2011-11-19
■[日記]ET2011とInterBEEに行ってきた。
今月16〜18日は関東で大変多くの技術展が開催されていたなかで、
EmbeddedTechnology2011とInterBEEへ行って来ました。
EmbeddedTechnology
日本語で言うと、組込み総合技術展。
HEMS(ホームエネルギーマネージメントシステム)関連が多い印象。
特に今年は節電にうるさいのでエネルギーマネージメントに重きをおいたものが多かったかも。
内容としてはZigBeeをコンセントに組み込んで監視制御する形のものがほとんど。
あとFPGA関連が多かったですが、自分の分野ではないのでチラ見程度。ただアナログもデジタルも関係なしに組めちゃうんだなーと関心。
MicrosoftはWindows Embeddedを熱心に紹介。XBoxやWindowsタブレットなどが当たる抽選会やってまして、いざ参加したのちの、革製カードケース当選!
多くのブースで抽選会が行われTVとか景品になってるとこもあって豪華。当たらなかったけど。
ぜんぜん畑違いの人でも楽しめるように工夫されてる。
InterBEE
去年は3D関連がめちゃめちゃ多かったけど今年はぜんぜん。
今年はどこもそんなに大げさなことはやってない。
映像分野でいうと、最近映画製作向けのブランドを立ち上げたCanonがブース面積的にも一番力を入れていた。
ゼンハイザーは今年もおしゃれなブース。でなんと、つのだ☆ひろが歌ってました。目の前で歌ってるのをプロの機材を通してモニターする。すごく贅沢。
「検証!!東日本大震災と放送技術」というタイトルで特別講演が行われてたので途中から聴いた。
パネリストは東北の民放各社の方々。当時の状況を振り返りながら現場では何が起こり、どう対処していったのかを解説されていた。
多くの局で停電。発電機や蓄電池があっても持って20時間。バックアップが間に合わず放送中断した時も。
震災翌日から、情報源を守るために、放送を続けるために、瓦礫を超え雪道を何時間も歩き、中継局へ燃料補給しにいってたとかすごく感動した。
第一原発の水素爆発を17キロ離れたカメラから映すことができたのは偶然が重なった結果だったとのこと。ほんとなら09年にカメラ撤去してたかもって話。
78年の宮城県沖地震(M7.5)のあと、30年以内に同規模の地震発生確率が99%と言われていたため、東北系列ブロックでは年1シミュレーション、
社内で月1シミュレーションを行なっていたため体制自体の混乱は無かった様子。
燃料と食料の備蓄が一番の課題となるようだった。次が、道。交通手段と取材データの伝送。
道がなければヘリでゆくのか、ヘリで降りても取材ができるだろうか。
取材以前に、救助の観点から、水害対策をもっと考えていかなければならないのではという話まで広がった。
水の力はほんとうに想像を絶する、現場を自分の目で観て本当に驚愕したとTVの中の人が言ってた。
そいえば、佐渡で会ったばあちゃんも「TVで見てた事よりもひどかった」と言ってた。
来るぞ来るぞと言われてて起こった地震。くるぞくるぞと言われてたから備えてたけど敵わないことが多々あった。
来るぞ来るぞと言われているも、あなたは何か、してますか?
今回の特別講演で最後にパネリストの人たちが一言ずつ結びの言葉を言っていったが、
皆、放送技術のことはほとんど言ってなかった。
まずは自分を守れ、家族を守れ。備えよ。備えよ。とのこと。
戦利品
1日でパシフィコ横浜と幕張メッセをまわるという快挙だったわけですが、
帰宅したら靴下に穴空いてました。
苦労のかいあって、今回もらえたモノはどれも使えるグッズばかりですね。
Microsoftのカードケースとか
Adobe CS5体験版とか
nuvotonの8bitマイコンとか
メモ帳とかボールペンとかチョコとか飴とかとか。
2011-08-19
■[日記]佐渡(サディスティック)
7月末ごろふと佐渡へ行きたくなったので、今回の連休で行って来た。
名古屋から鈍行で11時間。途中、長野で蕎麦を食べたりもして。
姥捨駅で絶景を見たりもして。
長野の若い子は電車の中が待ち合わせ場所かとか思ったりして。
翌朝、島へ。
新潟市内は快晴。海風が気持ちいい。
かっぱえびせん欲しさにフェリーにずっとついてくる鳥たちが楽しい。
新潟港を出て2時間。雨が甲板を打つ。
佐渡島が牽制していた。
二つ亀へ行きたい。
両津港に着くと雨は上がり、テンションもそれにつれて。
日に6本しかない路線バスで1時間。
みたかった景色がこれ。
海が蒼い!
環境省が認定する、「日本の水浴場55選」に選ばれてるだけある。
魚も多いらしく、ダイバーにもお勧め。
島側から見た島。
こんな景色のみえるキャンプ場で一泊する。840円。
管理棟には誰もいない。勝手にテント張っていいよっていう張り紙があったので、勝手にやる。
気持ちよく感じていた強風は、日が落ちてから強さを増し、雨への不安に。そして現実に。
風雨が島をなめて来るのが音でわかる。
ぐぉーともざぁーとも言いがたい轟音が遠くのほうからやって来て、真上を通過する。
少し遅れて、テントをグイグイと風が押してくる。バチバチバチバチッと雨が打ってくる。。。
翌朝、天気は晴れたり小雨が降ったり。沖のほうは真っ白。
早めに川を見つけよう。
尺イワナを釣りたい。
今回の1番の目的はイワナを釣る。
二つ亀から近い大ザレ川をめざす。大ザレの滝を観たいっていうのもある。
1日に2本しかないバスを待つ。。。来ない。
バス停前のホテルで話を聞く。
「土日しか走ってないです」
相川方面への道が途絶えた。。。
ついでに大ザレの滝について聞いてみる。
「民宿などから舟を出して、海からでないと行けないです。前は下へ降りる道もあったみたいですけど、今は無いです」
悩んだ。
悩む暇は無かった。
目の前にバスが止まった。このバスへ乗らなければ、次のバスは5時間後だ。
両津方面に戻りながら川を探す。来る途中、よさそうなところが何本かあった。
川は昨晩からの雨ですでに濁流になっていた。
そして再び、雨。
停車ボタンは押せなかった。
港で地元のおっちゃんにいい場所知らないか聞いてみた。
開口一番、「やめときなさい」といわれた。
「この時期、地元の人は行かない。藪は深くなるし、マムシ。だから守られる。だから今でも天然のイワナが残ってる。」
諦めきれない自分におっちゃんは言った。
「まずいよ」
唐突すぎて何のことかすぐわからなかった。
「まずいよ。食べてもまずいから、釣れたら必ず逃がしてあげて」
そいうことか。。。
だから守られる。だから今でも天然のイワナが残ってる。
遠くからせっかく道具背負って来てるのだ。
一振りだけでもしたい。
佐渡金山のふもとへ
港の観光案内所で相川近くの民宿を取ってもらう。
両津からバスで約1時間。相川に到着。
製錬所に行ったり、千畳敷に行ったりしてみるなど。
途中、ばあちゃんに話しかけられる。
どうみても自分は観光客なのに、自分はここの人で、今からどこかへ出てゆく人だと思ったららしい。
突然、私の腕をがっと握り、「気をつけるんだよ」と言ってくれた。あ、は、はい。。。ありがとうおばあちゃん。。。。
そして民宿へ。姫津港の集落にある。
クーラーもテレビも100円入れると動き出す。そんな部屋。うめの間。
元はユースホステルだったらしく、すごくアットホーム。
お客少なくてすごく静か。ほっとする。
天気を調べる。
前線が降りてきてて、佐渡がやばい。島を脱出せねば。。。
帰る
まだ釣りしてない。でも午後から雨。金山にはすでに雲が引っかかった状態。
両津に帰るか、逆にゆくか。バス停に来ても悩む。
地元のおばあちゃんに話を聞く。
漁師だったじいちゃんを亡くしてから魚の話はわからんと言われた。
話は変わり、ばあちゃんは春に息子が住む宮城に行って、被災地を目の当たりにしたことを教えてくれた。
TVとかでいろいろ観てはいろいろ言うけど、自分の目でみると、なにも言えなかった、と。
自身も常磐ハワイアンセンター近くから佐渡に嫁いで来て、、、なんて話してたら新たなばあちゃんが来て、
私は蚊帳の外になってしまった。ばあちゃん、話の展開が早すぎる。
ばあちゃん達と一緒に、相川方面のバスに乗り、相川で乗り換え、そして両津へ。
再び鳥と遊びながらフェリー。
来るときは気づかなかったけど、新潟港に近づくにつれて、海が青から緑っぽく変わっていったのが印象的。
鈍行では1日で名古屋まで帰れない時間なので、新潟市内でもう1泊。
翌日、雨から逃げるように再度11時間。長野で30分待ちなので一旦下車。おやきを買って中津川、名古屋へ。
まとめ
経験値が足り無すぎた。
無謀にも外へ出るが、即死。
再び観光案内所へ戻るの繰り返しだった。
写真も難しかった。
最近やっとわかってきたけど、風景って難しい。光をどこにあわせたらいいかわからなくなる。
これも経験値不足だった。
何回だってやり直す。
そいえば新潟市内は
海が近いからか、名古屋並みに蒸してるし、暑い。
古町ってところに泊まった。
予想通り、駅前より味があってよかった。
商店街も人が多く、地元で取れた旬の野菜がたくさん並ぶ。地産地消を謳う居酒屋も多くどこもそそる。
そこで飛び込んだのが「たらい舟」。新潟の日本酒が多く揃ってたり、郷土料理が食べれて、おすすめ。
あとなぜか、タミヤTシャツの女の子を1日で3人も見たけど、なにあれ、流行ってるの?
2011-07-26
■【エンタメ】親知らズのメンバー、左上が脱退。
口内で活躍中の親知らズのメンバー左上が、30日をもってグループを脱退し所属歯茎からも抜けることが関係者の話で明らかになった。
左上は、自身が虫歯であることを告白。左上の所属歯茎オーナーは「8020のメンバ候補として考えていたので大変残念です」とコメントを寄せた。
4年前には右下が方向性の違いを理由に脱退、抜歯している。
これで残るメンバーは左下と右上だけになるが、左下は最近になって所属歯茎の後輩、奥歯、糸切り歯に陰湿なプレッシャーを与えており、イメージが悪い。
また、右上に至ってはその姿をみた者はおらず、ファンの間でも都市伝説化している。
どちらも露出が乏しく、今後の活動が心配される。
2011-02-06
■[日記]チャンス到来
私が名古屋勤務になる時期も遠くは無いかもしれません?
先日、会社でちょっとお堅い集まりがあり、参加。
入社当初から本社に言い続けてきたことをやっと拾ってもらえた、といったところです。
上司のプレゼンの中に私のことを言っていたところがあったようですが、すいません。寝不足+二日酔いだったもので聞き逃す失態。
今の会社は、やりたいことを強く言い続ければ、やれそうな気がして、ワクワクします。
前の会社では先輩と組んでいろいろ試行錯誤しましたが頓挫。
今回は違います。会社側が私がやりたいことを推奨してきているのですから。
で、なにをしたいのか?
私が普段やっていること。
飲み?
そゆこと。
チャンスといえばもう1つ。
数年ぶりに宣伝会議賞に応募。一次選考を応募作品中1本が通過したようです。
雑誌に自分の名が乗るって、ちょっとうれしい。
2011-01-27
■[日記]無題
去年、実家に貯まっている雑誌を引っ張り出して読んでいると、はっとした記事をみつけました。
好き好んで選んだ仕事なのに、もっと別の場所があるのではないかということも思いつづけてきた。
旅先の安宿で「30歳になったら会社をやめよう」と決意したこともあった。そのときはこんなところにずっといると、自分が駄目になってしまうと思っていた。
そういう個人的ないきさつもあって、今回「b*p」で仕事特集を組むことにしたのだ。
東京に向かう飛行機の中で、ぼくは、高橋さんが何度もくりかえし口にしていた言葉を思い出していた。
「炭鉱には、本当にいろんな人がいるんだよ」
それは、今のぼくの仕事にも言えることだ。
働くということ。それは、いろんな人がいるプールの中に飛び込んでいくことなのかもしれない。そして、ちっぽけな自己中心主義やひとりよがりが、ぶっこわされていくことなのかもしれない。
仕事とは、自分を変えていくための方法なのかもしれない。
もしそうだとしたら、仕事を変えるんじゃなくて、自分がうまく変わっていけたらいいなと思う。
今、会社は転換期。
長く居つく先輩社員からの声は不満ばかりだ。
不満を出すなら代替案用意してから言えよとか思う。
決戦は、2/5。
私は、私の役割をするだけだ。

















