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端倉れんげ草 Twitter

2009-12-27 カメみて楽しい?

[]山田玲司×鈴木邦男絶望に効くクスリ TALK LIVE SESSION.2」@阿佐ヶ谷ロフトに行ってきましたよ。 00:43 山田玲司×鈴木邦男「絶望に効くクスリ TALK LIVE SESSION.2」@阿佐ヶ谷ロフトに行ってきましたよ。を含むブックマーク



レポアップが遅すぎる?知るか!

さて、行ってきましたよ。需要があるはず。



※注 「」内が発言の要約。本当の発言じゃないです。

超勉強不足なんで、間違っている所が多々ありすぎると思います(すんません!)

いい感じに印象に残った言葉を自分翻訳で書いてます。



●当日の詳細

山田玲司 × ロフトA Presents

絶望に効くクスリ」TALK LIVE SESSION.2

希望はいったいどこにある? 

2008年に惜しまれながらも休刊となってしまった「週刊ヤングサンデー」誌上で、山田玲司が体を張ってオンリーワンな人々に訊く悪夢な時代の歩き方マンガ『絶望に効くクスリ』が公開のトークライブとして阿佐ヶ谷でシリーズ開催決定。

第2回目のゲストは、新右翼団体「一水会」創立者であり現最高顧問である鈴木邦男。若かりし時の政治闘争期にはテロ活動をも辞さなかったが、途中からテロ否定論者に変わり言論活動に専念。以来、政治から社会問題サブカルチャーまで幅広い分野で活躍している。鈴木氏はまたひと月に30冊の読書をノルマとしている読書家としても知られており、絶望に効く薬をたくさん持っているに違いない!

【出演】

山田玲司(マンガ家)

鈴木邦男(文筆家/一水会最高顧問

OPEN18:30 / START19:30

前売¥1,500 / 当日¥2,000(共に飲食代別)

新刊『キラークエスチョン」「絶望に効く薬」の即売あり、サイン会も予定!

”惜しまれながらも休刊となってしまった「週刊ヤングサンデー」”だって?嘘を書くな(笑)



●当日の看板

f:id:eg_2:20091227003538p:image



●その1

・「好きな漫画家って誰?」と質問されたらどう答えますか?アレコレ悩む必要はない。”書店の新刊コーナーに並んでいたら迷わず購入する人”を選択すればいいんですよね。

・で、自分の場合は、数えてみましたら10人もいなかったけど、その中の一人に彼氏がいます。Bバージンって、最初に買った青年誌単行本かもしれない、年齢バレるけどさ。あ、ツルモク独身寮かもしれないな(笑)

・それだけ、長年好きだと、良い部分と悪い部分と混濁含めて全部受け入れられるんだわ。ココナッツなんて、環境メッセージ以外は「そのお話展開はどうなんだ(笑)」ばっかりだ。

・前回のネイキッドはダメだったんだよね。なんで行けなかったのか覚えていない。今回も吉田豪さん×松村邦洋さん&安齋肇さんと被っていたんだよねえ。残念。

・でも、山田先生と安齋さんは風貌がそっくりなんで、逆に補完できたからいいか(笑)

・そうなんだよな、彼氏の特徴に似顔絵がそんなに似ていないってのがあるんだな。似せる必要はないが。

・会場到着。やっぱり阿佐ヶ谷の平日は集客が難しいんだろうな。少ないよ。

・開場。中で、単行本が販売。絶薬の最終刊は発行部数が少なかったのか、本屋で見かけなかったもんな。このタイミングで買えたから万事ok。



●その2

・開演。ここの店長は味があっていい。opの映像が機材の関係上ダメだったみたいだが、端から見ると扱い方分かっていないだけな感じもするし。

・先生登場。相方の佐藤さんもいます。前から思ってたけど、佐藤さんの髪型は似合っていないわな(笑)。長髪&明るい茶色は違うだろう。散髪せえ!地元の親御さんもそう言っているはずだあ。

・人前の有料イベントでしっかり話せる漫画家ってエラいですよね。

・山田先生「この本をで取材したんですけど、瀬戸内寂聴さんが”こんな本を書いて売れるのかい?”って聞いてきまして(笑)」ぶははは。第一巻からそんなに在庫がなかったもんなあ。

・山田先生「今の時代は右も左もないと。自分は、バブルの時代に青春をすごしまして、ブルーハーツしか救いがなかったんですな。パンクも間に合わなかった。で、今回の鈴木さんの著作から、あの政治の時代、60年安保70年安保とか生まれていらやっていたかもしれませんし」

そりゃそうだ。リアルにあの時代を知らないから、自分でも一瞬やってみたいと思うわ。実際は地獄絵図だろうけどさ。



●その3

鈴木先生登場。前のロフトで言った一言は忘れないぞ(笑)「まあ、今日はいいじゃん。オレも殴られてもいい覚悟で来たから。だからお客さんも殴られてもいいじゃん」

鈴木先生「このオファーを貰って、ダメだーって(笑)読んでみますと、成功した人ばかりですし。で、山田さんもそれをエキスにしているぐらいですから。で、お会いしたら、あの絵みたいな方かと思いきやそうでもないと(笑)」

絶薬のキャラ絵はどれも似ていないんですよね。それが作風でいいかもしれませんけど。

・山田先生「そりゃあ、井上雄彦君みたいに売れたら、そんな漫画は描きませよ(笑)いろんな方にお話を聞いて、助けて頂くような」ああ、井上先生とお友達なんですよね。メディアに出ない普段の井上先生は、どんな感じか見てみたいわね。

・山田先生「はたして、殴られないように右翼の方々にお話が聞けるのか?右翼ってのは見方を変えると、もの凄い救いにもなっているんですね。煙たがられてもいますけど。彼方に行ってしまったような印象もあるんですね」森達也監督のA/A2を観た事がない人は、帰りにツタヤで借りる事を勧めます。

鈴木先生「自分で自分を変えました(笑)自分の父親の成り立ちに影響を受けたんですね。絶対に子供に弱みを見せない。彼は明治生まれで、学校もろくに出ないで、新聞会社のお茶くみから入って、最終的には記者まで行ったんですね。そう考えると、昔の方がチャンスがあったんだよなあ(笑)」山田先生「今の漫画家には、そのチャンスがかろうじてあるかもしれませんが」



●その4

鈴木先生「その各人にある狂った部分を発散できる事ってのは興味ある?」山田先生「実際やってみたいんですね」

・山田先生「右翼ってのは、今日からなれるもんなんですか?」鈴木先生「それは、自己申告になるんですね。たまたま日本に生まれた訳ですから、愛国=恋国というか」

・山田先生「運動って、そこで冷静になれるものなのでしょうか?」鈴木先生「そこは冷静になるかどうかってのも善し悪しになるんですね。今は理解出来ないかもしれませんが、当時は左翼だらけだったんですね。その「左翼的思考を日本から出す」って事には、疑問を持たなかったんですね。三島先生とかも、ほとんど孤立無縁化してやっていたんです。これってのは、今の時代の人の印象とは、次元が違っているんですね」

鈴木先生「その、厳格な父に対する反発とかを運動に向けたんですね。それで、当時「浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件」ってのがあったんですよね。実行した彼は同年代で。その事件の報道自体はあったんですけど、自分の育った仙台ってのは別世界だったんですね。周りの反応もそうでしたし。勿論、その事件に対する評論は一切見なかったんですよ」

・山田先生「そこで、その事件の事を考えたり、話したりするのはいい事なんじゃないのかもしれないけど、そこでいろんな意見を聞いたりするのはー」鈴木先生「そう、社会が怖がっているんですよ。もっとも、その怖いイメージってのは、中央公論社の事件(嶋中事件)がきっかけだったんですね。それの印象がずーっと残っていると」



●その5

・山田先生「その、母体ってのは、安保近辺の治安維持のために、町中にいる人達をどんどんスカウトして行ったのがきっかけだったってのは?」鈴木先生「それは本当ですね。当時のアイゼンハワー大統領の来日時の治安維持のために、その頃は警察自体の力も弱かったですから」

鈴木先生左翼ってのは思想でなれるもの。逆に右翼はムードでなれるものなんです。自分はミッション系の学校に行ってまして、規律が厳しくて。聖書を丸暗記するような。その反動でもあるんですから」

鈴木先生「そうそう、そこで学んだんですけど、”命は神から与えられたもの(=自殺という思考の皆無)”って考えがありますんで、みんなミッション系に行けばいいんですよ(笑)」

鈴木先生愛国党を知らなければ、こんな人生ではなかったかもしれません(笑)」

・山田先生「愛国心を語る。自分の理想を押し付けるってのは、好きなアイドルを語っている人達と似ているのかもしれないですね(笑)」鈴木先生「そう言われるとむっとしますが(笑)大きな目で、よく考えるとそうかもしれませんね(笑)」

鈴木先生「人を”狂気と犯罪”に走らせるのは、やっぱり”正義と愛”なんですよね。昔は”話は合わなくてもいい!次元が違うんだ!”とか、”怖がられてもいい。それに存在価値があるんだ!”って考えていた時もあるんです」

・山田先生「愛国党の赤尾敏先生にお会いした話ってのは?」

鈴木先生「17才の時なんですよね。当時の(ここ不明。その頃の事務所があった所です)に行きまして、良くしてくれたんですね。でも、その時代は、そんな地方から訪ねてくる学生がいっぱいいましたから、赤尾先生も慣れていたんですね(笑)入りなさいとかもありませんでしたし」

鈴木先生「あの運動以降からは、赤尾先生も怖くなってしまいまして。こちらが新右翼と名乗るようになってからは、怒鳴られる事もあったんですよね(笑)」

鈴木先生「赤尾先生の革命的な所は、情報操作が凄かったんですね。あの時代でビラをまくって事、それは後生の時代に残りますから」



●その6

・イベントの最初で上映失敗した映像をもう一度流す。鈴木先生に「ストリッパー」の九条を説明するっつー異常事態が発生。おなじみの「きゅうじょう」でなく「くじょう」ですよ。

・山田先生「これは、恋愛漫画ばっかりを書いていて、鬱積した気持ちの現れですね。溶けた雪だるまを描いているんです」あああ、なんだかんだでストリッパーが一番か二番目に好きかも。

・山田先生「鈴木さんは音楽はどんなのを聞いているんですか?」鈴木先生「当時は歌声喫茶ってのがありましてね。右も左も一緒になって唄ったもんですから。あと、ビートルズの来日の騒動ってんは都市伝説ですから。右翼でもビートルズ好きな人も大勢いたんですから。外国だからダメって事はないんですよ」

・山田先生「”なんであんな運動をするのか?”って左翼の人に質問した事があるんですが。その時は”左翼運動ってのは女にモテるんだ”って言ってまして(笑)」そうなんだ。やっぱ何事も基本はモテなんだな。

鈴木先生右翼ってのは、同じく集まって運動をしてまして、その中で揉め事もあったりしますけど、内ゲバで殺し合いまでは行きませんですよ」

鈴木先生「反左翼の運動もしていましたけど、降ろされたんですよね(笑)当時は産経新聞に就職していたんです。就職した時点で運動するってのはないなあって。でも、三島由紀夫さんの事件がきっかけで戻ってきたんですよね。森田君の事もありますし。それがなかったら、やりませんね。大体自分から何かするタイプじゃありませんから」



●その7

・山田先生「森田必勝さんを「楯の会」に紹介したのは、なぜなんですか?」

鈴木先生「学生時代に運動してましたけど、当時は若かったから、すぐに手が出ていたんです(笑)そうしてるとヤジ馬が集まってくるんですね。その中の一人で、彼も運動が好きだったんですよ」(好きになって行ったかな?)

鈴木先生三島先生が作った時は、彼一人でやったわけじゃないんですね。生長の学生の集りや日学同がきっかけで。最初はガチっとしたものじゃなかったんですね。サークル的なものをしたかったみたいなんですね。で、そこで段々集まって固まっていったんですよ」

・山田先生「安保という”お祭り”の時期が終わると、その場が行き場がなくなってしまう」鈴木先生「今の時代だったら、そこ以外の世界があるって理解出来ますけどね。当時はそこしか見えなかったですから。”日本を変える!世界を変える!”って思ってましたけど。まあ、いい時代だったんですよ(笑)」

・山田先生「じゃあ、当時の彼らは。本気で革命を起こそうと思っていたんですか?」鈴木先生「あの時代ですよ。世界の1/3が社会主義国家だった。心底本気で思っていたんですよね。平壌でも無料で訓練とかしてくれたはずだったし」

鈴木先生「当時はそこまでだったんですよ。文化革命も端から見て凄いなあって。有能な人が信じるほど、社会的パワーがあったんですね。政府運動もやりたくなったんですよ。捕まろうともやる!って右も左も思っていたんです。まあ、愚かな時代でしたね(笑)」愚かと言えるんですね。それが若いってことか。



●その8

・山田先生「やっぱりその時代は革命を起こせると思える時代だったと?」鈴木先生「子供の頃は生長で教育を受けましたから。”あれは敵国だ。自由がなくなる”って。」

・山田先生「プロレタリアの考えの一つとして、貧しい人達のために働いているんだという」鈴木先生ベトナムは日本が出来ない事をした。文化革命も凄い。その行動行為には共感出来るのかもしれないけど、それを口に出したらダメだろうと(笑)」

鈴木先生「日本が社会主義国家になったらどうなるのか?米国は少なくとも、天皇を殺さなかったんです。別の選択肢がなかったんですよ。戦って死ぬんだ。食い止めるって事が使命であると思っていたんですね」

・山田先生「国をそんなに愛せるのか?そんな疑問を持っている若者に、なんて言えばいいのでしょうか?」鈴木先生「その頃ってのは、そんな事も考える余裕もなかったんですね。国を防衛していくってことで精一杯で。本当は天皇まで考えるって事までは、出来なったんですね。共産主義社会主義を食い止める事が先だったんですよ。よく話したんですけど”あれ?俺達は自由主義とか反共だよな?右なのかな?”って」



●その9

・山田先生「左翼に対する、アナーキーイズムとしての右翼運動」鈴木先生「完璧な自由主義を保障するために、我が国は天皇という存在があるんだと。俺達だって革新だと(笑)左翼の人間とは話した事がなかったんですね。だから、彼らの良さも分からなかった」

・山田先生「三島先生と森田さんに置いて行かれたって思いが上京させたと?」鈴木先生「死んでしまった人間に対するやましさ。日本人ってのはそれが強いんですね。あの時代の連合赤軍。真剣に逃げようとすれば、そこから逃げるのに、それを彼らはしなかった。そんな人がその時代は数多くいたんですね。まあ、途中で逃げ出した人も多かったですが。今の時代から見て。正しかった部分もあるかもしれないけど、それは言えないですよ」

鈴木先生「もしかしたら、三島先生は右ではなかったかもしれない。もしかしたら、関係を持つのもそんなに好きじゃなかったかもしれない。もしかしたら、あの年齢で死んでしまった事は良かった事なのかもしれない。でも、森田君は25才だった」

鈴木先生「その、やましさ/罪悪感から、その件がきっかけで集まってきたんですよ。森田君がいなかったら、その後はやっていなかった。彼がきっかけだったんです」

※注 ”あんなに、いつも優しくて笑っていた、森田君が「あの時」写真を見ると怖い顔で写っていて”(要約)って書いていましたね。あの本はなんだったかな?それで全ての印象が変わったんですよね。



●その10

・山田先生「純粋でなかったら、活動する人は行動出来ないと?」鈴木先生「純粋だから、殴る事もできるし、行動も起こす事が出来る。もしかしたら殺し合いも出来るのかもしれない」

鈴木先生「当時も今も、素質のある人は入ってくる訳じゃないんですね。自分達もきっかけがあったからですし。潜在的な人数は今でも変わらないぐらいいますよ。まあ、早稲田の一件ってのがあったから、森田君は入って行ったんですね。それがなかったら、彼は地元に戻って、親元を継いで議員になっていたかもしれませんから」

・山田先生「その、置いて行かれた感ってのがあったと」鈴木先生「今生きている人達でも、そうですよね。全員思っている事で。三島先生は、あえて言わずに、残して行く事がどういう事態になるか理解していたんですよね。三島先生は分かっていたからこそなんです」山田先生「思い続けなさいと宿題を与えたと」

鈴木先生「でも、三島先生も悪い事をしたなあっと。あの当時の三島先生は、若い人にとっては神ですよ。残された我々はやり方がないんです。「楯の会」のメンバーでもそうです。あの年齢であの人に出会ってしまったって事は不幸かもしれません。あの人よりも凄い人間は、残りの人生では出会う事はないのですから」



●その11

・山田先生「でも、当時の命名のセンスって凄いですよね。「反米嫌日戦線”狼”」って劇画ですよ(笑)東アジア反日武装戦線の狼班がやった三菱重工爆破事件で使ったのが、腹腹時計ですよ」鈴木先生「当時は、劇画を見ている人が多かったからですもんね」

・山田先生「三菱重工爆破事件ってのは。身内が発展途上国搾取しているから、辞めろってのをアピールするため。被害を出さずに爆破する予定だったという話がありますよね」鈴木戦先生「当時は悩んだんでしょうね。5分前でいいだろうって。彼らも危険物には慣れていましたから。彼らも謝ってしまえば良かったんですけど、そこで居直ってしまったんですね。そこから逃げれなくなってしまったと」

・山田先生「自分も若い頃考えましたよ。経団連をやっつけようって(笑)odaも迷惑ばかりかけているなあって。取材に行くと分かるんですよ。海外に出ている企業は大体ろくでもない所ばかりって。環境問題で取材すると”あそこは悪魔の企業だ!”って」具体名をプリーズ(笑)。

鈴木先生「まあ、若い人は爆弾をやればいいんですよ(笑)そういうのをやって逃げないっと(笑)民衆運動がことごとく潰されてきたからなんですよね。それがある内はテロってのは起きない。みんないなくなったんです。少人数になって行くと、どうなるか。だからハイジャックとか爆弾テロが起きたと」



●その12

・山田先生「今でも、若者が訪ねて来たりする事ってあるんですよね?今国が大変で変えたいって」鈴木先生「親身になると、こっちも捕まるから(笑)そんな人は何百人も会っているんですけどね。嘘かもしれないなって思う事もあるけど、そこでは言えないですよ。”まあ、頑張ってくれ”って。なんか言ったら共謀になってしまいますもの」

鈴木先生「なにもやらないで、自分で死んでこいと。野村さんも三島さんも、誰も殺しませんでしたよ。殺したら、そこからじゃあ、言葉ってのは伝わって行かない。日本では、自殺するって事は日本の文化ですからね。でも、日本の文化自殺の正当性を与えている面もあるんです」でもでもでも。しかししかししかし。今年も一日平均80人以上が自殺で死んでいってます。どうすれば(泣)。

・山田先生「生き恥を晒して生きて行くと。当然の事で、自分達は、戦って死んだ人、特攻していった若者、戦争した人達のおかげで生きているんですよね。でも、許せないのはそれを利用する人がいるって部分で。それを出されたら反論が出来ないと」



●その13

・山田先生「もし、神様に一つだけ願いをかなえてもらえるとしたら?」鈴木先生「それは考えた事がないな(笑)うーーーーーん。自分の事、お金の事?うん、世の中が平和である事ですね。ああ、陳腐ですね」

・ここで、連載を読んでいる人は分かりますけど、一冊のスケッチブックか。希望のライムを書く時間です。前回は連載最後の人なんで太田光さんだ!漫画になるかもしれないから、ネタバレ防止の為に書きません

・山田先生「もうダメだ!て所から立ち直るには?」鈴木先生「もう、それは毎日ですよ(笑)絶望を日常化すればいいんですね。幸い貴方には漫画がある。自分には文字がある。そがなかったとしたらですよ」

・山田先生「イデオロギーを反する人と対話するには?」鈴木先生テロを利用する人とはッ話せないですよね。」山田先生「出来ればちゃんと話し合いたい。国を愛する気持ちには違いはないのですから」鈴木先生「でも、そういう危険をする方がいいよ(笑)」



●その14

鈴木先生の若い頃の写真も紹介してましたね。昔の街並とかステキだな。やっぱり何十年か前の時代の方が楽しそうだ。

・質問タイム。席亭の平野さんが質問。貴方がそんな事をしなくてもいいだろう(笑)

・その中で「民主党の無血革命」って言葉が。無血なの?本当に誰も死んでいないの?困っていないの?

・自分は、某著作にあった”例の事件って(略)”/”某計画について(略)”/”あの〜って(略)”とか聞きたいけど、それに答えてくれたりはしないから(笑)、パスする事にしました。

・神山版の攻殻機動隊2シーズン目の「合田による茅葺総理暗殺未遂」ってのがさ、鈴木さんの著作からの引用が多くてな。元ネタそこからだろ!って。見せてみたいんですがね(拝見してるかも)。

・そんなわけで、サインを頂いたんだな。「リクエストしていいですか?」「いいですよ、言われたのはなんでも描きます!」で、Bバージンのユイちゃんをお願い。アホでしょ?



●ありがとうございました。

f:id:eg_2:20091227003537p:image

家宝にします。



ジミヘン

D

山田先生手作り映像に流れてましたよ。


以上。



絶望に効くクスリ ONE ON ONE 15 (ヤングサンデーコミックススペシャル)

絶望に効くクスリ ONE ON ONE 15 (ヤングサンデーコミックススペシャル)

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