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2012-06-30

深田晃司 転形期のインディペンデント映画、小出豊監督作神戸上映に寄せて

 映画は「痛み」をどうしたら描けるのだろう。俳優が全力で泣き叫べばいいのか、血がよりリアルに見えればいいのか。そんなことにもし思い悩んでいる人がいたら、まずは小出豊監督映画を見ることをお薦めます

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2012-06-28

長島良江 『絶対絶命』

もちろん、『夜の足跡』『面影omokage』もおすすめだが、ここでは、『絶対絶命』をおすすめしたい。

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合田典彦 「小出映画と自転車」

 小出豊という映画作家の人物評を書くにあたって、たとえば、小出豊映画にテマティスム批評は通用するだろうか?と問うてみたらどうだろうか。

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2012-06-27

内田雅章 わだば小出豊になる!

本人に問えば言下に否定されるだろうがここだけのハナシ小出豊暴力魅せられているのだ。え? なに? そんなのあたりまえだろうって? 『お城が見える』や『こんなに暗い夜』でドメスティック・ヴァイオレンスをふるう人物が出てくるから? 子供や犬や胎児や浮気者が殺されるから? なるほどそりゃあたしかに暴力だ。DVや殺害を目のあたりにすると人は安心して「ああこれは暴力だ」という。だがあなたはほんとうに目のあたりにしたのだろうか? それが『お城が見える』のもっとも肝要な問いかけだろう。

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廣瀬純 映画史の極北、未踏の北方へ――小出豊特集上映に寄せて

映画作家は映画史のなかに身をおいて自作の制作にあたる者とそうでない者とに二分される。険しいのは前者の歩もうとする道だ。なぜなら、映画史のなかに身をおくとは、先達たちの仕事の総体を包括的に把握した上で彼らの至り得たその極北をはっきりと同定するということであり、そのように同定された映画史極北をおのれの出発点にするということだからだ。極北よりさらに北へ向かう道をこうして拓かんする者は今日、数少ないが、小出豊はそうした例外のひとりである

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2012-06-26

石川貴雄 『お城が見える』 

どんなに異議があろうと、どんなに不可思議に思おうと、事実事実であるのと同じように、物語(映画)は止められない。

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大野裕之 『葉子の結婚 月曜日』

夜の街を車がひっきりなしに通過していく。

その中に、若い二人の女性を乗せて走る一台のメルセデスが混じっている。

「葉子の結婚はみんなを不幸にする」

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スズキシンスケ そしてTOSO(闘争/逃走)は続く

小出豊監督月曜日』について、神戸での上映にあわせて随分前から作品について何か書こうと思ってぐずぐず考えている内に「運動会」の仲間の方々が真摯な作品評を書かれたので、作品に縁あるものとして、自分にしか書けないアプローチで『月曜日』に迫ろうと思います

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本田雅英 『葉子の結婚 月曜日』

『葉子の結婚 月曜日』は差し出された三万円を受け取る動作を捉えた手元のカットからまり、三万円をそのままポケットにつっこんだ人物が扉を開けて出ていき、扉が音を立てて閉まる。という2カット目が続きます

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渡部佐枝子 『綱渡り』ーーー他の何にも似ていない

 非日常的なことではなく、日常とその積み重ねが特別な場所につながる、そのことのごくごくシンプルな形がここにある。

 主人公の葉一という少年は、草原で「綱渡り」を見て、傘と「まっすぐ」が気になり出す。自分用の小さな傘ではなく、大人用の大きな傘を持ち、日常にある「まっすぐ」な線、「まっすぐ」な糸、「まっすぐ」に落ちる水滴、「まっすぐ」な道に目を凝らし観察する。彼の視線と同じ高さでカメラは付かず離れず寄り添う。

 そうやって「まっすぐ」を追った先には何があるのか。

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2012-06-25

井川耕一郎「小出豊くんのこと」

(以下の文章は、「CO2映画上映展 第5回 フィルム・エキシビション in OSAKA」のパンフレットに掲載されたものです)


 四年前、シネマアートン下北沢という映画館大和屋竺特集を企画したときのこと。大和屋に関する小冊子の作成を依頼された私は、若い人たちの大和屋竺論を読んでみたいと思った。そこで映画美学校の生徒に声をかけてみたところ、一人の卒業生が『荒野のダッチワイフ』論をメールで送ってきた。批評は完成度の高いものだった。だが、私がそれ以上に惹かれたのは、自分の書いた批評を否定するような口ぶりのメールの方だった。

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2012-06-24

結城秀勇『綱渡り』ほか

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小出豊の作品には必ずDV存在する。それは彼の監督作だけではなく、『県境』や佐藤央『MISSING』といった他監督への脚本提供作にも必ずある。

ここでまず付け加えなければならないのは、もちろんDV定義などではなく、また一見してそれとわかる具体的なアクションとして記録されたヴァイオレンス=Vのありようですらなく、なにはさておき彼の作品におけるドメスティック=Dの重要性なのだ。鋭利なVよりも、内部空間を閉じ込めるDこそが、小出作品の出発点である

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高橋淳『こんなに暗い夜』上映によせて

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実にいやな映画である

できれば観たくなかった、とすら言いたい誘惑に駆られる。

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2012-06-23

安井豊作「資本主義が終わる前に」

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資本主義は終わる。その時は遅かれ早かれ訪れる。あたかも酷薄かつ滑稽なカフカ的機械が動きを止めるが如く。

ところで万田、小出両シネアストの作品もまた酷薄かつ滑稽である。ということは、万田、小出両シネアストの酷薄かつ滑稽な作品を見ることを通して、同じく酷薄かつ滑稽な資本主義が終焉を迎えんとしていることをはっきりと予覚しなければならない。

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