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edel_weiss306の読書・旅日記/

2012-10-15

ボジェナ・ニェムツォヴァー作『おばあさん』(栗栖継訳)を読む


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まるでシュティフターを思わせるような細やかな筆致で、北部ボヘミア地方の山村を舞台にして、四季の自然の推移や、多くの孫たちに囲まれての祖母の日々の営みが淡々と描かれている。語り手はおばあさんであるが、物語の流れは決してスローテンポではなく、読者を退屈させることはない。おばあさんの夫のイージーは、プロシア軍隊に勤務していた関係で、おばあさんと3人の子供たちはシレジアに15年間住んでいた。イージーは戦争の際大砲の弾に当った傷がもとで亡くなる。おばあさんは異国でドイツ語に苦労しながら暮らすより、故国チェコで暮らす方がよいと思う。ドイツの地にとどまらない限り、生活の保障は何も期待できないという状況であったにもかかわらず、異国の地で祖国母国語を愛することを子供たちに教えることがかなわないことを悟り、おばあさんは故郷のチェコへ帰ることを決心する。おばあさんは3人の子供を連れて、さんざんな苦労をしたあげく徒歩で故郷の村へ帰ってくる。

 3人の子供のうち、息子のカシバルは学校を卒業してから織物職人の技術を覚えたいということで,修業の旅に出る。そしてウィーンにいるおばあさんの従妹が村へやってきて、長女のテレスカが気に入り、一緒にウィーンへ連れ帰って世話をしたいと申し出る。テレスカは、ウィーンドイツ人男性と結婚し、末娘のヨハンカもウィーンへ行ってしまい、おばあさんは独りだけ村にとり残されることになる。その後、ウィーンで暮らす上の娘テレスカ、つまり現在のプロシュコヴァー夫人からおばあさんに手紙が来て、それによると娘の夫がある公爵夫人に仕えるようになったこと(厩頭に雇われたこと)、その公爵夫人はおばあさんが住んでいるボヘミアの村のすぐ近くに領地をもっており、今度公爵夫人に随行してその領地へ一家をあげて移住することになっているが、夫は毎年公爵夫人が滞在する夏の間しかそこにいられないこと、そこでおばあさんも是非そこへ移住して、娘や孫たちと一緒に暮らしてもらいたい旨を述べた内容の手紙であった。おばあさんはさんざん悩んだあげく、行くことを決心する。実はここから物語が始まるのである。おばあさんの上の娘はドイツ人のプロシェクと結婚していて、今はプロシュコヴァー夫人と呼ばれ、二人の間に生まれた長女はバルンカという名前であったが、このバルンカこそが作者ニェムツォヴァーのモデルといわれる人物である。この物語には、ほとんど実在の人物ばかりが登場するようであるが、物語の中身は虚実取り混ぜて、さまざまなフィクションが絡み合い、魅力的な物語世界が構築されていることは言うまでもない。

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 自分の娘や孫たちと一緒に暮らすようになったおばあさんは、まめまめしく家の手伝いや畑仕事をしたり、仕事の合間には孫たちに谷間の村に伝わる伝説や昔話を語り聞かせてくれる。おばあさんの話す物語を通じて、孫たちは人間として生きていく上で大切な事柄を学んでゆく。おばあさんはただ優しいだけでなく、必要とあれば、容赦ないもの言いで子供たちをたしなめるのであった。村に古くから伝わる風習や四季の移り変わりの中での自然の営みを観察したり、いろいろな生き物たちに接触したりすることによって、孫たちは成長し、生きていくために必要な知恵を身につけてゆく。毎年季節とともにめぐってくる祭日、たとえば聖人にまつわる祝日とかキリスト教の祭日、収穫祭、結婚式などは村人たちには無上の楽しみである。万聖節(11月1日)から1週間後の朝、おばあさんは子供たちを起こして、聖マルティンが白い馬に乗ってやって来たよ、と告げる。子供たちが飛び起きて窓から外を見ると、一面の雪景色である。聖マルティンの日は、子供たちに橇乗りの楽しみを持って来てくれたのであった。
 村では楽しいことばかりが起こるのではない。とりわけヴィトルカという娘の話は、哀れで物悲しい。彼女は村でも評判の美しい娘であったが、戦争の影響で村に駐屯していた猟兵部隊の兵士の一人に目をつけられ、つけまわされるようになる。この陰気な兵士にあとをつけまわされるようになってから、ヴィトルカは苦しみ悩むようになり、その苦しみから逃れるために隣村の青年と婚約する。その後も陰気くさい兵士は、ヴィトルカをつけまわし、ある日≪クローバ畑に行け、クローバ畑に行け!≫という言葉が耳の中で囁くのに誘われて、クローバ畑に出かけ、その男に会う。
 男は彼女に向かって「きみを愛している。きみはぼくの最上の幸福であり、天国だ」と言う。そのうち兵士たちは村から撤退することになるが、ヴィトルカは病床に伏すようになる。そしてある日、まるで兵士の後を追って家出したかのように、失踪して姿を消す。彼女は森の洞穴で、ボロボロの服を着て、気が狂った森の獣のように暮らしているのが発見される。
 14年という兵役がもたらす悲運と不幸。クリストラとミーラは婚約した仲だったが、ミーラが軍隊に行くことが決まり、二人は悲しさのあまり泣き崩れる。当時の兵役は14年という長い期間にわたるもので、そのために多くの愛し合う者たちを悲嘆のどん底におとしいれたのであった。しかしクリストラとミーラの場合は、公爵夫人の尽力が功を奏し、ミーラは兵役を免れて二人は無事結婚式を挙げることができたのである。
 この物語には、森番や粉屋や子沢山の貧しい手廻しオルガン弾き(この一家は食べる物に不自由してネコやリスやカラスも食べている)も登場するが、とりわけ森番は話が上手で、経験豊かな彼が語る話には深い味わいがあって、物語に独特の奥行きと幅を与えている。
 おばあさんが公爵夫人の招待で孫たちを連れて館を訪問する場面では、館の召使いや小間使いや部屋係たちの少し偉ぶった態度が、谷間の村人たちとの間にある身分的な差別を感じさせる。また、この物語ではチェコ語しか話せない村の人々が大多数であるのに対し、プロシェク夫妻のように夫がオーストリア生まれのドイツ人である場合もあり、ドイツ語が理解できる人間も少数ながら存在するという社会環境が描かれている。おばあさんはドイツで長く暮した経験がありながら、根っからのチェコ人で、チェコ語を愛し、孫たちにも常にチェコ語で話しかける。孫のバルンカも熱愛する父親の影響でドイツ語をよく理解するが、母親のプロシュコヴァー夫人のように完全にドイツ化することもなく、故国やチェコ語を心から愛している。
 チェコが当時はオーストリアハプスブルク帝国)に所属していたことを考えれば、ドイツ語は支配者の言語であるが、村人たちにとっては日常のコミュニケーション手段はあくまでチェコ語である。表にあからさまな形では出てこないが、人間がどの言語を自分の母語として選ぶかという問題は、中欧のようにさまざまな国々が隣り合う地域では、実は極めて重要な意味を含んでいるのである。この物語は、一見牧歌的・田園詩的な内容でありながらも、そうした問題も潜在的なテーマとなっているような気がする。(『おばあさん』が発表されたのは、1855年である。)

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