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2011-01-15-Sat

ガレージキット業界2002年の問題意識

 今日のエントリーは、ぼくの同人誌萌えはお菓子』に載せなかった、萌え関連の文章、いわばアウトテイクです。

 萌えは、オタク内で非難されることがあります。それは、オタク内の「ヲタク」批判だとみることもできます。ここでは、そのような問題意識を持った人物であるあさのまさひこ(模型ライター)の発言をとりあげてみたいと思います
 2002年、模型雑誌「モデルグラフィックス」に『新たなる「何か」』という座談会の記事が掲載されていました*1。以下の、鍵括弧で囲った文は、記事からの引用です。この記事で参照されるのは、模型界のコミケと呼ばれる大規模なイベント「ワンダーフェスティバル」にて散見された、いくつかの、萌えに関する事柄です。その会場を長年に渡って定点観測してきた、あさのの証言には、萌えや「ヲタク」を読み解くヒントが、あるのかもしれません。
 彼によると、エヴァ以降のガレージキット(ここでは主にアニメ漫画キャラクターを立体化したフィギュアを指すことにします)のなかに、これまでの評価基準、例えば「基本を押さえた作り」を重視しないものが出現しだしたそうです。これまでであれば、そのようなものは稚拙であるので売れなかった。しかし、出来が悪くとも、「何か」をアピールするキットが売れるようになってきて、どうやらその「何か」とは「萌え」と呼ばれる魅力であるらしい。長くこの業界をみてきた彼にとって、その「萌え」とは、「ああ、これもまた“アレ”だ」という違和感であったらしい。なぜ、これ(基本を押さえた作り)よりも「アレ」が売れるのか、それはまるで、ガンプラの偽者のバイソンのほうに価値があるといわんばかりではないか、と彼はいます
 この座談会では、宮川武という、人気があり、比較的若い原型師ガレージキットの原型を作る人)でさえも理解不能な、不可思議な現象について考察を行います。これまでになかったセールスポイントが「萌え」であり、どうやらその流れは誰にも止められないのだと、座談会では結論づけました。
 この座談会で主に話題に登ったのは、裸体のガレージキットが増えてきて、しかも売れている、ということでした。大雑把にいうと、それはエヴァ綾波レイの刺激的なフィギュア*2などがきっかけで、以後フルヌード化の流れが止まらなくなった。乳房丸出しは当たり前で、下半身に何も着けていないものも堂々と展示されている現状は、行き着くところまで行ってしまった、裸で売れるのはもはや終焉ではないのだろうか、というのが座談会メンバーの感じるところだったといいます。しかし、あさのは、そういいつつも、裸イコール萌えだとは言い切れないと、誤解や断定を避けた注釈をしています
 裸はともかくとして、あさのが指摘しているのは、宮川よりも若い原型師のなかに、ガレージキット制作の基本である「原型の表面をしっかり磨いてるかどうかなんて知ったこっちゃない」ひとたちが出現しているということです。ガレージキットを評価する六角形のレーダーチャートがあるとして、「どれだけ元絵に似ているか」「造形力」「仕上げ」などがあるなかに、新しい6つめの評価軸「萌え」があり、表面処理を全然やっていなくても「萌え」だけがチャートで飛び抜けているものがある(売れる)のは、いかがなものか、といいます。しかし、「萌え」評価が高い造形物のなかにも、基本を押さえたものはあり、アンバランスなものがすべてではないのだと、あさのは、その萌えという現象を、冷静に観測もしています
 このような例え話は、ガレージキットだけではなく、アニメ漫画などにも当てはまるもので、萌えに批判的なオタクが何となく感じ取っていることだろうと思います。そして、あさのは、自らが感じたその「違和感」を、萌えといいつつ、そう断定はできないとも注釈をしています
 あさのは、ボーメ、竜人、あげたゆきを、などのような「基本を押さえた作り」に定評のある造形師たちの作品を、若い世代のガレージキットファンは「視野や思考から切り離され」「神棚に飾っちゃう」のではないのかと、指摘しています。そしてまた、若い世代の造形師やそのファンは、ネットで発信や交流をしていて、それを知らない上の世代からすれば、それは「独自に開発された流行」となるのだと、いいます。世代を超えた、造形師やファンの交流は、もはや望めそうにないのは、寂しいだろうというのが、あさのの危機感につながっている、ぼくは、そういうふうに、この記事を読みました。
 ちなみに、この記事の冒頭で、あさのは萌えを以下のように定義しています
 「30代以上のオールドタイプには理解できない、自分たちだけが共有している特殊な概念」「ことの本質(たとえばストーリーであったり、世界観であったり)を置き去りにしてまでも、キャラクターに過剰な感情移入をする偏愛行為(キャラクターの設定やディテールにおける、ヒット数の過剰なまでの追及)」
 このような考え方は、岡田斗司夫の『オタクはすでに死んでいる』(2008年)にも、みられました。ある世代以上のオタクにとっては、共通認識なのかもしれません。

hellobloghelloblog 2011/01/17 12:26 >「30代以上のオールドタイプには理解できない、自分たちだけが共有している特殊な概念」

「萌え論」から外れてしまうかもしれませんが、既存のファンダムとは異なる、ニュータイプのファン層が引き起こすムーブメントに対し、既存のファンが違和感がをもつことは過去にも何度かありました。例えば...

・あしたのジョー連載当時のキャラクターに対する過剰とも言える言動
 (「右手に朝日ジャーナル、左手に少年マガジン 」と言われた時代)

・ヤマトブームがあった頃のSFファンの反応
 (彼らを「真のファンじゃなくて単なるミーハー」だと称したような記憶がある)

・ガンダムブーム以降に同人誌即売会に幅をきかせ始めたコスプレ集団に対する既存ファンの反応

などなど。ロリコン(美少女ブーム)や「やおい」、最近では初音ミクや東方プロジェクトなどもそうかもしれませんね。
美少女フィギュアブームもその中の一つですが、既存ファンの違和感という意味では一緒なのかもしれません。
しかしながら異なる部分も存在するので、それらの差分を考えてみるのも面白いかもしれませんね。

で、それとアイドル畑は全く関係のない話...とも言えないです。ってのは、アイドルのトレンドってのは、必ず既存ファンにとって違和感があるはずですので。

hellobloghelloblog 2011/01/17 13:18 追記。
「あしたのジョー」に関しては、その当時に既存の(マニア)ファン層がいたか?という点において疑問なので、スルーして構いません。申し訳ないです。

ealeal 2011/01/17 18:46 >いぬいぬさん
確かに、世代間対立はその時代ごとにあったはずで、萌えとヲタクだけが特別な現象ではない、のかもしれませんね。
だから、萌えを批判する先行世代の言い分には、あまり意味がないのかもしれない。そんなことを考えていました。
それで、とりあえずぼくは「エヴァ以降」を基準にして語ろうとして、どうも上手くいっていないと感じているのです。

アイドルのトレンドについては、ぼくはハロプロしか知らないし、そもそもあまり詳しくないので、これも考え中です。「ある時期からハロプロは萌え化した」っていうのも、書けそうにないです…

ealeal 2011/01/17 18:52 書けそうにないというか、書かないです。

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