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2006-10-25
■[政治] 村山談話はそう簡単に変えられないとか言うな
現政権を擁護し弁護したい人がそれなりに多いのはわかりましたが、批判をうるさがりすぎるためか、村山談話は国会で議決されているからそう簡単に変えられないのだなどと知ったような事を言う人が多いですが、そういう人は村山談話をどうすれば良いと思っているのでしょうか。
一応正式な手続きを経て出された談話であるのはその通りですが、しかしいくら安倍政権を擁護したいからと言って、ここで「そう簡単に変えられない」と言ってしまうのは、場当たり的弁護と言わざるを得ません。そういう事をしていると、この先安倍首相の足をひっぱる可能性もあると思います。
それはどういう場合かと言うと、安倍首相が補欠選挙や来年の参議院選挙にそれなりに勝利して、自身の政権基盤を固めた後に、村山談話の再検討を考えている場合です。
村山談話に関しては現状ではそれ以外に期待できないでしょう。他の誰が首相になっても難しいと思います。首相になりそうな人で歴史認識がまともなのはいないようですから。
ただ最悪の場合として、安倍首相の就任早々の訪中・訪韓や靖国や歴史認識に関する「変節」は、アメリカの意向をうけた保身の可能性が高いと指摘する人もいます。もしそうならはっきり言って絶望的です。
日本の首相はすでにアメリカの意向を汲まざるを得ない、政権を維持するためにはそうせざるを得ないところまで来ているのだとすれば、教育基本法や憲法をいくら変えてみたところで、アメリカの属国化をすすめるだけにしかならないでしょう。
今できることは、そうではありませんようにと祈ることくらいで、参院選後の安倍首相に期待するしかないという悲惨な状況だと私なんかは思うわけですが、そうやって、安倍首相の今後に期待しようとしても、目先の弁護しか頭にない人たちは、「村山談話は閣議決定されたものだから、そう簡単には変えられない」などと簡単に言ってのけるわけです。
こういう人たちは一体何を大切だと思っているんでしょうか?たぶん自民党が政権にしがみつく事なんでしょうね。社会党とまで組んだ自民党のDNAというやつでしょうか。そういう事をしているから村山談話とか河野談話とかが出てきたと言うことをいいかげんに学習して欲しいものです。
まあ、根っからの自民党支持者には期待できませんから、将来の安倍首相に村山談話の見直しを期待してその助けになるようなことを少しでも書きたいと思います。
「村山談話は出自が卑しい」ということです。
(「Japan on the Globe 国際派日本人養成講座」より)
船出したばかりの安倍首相に対して、野党やマスコミは歴史認識問題で揚げ足を取ろうと、集中攻撃をしている。
歴史認識問題の踏み絵のひとつが、村山談話である。
これは村山富市内閣が95年8月15日に閣議決定した談話で、第二次世界大戦で日本国が、「国策を誤り」「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」と反省と謝罪に徹した内容である。
(中略)
この点で、櫻井よしこ氏が、村山談話の「出自の卑しさ」を論じている一文が注目される。
村山談話には出自の卑しさも目立つ。それは同談話の閣議決定に至る過程に明らかだ。まず談話の前段として95年6月9日の「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議案」があった。
「謝罪決議」と通称される同決議は「我が国が過去に行ったこうした(数々の植民地支配や侵略)行為」に「深い反省の念を表明」する内容だ。
官報によると、同決議採択のための衆議院本会議の開会は95年6月9日午後7時53分、山崎拓氏らが提出してあっという間に可決、7時59分に散会となった。この間、わずか6分である。
この間の経緯を当時衆議院議員の西村眞悟氏が『諸君!』05年7月号に次のように書いた。
自社さ政権の下で国会における謝罪決議が構想され始めたが、反対の声は超党派で強まり、決議案が上程されても否決されることが明白になった。すると6月9日の金曜日、「本日は本会議なし、各議員は選挙区に帰られたし」との通知が衆議院内にまわされ、反対派の議員らは選挙区に戻った。そのすきを狙ったかのように、土井たか子衆院議長が金曜日の午後8時近くという遅い時間に本会議開会のベルを押した。
結果として265人の議員が欠席、議員総数509人の半数以下の230人の賛成で決議案は可決。だが、参議院は採決を見送った。
どう見てもこれはだまし討ちだ。精神の卑しさを強調するゆえんである。
せっかくの決議なのに権威もなく、評価もされない。そこで村山首相らは次に総理大臣としての談話を出す道を選んだ。
95年8月15日、氏は、学者や谷野作太郎外政審議室長ら少数の官邸スタッフらと練り上げた談話を閣議に持ち込み、古川貞二郎官房副長官が読み上げた。「閣議室は水を打ったように静まり返った」と報じられた。
事前説明なしで突然出された談話に、閣僚は誰ひとり反論していない。自民党にとってこのことこそが痛恨の一事だ。細川護煕政権の誕生で下野し、理念の全く異なる社会党の、首相たる資格の片鱗(へんりん)さえ備えていない人物を首相に据える禁じ手を以て、自民党はようやく政権を取り戻していた。自信喪失のただ中で、自民党は真っ当な価値判断を下し得なかったのだろう。[1]
櫻井よしこ氏は、こうした村山談話の「卑しさ」を踏まえた上で、こう結論づけている。
村山談話にとらわれることは、自社さ連立政権当時の、異常なる政権の揺らぎの中に没し続けることだ。そんな地平に日本の未来はないだろう。誠実で誇りある歴史認識を、新たに打ち立てることが、次期首相の課題である。[1]
安倍首相には、ぜひこの言葉を肝に銘じて、いずれ政権基盤が固まった段階で、村山談話を継承すべきかどうか、国会で本格的な論戦を展開してもらいたい。
■参考■
1. 産経新聞「【櫻井よしこ 小泉首相に申す】踏襲必要ない村山談話」H18.09.14東京朝刊 3頁
Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
村山談話は閣議決定されたと言っても、そのまま行けば衆議院では否決されるのが目に見えていたわけです。それを、反対派の議員らをだまして選挙区に戻らせて置いて、その隙に決議案はようやく可決したと言うのだから、もう滅茶苦茶です。そして参議院では採決を見送ったのです。さすがにそんな決議を誰もまともなものと見なさないわけですから、そこで苦し紛れに、村山首相らは次に総理大臣としての談話を出す事にした、それが村山談話なのです。
この成立の経緯を見れば、議会を完全にないがしろにして出された決議案を元にした首相の談話にすぎないということがわかると思います。こんなもの、継承するのはあまりにも弊害が大きすぎます。
それを、安倍首相が継承したとなると、「閣議決定されている」とか「国会で決議されている(実際は衆院だけでしかも半分近くが不在なのに)」などと言って、安倍首相の村山談話継承を正当化するのは、安倍首相を弁護しているつもりでも、場当たり的な弁護でしかない、日本を縛り付けている村山談話の否定という公的使命よりも、自分の支持する首相の応援という私的感情を優先しているかなり下等で卑しい弁護だと思います。
また、成立の経緯を見ると、村山談話の継承は議会軽視ということでもあります。最近は小泉首相の乱暴な郵政解散と言い、あまりにも議会制民主主義をないがしろにしすぎています。
議院内閣制というのは大統領制以上に首相(内閣)の権限が大きいというか権力が集中してしまうので(立法と行政の両方の権限が集中する)、このままでは危険です。
いずれにしろ、村山談話は国会で決議されているとか、閣議決定されているからとりあえずの継承はしかたない、などと書いていたブログを、私は今後一切信用しません。
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