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Rowing to another dawn.

2014-04-23

あと一ヶ月! / 松本輝夫『谷川雁 -永久工作者の言霊-』

正式な情報が版元の平凡社やAmazonに出ました。(はまぞうには出るのですが、ダイアリーには上手く反映されません。しかし、遠からず修正されるでしょう)

谷川 雁: 永久工作者の言霊 (平凡社新書)

谷川 雁: 永久工作者の言霊 (平凡社新書)

谷川雁研究会代表の松本さんが随分前から取りかかっていた本が漸く刊行の運びとなりました。

谷川雁がこれまでの歴史で果たした大きなところでの役割や影響力というのはある程度評価は固まっていて、それはそんなに外していないだろうと思うのです。

しかし、これまでも再評価の機運があったのは、彼にまだ"これから"の時代に向けてまだ拓いていきうる、まだ汲みあげられていない可能性があるのでは、と感じさせるものがあるのだと考えます。

しかし、その"これから"に向けた可能性をくみ取るには、一般に沈黙期と捉えられる、谷川雁がラボ教育センターの専務であった時代に彼が何をしていたのか、その動きの詳細と評価が必要で、しかしそれをするにはその後のラボの分裂と谷川雁のラボ離脱という深い谷が横たわっていて誰もその仕事に手を付けられない状態であり、これまでは分裂直前までラボテューターを務めていた内田聖子の『谷川雁のめがね』が唯一のものでした。

谷川雁のめがね

谷川雁のめがね

松本さんはまさしく谷川雁がラボの専務時代に対立した組合側の代表であり、また分裂後のラボを支えて代表まで務められたという立場で、これまでにない情報や分析が出てくるだろうことはすでにいただいている目次からも明かです。

この作品は、これまで接続することが難しいと考えられていた沈黙以前の60年代を主とする文章と一般には80年代以降に発表された復活後の文章を統一的に理解する地平を切り開くことになるでしょう。その地平から立ち上がってくる谷川雁の姿があるはずで、もう十数年前に現代詩手帖がとりあげたとき惹句を借りるならば、「よみがえる谷川雁」とはこの作品以後に表れてくるものにこそ相応しい。

河出書房からでたムック谷川雁を統一的に理解しようという姿勢は有りましたが、その足場が固まっていたとはいいがたいところが有りました。

谷川 雁 (KAWADE道の手帖)

谷川 雁 (KAWADE道の手帖)

刊行を指折り数えて待ちたいところですが、なんでも20万字の原稿新書の形にするために13万字まで圧縮される作業が必要だったとか。その削られた7万字になにが書かれていたのかも伺いたくてたまりません。五月末の読書会に参加できればいいのですが。

2014-04-20

デフォルマシオン / SONY α7 + Jupiter-9

ソビエトゾナーコピーレンズの系譜、Juipter-9。

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Jupiter-9は85mmの中望遠レンズで、ほぼ円形になる絞りから美しいボケが得られる(にも関わらず、長いあいだはした金で入手可能であった)ということで評価が高いらしい。そうはいってもごく狭い世界の話だろうけれども。

美品という訳ではない状態で入手したJupiter-9をR-D1sに付けて試写したときわずかに後ピンになる傾向があって…というか、それはAPS-C換算で約130mmにもなってしまえばレンジファインダーカメラの限界というところなのだけれど、スナップでは使いにくい画角と言うこともあり、そのままお蔵入りしていた。

α7でJupiter-8視野を通して撮ることができる様になり、また作りは悪いモノの7mmという繰り出し量をもったヘリコイドつき中華マウントアダプターのおかげで、本来のボディであるZorkiやFedではあり得ない接写が可能になり、また、α7のシャッタースピードのおかげで曇天とはいえ日中でF2.0の開放で撮れるのだから、α7様々。

…と思ったところで、レンズキット付属のFE 28-70mm F3.5-5.6 OSSを一度も使ったことがない。不便な…

2014-04-13

ドアノブ / Leitz SUMMICRON 50mm F2 + SONY α7

実に思わせぶりですが、ただの私の部屋のドアノブです。

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もとは叔母の部屋で、私の部屋になってから20年ばかり付き合ってる代物ではあります。

  • Leitz SUMMICRON 50mm F2 + SONY α7

さすがにこれ以上カメラを増やすつもりはない、と思いながらもまた増えてしまいました。

こないだのNikon FGの撮影済みフィルムさえまだ現像に出していないというのに…

言い訳をすると、最近ブローニーの現像をお願いしているお店に、ほぼ未使用品+充電器と予備バッテリーのセットがそこそこの安値で委託に出ていたのです。元オーナーはα7Rとの買い替えで放出した臭いですが、手持ちのレンジファインダーカメラ用レンズの母艦としたい私にとっては渡りに舟というもの。

EVFもずいぶん実用的なものになってきました。そもファインダーを通したとき、それまで漫然と見ていたものを、再発見することがあります。ファインダーをのぞくというのは、選ぶ行為であり、区切る行為であり、切り取る行為である。限定するということは際立たせる行為でもあるわけです。

だから、たとえどんなにしょぼいEVFであってもファインダーがないものをカメラ(=部屋/暗室)と呼ぶことには少々抵抗があります。

スマホ等のディスプレイを構えて撮るとき、それは窓枠程度のフレームとしてさえ意識されていない。無批判に視界そのものとイコールに扱われすぎているのではないかと。

動画撮影時ならともかく、デジタル一眼レフを両手を伸ばしてライブビューで撮ってるってのはさすがにどうなの。

…あ、まったく別件ですが、横の額に入ってるのは絵本作家田島征三さん(「しばてん」とか「とべバッタ」とか「くもだんなとカエル」を読んでない人はすぐ図書館GO!)の肉筆画だったりします。長崎に講演会で来て下さったとき、トークの合間にいろいろ書き進めていって、大根かなにかだったものが最終的にトキのような鳥になったもの。

しばてん (田島征三)

しばてん (田島征三)

とべバッタ (田島征三)

とべバッタ (田島征三)

ご本人もとうに描いたこともお忘れだろうけれど、宝物です。

2014-04-12

記録しておかないと忘れてしまうので その2 / Mamiya RB67 Pro S + K/L127mm F3.5 + FUJICOLOR PRO 400とか

旧職場の某所。ある意味、一番活発に議論が行われる場所。

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ここが紫煙に包まれた心地よく秘密めいた場所でいられるのは、さてあとどれくらいのことなのだろうか。何でもかんでも効率と正義と健康で塗りつぶされていくのは神ならぬ人間のありようとしてどうなんだろうと思わなくもない。

動きを作るのは、空白なのですよと。その空白を作り出す力を持つモノとか無駄とかの力はもっと重視されて良いと思う。

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今更中判カメラ抱えて街を歩くというのも、まぁ、そんな悪くない時間としてある。

2014-04-11

存在と時間 / Lomo SuperSampler + FUJI SUPERIA X-TRA 400

XPのサポート終了までに新マシンを調達できなかった(駆け込み需要殺到で一ヶ月待ち)ので、Ubuntu側で使ってます。仕事しないなら問題ないというか、Win 8.1より好きなのでこのままいくかという思いがほんのちょっとだけ脳裏をよぎったりしないでもないのです。

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写真は連射カメラSuperSamplerによるもの。

  • Lomo SuperSampler + FUJI SUPERIA X-TRA 400

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その「時間を切り取る」連射機能だけに焦点を絞って、あとはネガフィルムラチチュードと広角レンズの被写界深度の深さに頼って撮るだけ、という写ルンですシリーズに通じる哲学が素晴らしいカメラです。Amazonではおもちゃに分類されていたりもしますが、そんなバカな。

この手の連射カメラも、時間をいかに切り取るか、ということについていろんな発想があっていろいろおもしろいのです。

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またプラレンズの独特の色彩と不鮮明さがちょっと非現実的な空気を加味するいいスパイスになっています。たぶん、スマホアプリなら似たようなカメラは出ているんでしょうし、そちらの方がいまの使わない(使えない)機能にあふれて誰もが似たような写真しか撮れない惨状に陥っているデジタル一眼よりよほど工夫されたおもしろい写真を生む気がします。