食堂かたつむり/小川糸”桃ちゃんとサトル君の恋を叶えるジュテームスープ”

「サトル君と、両想いにしてもらえませんか?」
(中略)
 気持ちのよい小春日和に、桃ちゃんはサトル君を引き連れて自転車で食堂かたつむりに現れた。桃ちゃんはこの村から町の学校に通っている高校生で、顔にはまだあどけなさが残っている。


インド人の恋人と別れて、倫子が故郷で開店した食堂かたつむり
倫子がひとりではじめた一日一組限定の、小さな小さな食堂。
メニューはお客様と面接やファックスやメールでやり取りをして、何が食べたいとか
家族構成とか将来の夢とか予算などを細かく調査して決まる、ちょっと変わった食堂。

 なんとか桃ちゃんの恋愛を成就させるため、私も少ない恋愛経験をひっぱり出して、数日前から何を作ったらいいのか真剣に考えてきた。最初は甘い物がいいかもしれないと思い、アップルパイやバームクーヘンやクレープを試作した。けれど、試作したデザートを自分で食べながら、もしも今目の前に恋人がいたらと想像すると、それだけで胸がドキドキして少しも食べられなくなってしまったのだ。


そして、好きな男の子の前で上手にフォークやナイフを使わなければならないものは避けて
作られたお料理は、スープだった。

 私は、厨房にある野菜の中から次々と選んでそれらを細かく刻み、火の通りにくいものから順にバターで炒めた。かぼちゃを選んだのは、サトル君の巻いていたマフラーが鮮やかな芥子色で、それがきれいだったから。人参は、窓の向こうに広がる夕焼けの色を表現したかったから。最後に加えた林檎は、桃ちゃんのかわいらしいほっぺたが赤い林檎を連想させたからだ。



かぼちゃ、人参、林檎は小説通りに使うとして、あとは今ある、お野菜を細かく刻む。
大根、じゃがいも、さつまいも、ごぼう、キャベツ、玉ねぎ、長ねぎ。

 月桂樹を入れたスープストックでコトコト煮込み、最後にバーミックスで攪拌すると、淡い色彩のとろりとしたスープが完成する。恋に余計な小道具は必要ないと思い、味付けは塩だけにした。ミルクや生クリームで味をととのえたり、特別な調味料やスパイスを隠し味に使うこともあえてしない。


たくさんの野菜の旨味だけを信じて、味は塩だけでととのえました。
林檎は、林檎の赤い皮とフレッシュな甘味と酸味を残すために、皮ごとすりおろして
できあがる直前にお鍋にいれました。
わが家にはバーミックスはないので、クイジナート。こういう料理には本当に大活躍です。
ミキサーに入れたり出したりしなくても、お鍋の中で、ぐるぐるぐるーっと、簡単です。



できあがったスープは、何のスープ、とも言い難い、野菜の甘みとバターのコクが
とてもやさしい味になりました。本当に、バターと塩だけでこれだけ深い味が出るんですね。



「ジュテームスープ」なんて、ちょっと(いや、かなり)呼ぶには照れてしまう名前は
そのあと噂を聴きつけてやってきたお客さんのひとりが「ジュテームスープ」と名付けて
ブログに書き込んだことから付いたのだそう。


季節によって、そしてなにより、恋人たちや、恋人になる前のふたりや、
その訪れるカップルの数だけ、ジュテームスープのレシピは増えるのです。


食堂かたつむり」はすでに映画化もされているし、レシピ本も出版されているし、
ジュテームスープは映画公開時にはスープ専門店のSoup Stock Tokyoでも商品化されていて
作るのはためらったのだけれど、やっぱりこの作品は大好きだし、なにより
自分がとっても食べたかったので、挑戦してみてよかった。
これから寒くなる季節、いろいろな野菜で、ことことことこと、と
お鍋でゆっくりと、あったかい気持ちを温められる、しあわせ色のスープです。


生きることは食べること。
終盤までゆったりと流れていたこの物語のラストシーンには本当に驚かされたけれど
それは驚くべきことではなく、こうして毎日当たり前のようにしている「食べる」という行為には
生と死が、必ず、裏表にして存在している。
「いただきます」は、作ってくれた人への感謝の気持ちのつもりで言っていたけれど
「わたしが生きるために、大事な命をありがとう」の感謝の気持ちの言葉でもあるんだな、と
改めて思う、そんなすてきな作品でした。


食堂かたつむり

食堂かたつむり


食堂かたつむり スタンダード・エディション [DVD]

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食堂かたつむりの料理

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