『血は冷たく流れる 異色作家短篇集8』ロバート・ブロック/小笠原豊樹訳(早川書房)★★★★☆

「芝居をつづけろ」(The Show Must Go On)★★★★☆
 ――かれが行ったときは休憩時間で、劇場のとなりの居酒屋は混んでいた。酔っぱらいがからんできた。役に没入したままムードを壊さず劇場に行かなければならない。

 芝居=ショウ。意外な結末を演出するためちょっと芝居にこだわり過ぎの感もなくはないけれど、一世一代の名演技に読者も騙されちゃいました。気弱なだめだめ俳優感がすごくうまく出ていたと思いきや、なるほどそういうことか。
 

「治療」The Cure)★★★★☆
 ――ジェフが目を覚ますとナイフが振り下ろされた。マリーがおかしくなってしまったのだ。早く金を受け取って、こんなところから立ち去らなければ。そしてマリーを精神科医に診せるのだ。

 どこかで読んだことがある。主要アンソロジーには収録されてないみたいだから、乱歩の『幻影城』[bk1amazon]か間羊太郎『ミステリ百科事典』[bk1amazon]であらすじを読んだのだろうか。ショート・ショートっぽいライトな雰囲気ではなくけっこうシリアスな雰囲気だから、結末にはあっけにとられる。雰囲気とのミスマッチはなはだしい。ブロックらしいっちゃらしいのかな。バランスを無視したサービス精神。
 

「こわれた夜明け」(Daybroke)★★★★☆
 ――核弾頭が空を飛び、そのたびに山が揺れた。事態を打開しようとした勇敢な人々もいた。だが男は逃げることを選んだ。町中で車が、景色が、人が死んでいた。

 死に絶えた町の様子が、文章で書かれるととても幻想的です。実際のところは、広島の有名な壁に焼けついた人影をもっと残酷にしたような光景であるはずなのですが。こういう廃墟のイメージは初めて読んだので新鮮。ラスト・シーンは『博士の異常な愛情』とかを思い出します。これが軍人サンだ。
 

「ショウ・ビジネス」(Show Biz)★★☆☆☆
 ――ボートが近づいてきた。デッキに上がってきた白髪の教授は、「世界をわがものにする」計画を持ち込んできたのだった。

 ハハハ……(*^_^*)ゞ。途中でレーガンの話かと思っちゃいましたよ、そういうオチかと。少し前まで芸能界はプロデューサーブームでした。そして政治は劇場型政治。時代はまさに……ですね。
 

「名画」(The Masterpiece)★★☆☆☆
 ――わしもその昔、名画を描いたことがあるよ。モデルのヴィヴィエンヌに惚れていたんだがねぇ。見事に裏切られた。

 ショート・ショートのお手本のような、と言いたいところだけど、どこかすっきりしない。フレドリック・ブラウンみたいに軽やかでもない、サキやビアスみたいに悪意に徹してもいない、どっちつかずの感じがしてしまう。『冬ソナ』や『武蔵』のような普通のドラマなのに毎回タモリやヒチコックが解説に出てくるような違和感。

 それはそれでいいんですけどね。慣れてしまえば。読者を楽しませようとしてくれているブロックという人の思いが伝わってきて好きになるし。

 屋上屋を架すというか蛇足というか、虫が嫌いという伏線が中途半端にかえって余計なせいで種明かしに驚きがないのです。
 

「わたしの好みはブロンド」(I Like Blondes)★★★★☆
 ――これは単なる趣味の問題だ。わたしの好みはブロンド娘だ。その安っぽいダンスホールにも一人ブロンド娘がいた!

 最後になって意外な展開がどどどどっと打ち寄せる。いや、どどどどってほどでもないけど。ひとひねりある。そのひねりに別の意外性をぶつけてくる。この作品はそれがうまくいっている。あからさまじゃなくさりげないのがいいのかな。

 あからさまなオチは“趣味の問題”の方に譲ってますね。ブラッドベリ「趣味の問題」[bk1amazon]を読んだばかりだったおかげで、ああ、“趣味”=“Taste”かとすぐわかったけど、日本語ではオチになってないこともあって、ブロック特有のやりすぎ感はなかったです。いろんな要素を詰め込んだサービス満点な作品であることに変わりはありませんが。
 

「あの豪勢な墓を掘れ!」(Dig That Crazy Grave!)★★★★☆
 ――ジョジョ・ジョーンズが町に来ると聞いて、タルメイジ教授はドロシーとともにインタビューに赴いた。バンドマンたちの独特の言葉遣い、誰もが同じような目つき……。その日からドロシーは変わった。

 タイトルの意味がよくわからない……? これもスラングなんでしょうか……?。

 ウールリッチの「パパ・ベンジャミン」[amazon]といい、ジャズと魔力は相性がいい。麻薬に溺れた快楽主義のミュージシャンたちの生態と、それに惹かれる若い女とそれを理解できない堅物教授。――と聞けば、ジャズ・エイジロスト・ジェネレーションの……、と思いきや。自分に理解できないものはそりゃ怪物に見えるものですが、それを実際に怪物として描いてしまったブロックのお茶目と筆力とセンス。
 

「野牛のさすらう国にて」(Where the Buffalo Roam)★★★★☆
 ――その晩のことはよく覚えている。何万頭という野牛の群れに出くわしたんだ。ドックや鉄頭の言うことには、人間だって昔はそのくらいいたのだという。

 きっと風刺にしたかったせいだと思うのですが、訪問者があまりにも理不尽で偉そうで自信満々でちょっと不自然でした。そこまで見え透いた悪役にしなくてもいいだろうと思うのですが。ポスト・ホロコーストを侵略者SFに仕立て上げたひねった西部劇。
 

「ベッツィーは生きている」(Is Betsy Blake Still Alive?)★★★☆☆
 ――ジミイ・パワーズはスティーヴよりも若く実力もないのに、とんとん拍子に出世していた。女優の死さえ宣伝に利用してしまう男だった。

 唐突なラストだと思ったんだけどよく読むとちゃんと伏線があったんですね。ジミイの発想自体がよくわからなかった。映画の公開直前にスターが死んでしまったら、何もしなくても遺作ということで話題性抜群だと思うんだけどなぁ。ジミイがやろうとしたこと・やったことって、やらずもがなだと思ってしまった。そう思ってしまうのはすでに毒されているのか。死んでしまった途端に興味をなくすのが自然な感情なのだろか。
 

「本音」(Word of Honor)★★★★☆
 ――その日さまざまな事件が発生した。誰もが本音を口にしたあげく、辞任し自首し広告を取消し……。真相を探るべく、記者のジョー・サタリーは取材に出かけた。

 うまいっ!と思わず声をかけたくなる、落語みたいなスマートなオチ。話自体もフレドリック・ブラウンみたいな愉快なホラ話。ブロックがこんなタイプの作品も書くなんて、かなり意外でした。「わたしの好みはブロンド」もこんなタイプですね。
 

「最後の演技」(Final Performance)★★★★☆
 ――車を修理しているあいだ、そのレストランに泊ることになった。主人は偉大なるルードルフ。かつての花形。ロージーが部屋に案内してくれた。こんなきれいな人がどうしてあんな男と……。

 狂気の『サイコ』と正気の「最後の演技」、どっちが怖い? ブロックならロージーをもうちょっと魅力的にも書けると思うんだけれど、そういうクライムっぽい男と女の関係を敢えて掘り下げずに、一流芸人の「最後の演技」の凄みとアイデアに賭けた作品。その賭けが見事に決まって、素晴らしい作品になりました。さてもう一度。狂気の『サイコ』と正気の「最後の演技」、どっちが怖い?
 

「うららかな昼下がりの出来事」(All on a Golden Afternoon)★★★☆☆
 ――イーヴ・イーデンが女優をやめると言いだした。駆けつけた精神科医にイーヴが話したのは、『アリス』の話と、その話を売ってもらったという話だった。

 原題を読めば一目瞭然、「うららかな昼下がりの出来事」とは『アリス』の生まれた「黄金の昼下がり」のことであります。

 少し前に読んだレイ・ブラッドベリ『ウは宇宙船のウ』[bk1amazon]に「亡命した人々」という作品がありましたが、あれなども幻想作家への著者なりのリスペクトでした。本篇もブロックなりの幻想作家(夢作家)へのリスペクト、もとい幻想小説を分析してしまう無粋な精神科医へのアンチ・リスペクトと言ってもいいでしょう。

 なぜそれを飲むとそうなっちゃうの?というのが、作品内の理屈でも合ってないように思うのですが、これはあっちの世界に行っちゃったのか、見えなくなるほど小さくなっちゃったのか、はて。
 

「ほくそ笑む場所」(The Gloating Place)★★★★☆
 ――スーザンは一刻も早くほくそ笑む場所に行きたかった。人目につかない秘密の場所。痴漢に遭って以来、学校はスーザン一色だった。だけどトムはマージョリーに夢中なままだ。

 アンファン・テリブルものというよりも、黒い仮面のイメージが強烈に焼き付きました。「オッターモール氏の手」[bk1amazon]を読んで手のイメージが焼き付くように。

 海外にはこうした孤独な子どもものとでもいうべきジャンルが存在するように思います。日本作家のものより圧倒的に多いし圧倒的にうまい。
 

「針」(The Pin)★★★★☆
 ――そこから覗くと屋根裏部屋に男の姿が見えた。本のページをめくり、針を突き刺し、すすり泣く。目的は何だろう。男が食事に出たそのすきに、ストーンは屋根裏部屋に忍び込んだ。

 覗き見とは、まるで亂歩のやうではありませんか。本をめくつては針を突き刺し啜り泣いてゐるのを見ますと、益々亂歩めいて參ります。屹度中は蝋燭の薄明かりだけなのでせう(妄想)。ストーンが針を盗んだのも、何も惡いことに利用しやうと思つたわけではなく、良かれと思つて遂つたことでございました。まこと世の理とは恐ろしいものでございます。
 

「フェル先生、あなたは嫌いです」(I Do Not Love Thee, Doctor Fell)★★★☆☆
 ――プロムリーは診察室でフェル先生にしゃべり続けた。昔の言葉しか出てこないんです。しかも肝心なときには何も出てこない……。先生、わたしは大丈夫なんでしょうか。

 ミステリ好きの因果な血ゆえに、ドクター・フェルと聞くとどうしても「うぉっほん!」のお方を思い浮かべてしまい困ってしまいました。そんなこんなでちょっとにやにやしながら読んでたおかげで意外性が増してよかったかもしれません。タイトルはマザー・グースですね。
 

「強い刺激」(The Big Kick)★★★★☆
 ――たいていの人は、預金通帳で財産の額を確かめる。でも、ジュディはいつも鏡を使った。ミッチとつきあい始めてからは、ミッチに言われるままケニーにお金を出させた。とても刺激的だった。

 本篇にしたって「ほくそ笑む場所」にしたって、ブロックなんだから最後に何かあるだろうと思いながら読むわけです。そういう意味では予想どおりの話ともいえるでしょう。「わたしの好みはブロンド」みたいな飛躍した作品はそうそうあるわけではありません。だけどつまらなくないのは、やっぱ上手だからでしょうね。本篇なんかだと、冒頭の一文だけでぐっと作品に引き込まれました。
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血は冷たく流れる
ロバート・ブロック著 / 小笠原 豊樹訳
早川書房 (2006.3)
ISBN : 4152087102
価格 : ¥2,100
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