中田永一『百瀬、こっちを向いて。』

百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。

 2008年5月購入。7ヶ月の放置。表題作は先輩の彼女と付き合っている振りをすることになった少年の話。他に水難事故で意識障害に陥った女子高生が五年後に目を覚まし、事故の原因となった少年とのやりとりを描いた「なみうちぎわ」、テープ起こしのバイトがきっかけで、自分の担任国語教師が大ファンの覆面作家であったことに気づいた少女の話「キャベツ畑に彼の声」、さえない顔立ちの少女に隠された意外な秘密「小梅が通る」。いずれの作品も捻りのきいた設定をもとに展開される切ない恋愛譚で、主人公の少年少女はごく普通、あるいはそれ以下のさえない非モテ系となっているのが特徴。作者は実は乙一の変名とまことしやかにいわれているが、作劇作法や読後感といったものはなるほど乙一のそれを連想させる。実際のところ、どんなところなんでしょう。大場つぐみガモウひろし程度には信頼感のある説なのでしょうか?

浦賀和宏『八木剛士史上最大の事件』

八木剛士史上最大の事件 (講談社ノベルス)

八木剛士史上最大の事件 (講談社ノベルス)

 2006年8月購入。2年4ヶ月の放置。美少女松浦純菜に対する思いがついに報われんとしている――非モテキモオタブサイクのいじめられっこ・八木剛士の人生における最大の事件というにふさわしい事態が本書では待ち受けている。これをプラスベクトルにおける史上最大の事件とするならば、マイナスベクトルでも同様の事態が訪れる。彼に対するいじめはいっそうひどいものとなり、さらには殺し屋に命を狙われ、挙句の果てには……ということで、タイトルに偽り無し、まさに八木剛士の史上最大の事件を描いた一作。

ドナルド・キーン『明治天皇』1〜4

明治天皇(一) (新潮文庫)

明治天皇(一) (新潮文庫)

明治天皇(二) (新潮文庫)

明治天皇(二) (新潮文庫)

明治天皇(三) (新潮文庫)

明治天皇(三) (新潮文庫)

明治天皇(四) (新潮文庫)

明治天皇(四) (新潮文庫)

 2007年2月〜4月購入。1年8〜10ヶ月の放置。明治前後の時代を描いた作品といえば、小説分野においては司馬遼太郎作品が最も馴染み深く、また楽しめる作品であろう。著作も多彩で、土方歳三の『燃えよ剣』、坂本竜馬の『竜馬が行く』、西南戦争における西郷隆盛の『翔ぶが如く』、日露戦争における秋山好古・実之兄弟や同時期の正岡子規の『坂の上の雲』、大村益次郎の『花神』、高杉晋作の『世に住む日々』、河井継之助の『峠』……など枚挙に暇がない。これら司馬作品は幕末〜明治期という動乱期をそれぞれ活躍した人物にスポットをあて、いわば列伝体として多角的に時代を描き出しているわけだが、キーンの本書は(小説、ノンフィクションの差異があるとはいえ)明治天皇という一人物の周辺のみにカメラを固定して時代を分析している。
 視点が常に一定であるために時代の流れは非常につかみやすく、また、司馬が主役として取り上げていない、物語の題材としては色彩の乏しい人物を詳細に掘り下げた力作でもある。幕末明治期に興味ある方には一読の価値あり。
 なお、視点の統一ということではこの作者には『日本文学の歴史』(全18巻)という作品がある。(asin:412403220X文学史というとたいていは上代、中世、近世、近現代といったように時代ごとに分けられ、執筆者も各時代のプロパーによって分担されているもので、必然、その執筆者のバイアスのかかった文学史観がそれぞれの時代時代に表れてしまう。ところが本書はキーン一個人の視点・史観によって統一された日本文学の姿が著されている。すべての時代を網羅したそれなりに詳細な文学史というのは貴重であり、これまた日本文学史に興味のある方には一読をお勧めしたい。