『緑子/MIDORI-KO』トーク、氷川竜介×黒坂圭太監督(@渋谷アップリンクX)

黒坂圭太監督待望の新作『緑子/MIDORI-KO』の公開初日に行われたアニメ評論家・氷川竜介氏と黒坂監督によるトークショーに行ってきました。普段商業アニメの評論を主に行ってる氷川さんが何故呼ばれたんだろ?と思ったら、氷川さんは昨年度の第14回文化庁メディア芸術祭でアニメーション部門の審査員を務めており*1、送られてくる大量の応募作の中にあった一本が『緑子/MIDORI-KO』だった・・・。というわけで、まずは氷川さんと『緑子』との出会いから始まります。



映画「緑子/MIDORI-KO」公式サイト | 緑子/MIDORI-KO (@midoriko_eiga) | Twitter


氷川さん曰く、アート系のアニメーション作品は、同じく審査員をしていた(アートアニメ―ションに慣れ親しんでる)古川タクさんや伊藤有壱さんのところにまず回されるのだが、何故か『緑子』は自分のところに回ってきたと。『緑子』はタイトルもそうだが、パッケージからして異質で、普通渡されるDVDというのはおもてにいろいろ書いたり貼ったりしてきてるものだが、緑子のDVDだけまっさら。家に持ち帰り他の応募DVDと一緒に机の上に置いておくと、珍しく奥さんも気になったようで「これを見ないのか?」と聞いてくる。でもなんやかやと後回しにしていたら、しばらくしてまた奥さんがやってきて「どうしてこれを見ないのか。早く見た方がいい」とせっついてくるので、二人で一緒に見たところ奥さん共々大変驚いてしまい、「ただならぬ作品というのはDVDから何かオーラが出ているのかもしれない」と語ってました。


ちゃんとした設定がありながら作品内ではさほど語られていないことに興味を抱いたという氷川さん。劇中に出てくる5人の男たちが緑子を作った科学者だということも、資料を読むまで気がつかなかったそうで(私も指摘されて初めて「ああ、そんな設定だった」と思い出しました)、このような手法をとった理由を尋ねてみると、「昔、小劇場でお芝居を観たときに途中でおかしな3人組が出てきてわけのわからないパフォーマンスをし出した。後日台本を手に入れる機会があり、読んだらその3人は警察官だと書いてあってとても驚いた経験がある。だからそれをやってみたかった」とのこと。実は同級生に、かつて小劇場ブームを牽引し野田秀樹渡辺えりと共に三羽がらすと呼ばれた劇作家の故・如月小春さんがいたこともあり、彼女への追悼の意も込められているとか。


劇中、“マンテーニャの星”という超星(スーパースター)が夜空に現れ、緑子誕生の最後の一押しをしてゆくのだが、キリストの幼少期の呼称が「みどり子」であり、監督自身もキリスト誕生と意識的に重ねあわせて描いていることもあって、観た人の中には(「磔刑図」「死せるキリスト」等を描いた)画家のアンドレア・マンテーニャをもじったのではないかと受け取る人も多いのだが、真相はそうではないと。緑子のモデルはまだ生まれたばかりの自分の娘がタオルにくるまれてる姿をモデルにしており、娘をお風呂に入れるときに「♪まんてんにゃ〜のほ〜し」って適当に歌ってあげたら大層喜んでくれたと。そのときに出来た歌が今回劇中歌として使われてる「マンテーニャの星」(作詞・作曲:黒坂圭太)であり、そこから名がつけられてるので、「マンテーニャの星」とはすなわち「満天の星」のこと。つまり画家のマンテーニャとは全く関係がない・・・と恐縮した面持ちで語る黒坂監督でした(ちなみにこの歌、“きらきら光りつつ、結んで開きたくなる”ようなメロディなんですが、この歌が生まれる過程を聞けていろいろ納得しました)。


緑子を生み出した5人の科学者がそれぞれ顔の一部をデフォルメしたかぶり物を被っており、それをとった素顔もやはり同じ部分が他よりデフォルメされて描かれていたことを氷川さんが指摘すると、「あれは“五感”をモチーフにしてるんです」と語る黒坂監督。この5人の科学者が突然現れ、「マンテーニャの星」を歌いながらまっ裸でくんずほずれつするシーンは結構なインパクトで(笑)、あまりに唐突に挿入されるため私なんかは「このシーンはいったい何なんだ?!」と一瞬脳みそフリーズ。見終わった今もずっと気になって頭から離れないわけですが、それは氷川さんも例外ではなかったらしく、普段、見始めたら終わりまで一気に見るのに「マンテーニャの星」が歌われるこのシーンだけは見終わった後しばらくDVDを止めてしまったそうです。


制作期間13年、描いた絵が3万枚という本作について、どの段階から数えて13年なのかそのうちわけを尋ねると、キャラクター設定など具体的な作業にとりかかってから13年で構想段階も含めると17年ぐらいになるとのこと。その間、制作方法を変えたり年月が経って変化した絵柄の整合性をとるため初期に書いたモノは5000枚ほど破棄し、動画までいったのものも15分ほど破棄してやり直してるとか。特にラストが完成の直前まで決まらず、冒頭の部分はラストが決まってから物語の整合性をとるために新たに付け加えたものだそうです。


制作方法については、鉛筆で書いた絵をスキャナーで取り込んでフォトショップで1コマ1コマ調整してゆくという手法をとっており、松尾芭蕉七部集を世界の著名なアニメーション作家が短編アニメにした連句アニメーション「冬の日」のメイキングでやってた手法とほぼ同じとのこと。パソコンにあまり詳しくないので1万円ぐらいで買えるシロウトでも扱えるソフトを使ってアナクロな手法で作ってると語る黒坂監督。人物と背景を合成したカットも、別々に描いた原画を一度フォトショップ上で重ねて表示し、その状態をいったん静止画で保存し一枚絵にした上で、改めてなじむようにフォトショップで調整。できあがったコマを編集用のソフトを使ってつなげて動画にするという、昔のリミテッドアニメのような制作方法をとっているそうです。今回は後半急ぎ足で作ったので、調整にあまり時間をかけられず、いまでも見るたび違和感があってイヤなので、DVDになることがあれば是非手直ししたいとほんとにイヤそうな顔で語っていました(笑)。

連句アニメーション 冬の日 DVD-BOX

連句アニメーション 冬の日 DVD-BOX


『緑子』に出てくる登場人物も風景も、実は実在するモデルがあるとのこと。登場人物については「差し障りがあるといけないので言えない」って消え入るような声で言ってましたが(笑)、商店街の風景は子供の頃(時代で言うと東京オリンピックから万博あたり)に自分が住んでた町を記憶を頼りに描いてるそうです。作中に出てくる「月光湯」という銭湯も「日光湯」という名で実在してたそうで(もちろんアパートと一体型にはなってませんが)、天井付近には開いてる所を一度も見たことがない“開かずの窓”がついており、何故そこに取り付けられてるのか最後まで分からなかったとのこと(ちなみにこの窓は劇中にも出てきており、3階にある主人公・ミドリの部屋から2階の銭湯内を見渡せる窓になっております)。


実は黒坂監督、一時期漫画を描いてたことがあり、某出版社の新人賞に応募しその後同人誌として自費出版した『優しい温度で抱きしめて』という作品を久しぶりに読み直したら、『緑子』の原形とも言える設定やキャラクターがたくさん描かれていた、、、ということで会場に40部ぐらい持ってきて販売してました(購入したらほんとにソックリでビックリ。しかも後書きに「某出版社に持って行ったら担当編集者に「黒坂さんはこの作品で何を言おうとしてるのか」と問われ、だいたいいつもコンセプトとかはあとから適当にでっち上げる方なのでこの質問はフェイントだった」と書かれていて大笑い。ほんと黒坂監督はトークを聞けば聞くほど《重鎮》なイメージがガラガラと音を立てて崩れてゆく人です。笑)


尚、劇場では、映画のサントラ、パンフレット、それと長年VHSでしか販売されてなかった旧作・未ソフト化作品の中から「みみず物語」「春子の冒険」「変形作品第1番」「ワタシノカオ」「餅兵衛」「緑子/MIDORI-KO 予告編」を集めた作品集『みみず物語(※盤面に手書きイラスト入り)』をDVD販売してますので併せてどうぞ(DVDは劇場と通販での販売のみ)。特にパンフレットの設定集は必読。「えええええええっ!?」てなるから(笑)。

「緑子 MIDORI-KO」 オリジナルサウンドトラック

「緑子 MIDORI-KO」 オリジナルサウンドトラック


ちなみに半年ぐらいアップリンクXに行ったことのない人は、2階「アップリンクX」のチケット売り場が1階に移動してるのでお気を付けて(2階受付は物販販売のみ)。1階に併設されてるギャラリーには『緑子』制作資料がいろいろと展示されてるのでこちらも是非見ていってください(入場無料なので映画を観なくても入れます。ギャラリー見て興味をもったら本編を見るってことでもいいんじゃないでしょうか)。



尚、今後の上映スケジュールは以下の通り。

『緑子/MIDORI-KO』@渋谷アップリンクX
日程:上映中〜10/7(金) 13:30/15:50/19:00、10/8(土)〜 17:50/21:00
料金:一般1,400円/学生・シニア・リピーター・UPLINK会員1,000円
◆19:00の回にトークショーまたは短編作品の特別上映あり
10/2(日) トーク出演:丹下紘希(映像ディレクター)
10/3(月) トーク出演:遠藤彰子(画家)
10/4(火)『海の唄』('88)上映
10/5(水)『変形作品第3番<ミックスジュース>』('85)上映
10/6(木)『変形作品第5番<レンブラントの主題による変形解体と再構成>』('86)上映
10/7(金) トーク出演:水由章(「緑子/MIDORI-KO」プロデューサー)


尚、10/7(金) までの期間、14:45から黒坂圭太短編アニメーション映画の上映もあります(料金:1コイン500円)。詳しくはこちらを参照されたし。
上映作品『みみず物語』('89)/『春子の冒険』('91)/『個人都市』('90)の中から2本  

【関連】



*1:ちなみに他の審査員はアニメーション作家の古川タクさん、アニメーションディレクターの伊藤有壱さん、アニメ監督のりんたろうさん、映画監督兼特技監督樋口真嗣さん。