Hatena::ブログ(Diary)

Rowing to another dawn.

2015-05-10

谷川雁 単行本未収録資料について その10 / 歴史の骨格から発する微妙

前回から随分間が空きましたが谷川雁単行本未収録資料その10です。持ちネタがまたなくなったのでがんばって発掘に励まないといけません。『不知火への手紙』なんて爆弾がまだ眠っているくらいだから、まだまだいろいろあると踏んでいるんですが。

さて、今回の文章が収録されいてる「日本こころの旅」はその惹句によれば「隔月刊日本こころの旅』は日本の伝統文化を旅の形で探究するデラックス・ムックです」とのこと。巻ごとにテーマを決めて、著名人たちに地方ごとの特産物を語らせたものらしい。出版元の青人社はすでにない模様です。

この巻までの歩みとして陶芸俳句茶の湯・故郷の民芸ときて、この号からは陶芸郷土料理というテーマが続いたらしい。なぜ陶芸郷土料理かといえば、巻末の編集後記によれば「やきものと郷土料理には、多くの共通点があります。はかなく壊れてしまう陶器のもろさと、現代社会の荒波にもまれて変化を強いられる伝統の味。どちらも、かつては地元で得られた材料−土や海・山の幸を生かして作られていた素朴な芸術であったこと、などなど(中略-地方ごとの特性は失われつつあるという現状を踏まえて-)、今回の特集は、日本にまだしっかり根づいている郷土のぬくもりを確認するために企画しました」とありますが、さて。

やきものと料理に共通点を見出すあたりは面白くはありますが、さてそれがどこまで特集に活かされているかは微妙なところ、各地の産物や焼き物の販売元と価格がみっしりと並んでいるページもあれば、料亭や窯元から取材費・掲載料を引き出すための方便ではないかと邪推したくなる部分はあります。

発行年月日が"昭和64年2月1日"という存在しなかった日取りになっているあたりが時代のはざまという感じで、A4変形の大判に贅沢なカラー写真と上質の印刷に、バブルのはじける前の爛熟を感じさせる贅沢なつくりには違いない。登場する文化人たちの数はケチっていないし、自分の出身地もしくは生活の場とする土地のものとじっくり向き合うだけの取材をさせるだけの度量はあったように思われます。

毎度のことながら前置きが長くなりました。谷川の文章はざっと見て4000字程度のエッセイ。「歴史の骨格から発する微妙」なる一文で、これは雁がつけたものかはわかりませんが「信州佐久の気候と風土をかいくぐって、いま郷土料理とよべる"くつろぎ"が…」なるあおり(副題?)が添えられています。

長野で現在も営業している(どうやら雁が訪ねた時とは営業スタイルがずいぶん変わっているようですが)「晴美屋」という店で佐久鯉を中心として川魚料理をいただいたときのエピソードが雁らしい文体でつづられています。

「ものずきと食通ぶりと営利主義が今日のいわゆる『郷土料理』を支えている感があるが、本来のそれは飢えを土台としているものだろう。その上に四季平和日常のよろこびが加わったものだろう」あたりに雁らしさを感じますが、実はこのムックのなかでこういう視点を提示するのは雁だけではなく、そのあたりにこの時代の文化人たちの腹の据わり方を見るべきか、そういうものも芸風として商業主義に飲み込んでいくだけの当時の出版社の余裕をみるべきかどうでしょうか。

馬刺しが出たとき馬肉信州熊本の特産であることから話題が広がり、石牟礼道子北海道日高サラブレッド牧場を訪ねたとき熊本の人はこんなかわいい馬を食べるというからいやだ」といわれたというエピソードを紹介したり、その馬刺し味噌を塗って焼いてもらったという話から、これは実は結核阿蘇の病院にいたときに療友の奥さんが月に一度アルミの弁当に詰めて運んでくれたものであり、そのお相伴にあずかることで何人かの青年が命をつなぎとめる助けになったと続いたりします。

このエピソードから「郷土料理の起源は飢えと困窮にある」という冒頭のテーゼにつなぎ郷土料理の現在はそのような歴史をくぐった後のくつろぎなのだとまとめます。

当時谷川がどういう経緯でこの手記を手掛けることになったのかは、信州在住だったからであろうという以上の手掛かりはないのですが、この文章はなかなか面白いものです。

雁の肩書は「詩人」となっているのが興味を引くところです。前回か前々回での投稿でも触れましたが、この時期の雁の肩書が詩人となっているのは、果たして本人の了承を得てのことであったのか否か。

この文章の初めは目の前に並んだ活造りの鯉の頭がパクパク口を動かしているのに対して君の供養のためにまずい一句を献呈するからそれを笑って成仏してくれ給えと初めて、最後は約束通りの一句を読んで締めているのですが、俳人というわけでもないでしょう。この一句も将来的には全集に収録しないといけませんね。

本文中には谷川を撮った写真が四枚(撮影:三戸森弘康)ほど、料理の前で酒を手にして撮られている写真が、まったく料理を楽しんでいるように見えないあたりが面白い。店の主人と歓談している様子を横から撮っているものは大変リラックスした印象であるのと比較して、こういう場面はやはり得意としていなかったのかと思われてきます。

このムックはAmazonでは登録を見つけることができませんでしたが、日本古書店では540円から見つけることができるようです。

この一文を投稿できたので、とりあえず今年のノルマはクリアできたとほっと胸をなで下ろす次第。いやいや、ホントに今年を乗り切れるんだろうか私。

2015-04-04

生存報告

年末に投稿してからもう三ヶ月が過ぎていることに驚愕しております。いやー、酷い三ヶ月だった。月の残業八十時間オーバーの過労死ラインなんて鼻で笑う勢いで。前職場とどちらがマシかという目くそ鼻くそな状況。

現在、その甲斐あってか実に前向きに取り組める環境が整いつつあります。後退戦から反転攻勢にうって出る準備は整いました。まだ綱渡りですが、ボチボチこちらも再開していきます。

やっぱりここを好き勝手に更新できるような状況を保つ、というのが私の人生を一番豊かにできるバロメーターのようです。

2014-12-31

谷川雁 2014『不知火海への手紙』アーツアンドクラフツ

谷川雁研究会メーリングリストに流れてきて知ったのだけれど、先頃、谷川雁単行本未収録文章を集めた本が出版されていたらしい。どういう脈絡でこの出版が行われたのか、まったくアンテナに引っかかっていなかった。「不知火海への手紙」は1985年2月から86年7月にかけて月一度のペースで、熊本日日新聞に掲載していた故郷熊本にあてた書簡体の文章らしく、最晩期の『北がなければ日本三角』につながる仕事か。まだ読めていないけれど、谷川雁の前期と後期をより深くつなぐ手がかりになるかも知れない。

不知火海への手紙

不知火海への手紙

北がなければ日本は三角

北がなければ日本は三角

Amazonは一時品切れなのでヨドバシカメラに注文。やるな、ヨドバシ。

後期の文章を集めた、ということだけれど、最後の「山鳩」は不勉強にして知らないが「蒔く人・刈る人」の方は旧制五高時代の最初期の文章のはず。谷川雁の可能性はまだまだ充分に問われていない。来年はもう少し深く、腰を据えて彼の物語論へ切り込んでいきたい。

とりあえずは机の上に置きっ放しになったままメーリングリストに投稿できていない未刊行資料の整理から取りかかるとしよう。それが元旦の初仕事というわけだ。

2014-12-05

上野英信『眉屋私記』復刊

サークル村メーリングリストを見て、上野英信の『眉屋私記』がこの11月に復刊されていたことを知る。旧版は持っているのですぐに飛びつきはしないが、潮出版社版にも通じる(というより明確に主題を引き継いでいる)美しいデザインに「炭鉱移民と辻売りで紡ぐ民衆史」なる解題がついているというなら遠からず手に入れることにはなるだろう。

三月に読書会があるようなのでそのときまでには再読しておく。できれば読書会には参加したい。

『出ニッポン記』の方は一時期何度も読み込んだのでよく覚えいてるのだけれど、こちらは一度読んでそのままになってしまっている。

眉屋私記

眉屋私記

『出ニッポン記』は今は新刊では手に入らないのだろうか。まぁ、こちらは版を変えながらそれなりに数が出ているはずなので、図書館などにも入っていることは多いだろうけれども。

2014-11-03

病膏肓に入る / 谷川雁 1977『工作者宣言(署名入り)』潮出版社

私は基本的に初版だとか稀覯本の類いに興味が無く(たしかにその版だけが持つオーラがあるのは認めるので一概に否定するものでもない)、どれかのバージョンで読めればよいと思う人間なのだ。といいながらすでに別の版でももっているし収録文章の大半が別のアンソロジーに入ってもいる『工作者宣言』の潮出版社版をあえて買っている時点で、なんの説得力も無いな。

f:id:duskTdawn:20141103195320j:image

なんで潮出版社版のそれも初刷でもない第2刷をわざわざ買ったかと言えば、石牟礼道子によるしおりが入っていてそれを読みたかったとか井上光晴の推薦の言葉のかかれた帯に惹かれたというのも嘘ではないが、正直に言えば、この見返しの一頁のためだけに買ったのだ。

f:id:duskTdawn:20141103195321j:image

本人自筆。いよいよ私の病も膏肓に入ってきたらしい。谷川雁だけは別なんだ…というわけでもないのだけれど、やはり説得力が無いな。

ひらがなの「せ」に変体仮名的な特徴があるが、むしろこの場合はメッセージを送られている相手の「高橋康雄」が誰かという話なのだけれど、これは潮出版編集者で『潮』誌の編集長も務めた高橋康雄という人物ではないかと思われる。

直接の担当が高橋だったのかどうかまではわからないけれど「お世話になった」と書く相手に贈るのが第2刷というところが興味深い。初刷が昭和52年3月25日で2刷が4月15日、なんと一ヶ月もたたないうちに増刷されているのだ。70年代の終盤において、雁の"沈黙"がどれくらい存在感を放っていたのか、という話になるのだろうか。

同じ古書店がまとめて谷川書籍を出品していたので、おそらくどれも高橋本人の蔵書だったのではないかと思われる。

こういう形で書籍というのは散逸していくのだなぁと思うと、少なくとも自分が価値があると思っていてそれが思い込みでないと自信を持って言えるものは、キチンとどこに行くかその落ち着き先まで決めておかないといけないのかもしれないなぁ。

私の手持ちでは、とりあえず谷川雁関係、特に八木版「無の造形」ということになるか。しかしこれももういくつかの公的な図書館に収蔵されていると思われるし、集めた情報は基本的に研究会メーリングリストに投稿しているので、これからもその姿勢を続けていく、というのを継続していくことが大事と言うことか。