『ミステリマガジン』2007年06月616号【面白さは国境を越える―ニッポン小説の実力】★★★☆☆

 特集は「ニッポン小説の実力」ということではありますが、春樹訳『ロング・グッドバイ』とからめたチャンドラーミニ特集と言っていいでしょう。

「異色作家短篇の愉しみ、ハードボイルドの神髄」若島正×小鷹信光
 お二人が短篇小説について大いに語っています。ヴィンテージ・マガジンを全ページスキャンしてあるサイトって見たいなあ。ハーラン・エリスンの作品掲載の《ローグ》誌とかがあるらしい。小鷹信光『新・パパライスの舟』と若島訳ナボコフ『アーダ』が刊行予定とのこと。
 

「ミステリアス・ジャム・セッション第73回」貫井徳郎
 貫井徳郎は明詞シリーズ2冊を読んだだけだけど、理屈が先走っている印象。面白そうなんだけど最後はどうもすっきりしないというか。
 

「特集 面白さは国境を越える―ニッポン小説の実力」
◆作家の側から積極的にアプローチしている冲方丁、これも日本人の側から「輸出」を仕掛けたヴァーティカル社社長のインタビュー、がよかったかね。極端な金儲け主義の角川&幻冬舎組と、文化を出版しているんだと胡座をかいているその他の出版社組に二極分化されている日本では、相手の国がどう受け入れるか云々以前の問題があるのだろうが、頑張れ。

◆ほかに、池井戸潤大沢在昌金原ひとみ北村薫栗本薫法月綸太郎原りょう光原百合ら、自作が海外で出版された作家さんのアンケート。短い中にも何となく人柄がうかがえるなぁ(^^;

◆「日英対訳で読むニッポン小説」ということで、『グロテスク』『秘密』『犬神家』『棒の哀しみ』『凍える牙』から抜粋。翻訳の勉強にもなる。
 

「新・ペイパーバックの旅 第15回=ハーラン・エリスン・アラカルト」小鷹信光
 異色作家短篇集に触発されて、今回はハーラン・エリスン
 

「冒険小説の地下茎 第86回」井家上隆幸

「ヴィンテージ作家の軌跡 第50回 1930年代のアンブラー(5)」直井明

「夜の放浪者たち――モダン都市小説における探偵小説未満 第30回 横光利一『上海』(後篇)」野崎六助

「英国ミステリ通信 第102回 ヴァル・マクダーミドと読者の集い」松下祥子
 

ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第110回 叙述トリックエピメニデスのパラドックス笠井潔
 

「日本映画のミステリライターズ」第10回(比佐芳武(再)と「三本指の男」)石上三登志
 

村上春樹訳『ロング・グッドバイ』を読み解く」小鷹信光・古屋美登里
 小鷹氏は翻訳について徹底比較。古屋氏は春樹=チャンドラーの喪失感について。どちらもよい。
 

「ゆすり屋は撃たない」レイモンド・チャンドラー小鷹信光(Blackmailers Don't Shoot,Raymond Chandler,1933)★★★☆☆
 ――男はパウダー・ブルーのスーツを着ていた。服は、魂までもっているかのようにぴったり体に合っている。名前はマロリー。「この手紙はあなたにとって一万ドルというところです、ミス・ファー。それほど高くはないでしょう?」彼女は顔もあげずに不快げに言った。「馬鹿げてるわ」

 デビュー三人称小説。これは新訳とは言っても、旧訳も手がける小鷹氏による改訳決定版。稲葉明雄訳「脅迫者は射たない」で読んだことがあるがすっかり忘れていた。中篇の長さですらプロットがかなり複雑。チャンドラー=構成が弱いというイメージだったのだが意外なことにけっこうきっちりしていた。とはいえ長篇でこの複雑さを持続させたとなるとわけわからんのが出来上がるだろうなぁ。結局のところ出来上がった長篇は短篇を継ぎ足したような作品であるわけだし。タイトルとは裏腹にドンパチの嵐。都合よく人が死ぬのが気にかかるといえば気にかかる。悪女、汚職警官、ちんぴら、矜恃のある探偵――デビュー作にしてすべて揃っている。
 

「スペインの血」レイモンド・チャンドラー/佐藤耕士訳(Spanish Blood,Raymond Chandler,1935)★★★★★
 ――ドネガン・マールの顔はこんなときにも端正だった。ドネガンは死んでいた。砂色の髪の大男が、なにかを探しまわっていた。「サム、薬莢がどこにも落ちていないぞ」サム・デラグエラはゆっくりと口を開いた。「おれはこいつと同じ学校に通った仲だった……」

 チャンドラーのハードボイルドのなかでは異色作に属すると思うけど、むしろこの作品の方がわたしの性には合っていた。刑事が主人公でありながら――というか刑事であるがゆえに――権力に立ち向かう気高いイメージが強まっている。主人公が私立探偵ではなく刑事である、という点だけではなく、友人とその家族ともおつきあいがある、というのも異色。意地悪く言えば、同僚も家族もない一匹狼のマーロウは恐れることなく何でもできるのだ。失うべきものを持っている主人公だからこそ、いっそう胸が熱いし、真相も切ない。
 

「世界作家ヤスミナ・カドラのビデオ会議」
 ハヤカワepi〈ブック・プラネット〉で作品刊行中のアルジェリア出身作家ビデオ・インタビュー。

「殺人鬼のルーツ―映画『ハンニバル・ライジング』」
 監督記者会見の様子。

「D・フランシス『再起』。日本冒険小説協会大賞受賞」
 

「今月の書評」など
◆ピーター・ウィムジー卿家の歴史書『The Wimsey Family』[amazon]が復刊されたそうです。値段も手頃? しかしUKでもUSAでも中古のみだな。新刊扱いは日本のamazonだけだ。amazon得意の嘘んこ在庫表示か?

◆『ブラック・ダリア』関連の書籍がまた一つ。『Exquistie Corps』。『ブラック・ダリアの真実』で示されたアートとしての死体説を踏み込んだ形で検証したもののようです。

◆『SFマガジン2007年1月号でも紹介されていたヴィクトリアン・ノワールマイケル・コックス『The Meaning of Night』がさらに詳しく紹介されています。これは読みたいなあ。

佐藤亜紀氏の日記でも紹介されていて気になっていた、イヴリン・ウォー『名誉の剣』(未訳)の映画化『バトルラインamazon]が紹介されてました。「ウッドハウスを愛読」していたというエピソードだけで、ウォーに興味が湧いてきませんか。

デイヴィッド・ミッチェル『ナンバー9ドリーム』bk1amazon]、ニール・ゲイマンテリー・プラチェット『グッド・オーメンズ』bk1amazon]。『ナンバー9』はさ、あらすじだけ見るとポスト・モダンっぽくてつまらなそうなんだけどね。先月号で風間賢二が村上春樹の影響を指摘していた。今月号では豊崎由美氏もお薦めしてる。試しに読んでみようかと思う作品ではある。『グッド・オーメンズ』は映画『オーメン』のパロディ。反キリストを取り違えた悪魔が、ハルマゲドンを前に天使と協力して云々……この設定だけで読みたくなる(^^)。

エリザベス・フェラーズ『嘘は刻む』bk1amazon]が長崎出版から出ました。「うひゃー。もしやとは思ったが、あんまり堂々と使われるとのけぞるしかないトリックですわ」だそうです(^^;読みたくなるぢゃないか。

レックス・スタウト『苦いオードブル』ポケミスです。ネロ・ウルフものの魅力って、アーチーの語りにかなりウェイトがあるんじゃないかと思っていたりもするので、スタウトは大好きなれど、さてノン・シリーズはお手並み拝見、という気持で臨んでしまいます。『手袋の中の手』と比べると評価が高そう。

◆いよいよ完結異色作家短篇集『棄ててきた女』bk1amazon]、『エソルド座の怪人』bk1amazon]のアンソロジー二作です。イギリス篇である『棄ててきた女』は怪奇幻想篇ですよ、コッパードやらエイクマンやらL・P・ハートリーやらです、狂喜乱舞です。『エソルド座の怪人』は世界篇。こちらも普段読めないような国の作品や作家が収録されていて楽しみ。そしてダーク・ファンタジー・コレクションからはオーガスト・ダーレス編『漆黒の霊魂』bk1amazon]。これはダーレス編のアーカム・ハウスからのアンソロジーと聞けば何となく内容の想像はつくでしょう。怪奇怪奇。ダーレス周辺のものは、クラシック、ではなく、古くさい、イメージがあるので期待半分不安半分ではありますが。

小玉節郎「ノンフィクションの向う側」◆

 チェルノブイリの森』メアリー・マイシオ。サブタイトルにあるとおり「事故後二〇年の自然誌」という内容とのこと。

◆風間賢二「文学とミステリのはざまで」◆
 ニール・ゲイマンテリー・プラチェット『グッド・オーメンズ』。これは三橋暁氏も紹介してたし、『SFマガジン』でも紹介されていました。面白そうなんだよね。
 

「隔離戦線」池上冬樹関口苑生豊崎由美

「翻訳者の横顔 第90回 おいしい話」武藤崇恵
 

『藤村巴里日記』第03回 池井戸潤
 ――三百フランの入金は、この人物に支払われた給与ではないか。しかし、給与なら定期的に支払われるはずだ。仮説その二。これは給与ではなく、原稿料ではないか。朝日新聞社からの入金がいくらあったのか、日記から書き出してみた。

 いよいよ島崎青年の登場である。
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