万城目学『鹿男あをによし』

鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

 2010年4月購入。4ヶ月の放置。大学の研究室を追われ、女子高教師へと身を転じた「おれ」は、ある時なんと鹿に話しかけられる。鹿いわく、この国の地下には地震を起こすなまずが住んでいるという。このたび、六十年ぶりに起きる地震の危機を封じるため、力を貸して欲しい、と。ただでさえ慣れない教師仕事では女生徒と対立し、神経が休まらないというのにとんでもない事態に巻き込まれた「おれ」。その上、失策を犯してしまったことで自分の顔を鹿のそれに変えられてしまうのだった。
 大学時代の教授から「君は神経衰弱だから」と言われるようにメンタル面の弱さが見られる主人公は、赴任先の女子高でも生徒との関係に悩まされる。この情けない男が鹿と出会い事件に巻き込まれ成長していく、というのが物語の本筋である。教師としての主人公と生徒との触れ合いも本筋に沿ってしか描かれないので、固有名詞のある生徒は一人しか出てこない。教師のではなく、あくまで鹿男の物語だ。教師としての顔を見せるのも、多少の例外があるにせよ大半がこの女生徒――堀田イトに対してのみである。しかもその接し方も教師と生徒というよりも共犯者のそれに近い。本書で描かれる主人公の世界は非常に狭い。これは成長小説であるが極めて焦点を絞った成長小説である。