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2006-10-04
■[政治] 安倍支持者は安倍批判を躊躇するな!
一部に安倍氏の信念が揺らいだかどうか、いや、揺らいでいないとか書いているブログがあるようで、昨日のエントリーのコメント欄でも紹介していただいたところ「【戦ふ安倍首相】“侵略・判決”認めず…の4つの証拠」を読ませていただきましたが、かなりお粗末な弁護であるとしか思えません。
何より、一番肝心な点を見落としていると思います。安倍氏の個人としての思想・信条(=信念?)が変わったかどうかが問題なのではありません。それは変わっていないに違いないでしょう。それは上記ブログの以下の表現
・安倍首相が人民裁判史観を受け入れていないことは明確だ。
・「政府の認識は〜というものだ」と一定の距離を置いている。
・「特別私の考えを変えたというわけではない」
を見ればわかる通りです。しかし問題は「自身の信念を実行に移そうとしているかどうか」です。それを実行に移さず、従来の政府の立場に乗っかるというのなら、そのことをさして「ブレた」と言うのです。
「闘う政治家」というのは、信念を実行に移すために「闘う」わけですから。実際、かなり闘わなければならないと思いますよ、これまでの政府の立場と安倍氏の信念とは隔たりがかなり大きいですから。それを実行しないと言うなら安倍氏は「闘わない」ように変わった、つまり「ブレた」ということです。
要するに、安倍首相率いる政府として今後村山談話や河野談話をどうするのかという話です。これらの談話を政府として継承するつもりが無い、何らかの変更の余地が今後あるというなら今回の報道は明らかな誤報ということになります。
誤報ならば安倍氏(または広報担当の補佐官である世耕氏あたり)は今回の報道に関してどうして猛抗議しないのでしょうか?今のうちに誤解であると言わなければ後から「言っていることが変わった」との批判にさらされ、今後変えにくくなります。
安倍氏は「私個人の考えは変わっていない」と言っているだけあり、政府の答弁からわかる事は、「自身の考えとは違うけれども従来の政府の認識も変わっていない」と言っているんです。
この意味は、私個人の信念としては変わっていないけど、その信念を実行に移そうとすると批判が高まって大変だから、(今のところ)実行はしないと言っているのと同じ言われれも仕方ないと思います。
これはブレないというより、硬直してしまったと言い直したほうが良いのではないかと思います。安倍首相になっても従来の政府、村山談話と河野談話を継承した政府と何も変わっていない、今のところ変えるつもりもないということです。
だいたい、「まだはっきりした事がわからない」とか「訪中・訪韓後にどんな声明を出すかを見てから判断しても遅くない」と言う人が多いですが、逆ですよ。それでは遅いんです。
これ以上安倍氏がブレないためにも、右から批判しなければだめです。ここで我々右派が静観してしまっては安倍氏は余計に左側にすりよってしまう可能性のほうが高のは明らかです。今は支持や様子見より批判すべき時です。
右からの強力な批判が多くなればこそ、それが国民の声として安倍氏の信念をブレさせない力になるのです。安倍マンセー派は、もうすこしオツムを使って考えるべきです。
だいたい戦後の保守政治がどんどん左旋回していったのは、常に左側からの批判にさらされ続けたからです。そうして政治が少しずつ左に曲がっていったのです。
それを修正するにはやっぱり逆の立場から批判するしかないのです。支持しても支持を広げようと思えば考え方の違うほうに妥協して行くものです。今の安倍氏がまさにそれでしょう。
保守の側は自分を弁護してくれる。左は批判してくる。だとするなら左に配慮さえすれば支持が広がると考えるのは自然なことです。
本当の支持者なら安倍氏が信念の実行を躊躇したときに真っ先に批判すべきです。マスコミに「安倍政権は村山談話・河野談話を政府として今後も継承して行く」と受け取られる答弁をしてしまった安倍首相を批判すべきです。また、「村山談話・河野談話を政府として今後も継承して行く」というマスコミ報道が誤解と言うなら、それを安倍氏は首相という立場から否定すべきですが、それをしていない安倍氏を批判するのが本当の支持者ではないのですか?
それを、自分が政治家か外交官にでもなったつもり、もしくは安倍氏本人にでもなったつもりでか、苦しい弁解をしてみたところで、保守の側を黙らせようとしているだけにしか思えません。保守の側からの批判だけブロックしてみても、後はサヨクからの批判に流されるだけです。
ここで保守の側が黙ってしまっては、サヨクの望み通りになってしまう可能性が高まるだけでしょう。あいまいなままにしておくと、あとはマスコミの判断ということになってしまいます。マスコミ報道に委ねてしまうということです。
右からの批判が強まれば、安倍氏も「こういう声もあるから」と言って自分の信念をより通しやすい土壌ができるというものでしょう。そういうのは、政治家や外交官にはできないことですが、我々ネットの人間の声の積み重ねが圧力となって政治家を動かす原動力になるかもしれません。
今こそ無理矢理苦しい安倍弁護をするのをやめて、ガンガン批判すべきです。訪中・訪韓してからでは遅いのです。訪中・訪韓で安倍氏がブレないためにも、保守の側の人間は、今回の安倍氏の国会討論を批判しなければならないし、弁護するのは逆効果でしかない事に気づくべきです。
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