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2006-11-26-Sun 綾波レイに関する報告書2001

綾波レイに関する報告書2001

水野亜美

人工美少女

ショートカット

  • 幼少の頃から、私が好きになる女の子は例外なくショートカットだった。何故か? それはロングヘアの女からは、一晩寝ただけで女房気取りしちゃうような「女性の情念」のようなものが感じられ、それを敬遠したかったから。これは20歳を過ぎたころにやっと自分でも気が付いた。私が森高千里にはまったのは彼女ショートだったわずかな間だった。とにかくロングヘアの女性は自分にとって「重たい」。世帯を持つのがイヤなのかもしれない。考えすぎかな?
  • 「イージードゥダンス」の頃のtrfの北村有起や、「水野亜美」ちゃんが出てくるちょっと前までは、ショートの女子を支持する男子はごく少数派だった。広末涼子の登場によって彼女たちは「やっと」世間に認知され、そして何故か、自分にとって少しつまらないものとなった。希少価値がなくなってしまったということなのか。遠藤久美子だってデビューしてしばらくは知る人ぞ知る存在(いわゆる美少女マニアCMナウとか読んでチェックしてたりオレ含む)で、私は自分ひとりで勝手に「えんくみ」って呼んでたのに、有名になって片仮名の「エンクミ」になってから興味がなくなった。もはや前田愛声優じゃなくて女優の方)が最後の望みだ。あんまりメジャーにならないでね、あいちゃん
  • だから最近では女の子ヘアスタイルにはこだわらなくなってきた、かもしれない。みんなが注目すると熱が冷めちゃうんだよね。でもやっぱ、道を歩いているショート女の子はついまじまじと見入っちゃう。ブスだと怒るし可愛かったらいろいろ考えるし...(かなり危険かも。でもみんな似たようなモンでしょ?)
  • いまや釈由美子真鍋かをりなどのショートカット美少女グラビア誌に溢れている。いい時代になったもんだ。10年前には想像も出来なかった。まあいずれにせよ広末涼子と「綾波レイ」の存在が「ショートカット標準化計画」に多いに貢献したことは明らかだ。バンザ〜イ!

本気で綾波レイ

  • エヴァ』という作品は、ゲンドウが他の主要な登場人物をいじめて自分だけいい思いする、全体的にそんな話なのだが、第6話だけはそうじゃない、ちょっといい話なのだ。
  • 綾波レイシンジ二子山作戦の内容を伝えるシーンがあるが、彼女は、食欲もやる気もなくなってるシンジを励まそうとしている。これが「フラウ・ボゥ」なら「アムロ、食べないと良くないのよ」などとおせっかい口調なのだが(『機動戦士ガンダム』より。「フラウ」と主人公の「アムロ・レイ」は幼馴染み。)、基本的に同じこと言ってても綾波レイってああいう話し方だからシンジには理解しづらいし、見てる我々にも伝わりにくい。まあその辺は貞本義行漫画でフォローしている。漫画版綾波レイのほうがシンジに優しく接している、感じがするのだがいかがだろう?
  • 問題なのはラストシーン綾波レイを救出するシンジぼんやりとした意識のなかで綾波レイシンジの影を見て「ゲンドウ」が現れたのかと勘違いする。シンジが「笑えばいいと思うよ」と言う。綾波レイシンジにゲンドウと同じものを感じてにっこり微笑む。それは、彼女のなかで碇シンジという少年が、ゲンドウと同じくらいかけがえの無い存在として認められたからにほかならない。ああ、良かったねシンちゃん、生きていれば幸せなこともあるんだね。本当に良かった、と感激して当時は何度も見返して、そのたびにボロ泣きだった。ところが、このことを知人、友人に話すと「まあ、そういう解釈もあるよね」などとエセ評論家ぶったエラソーな口ぶりで、どこか馬鹿にしている。10人に話して10人とも全く同じ口調で。どうも納得がいかない。なんとその理由はフィルムブックにあった。『エヴァ』ファンなら必ず持っていた角川のフィルムブックには各シーンの解説が載っていた。私はかなり後になって読んでみたのだが、第6話のラストの解説にこうあった。「結局、このときレイにはゲンドウしか見えてないのだ」だと!
  • そんな馬鹿な!! そんなことってないだろう。それじゃあシンジがかわいそ過ぎる。確かにそういう「うがった」見方も出来なくはない。でも、心に染みる愛の話として、今の段階でこういうことがあってもいいだろう、いやあるべきだ。だってこれはフィクションなんだよ。どうせ最後は報われないんだから今のうちは報われるべきだ。本気で綾波レイに惚れたなら、綾波をどうしても自分のものにしてしまいたいと感じたならば、クソ親父のゲンドウよりは自分たちに近いシンジと束の間ではあってもそういう幸せがあったほうが「ああそっか、綾波だっていつまでも変態親父の虜になってるんじゃないんだな」って希望が持てるだろ。フィルムブックの解説を鵜呑みになんて絶対に出来ないはずだ。プンプン。でも俺の知り合いには綾波ファンは一人もいないんだよなあ、それじゃ仕方がないか。ふーんだ。
  • この件は、その後貞本義行漫画版において、俺寄りの解釈で(つまりシンジ寄りで)描き直してくれて、やっぱり泣かせてくれた。こっちが正解。ざまあ見ろ。ちなみに単行本3巻の164ページの、あたたかい微笑みのレイちゃんは連載時とは異なる書きおろし。やっぱり作者が思い入れたっぷりに描かなきゃね。劇場版ラストに不満の諸君は、貞本義行漫画に期待するしかないでしょう。そのための道は用意されて... 最後までちゃんと描き切ってくれますよね。もしかすると、もうエヴァに飽きてたりして。ちょっと心配。本職はアニメーターなんだから安彦良和さんみたくなっちゃうとそれはそれで困るけれど。天野さんとか美樹本さんとか、素晴らしいキャラクターデザイナーは皆アニメ界からいなくなっちゃったし(作品創りに深く関わる事が無くなったという意味で)。

まとめ

  • ある星占いの本に、みずがめ座の人達の傾向が書いてあった。彼らは、必要以上に他人に干渉しない。それは単にクールだというのではなく、自分が何者か分からないので、自分を他人に知られる事を極度に恐れるからだと。綾波レイには、どうもみずがめ座の傾向が当てはまるのではないだろうかと感じる。そんな姿がいじらしい、一見聡明に見えてもけっこう悩んでるんだな可愛いヤツだなって、そうか自分と同じなんだなと確信したからこそ、多くのファンが彼女の虜になってしまったのだろう。
  • 綾波レイは、同じ「エヴァ」のパイロット惣流・アスカ・ラングレーからネチネチといじめを受けたり、主人公を庇って(とりあえず)死んでしまうとか、物語ラストである劇場版では衛星軌道上から落とされたりと、色々とヒドイ目に遭う。だが、何があっても、いたってクール彼女。そんな彼女の熱狂的なファンを指すアヤナミストなる造語も生まれた。だがしかし主人公に対して母親のように温かく見守ったり、色々と苦労しても健気にふるまう彼女を「何でも言うことを聞いてくれる美少女ロボット」とする間違った解釈も生まれ、彼女を非難する動きも見られた。さらに、某有名アニメ演出家は、ロリコンを嘆いているらしく、この魅力的な14歳たち(レイアスカ)のファンを指し「男子として情けない」などと雑誌インタビューで語っていた。思えば80年代『マクロス』あたりから誕生した「ロリコンおたく)新世代」の一つの終着点が『エヴァ』だった(庵野秀明が、おたくを終わらせる儀式として、あのラストに持っていった)とする。結果、あのラストを経ても、僕らが最後に手に入れたのは『綾波レイ』という新しいフォームだ。それは、もしかすると歪んだ母親像なのかもしれない。「そんなものに縋って生き延びて何になる」と老人たちが言うのだろうか。
  • 僕らはテレビ版最終話に何を見たのだろう? 謎の転校生として突如現れたチャーミングな女の子彼女を「あれは綾波ではない」とするのは間違いだ。なぜなら、僕らが良く知る、あの綾波レイクールなさまが、単に「人として振舞うさまを知らない」だけだったとしたら、『エヴァ』という物語が、ゲンドウが死に別れたカミさんに逢いたいためだけにワガママし放題の「人類補完計画」などではなく、綾波レイを本来の姿に戻すための「綾波補完計画」だったとしたら、もしそうだとしたら、もしその計画が上手くいっていたら、あの快活な転校生は、もしかすると彼女の本来の姿なのかもしれない、と。だから第5話を見て「ああオレも綾波にビンタされたいな思いっきり」なんて、願っちゃったりするのだ。
  • まあ一応これがオチっていうことで(^^;) 綾波レイに関する報告書2001年版はこれにておしまい

綾波レイに関する報告書2001
作成/2000年11月25日
アダプテーション2006年11月26日