先日、機会があって行政資料の保存についての講義を受けることができた。
達筆すぎる古文書とかは、皆読めないまでも保存する気にはなるのだが、これが明治以降のお役人どもの書いた文書となると意外に簡単に捨てられてしまうのである。
各自治体が自治体史などを編纂すると、編纂した後、元にした資料はぽいっといかれるケースも多かったりするらしい。
また、この資料の紛失の最たるものが戦後間も無くだったと言う。
玉音放送から三日目にして、日本全国各地の地方自治体に通達が来たと講師の教授は説明する。
通達は半切れ一枚だけで、それだけに切迫した雰囲気を伝えており、その内容を要約すると「国力算定の根拠となるような数値が載っている書類は全部焼け」となる。勤勉なる末端の公務員たちは、一も二もなく国の命令に従ったのであろう。それが、現在戦前戦中の資料が出てこない理由であるとのこと。
では、何故このような命令があったことが一般的ではないかと言うと、ご丁寧にもこの通達そのものにも、末尾に「なお、この文書も焼却せよ」との注意書きがあったからである。奇跡的に、あるいは怠慢な公務員がいたおかげで、いくつかの自治体でこの通達が徹底されずに通達も行政資料も両方が残り、その中でもさらに幸運に恵まれた資料類が、現代になって日の目を浴びていると言うことだ。
なお、これに間に合わず焼却されなかった文書類は、全てGHQに抑えられてアメリカに送られ、現在ではアメリカの公文書館に死蔵されているのである。
講師の教授は、こう言った事実を通じて資料保存の大変さと大切さを理解しつつ実践して欲しいと締めくくった訳だが、日本の近代歴史問題について語る上でのヒントにもなっていると私は思った。
すなわち、日本国内でみつかった戦前戦中の資料は、その出所を徹底的に洗う必要があると言うことだ。怪しげなものであれば捏造を疑ってかかるべきであろう。むしろ、アメリカ公文書館から見つかった物の方が信頼性は高い。このことは、どの立場で発言するにしても留意しておくべきことと考える。
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