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2006-11-09
■[政治] さっぱり進まない「核武装議論」
あいかわらず核武装に関する議論そのものが良いとかダメとかいうところで堂々巡りしています。ホントにイライラしますね。そんな中、皆さんもうご存じかもしれませんが、読売が社説で核の議論すら封じるのはおかしいと書いています。
[核論議]「議論すら封じるのはおかしい」
北朝鮮の核の深刻な脅威の前に、日本の平和と安全をどう守るか。様々な視点に立った議論があっていいはずだ。
自民党の中川昭一政調会長が核論議を提起した。麻生外相は「論議まで止めるのは言論封殺と言われる」と中川氏の問題提起を支持した。
北朝鮮の核実験に直面して、「核を持たずに北朝鮮に、どんな対抗措置が取れるのか」と問題提起するのは、責任ある政治の誠実な態度ではないか。
だが、自民党内では、二階俊博国会対策委員長が、「誤解を招きかねない発言は慎むべきだ」と批判している。久間防衛長官は「議論すると間違ったメッセージを与える」と苦言を呈している。
教育基本法改正案、防衛庁の「省」昇格法案などをめぐる国会運営や沖縄県知事選への影響を懸念しているのだろう。だが、日本の平和と安全を守ることは、何よりも優先すべき課題だ。核論議を抑制する理由にはならない。
日本が核保有に向かう、との疑念を招く、という指摘もある。だが、財政負担の重圧や、国際社会に大きなあつれきを生むリスクを考えれば、核保有が実際に政策の選択肢になるとは考えにくい。
中川氏も麻生外相も、核を作らず、持たず、持ち込ませず、という非核三原則の堅持を明言しているのは、そうした判断によるものだろう。
非核三原則は、東西冷戦と保革対決の下で、佐藤内閣時代に作られた。当時と比べ、現在の安保環境は劇的に変化した。麻生氏の言うように、なぜ非核三原則を持つことになったのか、今日の状況の下で、そのあり方をどう考えるのか、についても議論があってよい。
その結果として、非核三原則を確認することになったとしても、議論することに意味がある。
民主党はじめ野党は、核論議を厳しく批判し、外相罷免を求める声もある。
だが、小渕政権下の1999年、西村真悟防衛政務次官が「核武装」発言で更迭された際、当時、民主党代表だった鳩山幹事長は、こう語っていた。
「核武装をしてもいいかどうか、と言った瞬間にクビを切られるとなると、国会の中で議論ができなくなる。議題に乗せることすらいけないという発想もいかがなものか」
鳩山氏も、自らの発言を思い起こすべきではないか。
かつて保革対決の時代には、「憲法改正」がタブー視され、口にしただけで閣僚が更迭されたりした。核論議もすべきでないというのは、同じ言論封じだ。やはり冷静に議論することが大事だ。
(2006年11月8日1時53分 読売新聞)
鳩山氏の有名なかつての発言も書かれていますね。鳩山氏は頭のなかがどうなっているのか理解に苦しみます。まあこんなのはどうでも良いです。
私がいらいらするのは、核武装の議論を良いと言っておきながら、国会議員は誰も核武装すべきかどうかについてあいかわらず何も言っていない点です。
ここらで誰かが「日本は核武装すべき」という声をあげてはどうでしょうか?そういう事を言う国会議員が一人もいないというのはおかしくないでしょうか?
いや、結論として、とか政府として最終的に核武装するという選択をしろと言っているのではなく、そういう事を言う議員が一人もいないというのは、やっぱり偏っている気がします。
核に関しては常識と固定観念をうち破る議論を期待したいところです。
そうはいっても私自身、核武装すべきかどうかよくわかりません。しかし、本気で議論するべきだと思っているなら、まず「非核三原則」は今すぐに廃棄すべきだと思います。
非核三原則の廃棄だけでもかなりの抑止効果があると思います。
非核三原則は、他国の信頼を得ることによって自国を守るという憲法の精神の延長かと思いますが、信頼してくださいとこちらがへりくだればへりくだるほど、それにつけ込もうとする国ばかりなので、この精神そのものが間違っていると思います。
また逆に、非核三原則によって日本は国際的な信用を失っている、非核三原則は国際的な信頼を得るのにはマイナスになっているとすら言えると思います。
実際にはアメリカの核の傘に入っておいて(個人的にはこれは幻想だと思っていますが)、核で守られていながら、他国の核についてどうこう言うというのでは、話になりません。
とりあえず非核三原則を今すぐに放棄して、核武装して良い国はどういう国か、なぜ北朝鮮がダメなのか、北朝鮮が核武装するなら日本も対向せざるを得ないというところまで話を持って行くべきです。
こういう時に、強いリーダーシップと決断力を持った首相がいてくれれば良かったのですが、安倍首相ではまるで期待できません。とにかく決断できない、なにごともどっちつかずです。これは予想外でした。もっと決断できる人かと思っていましたが。
まあ非核三原則の放棄は安倍首相でなくてもたぶん誰でも無理でしょう。小泉首相が大きな決断とかなり乱暴と思えることを次々できたのも、やっぱりアメリカという後ろ盾があったからではないかと思います。
日本の首相はアメリカの意向にさからっては政治生命が危うくなるようですし。結局アメリカが許してくれる範囲でしか何事もできないというところなのかもしれません。
拉致被害者家族がアメリカまで言ってブッシュにお願いしなければならないような国なのですから。そういう現状を、少々リスクを負ってでも何とかして独立を勝ち取ろうという気概がないのですから、絶望的です。
なぜそういう気概がわかないか。それは日本という国の価値を皆わかっていないからでしょう。やっぱり価値というところに話が行き着くようです。
野党4党は「核の議論は良い」と言った麻生大臣の更迭を求めるそうですが、ホントに馬鹿げたことです。あの小沢という人は、私は最初からダメだと思っていましたが、やっぱりダメでしたね。国民新党もダメでした。
もうダメダメでどうしたら良いのでしょうか?と今日はまとまりなく滅茶苦茶ですが、脱力して終わりとさせていただきます。
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