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Rowing to another dawn.

2014-07-11

谷川雁 単行本未収録資料について その8 / 生鮮食糧としての米を

松本輝夫著『谷川雁』は刊行初日にAmazon品切となり、その後も断続的に入荷と品切れを繰り返していました。いまでは在庫があるようなのですが、順調な売れ行きなのではないかとうれしく思います。

内容的に不満がないではないのですが、とりあえず谷川雁の一生をバランスよくつかみ取ることができる本は、この一冊しかありません。そこに補足を書き込んでいくのは私のような者の仕事なのでしょう。

ツタヤはおろか、地方の小さな書店まで谷川雁の名を冠した書籍が一斉に配本されている状況には本当に驚きます。それが、10年前でも20年前でもなく、今だとは。ここで、まったく谷川雁を知らないような世代が手にとって、この谷川雁とはなにものか?という問いがつながり始めればおもしろいのですが。

残念ながら六月末の出版記念会には上京できませんでしたが、サプライズプログラムのビデオメッセージには紛れ込ませていただきました。まぁ、五月末の読書会で祝辞はお伝えできましたが。仕事を変わって時間はできているはずなのに、かえって自由がきかなくなっているのは不思議なところです。

さて、一年ぶりの単行本未収録資料の投稿です。

A5版上下二段組、三頁半。

以前、「しらぬひの魚の歳時記断片」(1987)を投稿したときにも書きましたが、谷川が食の分野を語るのは珍しいように思うものの、黒姫移住から九年が経とうとする時点では、だいぶん感覚も変わってきていたのかもしれません。

文章はごく短いものですが、まず黒姫での各地の食品を楽しむ"豊かな"食生活を描くことから始まり、そういう山海の珍味をほしいままにする姿が実際には日本の平均的な実態であるとはぐらかしてみて、しかしそれが絶対に"豊か"とはいえないのだとして、1987年当時の米と塩という食生活の基本にある食材の惨状を語り始めます。

米の置かれた現状を「保存食糧としての米」といい、そのような状況にある限り絶対に小農(日本)は大農(海外)に勝てないとして、「生鮮食糧としての米」を取り戻せとアジっています。

日本農家は不特定多数の顧客のために生きてはならない。それは滅亡への道だ。彼方で食卓をかこむ老人やこどもたちの固有名詞を知っていて、そのために汗を流」す農家でなければならないのだと謳うあたり現在の農の置かれた状況と関連する動きを先取りしているといえるのかもしれませんが、このあたりになにか口を挟むには私が力不足ですね。

かつて雁が自分の執筆活動において、さらには文化運動においてこだわり続けた「読んでほしい顔が浮かばなければ」「書く喜びがない」と通い合うところでもあるでしょう。

以上、紹介でした。

2014-06-22

こんな感じで / Nikon F-401

少し前に発掘した祖父の遺品、F-401

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マニュアル撮影もできますがまったく直観的でなく面倒くさいので、カメラに任せると決めてしまってプログラムオートで撮る方がテンポよくいけます。

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今回はモノクロだけですが、いつもモノクロ時代のカメラとレンズを使っているせいで、この80年代のカメラで撮れる色が鮮やかなのと絵がシャープなのに驚いています。それでいて今のデジカメのように妙に派手な感じではない落ち着いた色で好ましいです。むしろ「クラシックカメラを使ってみたい!」と思う今の若い子が想定する画ってこれくらいじゃないだろうかとおもうところもあり。

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少し前のトイカメラブームもすっかり沈静化していますが、今からフィルムで撮ってみようとする人が想定するのはどうしても金属マニュアル一眼レフかなどクラシックなカメラになることが多いと思います。

これにはプラスチックAF一眼レフなんかは壊れた時に修理できない、価値がないので状態のいいものがすくない、中古でも捨て値なので却って扱ってないなど理由が多々あるのですが、失敗せずにフィルムカメラを楽しめるという意味ではこの80年代後半〜90年代の普及帯のプラスチックAF一眼レフというのも入りやすいかもしれません。ほんとに捨て値だし。

初めてフィルムで撮って高い金払って現像したときの写真の半分以上が(ひょっとしたら全部!)失敗しているときの衝撃はでかいですからね。そういう意味では最初から失敗上等と覚悟が決まっているトイカメラはすごいっちゃすごい。

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そのうち、現像代もフィルム代も気にならなくなっていくんですが。

2014-06-08

ランタンフェスティバル / Leica If + Voigtländer Super Wide Heliar 15mm F4.5 + Fuji SUPERIA X-TRA 400

今更ながら、二月のランタンフェスティバルのときのもの。

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  • Leica If + Voigtländer Super Wide Heliar 15mm F4.5 + Fuji SUPERIA X-TRA 400

デジカメはおろか一眼レフレンジファインダーにさえ疲れると、Ifを持ち出したくなる。

2014-05-08

写真はまだない / Nikon F-401

最近はあまりこだわりがなくなってきたというか、「好み」というのはしっかりあるものの、中判からトイデジまでそのとき使ってみたいなぁと思ったカメラ(というか、むしろ最近使ってないなぁ、と思ったカメラ(笑))を使う、という肩の力を抜きまくった方針でいっております。

そういう目で足下を見ると、たぶん身近にいろんなカメラが眠っているものなのです。マジで。

そんなわけで、祖父の遺品から発掘したものの、誰も使わないまま数年来眠っていたNikon F-401。

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手元の(フィルムを通して使っている)銀塩カメラのなかでは圧倒的に"新しいほうの"カメラで1987年製。なんといっても、手元のカメラの中では唯一の"オートフォーカス"で、NikonAFに進出した初期の機種です。

MFばっかり使ってますが、おかげで、今ではたぶんカタツムリのように遅いという評価になるだろう、このカメラの合焦スピードが、あまり今撮ってるリズムと変わらないように感じられてきまして、いろいろと不具合もあるんですが、カメラの撮影に関するところでは問題なさそうでもあり、せっかくここまで生き残ってるので使ってみようかと。

まぁ、こないだ友人から譲り受けたNikon FGといい、たぶん、身近に人知れず埃をかぶっている銀塩カメラはそこかしこにたくさんあって、そういうのこそ、見つけたあとどんなカメラか調べて見、ついでに壊れて元々と思って使ってみるのもおもしろいかと。

で、こっから余談の余談。

モノクロ時代(親戚の証言から、おそらくキヤノン製のレンジファインダーカメラを使っていたと思われる)は本当に緊張感のある”作品"を撮って、自分の暗室で現像してコンテストなどに出していたという祖父が、こういうカメラも持ちながら、カラーではスナップしか撮ってないというのは、なにかおもしろい話ではあるな、と。

2014-04-23

あと一ヶ月! / 松本輝夫『谷川雁 -永久工作者の言霊-』

正式な情報が版元の平凡社やAmazonに出ました。(はまぞうには出るのですが、ダイアリーには上手く反映されません。しかし、遠からず修正されるでしょう)

谷川雁研究会代表の松本さんが随分前から取りかかっていた本が漸く刊行の運びとなりました。

谷川雁がこれまでの歴史で果たした大きなところでの役割や影響力というのはある程度評価は固まっていて、それはそんなに外していないだろうと思うのです。

しかし、これまでも再評価の機運があったのは、彼にまだ"これから"の時代に向けてまだ拓いていきうる、まだ汲みあげられていない可能性があるのでは、と感じさせるものがあるのだと考えます。

しかし、その"これから"に向けた可能性をくみ取るには、一般に沈黙期と捉えられる、谷川雁がラボ教育センターの専務であった時代に彼が何をしていたのか、その動きの詳細と評価が必要で、しかしそれをするにはその後のラボの分裂と谷川雁のラボ離脱という深い谷が横たわっていて誰もその仕事に手を付けられない状態であり、これまでは分裂直前までラボテューターを務めていた内田聖子の『谷川雁のめがね』が唯一のものでした。

谷川雁のめがね

谷川雁のめがね

松本さんはまさしく谷川雁がラボの専務時代に対立した組合側の代表であり、また分裂後のラボを支えて代表まで務められたという立場で、これまでにない情報や分析が出てくるだろうことはすでにいただいている目次からも明かです。

この作品は、これまで接続することが難しいと考えられていた沈黙以前の60年代を主とする文章と一般には80年代以降に発表された復活後の文章を統一的に理解する地平を切り開くことになるでしょう。その地平から立ち上がってくる谷川雁の姿があるはずで、もう十数年前に現代詩手帖がとりあげたとき惹句を借りるならば、「よみがえる谷川雁」とはこの作品以後に表れてくるものにこそ相応しい。

河出書房からでたムック谷川雁を統一的に理解しようという姿勢は有りましたが、その足場が固まっていたとはいいがたいところが有りました。

谷川 雁 (KAWADE道の手帖)

谷川 雁 (KAWADE道の手帖)

刊行を指折り数えて待ちたいところですが、なんでも20万字の原稿新書の形にするために13万字まで圧縮される作業が必要だったとか。その削られた7万字になにが書かれていたのかも伺いたくてたまりません。五月末の読書会に参加できればいいのですが。