森福都『吃逆』

吃逆 (講談社文庫)

吃逆 (講談社文庫)

 2002年8月購入。3年半の放置。「吃逆」とはしゃっくりのこと。本書の語り手たる陸文挙はしゃっくりをすると他人の人生を幻視してしまう、という京極堂シリーズの榎木津のような奇妙な能力を持っている。そしてその能力を活かして事件を解決することから「吃逆偵探」と呼ばれている。中国・宋代を舞台に陸文挙と彼を見出した『輭話小報』の発行人・周季和のコンビによるミステリで、短編3本を収録。

 以下ネタバレ。
 いずれの作品も男女の愛情がらみの事件を描いており、作者の興味がどこにあるのかはっきりと表れている。「綵楼歓門」では塔楼からの墜落による男女の心中事件を扱うのだが、真相で明らかになる女性の心理――あくまで女を愛しぬいた男と、そんな男の存在をすっかり忘れていた女という構図。「紅蓮婦人」で殺人者となりながら人目では平然としている、裏表のある女房とそんな女房に気づかない職人気質で野暮天な夫という構図。「鬼市子」で周季和を嵌めるために利用された幼馴染の女は真相が明らかになっても毅然としていたが、前2話で冷静だった周季和は試みだされる様子であったりする。
 作者は「強い女性」を描くことに興味があるようだ。その時代に宋を選択したのは偶然だろうか。この時代(=宋代、広い範囲で)を舞台とした作品の女性といえば「水滸伝」や「楊家将演義」の英雄たち、あるいは「金瓶梅」の悪女あたりが思い浮かぶ。これらの中国古典のひそみに倣ったわけではないのだろうが、本書もまたそういった宋代の強い女性の系譜におくことのできる作品であろう。

 ちなみに本書はいわゆる名探偵ものであるわけだが、探偵役とワトソン役の配置がそのまま「操り」テーマにもなっていたりして、麻耶雄嵩の某短編を連想させる。さすがに麻耶ほど捻くれてはいないが。