2009-11-04
ネットは「憎まれっ子」の天下なのかもしれん。
なんだか、なあ。
「たった一人の言いがかりでブログ一つを閉鎖に追い込む事が出来る」事を再確認して憂鬱になった。
「こういう訳のわからない悪意を向けてくる人は必ず居て、それを避けるすべはない」事は分かっては居るものの、実際に向けられた側としたらたまった物じゃないよなあ、と思う。生活時間の一部を犠牲にしてblog書いているのは意味不明の罵倒もらうためでは無いわけで*1
で、こういう話を見るたびに思い出すのが、id:ymScott氏の昔のblog(「はてな」移行前の話です)に付いたある人のコメント。
とても示唆に富む内容だと思うので、blog主へは事後確認、コメント主には無断で(同じ名前の人が現在web上で活動している形跡がないので…)、全文転記しようと思う。
(都合悪かったらコメント欄等で指摘願います。記事消しますので→ymScott氏)
一般論です。あくまで一般論です。さらに単純化した話です。
正面からの議論にこだわる人とこだわらない人とでは、最後に立っているのは後者。
守るべきもの(たとえば自分のブログ)がある人とない人とでは、最後に立っているのは後者。
実名またはコテハンの人と匿名の人とでは、最後に立っているのは後者。
理性的たろうとする人と気にしない人とでは、最後に立っているのは後者。
汚い言葉を厭う人と気にしない人とでは、最後に立っているのは後者。
一対多では、最後に立っているのは後者。
粘着度の低い方と高い方とでは、最後に立っているのは後者。
相手を理解しようとする人としようとしない人とでは、最後に立っているのは後者。
己を客観視できる人とできない人とでは、最後に立っているのは後者。
他人を罵るのが好きでない人と好きな人とでは、最後に立っているのは後者。
不毛な争いに倦む人と飽きない人とでは、最後に立っているのは後者。
繰り返しになるけど単純化してます。さらに言えばこんなのはいやです。論破してください。
Posted by Nakada Hiroshi at 2005年07月22日 22:43
http://scott.seesaa.net/article/5273038.html
このコメント読んでから4年経ちますが、俺程度の頭脳では「論破」出来そうにありません。
- 563 http://www.hatena.ne.jp/
- 487 http://www.karzusp.net/
- 482 http://b.hatena.ne.jp/hotentry
- 437 http://egone.org/
- 297 http://d.hatena.ne.jp/matasaburo/20091104/1257293675
- 198 http://d.hatena.ne.jp/
- 190 http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/dussel/20091104/1257307582
- 185 http://reader.livedoor.com/reader/
- 180 http://b.hatena.ne.jp/
- 179 http://b.hatena.ne.jp/hotentry?mode=general


争いは正面からの議論ではないし、理性の対決でもないし、理解でもない。
どちらかを残そう、どちらかが残らなければならないなんて考えるのが、最も不毛です。
私は何の問題も無いです。
一般的な話としてはクローズな場所に書かれたコメントでもないので、Nakada Hiroshiさんから特にクレームが無い限りはこのままで良いのでは。
今回の話に関しては自分が流れを全く追えてないのでノーコメで。
問題はネットから「前者」の人たちが去ってゆき、「後者」しか残らない事ではないかと思ってます。
(Nakada Hiroshi氏の真意がどうなのかは分からない、と言い訳しておきますが)
ymScott氏
>私は何の問題も無いです
了解しました。…というか、あっという間に閲覧数&ブクマ数伸びたので、「どうしよう」と思っていたところでした…
最後に立ってるのは後者だとしても、周りには誰もいなくなってる。
そんな世界なんて楽しいの?って。
それでいーじゃないのって思いますね。第三者としては。
ネットでは薄い人向けに正論を書いて宣伝するのが鉄板の戦略になりますし。
そしてそういう限られた場所は「かなり楽しい世界」になりますし。
それが嫌な人は色々な手段で抗うのが良いんじゃないでしょうか。
後者同士ならどちらが立っていられるのかな、と。
例えば、多数の理性的な人と少数の理性を気にしない人。
「居なくなった誰か」を叩き続けて楽しむんじゃないか、という気がします。
otsuneさま
引きこもって「薄い人向けに正論を書いて宣伝」、っていうのは確かにありそうな気がします。
僕自身はそういうのはあまり好きじゃないので事あるごとに声上げていこうとは思います。「戦って勝つ」ほどの意欲も時間も能力もありませんが。
laclefdor さま
残念です。何とかならないものか、とは思いますが有効策が見つかりません…
oppaiさま
どっちでしょうかね…「多数の理性的な人と少数の理性を気にしない」であれば、「理性的な人」の数の多さと「理性を気にしない人」がどれだけ頑張って粘着するかによってどっちが残るか分かれるような気がします。
(意地の悪い言い方をすると、「どっちが悪質かによって勝敗が決まる」とも)