昔のことを思い出してイライラするのは悪い傾向なんだろうけど愚痴らせろ

 もう俺は本気で手書きで書類を作ることに拒否反応を示すようになってきたみたいで、しょうがないから手書きでエクセルの表を紙に書き写してきたら、どんどんイライラしてきた上に昔の嫌なことを思い出して一人でぶち切れそうになってしまった。
 公務員になりたての頃、新米で仕事がなく、だったら仕事で使う法律でも読んでろと言われたので素直に読んでいたのだが、法律の条文なんて頭から読んだって理解できるものでもなく。
 法があってその中の細かい数値を決める省令や規則があって、これらがお互いを参照しあってるのが日本の法律だ。なのでそのスパゲティをせめてツリーとかなんとかにできないかと思って考えた結果、条文一つ一つに規則性を持ってA要素でラベル付けし、その後「○○を参照」などの部分にハイパーリンクをかませば、とても読みやすいものが作れそうだと思って、しかし当時はまだ法律がテキスト化されている訳ではないので、下準備として自分で読んでキーボードから打ち込んでいたら、明らかに「何遊んでやがるこの野郎」なニュアンスをこめた口調で「何やってんの?」とか聞かれた。
 正直絶望したんだと思う。難しい物を難しいままに覚えようとし、それこそが唯一絶対と信じて疑わないその上司の態度に。
俺「言われた通り法律を覚えるために書き写しているんですが……」
上司「だったら紙に書け」
 法律を漢字の書き取りか何かと間違えているんじゃないかとしか、俺には思えなかった。ああ、これが、埋められない溝なんだ……と俺はその時全てを諦めた。
 結局、そのHTMLは作らなかった。かわりに、俺は時間をかけるようになった。最低限必要なところだけでを覚え、書類を作るのに必要な部分はチンタラ時間をかけて法律書をひっくり返しながら作るようになった。なるほど、これが公務員が効率が悪いと言われる所以なのかと実感しながら。時間をかけてもかけなくても何もかわりはしないのだ。こんなシステムを作った奴は地獄で呪われろと思いながら、俺は先人が作ったレールに載ったのだ。そして俺は表向きは文句を言われなくなった。レールに載ったのは出世したいからでも周囲によく思われたいからでもない。いざこざが面倒臭いただそれだけが理由だった。
 向こうの席に座る庶務担当は、一日中加除式バインダーをめくりながら何かを書き連ねていた。それでも時間が足りなくて自主的にサービス残業をしていた。これも先人の作ったレールに載った結果だろう。俺はその姿を馬鹿馬鹿しいと思いながら眺めていた。
 その庶務担当は俺にこんなことを言った。
「『この仕事ができなかったら馘首クビになる』くらいの覚悟をもっていつも仕事に臨め」と。
 その時はハイハイ聞いていたが、サビ残する姿と重ね合わせて見てみると、仕事を効率化しようとか思いもつかないくらい余裕がないとしか解釈できなかった。そんな状態で仕事したって、スキルアップも糞もないだろうに。そもそもスキルアップが要らないシステムに乗っかってるのだから、だから努力と根性の精神論がまかりとおるのだろう。
 かつて、なんでそんな手書きばかりさせる遣り方に拘っているのか聞いてみた。すると、「誰が異動してきてもできるように」とかなんとか言う答えが返って来た。阿呆じゃなかろうかと内心思った。手間隙ばかりかかる遣り方は、多分手間隙さえかければ誰にでもできる遣り方なのだろう。じゃあ、毎年毎年何倍もの確率で新規採用を絞り込むのは何のためなんだろう。そうやって何倍の門をくぐりぬけてきた新人は、そんな遣り方しかできない馬鹿ばっかりなのだろうか。(まあ、そうかも知れない。俺みたいないい加減な人間が通って、真面目に公務員学校に通った人間が落ちるような試験だから)あんまりにも人を舐めているような気がしてならなかった。根本的な何かが抜け落ちているような感覚が去らなかった。
 俺は決して勤勉な人間ではない。真っ正直な怠け者である。だからこそ業務は効率化したいと考える人間だ。そして飽き易い。ミス対策を人間の労力ではなくシステムに求めるのが好みだ。同じ結果が出るなら短いプログラムの方がいいと考える口だ。努力や根性からは最もかけ離れた人間だ。公務員と言う職場は、それとは全く逆だったようだ。
 最初の職場で出会った人々は、忘れられない存在になっている。俺は一刻も早く忘れたいのにも関わらずだ。飲み会の二次会で言われたことがある。「お前が悪い奴じゃないことはわかっているんだけど、もうちょっとこう仕事がうまくできないか」悩んでいた俺はだったらどうすればいいのか教えてくれと涙ながらに訴えたのだが、具体的な回答はついぞ得られなかった。他人に説明できない程度のおぼろげな理解で他人に説教してんじゃねえよ。