)

陸橋殺人事件 (創元推理文庫)

ミステリ。
本書は「ノックスの十戒」でお馴染みのR・A・ノックスの長編デビュー作。ちなみに本格ミステリのパロディとして不朽の名作と呼び声高い作品。
事件の舞台はイギリスの田舎町。ゴルフ場から程近い鉄道の陸橋の袂で、転落する際に顔を削られたらしき死体が発見される。素人探偵に憧れるモーダント・リーヴズとそのゴルフ仲間たちは、検死審での結論や警察の見立てを当てにならぬものと見なし独自の捜査を行うが、やがて彼らの推理と現実の事件の間に奇妙なねじれが生じてきて……
語り口は平易にしてユーモラス。なので、20年代に書かれたミステリにしてはかなり読みやすい。これは訳が比較的新しいこともあるだろうが、やはり作者の筆力の賜物だろう。リーヴズやカーマイクルが述べる推理のもっともらしさと、その推理が行き着く先の落差は爆笑もの。
「最後に読む本格ミステリ」というのが本書に付けられたキャッチコピーだが、言いえて妙である。ノックスは本格ミステリのマニアであり、本書もかなりプロットの複雑なハード・パズラーという体裁がとられている。もっとも、実際には犯人当て小説(フーダニット)をパロディ化した作品なので、いわゆる普通の探偵小説のような展開を期待すると、意想外な事件の決着に唖然とすることになるだろう。
真田啓介はアントニイ・バークリー著「最上階の殺人」の解説において、本書との関連――探偵が述べる推理の妥当性とその恣意性をクロースアップした作風――について述べ、先鋭性においてバークリーの方が優れているとしている。個人的にもそれには同意するが、容赦なく探偵小説を批判する側面の強いバークリー作品とは違った、ユーモラスで憎めない皮肉っぽさがノックス作品の魅力だと思う。
ありきたりなミステリに満足できなくなった、擦れたファンにおすすめ。