Dr.マッコイの非論理的な世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

[記事一覧] [政治] [歴史] [靖国] [天皇] [極東] [欧米] [反日] [売国] [社会] [報道] [科学] [読書] [音楽] [雑感] [資料]

2006-10-12

[] A級戦犯はA級偉人だった

ちょっと安倍首相の事を書くのに疲れましたので全然別の話を引用を中心に手抜きさせていただきます。

先日発売されたSAPIOに掲載されている小林よしのりの「ゴー宣」によると、東條英機板垣征四郎松岡洋右らはA級戦犯というよりA級偉人だったという話がのっています。実際に「ゴー宣」を読まれた上で、この話について皆さんのご意見をお聞かせ願えるとありがたいです。

第二次大戦中の外交官であった杉原千畝がナチスドイツから逃れてきたユダヤ人にビザを発給しまくって多くの命を救ったという話は誰もが知っている事かと思います。

このビザ発給には杉原個人の勇気や機転が必要だったことは間違いなく、彼の名声は何も変わらないとした上での話ですが、この杉原のビザ発給だけがユダヤ人難民らの命は救ったわけではなく、同盟国ドイツからの圧力をはねつけ「民族差別をしないという八国一宇の主張」を守り抜いた日本政府の方針があったこともとても重要であったという話が掲載されています。

たとえば、関東軍樋口季一郎少佐は、杉原ビザよりも2年前にナチスから逃れてシベリアを横断してきたもののソ連・満州国境で立ち往生して凍死の危険にさらされていたユダヤ難民を救った話が出ていて、この時、樋口少佐の手配でユダヤ難民の無賃輸送を続けた満州鉄道の当時の総裁は松岡洋右だった。

このことにたいしてナチスドイツから抗議がきて、樋口少佐は関東軍参謀長から事情聴取を受けたが、その参謀長は樋口の意見に賛同してナチスの抗議をはねつけ、その後も同じルートでユダヤ難民を続々と非難させた。その参謀長が、何と東條英機だった。

その後、日本政府の主要5大臣による重要国策会議によって「ユダヤ人対策綱領」が策定され、ユダヤ人を排斥しないことが正式に日本政府の国策となった。このときにこお会議に提案して成立に尽力したのが何と板垣征四郎だった。

つまり、松岡洋右、東條英機、板垣征四郎の、このいわゆるA級戦犯の中でも特に評判の悪い3人こそ、数万のユダヤ難民救済に欠かせない役割を果たした、そして板垣らの尽力によってユダヤ人差別せずが国策となったことも、杉原の勇気ある行動を支えたのだと書いています。

そしてこれらの背景には、昭和天皇がドイツで差別迫害されているユダヤ人の事を非常に深く憂えておられたということ、ユダヤ人を救うことが大御心であるとの認識を抱いていた人たちが多かったことが影響してもいるとも書いています。

なかなか興味深い話なので、まあ一度読んで頂きたいです。どうもこの内容は上杉千年著「猶太難民と八紘一宇」という本の内容のようです。

猶太(ユダヤ)難民と八紘一宇

猶太(ユダヤ)難民と八紘一宇

私はこの原著も読んだことありませんし、どちらかと言うと杉原千畝は「日本政府の方針に反してビザを発給した」というような話だったのかなあと思っていたのでなおさら興味深かったのですが、少なくともそれは間違いであり、日本政府の方針が杉原の勇気ある行動を支えもしたのだという事だというようで、「なるほど!どうだったのか!!」と思っているわけです。

が、もしもっと詳しい事(「いや、そうじゃない」とか「その通りだ」など)をご存じの方がおられましたら、お教えいただけるとありがたいです。ただし、サヨク以外の方にお願いします。

↓クリックしていただけると書く意欲が増します。

管理者Dr.マッコイにメッセージを送る