Hatena::ブログ(Diary)

Rowing to another dawn.

2015-07-29

WORLD ORDER "MULTIPOLARITY"

おお、来たぞ新譜。毎度洗練されていくなぁ…って、あれ、須藤さんいない?!(最後まで見るべし)

おお、キョンシーが(久正人のグレイトフルデッドを愛読しているおかげでしょっちゅう見ている気はするが)。

なにもかもみななつかしい。

すいかあたまー(30代未満の未成年は置いてきぼりだ)

D

2015-07-27

谷川雁 単行本未収録原稿について(予告編)

まーた、谷川雁単行本未収録(というより年表未記載といった方が正しいか?)を発見したクサい。

たぶん、同時代的に読んでいて知っている人には特に珍しくも無いもののはずなんだけれど、そういう人はこの文章が彼の確度の高い年表のどれにも未記載なんてことはそもそも想定の範囲外なのだろう。

原点が存在する 谷川雁詩文集 (講談社文芸文庫)

原点が存在する 谷川雁詩文集 (講談社文芸文庫)

落ち穂拾い的なモノはともかく、これからはもう、そうそう彼の研究を進める上でそうデカいものは出てこないだろうと思っていたら、そんな代物でもいくつか拾い上げてみると面白げな像が浮かび上がってきそうになったり、そもそも彼の地元熊本の地方紙(熊本日日新聞)なんて、なんで誰もチェックしてなかったの!?と頭を抱えたくなるほど直球ど真ん中の媒体に連載されていたエッセイが、これまた突然出版されたり、まだまだ基礎の資料整理レベルでエキサイティングなものが残ってますな。

不知火海への手紙

不知火海への手紙

ぼちぼち彼の年表の決定版編集プロジェクトぐらい立ち上げるべきだと思う。特に谷川雁研究会は。というか、ここか。やるべきは。まずは80年代から90年代だな。

そんな訳で、冒頭のブツが手元に届いて内容が確認できたら、そのうち研究会メーリングリストに投稿します。

2015-07-25

鶴見俊輔死す

鶴見俊輔が亡くなった。太平洋戦争時にアメリカにいて、日本の必敗を予見しながら「負けるとき日本にいたい」と捕虜交換船で日本に帰ってきたというエピソードには衝撃を受けたものだ。

谷川雁を追い始めたとき、いまではまったく信じられない状況だが、当時ほとんど手がかりがなかったところで鶴見の著作にハッキリと現れる谷川の姿があることがどれほど励みとなったか分からない。

回想の人びと (ちくま文庫)

回想の人びと (ちくま文庫)

もちろん、それは今となれば鶴見の関心に切り取られたかなり偏った谷川像ではあるわけだけれど。

言葉遊びではない思想を生きる「思想家」がまた一人逝った。

2015-05-10

谷川雁 単行本未収録資料について その10 / 歴史の骨格から発する微妙

前回から随分間が空きましたが谷川雁単行本未収録資料その10です。持ちネタがまたなくなったのでがんばって発掘に励まないといけません。『不知火への手紙』なんて爆弾がまだ眠っているくらいだから、まだまだいろいろあると踏んでいるんですが。

さて、今回の文章が収録されいてる「日本こころの旅」はその惹句によれば「隔月刊日本こころの旅』は日本の伝統文化を旅の形で探究するデラックス・ムックです」とのこと。巻ごとにテーマを決めて、著名人たちに地方ごとの特産物を語らせたものらしい。出版元の青人社はすでにない模様です。

この巻までの歩みとして陶芸俳句茶の湯・故郷の民芸ときて、この号からは陶芸郷土料理というテーマが続いたらしい。なぜ陶芸郷土料理かといえば、巻末の編集後記によれば「やきものと郷土料理には、多くの共通点があります。はかなく壊れてしまう陶器のもろさと、現代社会の荒波にもまれて変化を強いられる伝統の味。どちらも、かつては地元で得られた材料−土や海・山の幸を生かして作られていた素朴な芸術であったこと、などなど(中略-地方ごとの特性は失われつつあるという現状を踏まえて-)、今回の特集は、日本にまだしっかり根づいている郷土のぬくもりを確認するために企画しました」とありますが、さて。

やきものと料理に共通点を見出すあたりは面白くはありますが、さてそれがどこまで特集に活かされているかは微妙なところ、各地の産物や焼き物の販売元と価格がみっしりと並んでいるページもあれば、料亭や窯元から取材費・掲載料を引き出すための方便ではないかと邪推したくなる部分はあります。

発行年月日が"昭和64年2月1日"という存在しなかった日取りになっているあたりが時代のはざまという感じで、A4変形の大判に贅沢なカラー写真と上質の印刷に、バブルのはじける前の爛熟を感じさせる贅沢なつくりには違いない。登場する文化人たちの数はケチっていないし、自分の出身地もしくは生活の場とする土地のものとじっくり向き合うだけの取材をさせるだけの度量はあったように思われます。

毎度のことながら前置きが長くなりました。谷川の文章はざっと見て4000字程度のエッセイ。「歴史の骨格から発する微妙」なる一文で、これは雁がつけたものかはわかりませんが「信州佐久の気候と風土をかいくぐって、いま郷土料理とよべる"くつろぎ"が…」なるあおり(副題?)が添えられています。

長野で現在も営業している(どうやら雁が訪ねた時とは営業スタイルがずいぶん変わっているようですが)「晴美屋」という店で佐久鯉を中心として川魚料理をいただいたときのエピソードが雁らしい文体でつづられています。

「ものずきと食通ぶりと営利主義が今日のいわゆる『郷土料理』を支えている感があるが、本来のそれは飢えを土台としているものだろう。その上に四季平和日常のよろこびが加わったものだろう」あたりに雁らしさを感じますが、実はこのムックのなかでこういう視点を提示するのは雁だけではなく、そのあたりにこの時代の文化人たちの腹の据わり方を見るべきか、そういうものも芸風として商業主義に飲み込んでいくだけの当時の出版社の余裕をみるべきかどうでしょうか。

馬刺しが出たとき馬肉信州熊本の特産であることから話題が広がり、石牟礼道子北海道日高サラブレッド牧場を訪ねたとき熊本の人はこんなかわいい馬を食べるというからいやだ」といわれたというエピソードを紹介したり、その馬刺し味噌を塗って焼いてもらったという話から、これは実は結核阿蘇の病院にいたときに療友の奥さんが月に一度アルミの弁当に詰めて運んでくれたものであり、そのお相伴にあずかることで何人かの青年が命をつなぎとめる助けになったと続いたりします。

このエピソードから「郷土料理の起源は飢えと困窮にある」という冒頭のテーゼにつなぎ郷土料理の現在はそのような歴史をくぐった後のくつろぎなのだとまとめます。

当時谷川がどういう経緯でこの手記を手掛けることになったのかは、信州在住だったからであろうという以上の手掛かりはないのですが、この文章はなかなか面白いものです。

雁の肩書は「詩人」となっているのが興味を引くところです。前回か前々回での投稿でも触れましたが、この時期の雁の肩書が詩人となっているのは、果たして本人の了承を得てのことであったのか否か。

この文章の初めは目の前に並んだ活造りの鯉の頭がパクパク口を動かしているのに対して君の供養のためにまずい一句を献呈するからそれを笑って成仏してくれ給えと初めて、最後は約束通りの一句を読んで締めているのですが、俳人というわけでもないでしょう。この一句も将来的には全集に収録しないといけませんね。

本文中には谷川を撮った写真が四枚(撮影:三戸森弘康)ほど、料理の前で酒を手にして撮られている写真が、まったく料理を楽しんでいるように見えないあたりが面白い。店の主人と歓談している様子を横から撮っているものは大変リラックスした印象であるのと比較して、こういう場面はやはり得意としていなかったのかと思われてきます。

このムックはAmazonでは登録を見つけることができませんでしたが、日本古書店では540円から見つけることができるようです。

この一文を投稿できたので、とりあえず今年のノルマはクリアできたとほっと胸をなで下ろす次第。いやいや、ホントに今年を乗り切れるんだろうか私。

2015-04-04

生存報告

年末に投稿してからもう三ヶ月が過ぎていることに驚愕しております。いやー、酷い三ヶ月だった。月の残業八十時間オーバーの過労死ラインなんて鼻で笑う勢いで。前職場とどちらがマシかという目くそ鼻くそな状況。

現在、その甲斐あってか実に前向きに取り組める環境が整いつつあります。後退戦から反転攻勢にうって出る準備は整いました。まだ綱渡りですが、ボチボチこちらも再開していきます。

やっぱりここを好き勝手に更新できるような状況を保つ、というのが私の人生を一番豊かにできるバロメーターのようです。