Huluの「今後」を展望するためのヒント

前回取り上げた「HuluがTV.comやBoxeeからのアクセスを遮断した」という話題を伝えるPaid ContentAdvertising Ageの記事に、Huluの今後を展望する上で興味深い内容があったので、紹介してみたいと思います*1

まず1点目は、「Huluの配信パートナー(YahooやAOL、最近までのTV.comなど)は、自社サイトを通じて視聴されたHuluのコンテンツについて通常広告収入の10%を受け取っている」という記述です。コンテンツのネット配信を外部サイトでも場合のレベニュー・シェアのモデルについては、業界内では広く知られた話であったり、あるいは「慣習」が出来上がっているのかもしれません。でも、このような具体的な数字が一般に出てきたのを読んだのは初めてです。Huluは自社サイト以外からの視聴が半分以上を占めていると言われています。自社サイトと外部サイトでの視聴が半分ずつ、そして外部視聴には全て10%の手数料が発生すると単純に考えると、Huluの広告収入全体*2の5%程度が配信パートナーに支払われていることになります。

もう1点面白かったのが、上に挙げたAd Ageの記事に「HuluがNBCとNews Corpのコンテンツを独占的に配信できるのはあと1年程度だから、TV.comはそれが終わり次第自社が直接配信できるように働きかけるつもりなのではないか」という見方が載っていたことです。

少し説明が必要です。ここで独占的というのは、NBCとNews Corpが直接行うネット配信(NBC.comやFOX.comで行われる番組配信など)を除いて、アメリカ国内で合法的に行われるこの2社のコンテンツの無料ネット配信はHuluが独占的な権利を持っているということです。「Heroes」や「American Idol」などの人気作を含むNBCやFOXの番組はアメリカ国内からであればYahooやAOL、Comcast、MSNなどのサイトでも合法的に視聴できますが、これらは全てHuluを介して行われています。Yahoo.comの動画提供サイトから「Heroes」を視聴しようとすると、Huluのメディア・プレイヤーが立ち上がるのです。ユーザーにとってはいろんなサイトで人気ドラマが見られて便利なのですが、ビジネスを行う側としては、Huluを通さないとNBCやNewsのコンテンツを自分のところで提供できないというのが今の状態です。「打倒Hulu」を目指すようなネット配信事業者にとっては、あまり歓迎できない環境だと言えるでしょう。

もうひとつ、HuluとNBC、News Corpの間で結ばれた独占配信契約があと1年で切れるというのは、Huluの立ち上げ当初に親会社である2社との間で2年間の独占契約が結ばれたことを指しています。これが厳密にいつ発効したのかは定かでありませんが、Huluが本運用を開始したのが昨年の3月初旬だから、そこを起点として考えるとあと1年程度で契約期間が終わるだろうというのが趣旨です。

日本の感覚で行くと、大メディアの子会社として作られて一定以上の成果を上げている企業であれば、ずっとグループの一員としてやっていくのだろうと捉えがちですが、そのあたりの考え方がアメリカではあまり通じないのかもしれません。M&Aの盛んなお国柄ですから、以前「Yahoo.comはHuluを買収してはどうか」という提案があったという話を紹介したように(関連エントリー)Huluがどこかに売却されてしまう可能性というのも多少はあるのかもしれません。もしそんなことがあと1年以内に起きた場合は、独占契約の更新ということには当然ならないでしょう。

また、HuluがNBCとNews Corpの子会社であり続けたとしても、もしスタジオ側が「Huluに独占権を与えるよりも、他の会社にも権利を与える(=Huluの配信権を非独占的なものにする)方が自社の収益の最大化につながる」と結論づけた場合はどうなるのでしょうか。もしNBCやFOXが、Huluにも配信権を与えるけれどYahooやTV.comなどとも直接契約を結んで配信を許可するという方向に路線変更した場合、利用者の立場からは何も変わっていないように見えてもビジネスの仕組みは大きく変わることになります。そして、短い期間とはいえアメリカで過ごした自分の感覚から言うと、実際にどうなるかは別として、そういうことは「あり得ない話ではない」という気がします。LAで聞いた、「同じメディア・コングロマリットに属しているからと言って映画スタジオとTVネットワークが仲間や友達だなんて考えてはいけない。スタジオが製作した作品の放送料や権利を巡っては、いつも喧嘩のように激しい議論が行われているんだ。」という話を思い出します。

以前に書いたように、Huluが成功した大きな要因のひとつは、既存の主流メディアと「近過ぎず、遠過ぎず」の関係をバランスを取りながら上手く作り上げてきたことにあります。番組のネット配信は新しい技術と伝統的な権利ビジネスをつなぐビジネスですから、トップクラスのコンテンツを持つ映画スタジオやテレビ局と良好な関係を築きつつ、同時に「他者の権利を縛る」ことのみに傾きがちなオールド・メディアのビジネスの枠組みを大胆に打ち破らなければならないのです。NBCとNews Corpというアメリカ屈指の強力メディア・コングロマリットをバックに持ちながらも「大企業の一部門」ではなく「独立したベンチャー企業」という立場を与えられたHuluは、この双方を追求するのにうってつけの存在でした(もちろん、その成り立ちだけでなく、Jason KilarをはじめとするHuluのチームが極めて優秀で洞察に富んでいたということも忘れてはいけません)。ですが、Ad Ageの記事が示唆するように、これまでは大きな強みとして機能してきた「独立起業体」という立場が、もしかしたら今後いずれかの段階でHuluにとっての泣き所になるなんていうことが起きてくるのかもしれません。

このあたりのことを考えると、たとえば「大統領選の前にNBCの「Saturday Night Live」で流されたサラ・ペイリンのパロディ・ビデオ(関連エントリー)でHuluへのアクセスが大きく伸びたと言うから、やはりいろんな会社の動画を流していると言っても親会社の存在感が大きいんじゃないか」とか、「Huluが現地メディアなどとジョイント・ベンチャーを作るという形で海外展開を目指している(関連エントリー)のは、NBCとNewsへの依存を減らしたいというのが理由のひとつなのかも」など、これまでとは違った角度からもHuluの動きを見て行くことができそうです。

*1:Ad Ageの記事はもう有料購読者しか読めなくなっています

*2:2008年でおよそ7000〜9000万ドルでしょうか。関連エントリーこちら