Dr.マッコイの非論理的な世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2006-09-01

[][] 改革の正体は「国家解体」か「アメリカニズム」か

以前からとりあげようと思っていたのですが、ずいぶん後回しになってしまいました。正論の別冊「今こそ問う 日本人の志はどこへ行った」についてです。最近すっかりマスコミや論壇雑誌に登場することがなくなった西村眞悟議員がひさびさに寄稿しています。そこでなかなか注目に値することを書かれているなあと思ったので、紹介させていただきます。これは昨日ちょっと書いたこととも関係しています。

この別冊正論で西村氏の文章はp50から掲載されていますが、その一つ前には西部邁氏の文章がのっています。この二つの文章を読み比べてみた時、二人ともいわゆる「平成の改革」について批判的に捉えているという点では共通しているのですが、そのとらえ方に微妙な違いがあり、興味深いと思いましたので、両方を紹介させていただきます。私としてはどちらの主張も納得行くものだと思います。

西村眞悟「“小さな部屋”の窓辺にてーーー懊悩と覚悟」から引用

(前略)

ところが、戦後に始まって、高度経済成長が達成されつつあるころから我が国を顕著に覆い始めた風潮は、一貫して国家を悪として、国家と国民を遠ざけることではなかったか。国家があるから戦争が起こる。国家は人権を侵害する。従って、国家がなければ戦争は起こらない。国家がなければ人権が保障される。実は、この考え方は、共産主義者が現国家体制を否定して共産主義革命を狙うときに使う国家憎悪の大衆プロパガンダの論理と同じなのだ。しかし、まさにこれが、私の学生時代にもよく用いられた東京大学憲法学者が書いた権威ある憲法の教科書を貫く考え方であった。

そして、この風潮は平成になってますます盛んになってきた。即ち、平成七年の戦後五十年の衆議院における謝罪決議は、自民党と社会党の合作記念決議であり、五十年前の大東亜戦争は我が国が悪かったから起こった戦争であるとして改めて世界に日本をして謝罪せしめる異様なものであった。つまり、日本憎悪の発露であった。

さらに、この度の小泉純一郎内閣に至る「改革」の流れも、「官から民へ」「中央集権から地方分権へ」「規制緩和」そして「グローバルスタンダードへの信奉」が共通項であり、結局は今まで通り国家を敵視して国家の関与を否定する次の思想で貫かれている。

官僚つまり国家機構から権限を取り上げて民間に任せば、全てうまくゆく。国家機構から地方に権限を移せばうまくゆく。民間も地方も、国家の規制から開放されればうまくゆく。民間とは国境を越えた金儲けとマネーゲームの世界であるから、依るべきはグローバルスタンダードであり、国家内のローカルな基準は有害だから捨て去るべきだ・・・等々。

現在まで誰も反対しない、即ち、与野党とも反対しない大勢とは、以上の思想を暗黙の前提とした上での「改革」ということになる。

ここに、一部官僚の不祥事であるにもかかわらず、機構全体を葬り去ろうとする異様な糾弾の嵐とホリエモンに対する熱狂的な賞賛という現象の背景がある。そして、この現象が起こるたびに「改革」が進むようになっていた。昨年九月の、郵政民営化選挙の前から自民党首脳やマスコミは、ホリエモン賞賛一色で、民営化反対の自民党議員は、「改革反対の守旧派」で「先の読めない愚か者」扱いであったではないか。そして選挙後、郵政民営化法案は成立し「改革は進んだ」。

しかし、実は「先の読めない愚か者」は、ホリエモンを賞賛した自民党首脳とマスコミであった。振り返れば、昨年九月、選挙戦の街頭行動として「愚か者の共演」が白昼為されていていたことになる。合理化の限界を分からずに、「改革」という言葉に踊っていたのである。

(後略)

西部邁「戦後日本のけじめ」より

GHQ方式の完成が平成改革の正体である

「アメリカに二度と歯向かうことのないように日本国家の構造を抜本的に改革する」、それが対日占領軍GHQ(総司令部)の戦略であった。日本をアメリカ化せよというその戦略は、いわば「米定」の憲法が占領軍の撤退後も半世紀余に及んで維持されていることからもわかるように、戦後日本によって進んで受け入れられたのである。つまり、「民主憲法」から「構造改革」まで、すべて日本がアメリカから「押し戴いたもの」といってよい。

しかし歴史の慣性はそう弱くはなかった。戦後戦中派が各階の指導層を形成していたあいだ、また日本人にとってアメリカ化が現実であるよりも理想であるあいだ、つまり昭和の御代が終わるまでは、アメリカ化の「やり方」において日本流が残存していた。

日本流は、少しずつ薄らいでいったとはいえ、消え去ることはなかったのである。その最たるものは、企業の経営をはじめとして家族、地域そして政党の運営にまで至る、日本的集団運営法であろう。

アメリカ化の強まりを示す上昇曲線がその理想の密度の薄まりを表す下降曲線をはっきりと上回ることになった、その時点が平成時代の開始期であったと思われる。事実、その時期に各界でいっせいに「世代交代」が行われ、世はアプレゲール(大戦後派)の領導するところとなった。彼らによって遂行され来たった「平成改革」が戦後における日本のアメリカ化に最終コーナーを回らせ、ゴールへとひた走らせた。

言い換えると、平成五年から始まったアメリカの「年次改革要望書」が着実に実行されてきたのは、アメリカの陰謀や恫喝によるというのではない。むしろ、それは日本のアプレゲールたちによる「戦後の完成」をめざす企てであったのだ。

見過ごしにできないのは、保守派に与すると標榜していた論客や(世論および言論の)メディアの大半がこの企てに、おおよそ賛同していたということである。ここに、「アメリカ化の完成」とは保守の思想と行動の首の骨が折られることだ、という認識がいかに不足していたかが如実に物語られている。


アメリカ・プロブレムを解けないのは似非保守である

思えば、平成の初期、「ジャパン・プロブレム」のことが大いに取り沙汰された。それは、一言でいえば、我が国における(政府の官僚主義のみならず民間の談合方式を含むような)集団主義の残滓を一掃せよとの要求であった。

その要求はアメリカ化の徹底ということに等しいものである。なぜといって、そこでは、どんな人間も「公人性と私人性」および「個人性と集団性」の四面的な人格を有しているという真実が無視されているからだ。そして、そのうちの公人性と集団性の何たるかはその国の歴史の如何によって大きく左右される、という真実が等閑視されているからである。

アメリカニズムの人間学的な内実は、私人性と個人性とのみを有した市民たちが自発的に寄り集まり、多数決制や社会契約によって、公共機関や集団組織を作り出すという、個人主義的な偏向にこそある。

しかし歴史感覚を有した国民ならば、個人主義が最も強く発揮されがちの経済行動の空間にあってすら、その横軸は市場の自由交換であるものの、縦軸は組織の規制保護であると承知している。アメリカは横軸に依りすぎており日本は縦軸に近づきすぎている、それが日米の葛藤の原因だ、という判断に立って、日米両国が「構造調整」の協議をやる必要はあったであろう。

しかしそうならば日米間の「コンフリクト・プロブレム」とよばれるべきであった。戦後六十年間、我が国に滔々と流れてきたのは敗戦国民のトラウマ(消すことの叶わぬ精神の傷跡)である、つまりアメリカ流が日本流よりも勝れているとする劣等感なのである。その線に沿って、今の、米軍基地の移転問題についてであれBSE狂牛病)牛肉の輸入問題においてであれ、アメリカの意向に添うのがアプレゲールの習い性となっている。

共通の見方として、平成に入ってからの「改革」を含めた、日本という国の急激な変化を否定的に捉え、その背景にあるものを西村氏は「国家否定の思想」と捉え、西部氏は「アメリカニズムに基づく個人主義」「GHQによる日本統治の完成」と捉えています。

そして共通しているのは、いずれも日本という国を否定的に見る人、日本流のやり方にたいして自信がもてない人々が多数を占めるようになってしまったことが原因と捉えている点でしょうか。

これらの人々というのは、西部氏が書いている通り、アプレゲール(戦後派)とよばれる人々、戦後の憲法の下で国家否定の思想を刷り込まれつつ「個人の自由」を享受し、アメリカに憧れながら育った「国家否定」「個人主義」の世代です。

そのような世代が台頭してきたために、平成以降の日本が急激に変化しつつあるのは確かだと私も思います。

ようするに、それが国家否定のイデオロギーなのかアメリカ化なのかわかりませんが、いずれにしろ「戦後的な思想」に毒された世代が平成に入ると、日本という国の中枢、各界の指導層を占めるようになり、そしてまた国民全体もアプレゲールが大半となったわけです。

したがって、この改革が「戦後の完成」であることは間違いないでしょう。そしてそれは決して良い意味ではありません。ついに「戦後的なるもの」が日本において完成してしまった。それがGHQ方式であれ国家解体思想であれ、日本を日本でなくしてしまうようなものであるのは間違いないでしょう。

それから多少話はそれますが、西村氏が「正しきは現在の大勢の反対にあり」ということを書かれています。西村氏はずっと大勢の反対をめざしてきたのだそうです。なぜそう考えるかというところが興味深くて、これは旧社会党の主張の反対である旧民社党の基準で考えるのが正しいという西村氏の経験則によるものだそうです。つまり西村氏が反対してきたことというのは、ずっと戦後の大勢を占めてきた以下のような概念です。

(戦後の多数派)→(西村氏の判断)

「国家は人権を侵害する」→「国家なしに人権は守れない(拉致解決も含む)」

「日本は悪い国である」→「日本は善い国である」

「日本は反省すべきである」→「何も反省などしない」

靖国神社参拝反対」→「参拝大賛成」

「会社は株主のものである」→「そこで働く勤労者のものだ」

「構造改革」→「日本型システムを守れ」

そして今や社会党は消滅してしまいましたが、与野党ともに社会党なき社会党路線の延長にあると捉え、その正体とは「日本国憲法と戦後という時代」であり、まさに小泉内閣はそれを象徴する「改革政権」であると言っています。

これまでの多くの改革の流れを朝日新聞も支持しています。というか、小泉政権になるまでは左系のメディアがずっと言ってきたことをやっているのです。またホリエモンだって逮捕されるまでは朝日新聞なども持ち上げていました。だから、どうもうこれらに対してさんくさいと感じていました。

実は私の中にも経験則があって、政治や歴史認識に関して、だいたい世論とか大勢の言っている事は間違いが多いというものです。

というのは世論というのは結局マスコミが作り出すものです。国民が自分で考えたり調べたりして出す結論の集約ではなく、自分の生活で精一杯で忙しい人が、ワイドショーとか新聞の見出しなんかを見た程度で判断した意見の集約が世論なわけですから、結局はマスコミの意見でしか無いと思っています。

そして、マスコミというのはまさに反国家のイデオロギーに染まり、日本国憲法の理念を大切にしましょうと言ってるわけです。それが顕著なのは朝日や毎日とか岩波系列です。そして一方の産経や読売、文藝春秋などは親米メディアです。もっともひどいのは反日・媚中・媚米であり日本流を全否定の日経ですが。

このようなメディアが猛威をふるっている戦後という時代において、そのメディアによって形成される世論や多数意見というものが、そもそも正しいはずがないでしょう。

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