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教育ファシリテーター講座・ゲストインタビュー

2011-06-01 [インタビュー]Vol.7 神野有希さん・古田雄一さん(1)

こんにちは。

シチズンシップ共育企画の鈴木です。

シチズンシップ共育企画主催「教育ファシリテーター講座」に向けて開設した本ブログですが、

「教育ファシリテーター講座」を含めて当会の活動を支えるメンバーがどのような人たちなのかを

知っていただけるような記事も掲載しよう!ということで、当会の運営委員の対談も載せています。

今回は、運営委員の中では最も「若手」である神野有希さん(ゆうきちゃん)と古田雄一さん(ふるてぃー)の対談です。今の教育に対して問題意識を持つ2人は、それぞれがこれまでに辿ってきた経緯などは異なりつつも、どこか共通するものを感じさせます。そんな2人の対談を、2回に分けてお届けします!

*聞き手:川中大輔(シチズンシップ共育企画代表)、小林健司(シチズンシップ共育企画運営委員)


◉現在の活動について


川中:それではまず、お二人が普段何をしているのかから聞かせてもらえたらと思います。

古田:最近何してるか…って改めて聞かれると難しいね。

神野:確かに(笑)。私は2011年4月から、常勤講師として大阪府の小学校に勤めています。ライフワークとして「教育の多様性体感プロジェクトCORE+」という活動に取り組んでいて、「EDU☆COLLE」という多様な教育の博覧会イベントをやってみたり、教育のスタディツアーを企画したり…といったことをしています。

古田:僕は4月から大学院に進学したばかりです。正式名称は、東京大学大学院教育学研究科学校教育高度化先行学校開発政策コース。学校経営などを専門にしているところで、教育の中身というよりは制度や仕組みの方を扱っている。文科省はどういうことをやるべきか、教育委員会はどうなのか…とか、そういうところを扱うコースですね。あとは課外の自主活動として「わかもの科」プロジェクトという活動を立ち上げ、取り組んでいます。これは、高校生を対象とした学校内外での様々なプログラムを通して、身の回りや社会にある様々な問題を、高校生が自分たちで考える「きっかけ」を作っていこうという活動です。

川中:2人ともやっていることはそれぞれですが、大学に入る時「今の日本の教育って残念だな、あんまりだな…」と思っていたという部分は共通していると思います。そのあたりの問題意識やそれを持つに至った背景について今日は特に聞いていきたいのですが、まずは今の活動についてもう少し詳しく聞かせてください。ゆうきちゃんのCORE+からいきましょう。


◉教育の多様性を実感するための機会づくり「CORE+」


神野:大学2年生のときに始めた活動です。教育のスタディツアーをしたい、という話を仲間としていたのが最初で、教員志望の学生に対してとりあえず色々な現場を見てほしいということを掲げて始めました。子どもと接したり教育について考えたりするときに、自分がそれまで受けてきた教育が基になるのは当然だと思います。だけど、学校の中には色々な子どもがいるので、これまで自分がフィットしてきた教育観だけでそれを良しとして疑うことなく教壇に立つのはどうなのかという思いがありました。そこで、まずは見てみるところから始めようと、3泊4日で関東に行くスタディツアーをやりました。オルタナティブスクールやフリースクール、教育プログラムを提供している企業、世界をまわったNGOモンテッソーリ教育を実践している保育所…などなど、「ごちゃまぜ」にしたかった。同じ実践例を見てもいいと思う人も、違和感を感じる人もいて。ディスカッションしていく中で、考えが変わる人もいておもしろかったですね。


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神野さん)


◉高校生がアクションを起こす「わかもの科」


神野:ふるてぃーの「わかもの科」についても、ぜひ。

古田:高校生を対象に、身の回りのこと、社会のこと、地域のこと、身の周りで起こっている事に対して問題意識をもってアクションを考えてみたりできないかと思って立ち上げました。具体的には、そうした活動を学校の授業の一環として組み込むことに取り組んでいます。最初は実績づくりという意味で、公民館などで学外授業として始めた。2年目となる今年度からは、学校内での授業も本格的にスタートし、実際にまちや社会で起こっている問題について考えて、アクションを起こしてみようという授業をやっています。この授業は、自分の大学院の研究とも結びつけて実施しています。


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古田さん)


アメリカで過ごす高校時代-「今の教育」に問題意識を持つきっかけ


小林:それぞれにおもしろい実践をしているお二人ですよね。

川中:そうですね。では、そうした活動を始めるに至ったのはなぜでしょうか。

神野:ふるてぃーはどうして、今のコースに行こうと思ったの?

川中:そう。僕もそれは気になっていて。普通は教育の「中身」に関心がいきやすいわけですが、なぜ「教育行政」の方面に?

古田:3年生になって、周りからは就活の話も聞こえてきて、自分はどうするのかと考えた時、文科省もピンとこない、先生になるというのも違うと感じて、どうしようと思って…考えてひらめいたのが大学院という選択肢でした。大学院に行っている間に「自分のやりたい教育をまずは形にしてみよう」ということで「わかもの科」を始めたという側面もありました。

川中:なるほど。進路選択のタイミングや活動を始めた時期とか、色々なものが混ざり合って今進んでいるという風に聞こえますね。その流れの中で、今は「教育の中身」というよりは「制度や仕組み」を扱うコースにいると。

古田:そうですね。文科省に行っている先輩から「教育行政子どもに与えられる影響はわずかだが、影響を与えるこどもの数は多い」という話を聞いたことがあります。自分の感じているモチベーションはその感覚に近いと思います。もともと学部時代から、教育を大きな視点で見たかったんです。昔、「文科省に行きたい」と思っていた時期もあったくらいで。それこそ、「日本の教育は…」という大きな話に興味があったという経緯があって。

川中:そもそも、その興味を抱くに至った経緯はなんなのでしょうか。ふるてぃーは、確かアメリカの学校に通っていたはずですが、そのことの影響でしょうか。

古田:中学までは日本の学校に通っていて、アメリカの高校に3年間行っていました。留学ではなくて、親の転勤なので逆らうわけにもいかず…。妹はすんなり受け入れたのに、結構自分だけ文句を言ってました(笑)。どちらかというと消極的な感じで向こうの高校に通いました。当初は現地に日本人学校があるだろうと思っていたら、それもなくて…。だから数学も理科も英語でで勉強することになりました。

神野:よくついていけたね…。

古田:最初はついていけないよね。ついていけない人を集めた授業もあった。そういう意味では特異な環境だった。

神野:ずっと嫌々過ごしていたの?

古田:割とそうだったかもしれないなぁ。3年間はいわば修行だと思っていた。「3年耐えぬけばあとはハッピーだ」と(笑)。

小林:大学は日本の大学に…と決めていたの?

古田:事実上そうでした。15歳までは日本にいたので、大学入試は「帰国子女枠」というのが使えるので、海外経験も活かすなら活かして勉強したらいいかなと思っていました。そこに迷いはなかったですね。


アメリカとの教育に衝撃「こんなに考えを言うのか!」


川中:アメリカに行ったことから問題意識につながったというところはどうなのでしょうか?向こうでサービスラーニングプログラムを受けたのですか?

古田:あまり明確な原体験はなく、色々な経験が重なっています。高校の時、教育に関心をもった理由は「アメリカの教育はこうも違うのか」ということ。よく言われる話ですが、日本ほど授業が一方通行ではなくて、ディスカッションも多かった。その上、アメリカ人はとても活発に意見を言う。こんなにも違うのかと…。僕は日本の教育自体をどこか絶対視していたんだなと気付いたのです。その時、日本の学力低下の議論などを聞いていて、自分の経験を活かせないかと当時思っていました。

川中:自分が得たものを還元するという考え、ですね。

古田:そうですね。それから入試勉強を始めました。帰国子女枠でしたので、基本的に小論文の勉強をして、比較的まったりとした受験勉強でした。1日中本を読んで「平和って難しいな」とか考えたり。知識を詰め込むというより、「普段どれだけのことを考えているか」が問われることに備える勉強です。

神野:ちなみにふるてぃーが受験した時の問題は?

古田小論文2題で150分。字数無制限。一つは日本語で答えるもので、「歴史上の人物で会ってみたい人物を一人上げ、その人物とどんな対話をしたいのか、その理由を論じよ」といった内容でした。恐らく、後で考えると「歴史を学ぶことがなぜ必要か」という思考を問われているのかと思いました。もう一方は英語で答えるもので、「なぜこの科学の時代に『迷信』が残っているのか」といった内容です。どれだけ型を覚えても太刀打ちできない問題ばかりが出ました。そういう勉強をしていた期間が1年弱あったこともあり、本を読んだり小論文を読みながら、自分の問題意識はどこにあるんだろうなと探ることになりました。その中で自分のテーマが教育で固まってきた。

川中:なるほど。

古田:今思えば、そういう時間があってよかったですね。そういう勉強をする前の自分と、後の自分を比べるといかに物事を考えていなかったかに気付けて。そういう経験は他の人もできないものか…と思ったところにも原体験のかけらがある気がします。その中でNPOの活動に関わり出して、色々な人が社会に参加して社会をつくっていくことが大事だろうと実感していきました。このようなことを、多くの人が考えるようになることが大事だと思い始めるに至りました。「シティズンシップ教育」という意味では、そうした時間が原体験だったと思います。


◉帰国後の「もったいない」という感覚


小林:アメリカの体験が大きかったんですね。

古田:やっぱり周りにいた友人たちに影響を受けました。「こいつら、自分の考えを持っているんだな」という感じですね。でも自分は、自分の意見をしっかりと持ち、それを伝えるということができないことに気付いたんです。

川中:でも、大学に入ったら高校時代に出会ったように、しっかり考えて活発に意見する人たちもたくさんいたのではないですか。

古田:確かに「すごく考えている人」もいますけど、やっぱり「何も考えずに来ました」と感じられてしまう人を見て、過去の自分の延長を見たような気持ちになりました。その人を責めるわけではなく、「もったいない」という感じがありましたね。

川中:もったいないとは?

古田:ものを考えたり、自分の意見を発信したりといった経験をしてこなかったということです。大学は本来そういうものが問われるものだと思って入ったので。「レポート書いて卒業すればいい」という周りの空気が何かおかしいように感じました。「何のために大学に来てるのか?あれ?それでいいのかな…」という感じでした。

川中:共感する部分があります。僕の場合は関西学院高等部出身なのですが、進路選択では大学を選ぶのではなく学部を選ぶことになる上、「読書科」で論文を書く体験もあって、「自分は何をなぜ学ぶのか」を考えて大学に入りました。しかし…、という部分は同じです。

古田:僕の中では、教育をやりたいと思って進学先を選んだのです。「こういう教授に会えるんだ」という感じでイメージして選んだ。他の人を見ていると「この学部に行けなかったらあの学部で…」と、学ぶ内容よりも大学で選んでいる傾向は感じました。

小林:大学に入ってからの話は共感するなぁ。僕自身は進学先が教育大学だったのですが、「先生になれたらOK」という風潮があったので、そこにすごく違和感がありました。ここの大学を出ておいたら校長になりやすいといった話も聞いたし…。


◉「わかもの科」を始める


神野:「わかもの科」を始めたのは…?

古田:始めたのは大学3年の夏。アメリカにいた時、ちょうど大統領選挙がありました。その時には学校内でも普通に友達と政治のディスカッションをしているのですね。日本では考えられないことでした。「缶詰が余ってもったいないから、クラス対抗で集めて、社会福祉施設の支援につなける」といった活動もありました。こういうのが社会参加や政治参加なのかなと感じる経験があり、大学2年生の時に構想を考え始めました。自分が理想とする教育って何だろうと考えることから始めました。最初の半年間はプログラムを提案し、半年間は準備段階で、実際に実践し始めたのは4年の後半頃です。

川中:ちょうどその頃「わかもの科」が取り上げられた新聞記事を見た時は、キャリア教育系だと思っていました。今の話を聞くと、少し違いますね。

古田:当時の心づもりはともかく、今の自分からはそう見えるということかもしれないですね。

川中:意味付けを通して意味を知る。そのような感じでしょうね。

古田:やっぱり自分の関心や取り組んでみたいことをどう表現しようか…という考えは頭の中にありました。早く実践したいと思いながら、もやもやしつつ…。実際にやっていく中で試行錯誤を経て、「シティズンシップ教育」を軸に据えよう、「やっぱりここだ」と確認ができた感じです。

川中:その迷いとは何だったのですか。何があったから、吹っ切れたのでしょうか。

古田:論理よりも感覚で、「ピンと来た」という感じですね。初めはいろいろな内容のプログラムを作っていく中で、自分が特にやっていきたいのは、まちや社会の問題について考えたり行動したりするようなプログラムなんじゃないか、と感じるようになったんです。それは、これまで話してきたような自分の原体験によるところも大きいと思います。また当時、キャリア教育のようなプログラムなどは他にもありましたが、シティズンシップ教育の実践は少なかったというのも関係していたのかもしれません。


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アメリカでの生活体験をきっかけに教育に関心を持ち、大学進学後に「わかもの科」の活動を始めた古田くん(ふるてぃー)。一方、学校現場で奮闘する神野さん(ゆうきちゃん)は教育に対してどんな問題意識を持っているのでしょうか?Vol.2に続きます!

(記事内の所属などはすべて2011年当時のものです)