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独楽(こま)な日

2018-06-08

独楽な、なんちゃって氷河

ときには気楽なエッセイもいいなと。

6年程前に天板が185×60というちょっと長めの机を作って、

編集作業やご飯を食べたりと、なんだかんだ多くの時間を過ごしてきました。

その机が狭くなりつつあります。その原因は一角にそびえる小山です。

参考書やら、フリーペーパー、小説、雑誌が積み重なって、油断すると雪崩がおきます。なのにふらっと本屋に立ち寄ると魅力的なものが多くて…小山は縦横にすくすくと成長中であります。

しかし、もういい加減にせな!となりまして、カバンの中に1つ、家で読むもの1つを決めて、隙間をみつけては読むようにしています。


ちなみに私は文字を読むのがかなり遅いです。あとなんか疲れやすい。

私は文字を読むと必ず声が聞こえるタイプで、説明書も辞書も声がきこえます。

だから自分は読むのが遅いのだというのが持論。だって聞こえる声のスピードは早くならないので…。

そんなこんなでじりじりと読んでいるのですが、ようやっと読み終わった雑誌の年月を見ると、半年前に発売。

カバンの中のは1年前の冬。。。

よくよく小山を見れば、なかなかどうして年月を感じる面々。

これはもやは只の小山じゃない。ある一角だけ時間の流れが違うような、堆積されたなんちゃって氷河のようにも見えてきました。南極氷河は溶けてほしくないですが、自宅の氷河は溶けてほしい…そうおもった今日この頃です。

2018-01-03

独楽な人

なんだかんだでブログの更新が停滞して、すっかりお正月ですが

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

私の方は年末に帰省して、実家で編集作業

なので完全なお休みといった感じではありませんでしたが、

それでも実家のお陰でのんびりしながら、作業させて貰いました。

普段はほとんど見ないTVでお笑いや紅白を見たり、お墓参りをしたり、久しぶりの従兄弟と会ってゆっくり話しをしたり。年末年始らしさを味わいました。

そんな日々でしたが、実家の周辺では数年前から少し離れたところに大型ショピングモールができました。ご多分に漏れず、ショッピングモールには大勢のお客さんで、実家付近の商店街は随分寂しくなりました。

最近ではどこかしこでも見る光景ですが、ふと感じたのは大型ショッピングモールでの店員さんや大勢のお客さんの雰囲気やリズムの違いでした。

大学生の頃に住んでいた岡山や、現在の東京近辺でも同じような光景はよく目にしていましたが、あらためてそれぞれの地域で違いを感じました。

如何に現在まで培われた風土や歴史、文化で人は育っているか。人という生き物は不思議なものです。そうおもうと、もっと旅や知らない場所で一定期間暮らすようなことをしてみたいとウズウズします。

まだまだそんな余裕はないのですが、いつか実現してみたいなとおもう正月三ヶ日でした。

2017-08-13

独楽な冒険

突然ですが、人にお薦めを尋ねたりしますか?

美味しいお店だったり、本だったり、映画だったり、音楽だったり。

私は学生の頃、お薦めを尋ねるのが嫌いでした。

何でも自分で判断したいし、自分の中にある興味で一杯一杯だったので。

でも今は積極的に聞きたいと思ってます。

理由はお薦めを尋ねる意味が変わってきたからです。

例えば、食事が美味しいお薦めのお店を尋ねたとします。

その後、実際にお店に行って、美味しかったか、そうでなかったかは、私にとってはあまり重要ではありません。勿論、美味しいと嬉しいです。

私が一番興味があるのは、そのお薦めしてくれた人の心が動いた理由や要素です。

そこには自分の知らない価値や感覚があったりします。

自分の知らない価値や感覚に遭遇するのは、

小さな冒険に似ています。

リスクもありますが、喜びや出会いもある。

冒険家というと凄い人や、縁遠いイメージがあるのですが、

案外、私達だって小さな冒険家だったりするのではないでしょうか。

2017-06-03

独楽な大地

好きなものは、すいすいと頭に入って、不思議なほど記憶にしっかり残りませんか。

それなのに年を重ねると、あんなに好きだったことが思い出せなくなったりします。

それは当たり前なのかもしれませんが、最近ふと思いました。

忘れないように努力するより、

興味をもって新しいことを覚えていくことによって、

過去に覚えたことも忘れなくなるのではと。

なんだかそんな気がします。

問題はどうやって興味を持つか、どうやって好きになるか、ということですね。

段々と色々な思考が身についてきて、若い頃のような無邪気に好き!というのは、なかなかなれません。

良いも悪いも含めて、どう肯定的になっていけるか、それが核のような気がしますが、精進精進。


そんな今日この頃、自主で動いているプロジェクトのために色々と本を読んでいます。

とにかく専門用語も多く、調べると更に知らないことが出てくるので、ひぃーとなりながら、グーグル先生のお世話になっています。

そんな中の一つに、とても面白い記事があったので、ちょっとご紹介。

アイヌの伝統民家「チセ」

http://www.chinetsu.jp/cise01.php

アイヌの住居は当然ですが、極寒の豪雪地域です。

今の私達の暮らしからは、現在のような建築ではなく、自然の材料だけで作られた住居でどうやって生きていけるのか、全くもって想像もつきません。せいぜい、昔の人は苦労してたんじゃない?とか。

上記の記事は実際にチセを建てて、寝泊りし、データを取りながら、アイヌの長老から聞いたことや、文献等の状況に近づけていく、そんな作業を10年ほどしたものになります。

本当に貴重な研究で大変感動しました。

そして永い歴史と地域風土に育まれた知恵というのは、想像を遥かに超えるものがありました。

色々と面白いので是非読んで貰いたいのですが、

私が特に感動したのは、大地の5m下では真夏と真冬の温度が反対になっているということでした。

夏の熱が地下5mに届くのに半年かかっているというのです。

それは大地が半年先まで、夏の熱や冬の冷熱を持ち越す力を持っているとも言い換えれます。

雪解けして直ぐに新しい芽が出るはそのお陰だと。

そしてアイヌの住居「チセ」はそのことを活用した作りになっていました。

丁度、読んでいる本にも、日本では竪穴式住居が長く一般的だったとあり、まさに目から鱗でした。

竪穴式住居も大地を掘って、そこを生活の場としているのです。

驚きじゃないですか?

何か言葉に出来ない感に打たれました。

私はその後、住居に床を作っていき、色々ありながらも、現在のような椅子生活がメインなった日本の文化も好きです。

ただ東京に住んでいると、本当に土をほとんど見ないのです。そして何か忘れものをしているような気がしてしまいます。単に過去に戻ろうという気持ちはないのですが、改めてスケールの大きい奥深さに出会う大切さはあるようにおもいます。

2017-03-23

独楽を待ちながら

昨日まで、作業机の上に本を立てかけてました。

購入して3ヶ月近く経ちながらも、本は一切開かないで表紙を眺めるだけ。

その本の名は「イイダ傘店のデザイン」といいます。

http://www.pie.co.jp/search/detail.php?ID=4481


イイダ傘店さんは、もともと傘と何のゆかりもなかった飯田純久さんが、

傘の生地やパーツ等々を一からデザインして、

更にそれらを作り上げる為の職人さんも探して、

出来上がった生地やパーツを飯田さんと数人のスタッフさんが、

作業で一本一本作りあげるオーダー専門の傘屋さんです。

http://www002.upp.so-net.ne.jp/iidakasaten/index-2.htm


「こんな素敵な傘、見たことない」


本当に凄いのに、さらっとをやっちゃう天才肌な人っているじゃないですか。

そんな印象でした。

勿論、そんな簡単なことじゃないとは重々承知していますが…越えれない壁に思えてしまうものです。

という訳で本を開くまでもなく、表紙だけでも十分幸せでお腹一杯だったのでした。



ですが最近、個人的にとても悲しいことがあったので、本を読もうかなと思いました。

読むとやっぱり凄いなぁと何度も思うのですが、個人的にとても響くところがありました。

それは「待つ」ということ。


「待つ」って私はある意味とても苦手で、凄く後ろ向きな気持ちになって「待つ」ことが多いのです。


本には前向きな「待つ」のエピソードがありました。

違う考え方や心の持ち方はとても大事ですね。

誰しも辛いことや、悲しいこと、不安やトラウマがあって、それが人を弱くも強くもさせますが、ちょっと良いヒントを貰えました。

まぁ、非常に特殊な感想です。


実際の本の内容は、ものづくりの素敵さがとても伝わる明るい本です(笑)。