Dr.マッコイの非論理的な世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

[記事一覧] [政治] [歴史] [靖国] [天皇] [極東] [欧米] [反日] [売国] [社会] [報道] [科学] [読書] [音楽] [雑感] [資料]

2006-10-19

[] 麻生外相も頑張っているようで

先日、中川昭一政調会長が「核武装の議論はあって良い」と発言しただけで、かなり騒然となっていて、それは私は良い効果だと思ったわけですが、麻生外相も同様の発言をされたようです。もちろん核武装すべきなんて言っているわけではなく、議論は大切だと言っているだけなのですが、外相という政府の中からの発言ということで、重みもあってより効果的かと思われます。これまた高く評価したいと思います。

<北朝鮮核実験>「日本の核保有議論も大事」麻生外相が発言

 麻生太郎外相は18日の衆院外務委員会で、北朝鮮の核実験問題に関連し「隣の国が(核兵器を)持つことになった時に、(日本が核保有の是非を)検討するのもだめ、意見の交換もだめというのは一つの考え方とは思うが、議論をしておくのも大事なことだ」と述べた。「非核三原則を維持する政府の立場は変わっていない」と前置きしたうえでの発言だが、現職の外相の発言だけに今後国内外で波紋を呼びそうだ。

 笠井亮氏(共産)の質問に答えた。

 日本の核保有論をめぐっては、自民党の中川昭一政調会長が15日、テレビ番組で「選択肢として核(兵器の保有)ということも議論としてある。議論は大いにしないと」と指摘。政府・与党内からも批判が相次ぎ、安倍晋三首相は翌16日「非核三原則は国是として守り続ける。(核保有を)政府で議論することはない」と強調。17日には「もう終わった話だ」と述べるなど、火消しに努めていた。外相発言はこうした問題を再燃させるとともに、野党などから「閣内不一致」との批判を受ける可能性もある。

 北朝鮮の核実験を受け、米国などからも日本を含めた周辺国が核保有に走るのではないかという懸念が出ている。ブッシュ米大統領は16日のテレビインタビューで、日本の核武装論について「彼ら(中国)が懸念していることを知っている」と述べていた。【中田卓二】

(毎日新聞)

麻生外相は、総裁選前の靖国の話の時にはかなり疑問符がつく事ばかり言ってましたが、今回はなかなか良い発言だと思います。理由は中川政調会長の時とほぼ同じですので、こちらをお読みください。

ところで、麻生外相に関してはもうひとつ、このニュースもあります。

日米外相会談終わる「米は日本を"完全な形"で守る」

 緊急来日しているアメリカのライス国務長官と麻生外務大臣が記者会見し、北朝鮮の核実験による脅威に立ち向かう日米同盟の強さを改めてアピールしました。

 約1時間半にわたる会談で、ライス長官は、まず、有事の際のアメリカの防衛責任を確約しました。

 麻生外務大臣:「ライス長官とは、日米安保体制のもと、アメリカの日本防衛のためのコミットメント(かかわっていくこと)は、いかなる状況でも堅持されることを改めて確認した」

 ライス国務長官:「米国は日本に対して、安全の保障を完全な形で、完全な形で行えるだけの能力も方針も兼ね備えています」

 つまり、核を持たない日本や韓国に対しても、アメリカのいわゆる「核の傘」というのが抑止力として働くことを確約することで、北東アジアでの新たな核保有論が出ることをけん制した形です。また、国連決議に基づく制裁措置、船舶検査ですが、今後、詳細を詰めるものの、ライス長官からは、「日本に海上封鎖などの強制力を伴うものではない」と、日本の国内世論に配慮した発言もありました。

 船舶検査なのか後方支援なのか、そして、それをいつ行うのか、具体的な措置については、実務者レベルで詰めていくことになります。

日米安保体制ではアメリカは日本を守ることになっていますから、これは当然と言えば当然かもしれませんが、しかしその事に関してはっきりと言質を取ったことは大切だし評価すべきと思います。アメリカ側にしても日本の核武装議論があまり加熱してほしくないわけですから、おそらく麻生大臣が事前に「議論することくらいは良い」と言ったことも多少効果あったのかなあと。まあわかりませんが。

でも核武装議論をすると周辺諸国から不信感を買うなんてサヨクは言いますが、議論する程度で抱かれる不信感なら、それを逆に利用するくらいが賢明だと思います。議論することだけで抑止力が発生する日本という国もなかなか面白いですね。

いずれにしろ、今回アメリカ側に「日本もアメリカの核の傘に含まれる」という意味のことを言わせたのは、かなり重要だったと思います。

そもそもアメリカの核の傘の下に日本があるというのは、考え方によっては単なる幻想でしかないからです。

なぜか。まあ北朝鮮相手なら大丈夫でしょうが、例えば中国の核を考えるとよくわかります。もし中国が日本を核攻撃した場合、アメリカがそれに反撃して中国を攻撃すると、今度は中国の核がアメリカを攻撃することになります。そうするとアメリカの民間人が何十万と死ぬわけです。

中国の先制核攻撃でほとんど滅びた日本のために、自国民の大量の犠牲を覚悟してまでアメリカが中国に報復の核攻撃をしてくれるかどうか。

これはアメリカ人にとって究極の選択でしょうが、一般のアメリカ国民は「そんなのじょうだんじゃない」「日本といっしょに滅びる気はない」と答えるでしょう。アメリカは民主主義の国です。大統領と言えども国民世論にはさからえないわけで、そう考えると日本がアメリカの核の傘の下にあるというのはかなり怪しいことがよくわかります。

だからこそ、今回麻生外相がアメリカ側からしっかりと「日本を守る」と言わせたことは国民の生命と財産を守る政治家の役割をしっかりと果たしたことになります。

さて、政治家、外務大臣としての麻生氏の働きはそれで十分で問題ないのですが、我々一般国民は、とりあえず自分たちの安全にある程度めどがついただけで安心してしまって、それで終わって良いのでしょうか?

私はそうは思いません。アメリカ様に守ってやるぞと言われてそれで満足していられるかと言うと、私の場合はノーです。正直、自分の国は自分で守るのが本来の姿、独立国として当然のあるべき姿だと思えるからです。

さしあたっては自分たちで自分の国を守れないからアメリカに協力してもらう事には感謝するし協力を求める日本政府の対応は当然だとしても、長期的に考えると、いつまでも自国の防衛を他国にやらせるような卑怯な事をしていてはダメだと思います。

上の核の傘のところでも書きましたが、日本という国を命がけで守ろうとまで考えるアメリカ人はそんなに多くありません。もちろん米軍の軍人さんらは命令とあればその通りやってくれるでしょうが、しかし自国のために闘うのと、他国のために闘うのとでは、モチベーションが全然違ってくるわけですし、そういう事を他国の軍人さんらにやらせておいて平然としていてはダメでしょう。いつまでもそんな事に期待していては、日本人は道徳的にも腐って行きます。

だから、ここでやっぱり長期的な視点が必要になってくるわけです。日本は独立国として、もちろん他国との軍事同盟などはあって良いが、基本スタンスは自分の国は自分たちで主体的に守る。そうできるように、少しずつアメリカ依存を減らして自衛隊を増強する方向へ持って行く、そういう視点も持つべきだと思います。

個人的にはアメリカに「お前を守ってやる」なんて言われても、正直に告白すると、私はその言葉に対して屈辱感のほうをより強く感じてしまうところがあります。日本は自分の国を自分で守れないなさけない国なんじゃないかと。

いつになったら自国を自分たちで守れて、アメリカとも対等な国と国の関係になれるのだろうかとか。

自分の国は自分で守るのがあたりまえですが、アメリカに守ってやると言われて安心安堵したりしているだけで良いのでしょうか?

今はそれしか方法がないとしても、将来的には自分たちの国は自分たちで守るという心構えをしっかりと持つべきではないかと思います。

↓クリックしていただけると書く意欲が増します。

管理者Dr.マッコイにメッセージを送る

[] 麻生氏と安倍氏とその他

上のエントリーでは麻生外相を肯定的に書きました。それで思い出しましたが、私は一時、次の首相には安倍氏よりも麻生氏がなったほうが良いと思っていた時期もあったのですが、その後はそうは思わなくなりました。一つの理由はこのエントリー(■[靖国] 矛盾だらけの靖国改造〜麻生私案■)でも書いたように靖国関連でどう読んでも矛盾だらけの滅茶苦茶な事を言われたからです。

それでもう安倍氏でも麻生氏でもどっちでも良いとなったのですが、安倍氏が首相になって村山談話とか河野談話を継承したり靖国参拝しないことがわかっていたら、まだ麻生氏を応援していたかもしれません。(ところで安倍首相も麻生外相も秋の例大祭に参拝しないんでしょうか?これもまた書かないといけないかも。)

安倍氏は小泉構造改革という亡国路線を継承してしまうわけですから、歴史認識や靖国で左傾化すればほとんど支持する理由が無くなってしまうからです。だから私はしつこく安倍批判を書いたわけです。もう支持する根拠がまったく無くなってしまうからやめてくれ!という私の切実な願いでもあったのです。安倍氏の継承した構造改革路線の批判はまた時期を見て開始したいと思います。

話をもどしますと、もう一つ麻生氏が首相になった場合で心配なのは、小泉首相の時にたくさんでてきた、何というか盲目的信者みたいなのが麻生氏の場合多くなってしまうのではないかと心配されたからです。ポピュリズムというやつです。

ただ、それにしても小泉首相のように幅広くリベラルサヨクまでを含んで信者を集めるとは思えず、たぶんネット右翼やオタクの中から何割かの信者があらわれるという程度かと思いますが、ネットでブログしている私からすれば、そのような盲目的信者と言えるような人たちは、場合によってはかなり厄介な存在になるような気がしました。

まあそういう人たちは安倍首相になってもけっこうたくさんいるんだなあというのが最近の私の感想ですが、安倍氏への批判封じをしている人たちは安倍氏をマンセーしているというよりは、媚権性の強い自民党支持者たちの工作活動という性格を帯びているように感じるので、ポピュリズムとはちょっと違う気がします。かなり政治的な意図でやっているという印象ですね。これはこれで厄介ですが・・・。

そう考えると誰が首相になってもかわらないのかもしれませんね。私自身は盲目的な個人崇拝とか政治的意図での妥協と懐柔というのが生理的に大嫌いなので、そういう事をやる人たちを軽蔑してしまうところがあります。

おそらく媚権性の強い人たちからすれば、私みたいに後先考えずに批判する人間を生理的に嫌いなんでしょうが、でも私からすれば目先の事にばかり気をとられて盲目的に擁護ばかりする人たちというのが、どうにもソリが合わないのです。これはお互いに人間としての好き嫌いとか相性という面があるので、どうしようもないと思います。もちろん、これは好き嫌いの次元に着目して言っているのであって、それがすべてではなくて、私は必要な批判をしないのは有害と思っているから批判しているわけですが。

ちょっと批判しただけで批判ばかりしているように見られがちですが、じゃあ私は一体誰を応援しているのかと言えば、「平沼赳夫氏に期待しています」となるのですが、平沼氏が次の首相になるとは思えず、また彼以外に支持しているのも野党的なスタンスの保守議員が多いので、どうも私は野党気質のようです。

野党というのも批判さえしていれば良いのだから気楽なものだと思っていた時期もあるのですが、ネット上で野党の立場に立つと、そうでもない事が最近わかりました。「保守」の中では政府のやることをあんまり批判するのはよくないと思っている人が多いので、その中で政府を批判するのは結構たいへんな事なのです。

批判ばかりするのはたいして能力の無い人間だというのはその通りですが、批判すべき点に気づかないというのも無能の証ですし、気づいていながらするべき批判をしないというのであれば卑劣と言われてしかたないと思います。

「なんでもかんでも批判」でも「なんでもかんでも目をつぶり」でもなく、是々非々でやるという姿勢が望まれます。

↓クリックしていただけると書く意欲が増します。

管理者Dr.マッコイにメッセージを送る