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教育ファシリテーター講座・ゲストインタビュー

2009-07-21 Vol.2 東末真紀さん・大本晋也さん(2)

Vol.2 東末真紀さん・大本晋也さん(2)

| 15:25


こんにちは。シチズンシップ共育企画・事業コーディネーター鈴木です。

ゲストインタビューVol;.2は前回に引き続き、

東末真紀さんと大本晋也さん。


今回の講座のテーマでもある「よみかた」や「ありかた」に踏み込む議論。

どうぞお楽しみください!


その人の「感情」に向き合うこと


川中:今回の教育ファシリテーター講座【中級編】のテーマは「よみかた」。「この人は場を読むのがうまい」といった具合に「よみかた」については職人芸的に語られる傾向があると感じています。しかし、やっている内に気がつけば身に付く、というものではないように思います。東末さんはこれまでにどんなキャリアを辿る中で、そういう場で起こっていることをつかんだり、大切にしたりする感覚を磨かれてきたんでしょうか?

東末:看護学校に通っていた時に、自然スクールTOEC(http://www.ne.jp/asahi/outdoor/toec)というところでキャンプボランティアをしたんです。そこでの経験から衝撃を受けて、その後もTOECに関わり続けました。そこでは、相手の感情に寄り添ってその人自身の感情を理解しながら一緒に物事をつくっていく「カウンセリングアプローチ」をすごく勉強させてもらった。

川中:カウンセリング的アプローチ。

東末:そう。その人の感情を大人や周囲の人が徹底的に邪魔をしないのね。そうしているうちに、その子自身がしたいこと、興味のあることをしっかり掴んでいくような学びの場だったように思うんです。ほんとにのびのびと子ども達が育っていくので、すごいなぁと思って。私が受けてきた教育と全然違うのね。


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(ワークショプを進行する東末さん)


だから今も色んなワークショップしたり、色んな方の相談に乗ったりするけど、そこにいる人の感情みたいなところを一生懸命聞く態度は忘れてはいけないなと。そこから何か生まれるんだろう、って待ってみるいう姿勢は、私の根底にはあると思いますね。

でも、人の感情に徹底的に寄り添っていると、自分の感情も活発になっていろいろ出てくるので、それも受け止めつつ人と関わるのは一生修行だと思っている。完璧にできたという日はない。

川中:いま話された、相手や自分の感情を見つめていったりすることで生まれる「学び」とは何なのでしょうか。

東末:例えば、同じシーンを見ても、人によって見方がおなじこともあれば、違うことがたくさんあって。他の人の見方から、「どうして私も(は)そう思う(わない)んだろう」みたいな学びはすごくある。

川中:なるほど。

東末:あるものごとを理解するのに、誰かの感情とかを見方とかを聞くことによって、その事象などをより深く理解していく、というか。

川中:対象物があって、それへの周りの理解の仕方や感じ方から本質を掴み取っていくという感じでしょうか。何か例はありますか?

東末:例えば今、社会の課題って「さくっと」語られますよね。「高齢化社会、大変だ!」とかいう具合に。でも、本当の問題は何なのかを考えようと思ったら、社会の人は何が辛くって課題だと言ってるのかを見ないと理解できない。もちろん、「その人自身」を理解できることも嬉しいけど、最近はどちらかというとそこから対象物を見ている感じだね。


おせっかいしてしまう「先生づら」


川中:一方で、大本さんが持っているこだわりはありますか?。

大本:ワークショップについては、僕が国立淡路青年の家(現・国立淡路青少年交流の家)の専門職員だった時の直属の上司、高田研さん(都留文科大学教授)の影響は大きいですね。

川中:どんなことを学ばれたんですか?

大本:絶えず言われたのは、僕が「先生づら」をすることがある、ということ。

川中:「先生づら」というと、参加者との関係性をどうしてしまうことなんでしょう?

大本:いらぬおせっかいをしてしまうんです(笑)。参加者が迷ってる時に誘導的な投げかけをしたり、「もっとこうしたら?」って部分的に教え込んだりしてしまう。今はそうでもありませんが、最初の頃は顕著でした。

東末:ワークショップ中ではないけど、大本さんがあるワークショップの参加者の相談に乗っていたことがあってね。途中までじっくり聞いているんだけど、その後から大本さんが「うわーっ」て一方的に喋っていたんです(笑)。でもね、その子自身の感情とかは置いているけど、実体験だったり信頼できるようなことを言ってるからその話は聞けるんだよね。

川中:それは、人から聞いたような話を「よくわかんないけどね」といいながら伝える本当のおせっかいではなく、メッセージが大本さん個人の経験から出ている、ということですか?

東末:そう。大本さんだったらこうする、っていう生き様みたいなのを言葉で伝えてらして非常に純粋というか。そういう話って聞けるんだよね。

川中:私はファシリが誘導や提案すること自体が絶対にNGとは思いませんね。「こういう場にしたい」という思いがあって、そのためにアドバイスをする場合もある。参加者の気持ちがもう一歩言葉にならなかったりする時のための、アドバイスもあると思いますね。もちろん、それだけというのは良くないでしょうが。

東末:そうそう。全くそれをしなかったら学びなんて起こらないと思う。ファシリテーターとして信頼できない気がする。

川中:場に対して引きすぎでしょう、みたいなね。

東末:そう。どこに人格を置いてきたんや、みたいな気がして。でもね、大本さんにはそういった「こんな場にするために」という計算はないと思う。むしろ、ないからこそ聞ける。

川中:おもしろいですね、計算がないからこそ聞けるというのは。計算がある人の方が「教科書的には」いいと言われる関わりをしていることもあるでしょうに。

大本:そこはスイッチが入っちゃうのよ。たぶん「先生」になった人はある程度、そうした性質がある気がする。

東末:大本さんを見ていると、ほんとにあまり計算せずに言ってる感じがする。だから聞けるんだな。


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ワークショップを進行する大本さん)



「背中を読む」


川中:ファシリテーターとしてその場にいても、参加者との間で「先生」と「生徒」のような「作用する側/される側」の関係性ができてしまう場合があります。特に学校の先生はその関係性の「編み直し」が大変だと思うんですが。

東末:社会のシステムや自分自身の倫理の中で、「絶対にこうだ」というものがあるときは、がつんと言ったほうがいい。そうじゃなく、価値をつくりあげるようなときは、「いちメンバーとして」先生も一緒にわーわー言ったらいいと思う。

川中:ファシリテーターとはこうあるべきだ、ではなくその場の状況や関係性で変えていくべきだと。

東末:そうそう。私も、やるべきことや役割で、関わり方を変えている気がする。必要があればレクチャーもディスカッションもやるし。振り返りもしっかりやるし。今はみんなが考えるときだとか、逆に今は私が投げかけてモードを変える時だ、とかね。

大本:それは学校現場でも同じ。あえて自分の存在を消す場合もあるし、「俺について来い!」みたいに引っ張るときもあればね。僕もそれをその時の場に応じて、やってましたね。

東末:どちらもできないと、と思うね。参加型が上手な人はレクチャーも上手だと思う。自分の価値の伝え方とかね。

川中:必要な役割やものを選ぶためのジャッジは、どうしているんでしょうか?

東末:基本的には、自分が「伝えたくなった!」「今あの人にこれ言いたい!」みたいという感覚。ジャッジは人の表情とかからじゃなくて、自分なのかもしれない。

川中:なるほど、自分の気持ちが軸ですか。それはおもしろいですね。

大本:一緒やん!僕の「スイッチが入るとき」の話と(笑)。

川中:僕もそういう自分の気持ちでの判断ということをしないわけではないですが、どちらかと言えば参加者の表情などのデータを見ることが多いですね。一方で、大本さんはどうジャッジしているんですか。

大本:僕は「背中を見る」のが好きなんです。「背中は口ほどにものを言う」からね。ひたすら書いていても、乗ってるひとの背中にはリズムがある。でもやっぱり思考が停止してる人は完全に背中も止まってるんです。

川中:背中から察する。

東末:感情とかって体に出るもんね、そうかもしれないね。

大本:背中は嘘付けないしね。

川中:「背中の読み方」って気になりますね。

大本:それは僕が淡路盲学校(視覚特別支援学校)に赴任した時がきっかけでした。視覚障害者の先生にすごく影響されましたね。僕の一言一言で、その日の体調とかを察されるんですよ。すごいな、と思ってね。そういうアンテナを広げているっていうのはファシリだけでなく必要だと思う。

東末:確かに。逆にTOEC時代では、自分の子どもたちへの関わりへの評価は、子どもの行動で判断していた。子供が楽しそうに動き回っているというのが見られたらよしとしていたなぁ。

川中:大本さんが「背中」に着目したのはどうしてなんですか。

大本:生徒指導をしていた時。高校で勤めていた頃に自分も含めて、生徒指導の担当の先生が複数いたんですね。で、その複数の先生で、生徒に対して指導する役と生徒の状況を観察する役に分かれたんですが、僕はその観察役だったのね。

川中:まるでファシリテーション実習みたいですね。(笑)

大本:そう。他の先生の生徒指導関係の発言に対して、生徒の背中を見ていたら「納得してないな」というのが如実にわかる。

そして最後にごく短い時間で、僕から先ほど生徒が納得していないなと感じたことについて、追加の指導をするという形が多かったです。

川中:なるほど。

大本:そう考えると、ワークショップ現場での僕の観察眼の原点はそこやった。


「よみかた」の実験を。


川中:今回の「よみかた」というテーマを、お二人はどう捉えていますか?

東末:そういう部分をトレーニングする場は、少ないんだろうなと思ってます。色んな場でファシリテーター経験のある人でも、なかなかそういう場はないみたい。

川中:なるほど。「よみかた」にも色々あるんだ、という事を学んだり気づいたりする場そのものが少ないのでは、と。

東末:そう。あとは、私自身も、自分の見えてるものをもっと深めるためには、人の手が欲しいって言う気持ちもある。絶対にもっとたくさん見えてくるよね。

大本:こんな風な見方もあるよね、っていう気づきが欲しいね。

川中:去年の教育ファシリ講座で、私もそういう発見がありました。自分の見えてないものを参加者がみつけるんですね。

東末:そうでしょ。それは絶対取り上げるべきだと思ってたし。

川中:それを知ることで、自分が何を見ていて何を見ていないかがわかりますからね。

東末:そういう経験が、参加者を「待つ」とか「信頼する」という態度を形成するんじゃないかなと思ったり。

川中:というと?

東末:自分が見えていないものを参加者に届けてもらえるわけでしょう。参加者にとっては、一緒に学んでいるメンバーが、その人に届けるべきことを伝えてくれる。そこで「こんな発見があるのか!」って思えたら、もっと学び合いたいとかもっと促進し合いたいと思うだろうし、「こう言ってくれる人が居る」って参加者を信頼できるしね。

川中:ファシリテーションをする上では「聴くこと」や「待つこと」が大事だと言われますが、そうしたことが「腑に落ちる」場をつくりたいですね。

東末:そうだね。それが最大限生まれる環境をつくりたいね。

川中:では、最後に参加者の方にメッセージをお願いします。

大本:やはり、学校現場に近い方に来て欲しいですね。学校の先生に来て欲しい。「ほんまにスクール形式だけでやっていていいの?」っていう疑問も、持ってほしいなぁと思いますね。

東末:ご縁を楽しみにしています。全力を尽くします!

大本:現場で何が起こるかはわかりませんが、普段やれないことを一緒に実験的な場を体感しましょう!

川中:その場で生まれるご縁を大切に扱う、という場にしたいですね。長時間、ありがとうございました。本番もよろしくお願いします!

(おわり)