drinkmeのブログ。

2016-08-14

誕生会 → King Park 再び。

21:34

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昼前から、午後半ばまで、エルソブランテ付近でお友だちの誕生会。少し遠いですが、楽しい誕生会でした。出てきたタイ料理が美味しすぎて、私ひとりでカレー3杯、チキンサテ5本、きゅうりのサラダをボウルにいっぱい。いくらなんでもそれは食べすぎだろうと思いつつ。子どもはチョコケーキを食べ過ぎたので、帰宅してから運動。またKing。友だちがいたので(Kingに来るとだいたい誰かいる)2時間走り回る。

ところで私の趣味はランニングですが、走るときにWalkmanを聞いています。その昔に集めていたMP3をひっくりかえして探し出し、今日聞きながら走りました。「恋に落ちて」小林明子、「Endless Game山下達郎、が入っていました。偶然にも80年代と90年代の不倫ドラマの主題歌だったわけですが、聞いていていろいろ思うところがありました。

この頃の不倫というのは、「結婚しているカップルが別れて、再婚する」なんていうことは絶対になかったわけです。だから、エンドレスゲームであり、ダイヤル回しても手を止めるのです。不倫というのは、たとえ不倫をしていても、絶対に成就しない夢物語現実逃避。だから世間不倫に優しい……というか、大目に見ているところがあった時代でした。

今は、不倫をすると本当にそのまま別れることが多くなっているし、ひょっとするとそのまま再婚することも珍しくなくなっています。だからこそ逆に不倫に対する目は、ものすごく厳しくなってますね……

浮気をしている男がアメリカ人なら、男が本当に愛しているのは愛人。イギリス人なら妻。ロシア人ならウォッカユダヤ人なら母親。フランス人は両方、というどうでもいい冗談がありますが、アメリカ人も不倫して離婚してそのまま再婚することに対する倫理的な敷居は日本人よりもっと低いかもです。アメリカ人と一口に言っても、いろいろなので一概には言えませんが。

……と、まぁ、本当にどうでもいいことを考えながら今日もせっせと走りました。

日本時間で、本日終戦の日敗戦記念日

2013-12-28

「わたしの知らない母」

07:05

わたしの知らない母

ハリエット・スコット チェスマン(Harriet Scott Chessman)著/原田 勝 (翻訳)

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認知症を患った母、その娘、その孫娘二人のオムニバス・ストーリー集。冒頭は、アメリカ老人ホームに暮らす認知症の母のストーリーです。既に記憶が定かでない彼女の、現実と過去の記憶の往復から始まります。

「ああ、認知症になると現実がこういうふうに見え、過去の記憶がこんなふうに入り込んで来るのかもしれないな」と思わせられる、説得力ある描写です。

認知症の母・ハンナ」は、ユダヤ系のアメリカ人です。が、元はイギリスから移民してきたフランス人です。母国語フランス語です。ですがハンナの母親はユダヤ系ロシア人です。従ってハンナの母の母国語は、ロシア語です。ハンナは、ドイツユダヤ人虐殺から逃れるため、一人だけ家族から離れてイギリスへ渡ります。が、すぐにフランスに残った家族は全員行方不明となります。絶望の中で出会ったイギリス人の青年と恋をし、妊娠し子どもを産みます。ところが青年はすぐに戦死。赤ん坊を抱え一人ぼっちになったハンナは、いとこを頼ってアメリカ移民します。戦後、ハンナの家族全員が収容所で命を落とした……、という手紙が届きます。

ハンナのこれらの辛い記憶が、現実と入れ子になるようにして、描写されていきます。

母音(子音)が上手く発音できない、メニューが読めない、相手の言葉がよくわからない、ユダヤ人であることへの迫害……それは自分だったか? 母親だったか? いつのことだったか?

ハンナの娘は、母親の過去に触れたがりません。完全にアメリカ人として育ち、結婚し子を産み、まずまず幸福な生活を送っています。孫娘二人は成長し、一人は祖母の母国フランスへ留学し、一人は若くして結婚し子どもを産みます。

認知症」という記憶にも関わる病の中で「忘却」とは何か、を本書は問いかけてきます。辛い歴史を生きてきたハンナは、自分の過去をほとんど語らず、実の娘も母親の過去には触れません。ところが、孫娘の一人は「おばあちゃんの手紙」「おばあちゃんの書いた詩」「おばあちゃんの写真」を折りに触れて見つけだします。「これは何なのか」という素朴な興味から、過去を掘り返していきます。

この本に深い感銘を受ける理由は「子どもを産み育てる」ということに対する「希望」が、「母性」「愛情」といったロマンチックな幻想とは全く別のところに、見出されている、という点です。それも深く確実に。それは「子を残し育てることによる、歴史と記憶の継承です。

この本には「男」がほとんど出てきません。ハンナは「男」と子を生しましたが、男は戦死します。アメリカ移民したときに助けてくれたのも「従姉妹」でした。乳飲み子を抱えて働き、学校へ行き、アメリカという「最も実利のみを重要視する国」で生き抜いていくのに「母性」だの「愛情」だのといったロマンチシズムは無縁だったはずです。むしろ子どもは邪魔であっただろうしお荷物だったはずです。しかし娘は成長し結婚し子を産み、その娘もまた子を産むのです。そこに残るものは何なのか? という問いかけに私は絶句するほどの感動を覚えるのです。娘は母(ハンナ)の記憶を聞き出そうとしませんでした。しかし、ハンナが実質的に「育てた」孫娘は、ハンナ生活のありとあらゆる場所・言葉・在り様から、ハンナの記憶を嗅ぎ取り、それを引き継いでいこうとするのです。

私は、生まれ育った家族の中で、一人だけ「つぼ漬け」「里芋」「クリームグラタン」がものすごく好きです。特に「つぼ漬け」はほぼ常食します。これらの「食の嗜好」は、私を3歳まで実質的に育ててくれた「おばさん(血縁関係なし)」の食の嗜好です。

子どもを育てる、ということは何も血縁と関係することではありません。自分の手元に置き、それなりの愛情を注ぎ、世話をする……ということです。人は、そういう「世話をしてくれる人の世界」「身近な生活世界」から何かを嗅ぎ取り、吸い取っていきます。それは膨大です。そして、それこそが「歴史の継承」ということなんだ、ということを思わずにはいられないのです。

<余談>

私がアメリカに住んでいたときに、縁あって友だちの友だちのおばあさんと食事をする機会がありました。彼女はその時点で80代です。驚いたのは「ロンドン空襲」の思い出を話された時です。当たり前のことなのですが、第二次世界大戦は「太平洋戦争」だけではなく、ヨーロッパ戦線もありました。ロンドン空襲でたくさんの人が死んで、彼女は看護婦だったこと。その後アメリカ移民した、という話を短い時間でしたが、聞かせてもらいました。雑談の中で出てきた話の一部なので詳しいものではありませんでした。が「戦争の話」というと、太平洋戦争しか頭に出てこないのは、それはそれで偏ってるよな、と感じた次第です。

2013-06-18

モラルハラスメント その1

06:51

昨日の続きをすこしゴネます。AERAとか、STORYだか何だかしりませんが、「自称・ハイソな奥様」向け雑誌で「ママ友の心得」みたいなのを特集してますね。だけど、本当にハイソでセレブな奥様は、そんなヘンテコな「参考書」なんか絶対に参考にしてないと思います。

そもそも作り手が、セレブでもハイソでもなんでもないわけで。だからこそ「ママ友指南」的下司な発想がでてくるわけで、ホンモノのハイソ奥様はヘソで茶を沸かして苦笑いしてるはずです。

そういう私ですか? ええ、ママチャリ流星号で全力疾走してスーパー行ってますがなにか?


というわけでお口直し。

http://www.danshihack.com/2013/06/18/junp/supermoon_2013.html

によると、23日にスーパームーンが見られるそうです。


さて。

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モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない マリー=フランス イルゴイエンヌ (著),高野 優 (翻訳)

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夫の言葉にグサリときたら読む本 パトリシア エバンス (著), 水沢 都加佐 (翻訳)

という本二冊を続けて読みました。これは、二冊とも「モラルハラスメント」に関する本です。簡単にいうと「言葉の暴力」についての本です。過酷で残酷な言葉を人に投げつけることは「暴力である」という認識を初めて明らかにし提唱したのが、マリー=フランス イルゴイエンヌさんというフランス人の精神科医です。

「モラル・ハラスメント」のほうは、男女関係だけでなく、職場でのモラルハラスメントにも焦点をあてています。より論理的で、勉強になります。カウンセラー向けの章もあって、なかなか面白いです。

「夫の言葉に」のほうは、男女関係、特に夫婦関係に特化しています。これは、具体例がたくさん出ていて、参考になります。特に「会話」の具体例は、心当たりのある人からすると、「がーん」と頭を殴られたんじゃないかと思うぐらいショッキング。心当たりがありすぎて、困ってしまいます。モラハラあるある大辞典、て感じです。この本で特筆すべきことは、モラハラの根底には「家父長制」が敷かれている、という指摘があることです。即ち、家父長制下では「モラハラは起こるべくして起こっているのだ」という指摘です。

私は、この意見に激しく同意します。

この本を二冊読んで、わかったことをまとめてみます。

以下の4つの特徴があります。

・モラハラ加害者は「直接的なコミュニケーション」を避けようとする

・しばしば怒りのコントロールができない

・対人関係で相手(含・配偶者)に「憎しみ」「敵意」を持つ

・外面が非常に良いので、モラハラ被害を周囲にほぼ理解してもらえない

どこまでできるかわかりませんが、一つずつ説明していこうかと思います(続く)

2013-02-24

「○○人妻を持つ夫の悩み」

05:03

「○○人妻を持つ夫の悩み」みたいな括り方というか、言い方というのは「日本人妻」に限らず、どこの国の妻でもあります。


曰く、「私の韓国人妻は…」「オレのフィリピン人妻は…」「ボクのタイ人妻は…」

なぜか「アジア人妻」なんですけどね。「イタリア人妻は」とか「フランス人妻は」とかは、あんまり言いません。あ、でも「ロシア人妻は…」はあるかも。「中国人妻は…」はあんまりないです。なぜかと言うと、中国人は中国系どうしで結婚するケースが圧倒的に多いし、「これだから中国人は…」などと言おうものなら、100倍ぐらいのユーモアたっぷりのご高説が返ってきます。彼らは誇り高き「中華」な人々なので、自分たちがワールド・スタンダードと信じて疑いません。


要するに、こういうことを言う「夫たち」は妻を見下してるんだよなーと思います。経済格差とか。文化的な偏見とか。


夫はアメリカ人です。生活してみて、特に子どもを育ててみて感じるのは、国の差より個人差のほうが大きいかもね、と。

しょうゆ味の料理が毎日食卓にのぼるか、なんて実はどうでもいいことで。

しょうゆ味に飽きるなら、トマト味にすればいいし、そんなことは「言えばわかる」ことで「言って変えられる」ことなんですよ。洗濯の頻度も、シーツの取替えの頻度も、土足で家に入るか否か、ということも。


細かい躾けの問題や、生活習慣の違いは、相手の価値観や文化を尊重することで乗り越えられます。逆にそれができないなら、そもそも結婚するのは間違ってると思うし。


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共に生活していくうえで、特に子どもを育てていく上で、もっともっとずっと大切なのは、根源的な価値観を共有できるか、ということじゃないかと思います。なんか抽象的ですけど。簡単なことなんです。


「嘘をつかない」とか

「隠し事をしない」とか

「お金が全てと思っているか」とか

「家族で食事を食べることは大切とおもっているか」とか

子どもの前で言い争いをしない」とか

子どもの前でお互いを貶さない」とか

子どもに対して、両親が共に一貫した態度と行動をとれるか」とか


こういう「根本的なこと」が一致しているかいないか、ということのほうが、ずっとずっと大切で、それは「国の差」というより「個人差」のほうが、はるかに大きいと私は思います。こういう「価値観に関する違い」というのは、言ってもコミュニケーションしても変えられないもの、であることが多いです。「言ってもわからないこと」かもしれないです。


そういうことより「しょうゆ味の料理が……」とかいうことのほうが重要だと感じるのなら、そもそも最初から同じ文化圏・同じ人種・同じ階層の人と結婚すればいいのにね。そもそも「他人と共同生活する」ことが結婚なのだから、他人を認められないなら結婚しなきゃいいのに、と思いましたよ。

ま 2013/02/24 15:54 テンプレが春らしくなって、うきうきします(笑)

共同生活、そうですよね。
頷きながら読みました。

早く暖かくなるといいです(笑)

drinkmeedrinkmee 2013/02/24 19:58 寒い日が続きますねーあと1ヶ月少々で桜が咲くとは思えない寒さですが、願望をこめてテンプレを変えてみました。

コメントありがとうございます!