名人戦&棋聖戦/永瀬拓矢という棋士

注目の名人戦では佐藤天彦八段が羽生善治名人から名人を奪還した。名人戦が4勝1敗で、内容も完勝であり、新名人誕生は10数年ぶりらしくアマチュア界=ネット上でも反響も大きかった。2003年すなわち俺が小学校6年生の頃から名人は羽生か森内かという争いであった。1999年からで言えば羽生か森内か佐藤康光か丸山かという羽生世代だけで埋め尽くされていた。そう考えると佐藤天彦新名人の誕生は将棋界に新世代の地殻変動が起きている象徴的な出来事と言うことができる。今期のA級順位戦は稲葉八段と羽生三冠の参入により混戦が予想される。

続いては棋聖戦永瀬拓矢六段が羽生善治棋聖に挑戦。第一局は横歩取り千日手、指し直し局で矢倉へ。永瀬六段は藤井矢倉で簡易的に囲いを作り、相手陣に打った角が活きて、羽生棋聖に何もさせずに勝利した。これで対羽生戦4勝0敗となり、真の羽生キラーと化した。羽生3冠はこれで公式戦初の6連敗で、羽生衰退も本格化してきたと言われているが、いまだ3冠保持である。しかし羽生世代がこれから本格的に衰退していき一方で若い世代が台頭することは不可避である。

佐藤天彦新名人、永瀬拓矢六段と俺の応援している棋士が次々と活躍しているので嬉しいが、後は菅井竜也七段に頑張ってもらいたい。菅井七段は振り飛車党から居飛車党に移りつつあるということで、矢倉や横歩取りに角換わりと相掛かりも指せる真のオールラウンダーになるよう応援したい。

それにしても羽生さんの過密スケジュールは凄まじい。それも20年以上トップを走り続けているためその分全く休まらないはずである。対局数もかなり多いが、将棋以外の仕事すなわち講演や対談や番組出演などに忙殺されているに違いない。以前、羽生三冠出演の人工知能に関するテレビ番組の中で、アメリカの研究者に英語で話していた。いつ勉強しているのか分からない。一切弱音を吐くことなく一切驕ることなく淡々と且つ情熱的にこなしていく姿勢に敬意を表したい。

現在棋聖戦で羽生棋聖に挑戦している永瀬拓矢六段は勝負に辛く、相手が誰であろうと冷徹に嬲り殺す異色の棋士である。対羽生戦4勝0敗と羽生キラーでありながらC級2組に長く停滞していたり、千日手を厭わない棋風であったり、受け潰しの棋風であったり、棋士の中でも際立つ個性派で彼の逸話は豊富である。

1.2014年、ニコニコ生放送の将棋ウォーズのイベントにおいて、将棋ウォーズ界で名を馳せる自爆王との一局で、自爆王の得意戦法・角交換四間飛車相手に即指しで受けまくって将棋ウォーズトップクラス相手に何もさせなかった。金銀を右辺で巧みに動かしたり自陣飛車を2度投入して駒をとられないようにし、相手の攻めが完全に切れた後に攻撃を仕掛け、時間を1分以上余して惨たらしく完勝した。

2.2015年の電王戦に出場しSeleneに対して優勢を広げ、中盤でコンピュータソフトをバグらせ一局で2度勝利した。問題の角成らずであるが、あれに関してはあのまま対局を続けても永瀬六段の勝ちだったという結論が控室で出ていた。勝利への確実性をより増大させるという立派な勝負観である。終局後の三浦九段曰く「恐ろしい勝負魂だなと思って同じ棋士仲間として震え上がっている」

3.2010年、里見女流との対局において絞め殺すように勝利した。里見の大駒3枚に対して金銀で埋め尽くし相手に自陣に手を入れさせなかった。一方で馬とと金で相手駒をボロボロと食い散らかし、戦意を喪失させて投了させた。女流相手でしかも『将棋世界』の企画であるのに容赦がない。

4.2011年のNHK杯佐藤康光九段に対して2度の千日手。放送時間や編集や対局相手や解説者を考え空気を読むよりも、ルールの範囲内で勝つために一切妥協しないその姿勢に感服した。

永瀬六段は「将棋に才能は要らない」と一貫して主張する。将棋の実力を全て努力に還元するストイシズムがこの棋風に表れているのかもしれない。確乎たる信念を持ち行動する点で非常に気持ちの良い棋士なのでこれからも活躍してトッププロに上り詰めてほしい。