『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』ディクスン・カー/岡照雄訳(創元推理文庫)★★★★☆

 カーの作品でなければ邦訳されなかっただろうけれど、カーの作品だと思って読むと裏切られないこともない、なかなか本格派の歴史小説でした。

 歴史読み物としては、はっきりいってツヴァイクマリー・アントワネット』なんかよりは遥かに面白い。

 カーはさすが小説家なだけあって、再構成がうまい。それだけに問題点ももちろんあって、そこは歴史家でもあるダグラス・G・グリーンがあとがきで指摘しているわけですが。

 残念なのは、歴史小説部分とミステリ部分が完全に独立しちゃってるところ。歴史小説を読んだあとで、先生の解説を読まされるというような、拍子抜け感が漂う。

 いま「歴史小説」と書いたけれど、実は小説というよりは評伝のスタイルに近い。ノンフィクション・ノベルのスタイルと言ってもいい。だから「解決篇」もそのスタイルで書けばいいようなものの、カーは律儀にもフェアプレイの本格ミステリみたいな解決篇を用意しているから、ちぐはぐな印象を受けてしまうのである。

 一応のところミステリとして書かれてはいるのだけれど、エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件の謎を描いたミステリではなく、エドマンド・ゴドフリー卿殺害によって引き起こされたイギリスの騒動を描いた歴史作品だと思った方がいいでしょう。

 英王チャールズ二世(カーはちょっとチャールズびいき過ぎか?)、カトリック狩りの急先鋒シャフツベリー伯爵、密告ペテン師のオーツにベドローといった〈主要な〉人物から、本来であれば名もなき市井の人々であったはずの容疑者たちの一人一人にいたるまで、カーは気を抜かずに描ききってくれているので、退屈な場面など皆無である。

 何人かいる密告者の性格もきちんと描き分けているし(この〈性格〉というのが真相を照らすヒントにもなっている)、王と議会の政治的かけひきの緊張感がたまらない。

 この政治的かけひきがめっぽう面白い。反カトリックのシャフツベリーが、ゴドフリー事件をカトリックの仕業に仕立て上げることで民衆の反カトリック感情を煽り、カトリックの王弟ジェイムズを追放し、王の私生児を戴く傀儡政権を成立させようと目論む――というのが乱暴な要約であるが、こうした政治問題を一大大河ドラマ的絵巻として臨場感たっぷりに描くことが、ミステリ的なテクニック(ミスディレクション?)にもなっているような気もする。この部分が面白ければ面白いほど、裏を掻かれるというか。

 そうは言ってもミステリとして読むなら、むしろ犯人当てよりも、誰かが「そう言った」らそれが動かぬ証拠になるという恐ろしい当時の裁判を題材に、しかも結末のわかっている事件を題材にした、法廷サスペンスとして楽しむべきだとは思ふ。

 十七世紀、王政復古の英国。国王暗殺の噂が流れるなか、治安判事エドマンド・ゴドフリー卿が不可解な失踪を遂げ、五日後に無惨な遺体となって発見された。旧教徒の陰謀か、私怨による復讐なのか。虚実綯い交ぜの密告、反国王派の策動も相俟って、一判事の死は社稷を揺るがす大事件へと発展……。不可能犯罪の巨匠J・D・Cが英国史上最大の謎に挑んだ、歴史ミステリの古典的名作。(裏表紙あらすじ)
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