エガワヒロシのブログ

2006-11-13

egawahiroshi2006-11-13

[]デビューするには?

世の中にはデビューしたくてしょうがない人がいっぱいいる。ここで言うデビューは高校デビューとか、百貫デビューとか、スターダスト・デビューとか、ひ、ひでびゅーとかそういうことではなくメジャーデビューのこと(しつこい)。なので、僕がメジャーデビューした経緯を説明しよう。参考になる人もいるかと。

その当時僕は25歳。福岡にいました。音楽で生活をすることを諦めて、嫁さん(前妻ですが・・)の実家でのマスオさん生活を送っていたのです。その家はけっこうなお金持ちの家で、屋根裏部屋なるものがあり。ボタンひとつで階段が降りてくる!!そして上に上がるとボタンひとつで階段が収納される!!すると・・・誰も入って来れないではないですか!!就職活動しても、ダメ人間まっしぐらだったその頃の僕が採用されるはずもなく(しかも福岡の土地勘がまったくない)、無職のマスオさんという史上最低の立場の僕にとってその屋根裏部屋は、この地上に残された最後のパラダイスだったわけです。パラダイス銀河

そこで僕は誰に聞かせるつもりもなく、ただダラダラと曲を作っていました。昼真っから屋根裏部屋。ご飯になると降りてくる。そしてまた屋根裏部屋・・・。歌詞もその当時の心境を表したどうにも煮え切らないものばかり。曲もポップというには地味なものばかり。でも、そのダメ人間生活が何かを刺激したんでしょうか?その瞬間の自分にしっかりシンクロした曲が出来始めました。すると、今まで東京で作っていたポップだけど何か足りない曲とは違って、この曲ではなければならない何かが出来始めたのです。でもその時はただそれだけ。僕は音楽で生活することは諦めても、音楽はやめれないんだなぁ・・・ってことを自分で理解しただけでした。

その後CROSS FMに就職。家も出て嫁(前の)と二人暮らしを小倉で始めます。最初はどうしても馴染めない。福岡も知らない、小倉にいたっては何のことかもわからない。僕はその当時スタジオに入って「おはようございます」「お疲れ様でした」この二言くらいしかしゃべりませんでした。今の僕を知る人には信じられないかもしれないけど、相当に暗かった。近くにあったTOTOの便器工場に何度就職しようとしたことか。まあきっとそこでも同じことが起こるんだろうけど。

朝の4時からは馴染めないラジオのAD、昼から夕方まではレンタルビデオのバイト(二人で暮らしていくにはADだけじゃ無理でした)の生活に疲れ果てた僕は自分の曲を誰かに聴いて欲しくなりました。何も持ってない自分に何かがあると、言って欲しくなったのです。それでいろんなレコード会社、事務所にテープを送ることにしました。その時に役に立ったのがラジオ局ライブラリー。そこで僕は自分の好きなアーティストのディレクター、所属事務所を調べまくりました。そしてそのディレクター本人宛に、またはマネージャー本人宛にテープを送ったのです。会社宛に送っても聴いてもらったかわからないし。そしてしばらくしたら電話。「聴いてもらえましたか?」と電話攻撃。けっこう暇なときは暇なのがディレクター。特にレコーディング中は暇。ここはチャンスです。でもひどい対応の人もいっぱいいました。いきなり怒鳴られたり。グレート3のディレクターは優しかったなぁ。いい曲だと思うよーって言ってくれた。ポストメンのディレクターは「自分は今新人を抱えて君の面倒は見れないけど、いい曲を書いてるからまた送ってくれ」と言ってくれました。ハイポジのディレクターは「もうちょっとがんばって!!」と言われた。そしたらデビューするときそのディレクターが同じ会社にいるし。その人は今やリップ・スライムのメジャーデビューに絡んでいい仕事してたよ。

その中でポニーキャニオンの新人発掘担当の人がいろいろ良いアドバイスをくれて(その人は今GOING UNDER GROUNDの事務所社長。僕の恩人)。そしてポリスタープレクトラムのディレクターをやってた人からは電話がかかってきて「プレクトラムと一緒にデモを録ろう」という話がもらえて(実際打ち合わせまではしたけどやらなかった)、もうひとり、スガシカオさんのディレクターからは「君は面白い」という電話が来たのでした。

自分の音楽が認められてうれしかったなぁ。そのころはラジオの仕事でも変化が。それはTOGGYさんというDJさんとの出会い。この瞬間ぼくの中で何かが逆転したんだよねぇ。それからはラジオ局のみんあとも仲良くなって、音楽を再びやる元気も出て。そして僕は音楽を再びやるために埼玉の実家に戻ったのでした・・。離婚したけど・・・。

夜行バスに乗って福岡から東京新宿に向かう風景は忘れられない。新宿に着いたとき僕の全財産は1000円ちょっと。でもなんか未来に希望を持ってたなぁ。別に何も怖くなかった。結局福岡から送られてきた荷物の中からCDを売り、それでアルバイトニュースを買って、アルバイトに行き始めて。実家では離婚して帰ってきた出戻り息子に頑固親父が口を利いてくれるはずもなく(実際3ヶ月口きいてくれなかった)、でもあんなに自分が自由を感じたときはなかった。

結局、その後ポニキャンポリスターキティの中から勝手にキティを選び(ディレクターに「他断ってきました」って言ったら「契約するって言ってないだろ!!」って言われた)、めでたくデビューするのです。でもデビューはあくまでスタート。それが何もわかってなかったなぁ。

僕のデビューのきっかけはこんな感じ。自分がなぜデビューできたのかはまったくわからないし、デビューの虎の巻なんてないけど、本当に大事なのはデビューした後、レコード会社をクビになった後、そして常に現在なんだなーとは思います。なのでデビューを目指してるみなさんも、まず良い曲、しかも誰の真似でもない自分の曲、口で自分を説明するより、自分が表れてる曲を書いてください。まずそれからだな。


超長いよ。