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2006-10-30
■[政治] 安倍首相は強運?まあそうでしょうが
私は自分の応援していた人物に例えばスキャンダルが出たとかちょっと世間から非難されるような言動を行ったとか言う時に、すぐに手のひらかえして批判する側にまわるというのは、どうも好きではありません。自分なりにその内容を見極めた上で、必要とあらば世間に対して必死で弁護するということがあっても良いと思います。
それと同時に、応援していた人物が、根本的な部分で変わったり妥協した場合、もしくは自分が応援していた根拠が崩れた場合については、きびしく問いつめて、場合によっては批判する側にまわることも必要だと思っています。
安倍首相の場合は就任当初の村山・河野談話などなどに関して見ていると、どうも後者にあたる可能性があると思われたので、私なりに安倍首相に問うてみたいと思い、色々と批判的な事を書いてきました。
でも、最初っから全開バリバリで行けるわけでもないんだから、ある程度様子をみて期待しましょうというのも、まあ全くわからないでもないと思います。
しかし、安倍首相がもし変節していない、とりあえずは「らしさ」を封印していずれ修正しようとするならば、今おかしな持ち上げ方や弁護をしてはいけないと思います。それこそ後になって安倍首相の足を引っ張ることになると思います。
こちら「■[政治] “運スレ”化する産経新聞と保守派ブロガー」で私の記事を色々と紹介してくださって、持ち上げてくださってちょっと照れくさいんですが・・・
ところで、このきこりさんのエントリーで紹介してくださっている「安倍首相を批判すると人気が落ちる」というのを書きましたが、そこで応援のクリックを恥ずかしながら皆様に直訴したところ、ものすごい得票を得ることができて、ランキングも急上昇しました。皆様本当にありがとうございました。
話をもどしまして、上のきこりさん経由で知った産経新聞izaの記事ですが、こんなことを書くのは、将来的にマイナスにしかならないということです。
■政敵欠場・靖国…「歴史問題」乗り切る
慰安婦への日本軍関与の強制性を認めた「河野談話」の見直しに下村博文官房副長官が言及したことが、国会で波紋を呼んでいる。民主党など野党は「閣内不一致だ」と追及する構えだが、安倍晋三首相は「全く問題ない」と余裕の表情で、むしろ自らの政権運営に自信を深めているようだ。
「求心力は高まっているし、安定している。当選回数と経験の不足という懸念は払拭(ふっしょく)された」
首相より10歳年長の丹羽雄哉自民党総務会長は手放しで称賛する。その求心力の核となっているのが、首相の「予想外のしたたかさ」(閣僚)に加えて強運だ。
その予兆は、組閣前日に表れた。首相にとって手ごわい政敵となると指摘された民主党の小沢一郎代表が、自身の再選を決めた臨時党大会直後に入院したのだ。その後、民主党衆院議員による不倫騒ぎなど敵失もあった。さらに北朝鮮の核実験は、安倍政権の強硬路線を引き出し、さきの衆院補選に向けて結果的に追い風となった。身近に迫る核の脅威の前で、政権発足後に足かせとなりかねなかった靖国神社参拝問題は、忘れ去られたかのような状況が生まれた。
一方、歴史認識をめぐる国会答弁の中で、首相はひそかに布石を打っている。日本の過去に対する反省と謝罪を明確にした村山談話や河野談話に批判的だった首相は、これらを内閣として継承すると表明し、与党内や支持者の間から「変節」「失望した」といった批判の声も漏れた。だが、首相には別の計算があった。
「耐え難きを耐えて、政治はしたたかにやらないといけない」
首相は周囲にこう漏らしている。すでに閣議決定され、対外的に発信された談話を破棄・修正するには膨大な時間とエネルギーを要する。それを考えれば「談話は継承するが、中身は骨抜きにしていけばいい」(周辺)と踏んでいるふしがある。
今月6日の衆院予算委員会では、共産党の志位和夫委員長の河野談話に関する質問に対し、首相は「今にいたっても『狭義の強制性』については、事実を裏付けるものは出てきていなかった」と指摘した。狭義の強制性とは慰安婦の強制連行を指す。政府高官は「国会答弁でこれをはっきり否定したのは歴代首相で初めてではないか」と語る。
同じ日、民主党の岡田克也元代表のいわゆるA級戦犯に関する質問に対しても「国内法的に犯罪者でないのは、はっきりしている」と明言、「戦争犯罪人だと認識している」としていた小泉純一郎前首相の答弁を事実上、修正した。
過去の政府見解を形式的に引き継いでも、その根拠となる事実関係のあいまいさを強調することで、有名無実化を狙う。その思惑を裏付けるように、首相は一部の変節批判をほとんど気にしていないようだ。
首相補佐官の1人は「首相は、自分の主張を変えずに首相としてどこまで言えるかを考えている。一つ一つが極めてマネジメントされている」と強調する。表面的には安全運転に見える首相の答弁に、野党側が攻めあぐねる現象が起きているのも事実だ。
もっとも、与党内には首相の強気を懸念する向きもある。閣内不一致を野党側から繰り返し指摘されていることを踏まえ、公明党の漆原良夫国対委員長は27日、自民党の二階俊博国対委員長を通じて「しかるべき対処」を申し入れた。強運に支えられた成功がいつまで持続するかは、首相にとっても未知数の面は少なくない。
◇
【用語解説】河野談話
宮沢内閣末期の平成5年8月、河野洋平官房長官(当時)が韓国から日本政府の関与を認めるよう要請があった慰安婦について「慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたもので、慰安所の設置、管理および慰安婦の移送は旧日本軍が直接あるいは間接に関与した」とする談話を出し、謝罪と反省を表明した。
しかし、談話の根拠は元慰安婦女性からの聞き取り調査だけで、慰安婦を強制的に集めたことを示す文書は見つからなかった。9年3月の参院予算委員会で、平林博内閣外政審議室長は「個々の証言を裏付ける調査は行っていない」と答弁した。
また、談話の作成にかかわった石原信雄元官房副長官は17年7月、産経新聞の取材に「普通の談話であれば、物的証拠に基づく手法ではああいうものはできない」と述べ、政治判断が優先されたことを認めた。
<産経新聞>
この記事でまず首相の「強運さ」みたいなものを言っていますが、その視点はどこにあるかと言うと、あくまで「安倍首相の政権運営にとって都合が良いかどうか」というところでしかない、安倍首相が「強運だ」と言っている時点で、もう安倍首相の側に立って見てしまっているのです。
その予兆は、組閣前日に表れた。首相にとって手ごわい政敵となると指摘された民主党の小沢一郎代表が、自身の再選を決めた臨時党大会直後に入院したのだ。その後、民主党衆院議員による不倫騒ぎなど敵失もあった。さらに北朝鮮の核実験は、安倍政権の強硬路線を引き出し、さきの衆院補選に向けて結果的に追い風となった。身近に迫る核の脅威の前で、政権発足後に足かせとなりかねなかった靖国神社参拝問題は、忘れ去られたかのような状況が生まれた。
問題なのは、「安倍政権にとって都合良いことが起こる」ことが、イコール「日本という国の将来にとっても幸運につながる」のか?ということです。
私は必ずしもそうなるとは思いません。
たしかに補欠選挙に関してはいろんな出来事が自民党に都合良く次々に起こりましたが、上の記事でも書いているように「政権発足後に足かせとなりかねなかった靖国神社参拝問題は、忘れ去られたかのような状況が生まれた。」のです。
これの一体どこがラッキーなんでしょうか?これは産経新聞的には「良いこと」なんでしょうか?産経新聞は何が言いたいのでしょうか?
北朝鮮の核問題などいろいろあって、靖国参拝問題がどこかへ消し飛んでしまい、結果的に我々右側の人間もそのことで安倍首相を批判するのを忘れていたくらいですが、これはたしかに安倍首相の当面の政権運営にとってはラッキーだったかもしれませんが、しかし産経新聞は靖国参拝問題が忘れ去られたかのような状況になることを良しとするのでしょうか!?
これは安倍政権にとってはラッキーな事でも、日本という国にとってはアンラッキーなことです。そんな事もわすれて、産経新聞は安倍政権側の視点になって、「強運だ」などと言って持ち上げている。この新聞て、一体何なのでしょうか?たんなる媚権派新聞だということでしょう。
権力を何でもかんでも批判ばかりする新聞もおかしいですが、時の権力と同一の視点からものを見る新聞というのもキモチワルイです。まあ別にそういう新聞があっても良いですが、我々は「産経新聞とはその程度のものだ」という賢明なリテラシーが必要だと思います。(上の記事はだいたい産経新聞の論調を反映しているように思いますからこの判断は妥当だと思います。)
また上の文章では
すでに閣議決定され、対外的に発信された談話を破棄・修正するには膨大な時間とエネルギーを要する。それを考えれば「談話は継承するが、中身は骨抜きにしていけばいい」(周辺)と踏んでいるふしがある。
こんなこと言うのは弊害だらけで誤解をまねくと思います。ここ(■[政治] 村山談話はそう簡単に変えられないとか言うな)を読んで欲しいです。まったく。
昨日のサンプロで、あの岡崎久彦氏でさえも「閣議決定は次の閣議決定まで」と言っていました。人間の決めたものに絶対変えられないというものは存在しません。永久不変の閣議決定だってありえないでしょう。
実は「あらたな閣議決定を行って過去の談話を否定すること」が大変なのではなくて、「あらたな談話を出した後が大変」なのだと思います。出した後にエネルギーがいるというのが本当のところでしょう。
新たな談話を出せば、その後にマスコミやらサヨクやら野党をふくめて、この問題が大きくなって議論がはげしくなる。安倍首相はそのことから逃げているわけです。どこが「闘う政治家」なんでしょうか?
私は安倍首相がそれらサヨク勢力ときっちり闘ってくれると信じていて、それが期待はずれだったから失望しているのです。「闘う政治家」と言っておきながら、まさかいきなり逃げるとは・・・。
まあ今は北朝鮮の核問題とかあってそれどころじゃないと言うなら、それらが一段落ついたら是非やって欲しいものです。しかし、今からあいまいにしてしまうと、後々余計に変えにくくなってしまいます。
産経新聞の論調だと変えなくても骨抜きにさせすれば良いみたいに言っていますが、村山談話・河野談話の呪縛を軽く考えすぎです。そんな簡単なものではありません。
それから、「闘う政治家」との話で言えば、小泉首相のほうがよっぽど「闘う政治家」でしたね。ああやって何でも敵味方に二分するやりかたは私は好きではありませんでしたが・・・。
しかし、残念な事ですが、今の日本で国民世論をひっぱるためには、ああいうキャラクターでないと無理なのかもしれません。
小泉首相は滅茶苦茶な政策であっても、信念を貫くことによって国民から支持されたわけです。私はその政策の多くは滅茶苦茶だと思っていますが、しかし広く支持をあつめたのは確かです。
だから安倍首相も歴史認識で強い信念を示して議論をまきおこしてくれれば、きっと国民も目が覚めるところがあるのではないかと期待していたのです。まあでもやはりああいう手法は私は嫌いなので、あんまり真似はしてほしくないですが、しかし本当に闘うべき相手(サヨクマスコミや野党などなど)とはきっちりと闘って欲しいとは思います。
それを、「したたか」とは・・・。
安倍首相が歴史認識で変節したとかどうこう以前に、「闘う政治家」から「したたかな政治家」に変節したことが、私のなかでは最大の失望です。
上の記事での
過去の政府見解を形式的に引き継いでも、その根拠となる事実関係のあいまいさを強調することで、有名無実化を狙う。
ここに至ってはもはや意味不明というか愚かというか、過去の政府見解が一人歩きし、今や従軍慰安婦問題など政府見解が唯一最大の根拠になってしまっている現状において、過去の政府見解を否定しないことの弊害がどれだけ大きいかわかっているんでしょうか?
その根拠となる事実関係があいまいだというのならば、談話そのものがあいまいいになると考えるのは、かなりご都合主義で、それこそ「安倍首相ですら河野談話を継承している、否定していない」と言ってサヨクに利用されるだけでしょう。
事実関係をあいまいなままにせず、きっちり調べて白黒はっきりさせるべきです。闘う政治家ならそれくらい出来るはずですし、やらなければだめでしょう。
なにが「したたか」でしょうか。逃げているだけではありませんか。「闘って」くださいよ!
◆Dogma_and_prejudice「河野談話は再調査必要 従軍慰安婦めぐり下村氏」
この下村発言に関しては、
「もじもじスケッチ」さん: 河野談話修正プロジェクト斥候下村キターや「Dr.マッコイの非論理的な世界」さん - さあ、河野談話・村山談話見直しに向けて動きだしたかな?も言及しておられます。
<チーム安倍>
中&韓首脳会談も終わったし、右側の人達が怒りマーク付けているから、ガス抜きにそろそろ“議論”巻き起こしちゃおっかな♪・・・ってことでオケ?(「もじもじスケッチ」さんより)
「右側の人達が怒りマーク付けているから、」という事で、「議論のゆり戻し」が起こったというのなら結構な事です。「右側からの怒り」が無駄じゃなかったって事ですから。
手前みそですが、私もそう思います。どうかこれからも、歴史認識にたいして議論のゆり戻しをもっともっと起こして欲しいものです。そのためには、「とりあえずうやむやにして逃れること」を「したたか」などと言って持ち上げていてはだめです。
「安倍ちゃん?どうしちゃったたよの!?」としつこく言うことで、議論をすすめてゆきましょう。靖国問題も風化させてはだめです。閣僚のほとんどが秋の例大祭は行かなかったようですね。この事についてはまた書きましょうか。
それから、産経新聞みたいのは「強運」の視点の置き場所が間違っています。歴史問題や靖国問題がうやむやになるのは、「当面の政権運営」にとってラッキーではあっても、歴史認識を覆すせっかくのチャンスを逃してしっまったわけですから、日本という国にとってはアンラッキーで「不運」なのです。
安倍首相には歴史認識で一定の成果をあげて支持を広めてもらわないことには、政権がかわったらまた変わってしまいます。うやむやのままではなお悪いと思います。
次の首相は構造改革を継承する人、ではなくて、安倍首相の歴史認識を継承する人、日本の歴史の連続性を求める人がふさわしいというくらいまで、与論を沸騰させて欲しいものです。
まあ、そこまで実際に期待できるかどうかは別にして、ネット上であれどこであれ、歴史認識や靖国問題に関して右側からの声がたかまれば、そういうものにほ配慮せざるを得なくなるでしょう。
そのためにも、ここはやっぱり我々が黙ってしまっては絶対にだめなのであって、まあ穏健な人たちから多少うるさがられようとも、しつこく安倍首相のスタンスを問い続けて行くということが重要なのではないかと思います。
(追記)産経新聞を批判しましたが、今日の社説を見ると「■【主張】河野談話 再調査と見直しが必要だ」となっていました。こういう事をきっちり書いてくれると、産経も捨てたもんじゃないなあと思います。こういう記事こそ、本当の意味で首相のサポートにもなるし、日本のためにもなると思います。失礼しました。内部にもいろんな人がいるんでしょうね、たぶん。
(さらに追記)
「政治はしたたかに」というけど、「したたか」とは、「強くて手ごわいさま、一筋縄ではいかないさま」という意味であって、安倍さんの様に、最初から勝負を避けて、安全圏に逃げ込もうといった姿勢を表わす言葉ではないのではないのですよ。そういうのは、「したたか」と言わず、「怯懦」もしくは「卑怯」と言うのです。自分自身が国会を楽に乗り切るために、「村山談話」「河野談話」の踏襲も止むを得ずと判断したのなら、一時の私益のために国益を犠牲にした愚か者と言わざるを得ません。
いや、おっしゃる通り、「したたか」ですらなかったですね。安倍首相が、このままのやり方でやりつづけるならば、強い不安を感じます。
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