Hatena::ブログ(Diary)

乗り降り記録ブログ[駅ログ] このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-05-23 野町

#2485 野町(2010.02.11)

期せずして、雪中を走る北陸鉄道に乗ることができた訳ですが、この時間になるとさすがに暗くなってきて、沿線風景をはっきりと見ることは叶いませんでした。終点の野町には17:45に着き、外に出ると再び雪に見舞われます。ここから先、いよいよ宿に向かう訳ですが、野町が坂の町であることを知らなかったばかりにちょっとした苦労を強いられます。歩く人が少ないせいか、歩道は大雪。「雪+傾斜」で足元が滑り、思うように進めなかったのです。

f:id:ekilog:20100520233145j:image

かつて北陸鉄道金沢市内線が通っていたと思われるその坂道から一歩路地に入ると、実にひっそりとした佇まい。すでに宿は近かったので、そのまま平坦な路を雪を踏みしめながら歩き、ちょっとした旅情にふけるのでした。野町に来てよかった、と思ったのは、その後も雪の路地を歩き、にし茶屋街〜野町広小路〜寺町と趣深い探訪ができたことに尽きます。(ただし、あまりの雪で犀川の河畔まで行けなかったのが心残り...)

そんな坂のある暮らしに路面電車はきっと重宝するはず。昔の路線で言うなら、野町四丁目*1犀川大橋(または寺町)までLRTを走らせる、というのはあっても良さそうですが、どうでしょうね。

f:id:ekilog:20100520233355j:image

↑ これは翌朝の野町駅の様子(下車する客の改札待ち) (→参考記事

f:id:ekilog:20100522233343j:image

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

*1:今の野町に当たるのは、野町四丁目なんだそうです。また、西金沢野々市だった頃の元祖・西金沢は、石川線のかつての終点「白菊町」の旧称とのこと。昭和47年の9月に野町〜白菊町間が廃止されてからは、野町が終点になった、という訳です。

2010-05-20 西金沢&新西金沢

#2483+2484 西金沢&新西金沢(2010.02.11)

この日の宿泊先は金沢駅周辺ではなく野町。少しでもあちこち行けるよう、あえてシフトした訳ですが、思いがけない降雪量で、宿にたどり着くのにひと苦労することになります。金沢駅からバスで行けばおそらく楽々だったんでしょうけど、それでは意味がありません。西金沢北陸鉄道石川線)に乗り換えて野町をめざすことが目玉の一つだったのです。

f:id:ekilog:20100519212109j:image

金沢に着いていれば、あとの行程はどうにかなると考えていたので、17:16発の敦賀行きでのんびり隣駅へ。西金沢に着くと、辺りはすっかり白々としていて、視界も怪しい。それでも北陸鉄道とは限りなく隣接しているので、乗り換えに労することはありませんでした。

f:id:ekilog:20100519212229j:image


f:id:ekilog:20100519212402j:image

野町行きは、17:41発。20分ほどあるので、西金沢新西金沢の間がもうちょっと離れているなり、駅前に商店街が展開しているなりすれば、ちょうどいい乗換時間になったと思いますが、こういう時にはそうならないのがまた旅の常。ともすると漫然と過ごしてしまうところ、鶴来行きの列車を見送ったり、北陸本線を走る特急列車を追ったり、線路の着雪を防ぐためのスプリンクラーの動きを観察したり、新西金沢駅の待合室で時刻表をチェックしたり...当地らしいスローな時を過ごすことができたのはよかったと思います。(雪や寒さでどうにも動きようがなかった、というのが正直な話ですが)

f:id:ekilog:20100519212312j:image


f:id:ekilog:20100519212438j:image

ちなみに、JRの西金沢野々市北鉄新西金沢は新野々市とかつては称していたとのこと。その当時、北鉄にはこことは別の地に西金沢駅があったというのをあとで知りました。ローカル私鉄に限った話ではないかも知れませんが、駅名の移り変わりが多そうなのもまた一つの魅力と言えそうですね。

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

2010-05-17 北鉄金沢&七ツ屋

#2481+2482 北鉄金沢&七ツ屋(2010.02.11)

はくたか21号で金沢に帰着。16:12に着いたので、次に乗る予定の北陸鉄道浅野川線の時刻までは時間があります。北鉄金沢駅に通じる広いコンコースで「金沢・LRTと暮らしを考える会」が折りよくパネル展示等をしていたので、しばらく見学させてもらいました。(→その時の様子は、この記事をご覧ください。)

本数は限られているし、駅務も簡略化できるし、といった理由からか、改札内には常時入れる訳でなく、列車到着後の改札を終えてから入場する、という流れ。この辺りにローカル私鉄の流儀のようなものを感じます。できれば入線してくるところからしっかり撮影したかったのですが、それは叶わず、こんな具合でちょっと遠め。わかりにくいですが、車両の正面は雪でしっとりと包まれるような状態になってました。(大雪の中を走るというのは、井の頭線時代はそうそうなかったでしょうから、北陸に移ってきた当初は驚いたでしょうね。)

f:id:ekilog:20100516213613j:image


f:id:ekilog:20100516214123j:image


f:id:ekilog:20100516214025j:image

↑ しらさぎ5号からサンダーバード15号に乗り換える間に一度、北鉄金沢駅を下見。ここだけ見ると、ローカルな感じはしない?

何を隠そう北鉄に乗るのは今回が初。一日乗車券浅野川線石川線を乗りつぶす、というのも考えなくはなかったですが、スケジュール的に難しかったので、ひと駅分だけの体験乗車、ということにしました。16:36発の内灘行きに乗り、次の七ツ屋まで。七ツ屋からは歩いて金沢に戻って来るというプランです。ところが、その600mはなかなか厳しいものがありました。何せこの雪です。JRの高架下の歩道も結構な積雪があって、金沢百番街に入るまでは円滑に歩き進めなかったのです。内灘まで行って戻ったりとか、途中で降りて散策したりとか、とてもとても!だったと思います。(ちなみにこの時の外気温は1℃でした。)

f:id:ekilog:20100516213655j:image


f:id:ekilog:20100516214224j:image

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

2010-05-14 羽咋

#2480 羽咋(2010.02.11)

七尾線で特急が停まる駅と言えば、あとはここ。羽咋です。サンダーバード36号で15:24に着き、次のはくたか21号で15:40に発つことになります。滞在時間は16分、いざ外へ! が、しかし、雪は益々激しくなり、雪慣れしてない者にとっては、歩きにくいことこの上なしです。仕方がないので、駅前ロータリーをひと回りし、足跡(来訪記念?)を付けて戻ることにしました。

f:id:ekilog:20100513231613j:image


f:id:ekilog:20100513231830j:image

寒極まる中でしたが、本場の雪を少しでも体感できたのは幸いでした。

f:id:ekilog:20100513231708j:image

さて、北陸を走る特急列車は、そのバラエティの豊富さがウリですが、それゆえ、愛称と系統を一致させるのもひと苦労。一口に683系と言っても様々で、0・2000・4000・8000の各番台があることをあとで知りました。次に乗ったこの「はくたか」は、683系8000番台になります。(雪の中を走ると、このように雪焼けする、といった見本のような...どこか痛々しい印象を受けます)

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

2010-05-11 七尾

#2478+2479 七尾(2010.02.11)

のと鉄道に乗って、七尾に到着。七にちなんでの2477番目とはならず、2478番目の駅になってしまった訳ですが、この辺のズレ方がまた乗り降り旅の一つの楽しみと言えるでしょう。(和倉温泉と違い、七尾はしっかり改札が分かれているので、数え間違えることもありません。のとが2478番目(写真右)、JRが2479番目(写真左)、と相成りました。)

f:id:ekilog:20100510232322j:image


f:id:ekilog:20100510232512j:image

七尾での滞在時間は、次の特急サンダーバード36号の発車時間までの18分ほど。雪を踏む感覚を楽しみながら、駅前の商業施設「ピアゴ」にとりあえず向かいます。程々で切り上げ、駅周辺の散策を、と思っていたのですが、地産品をベースにした弁当類がお安く売ってたので、つい物色。あえなくお時間になってしまったのでした。

f:id:ekilog:20100510232251j:image

この日、福井鉄道の旅をそこそこに早々と七尾線に乗り込んできたのには理由があります。このサンダーバードで次なる目的地へ向かい、そこでまた次の特急(はくたか21号)に乗り換える...つまり「特急のハシゴが可能」な時間帯が限られていたから、だったのです。(はくたかの次の特急は実に100分後)

f:id:ekilog:20100510232431j:image

15:05に七尾を発ち、しばらくしてから、おやつ、否、買い込んだ寿司弁当などをいただきます。雪景色を見ながらの飲食は、ちょっとした贅沢モノでした。

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

2010-05-08 和倉温泉

#2476+2477 和倉温泉(2010.02.11)

#2475の続きです。と言っても、福井を出た後は、加賀温泉でしらさぎ5号(12:25発)に乗り換え、その次は金沢サンダーバード15号に乗り換え(12:52着−13:20発)、というスピードコースにつき、ローカルな乗り降りはなく、次なる乗降駅は一気に和倉温泉ということになります。

この和倉温泉駅、昔の路線図ではJRではなかったという記憶があったので、直行する特急が走り始めてからは、いったい何線の駅なのか?というのがずっと気になってました。通算の乗降駅数では和倉温泉が2476番目、次に七尾に戻れば2477で七、と覚えやすくてよかろう、と考えていたのですが、かねてからの疑問をクリアしていなかったことがアダになります。和倉温泉は特殊でした。正に「番狂わせ」が生じたのです。

私鉄の廃線跡を歩くIII」での「のと鉄道」(七尾線)の記述によると、「1989年11月30日にJR西日本が津幡−和倉温泉間の電化と和倉温泉−輪島間の運営方式変更を運輸大臣に提出…」「1991年9月1日に(中略)JR西日本は津幡−和倉温泉間で第1種鉄道事業者、和倉温泉−輪島間で第3種事業者。のと鉄道は七尾−輪島間で第2種事業者。JR西日本の営業区間は津幡−和倉温泉間、のと鉄道は七尾−輪島間で、七尾−和倉温泉間は両社の営業区間となった。」とのこと。つまり、のと鉄道の駅でもあり、JRの駅でもあった、ということだったのです。

f:id:ekilog:20100507230208j:image

とりあえずJRの列車でやって来たので、2476番目をJR、七尾に戻るのに次に乗ったのが「のと鉄道」の車両だったので、2477番目を「のと」としました。改札が共通なので、一つの駅と見なしてもいいんでしょうけど、当「駅ログ」ではこういうケースでは分けることにしているので、ダブルカウントとしています。ご了承の程を。

f:id:ekilog:20100507230455j:image


f:id:ekilog:20100507230300j:image

14:23に着きましたが、大勢の観光客が通った後に、ゆっくり改札を出たため、外の景色を目にしたのは数分後のことでした。雪がちらつく中、多くの送迎バスとお迎えの人々が待機していたのには大いに驚き、和倉温泉の底力を見る思い。そんなお迎えにあやかれるご身分ならいいんでしょうけど、こちとら単なるフリーきっぷ客です。14:41発の七尾行きでそそくさと復路に着くのでした。

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

2010-04-14 動橋&粟津

#2466+2467 動橋&粟津(2010.02.10)

温泉街の玄関駅として名を馳せた動橋と粟津は、かつては北陸鉄道の駅があって、動橋からは片山津温泉、新動橋からは山代温泉や山中温泉、新粟津からは粟津温泉と、名湯巡りに打ってつけなネットワーク(温泉だけに「熱湯湧〜く」?)を誇っていた訳ですが、今となってはすっかり過去の話になってしまいました。

津幡に早朝に着いていたおかげで、まだまだ時間があったため、そんな過去の跡を見分すべく、まずは動橋をめざすことにしました。08:33着のところ、数分遅れの到着。こうした遅れがその後の旅程に影響を及ぼすことが時にありますが、もともと余裕を見ていたおかげで、これでもまだゆとりがありました。2つの駅の跡を見て回るにはそれなりに時間を確保する必要があるだろう、と見越していたのがよかったようです。

JR動橋駅の改札は山代線側で、片山津線側には少し離れた地下道を通る必要がありましたが、アクセスは至って良好。(この距離感からして、往年の鉄道のコンパクトさがわかります。) その曲がり具合、道幅からして、すぐに片山津線の名残は見つかり、カーブの先(のまた先)に片山津方面を望んでみるのでした。

f:id:ekilog:20100413214846j:image

廃線跡がわかりやすい一方で、その北鉄動橋駅の跡地はと言うと、これがハッキリしません。おそらくこの児童遊園?という程度。左がその公園ですが、どうなんでしょうね。(ちなみに、その動橋駅方向を撮ったのが下の写真。片山津線で言うと、合河と動橋の間になります。ご参考まで)

f:id:ekilog:20100413214934j:image


f:id:ekilog:20100413215111j:image

順番通りなら、小松〜粟津〜動橋〜なのですが、これで行くと、1駅で最低1時間は待つことになります。そこで、(#2459+2460)羽倉崎〜吉見ノ里のパターン。ロスを抑えるべく、順番を入れ替えたのでした。09:18発の金沢行きで粟津に戻り、20分ほど過ごしたら、また福井行き(09:41発)に乗る。これはなかなかのプランでした。

駅前は動橋と比べると大層賑わっていて、タクシーも何台か停まっていました。温泉以外にも那谷寺や「ゆのくにの森」へ出るにも粟津が起点になっているようで、往時ほどではないにしろ、観光拠点としての存在感は保っている、そんな印象を受けました。そんな駅前風景に対して、駅の外観はこんな感じで、こじんまりしています。あまり古さを感じませんが、「鉄道古地図旅行案内−西日本版−」(学研)によると、昭和26年改築で今に至っているそうで、「レトロ駅舎」の一つとして紹介されています。こういう情報がないとわからないものですね。

f:id:ekilog:20100413215027j:image


f:id:ekilog:20100413215145j:image

肝心の新粟津駅の跡ですが、その向きからして「これに違いない」というのはすぐにわかりました。そのまま使っている訳ではないにせよ、線路がしっかり残っているのです。ここから発車して、温泉へ...というのが偲ばれる(?) 粟津に来ることがあれば、お忘れなく。

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

2010-04-11 小松

#2465 小松(2010.02.10)

北陸本線にご縁がなかった訳ではないのですが、これまであちこちで乗り降りしている割には石川県が手薄だったのは事実で、ここ小松駅の改札を通るのも実に今回が初めて。(2010年2月10日まで、石川県の駅での乗降済みは加賀温泉と金沢のみ。津幡がやっと3番目!)

f:id:ekilog:20100410230645j:image

かつて通り過ぎていた際は、これほど立派な駅舎ではなかったと思われますが、何しろ「初小松」なので、こういうもの、として印象に残ることになります。新幹線受け入れ、準備OK!といった趣ですね。

もっと時間があれば、寺町としての小松(駅の近くでは、勝光寺や勧帰寺など)を実感する、ということもできたんでしょうけど、次なるお目当て(廃線跡探し)があったので、ごく軽く駅前を散歩するにとどめ、再びホームへ。08:23発(実際は数分遅れ)の福井行きで西へ急ぐのでした。

f:id:ekilog:20100410230821j:image

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

2010-04-08 松任&小舞子

#2463+2464 松任&小舞子(2010.02.10)

小松へ向かうにつれ、夜は明けていき、新たな乗り降り先としてめざしていた松任に着いた頃にはすっかり明るくなっていました。到着時刻は約10分遅れで、朝7時ちょっと前。降りてみて、雨がしっかり降っていることがわかり、余計に肌寒く感じたのを思い出します。

駅前は開けた感じでしたが、駅舎の方はまだ旧来の質素なタイプ。北陸新幹線が通る頃にはまた様変わりするんでしょうけど、新幹線の駅が松任にできる予定はないので、どの程度の変化になるかがまた見所になりそうですね。

f:id:ekilog:20100407225358j:image


f:id:ekilog:20100408013807j:image

次は07:11発の福井行きに乗ります。北陸フリーきっぷを持っている以上、芦原温泉までは特急に乗ることもできたのですが、先を急ぐ旅ではないので、とにかくこまごまと降り乗りすことにして、ひたすら普通列車で西へ。07:26に降り立ったのは、小舞子。往路中、日本海に最も出やすそうだったので、ここを選んだのですが...

f:id:ekilog:20100407225603j:image

雨が止む気配はなく、足場も良くない状態で、慣れない地を歩くのは難アリでした。海へ通じていそうな道は北陸自動車道で見事にブロックされ、やや回り道してようやく小舞子海水浴場に来れば、時折強く吹く風で傘はヨレヨレ。何とか漂着物の様子を撮ることができたので、切り上げましたが、コンディションが良ければ、もっと観察したかった、というのが正直なところです。(→関連記事

f:id:ekilog:20100407225932j:image

雨風ですっかり冷え冷えしてしまった訳ですが、電車に乗ればどこへやら。予定通り、07:51発の小松行きに乗り、暖まりながら終点をめざすのでした。

f:id:ekilog:20100408013923j:image

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ  

2010-04-05 津幡

#2462 津幡(2010.02.10)

北陸フリーきっぷを手に入れて、何とか寝台特急北陸号を往復で押さえて、大勢の撮り鉄の皆さんに送られながら、上野を出ました。2月9日だったので、もうすぐ2カ月が経ちます。(早かったようなそうでないような...)

思えば2月上旬の東京は寒く、北陸はさらに寒々でした。北陸号の早朝の車窓風景は、深い雪と霧雨。霧のおかげで速度が落ちているため、景色はゆっくり眺められるものの、まだ夜が明ける前で薄暗く、幻想を見ているようでした。富山発は10分遅れの05:45。霧が晴れた辺りから多少加速はしたようですが、津幡には、8分遅れの06:22着となりました。北陸号に乗る機会がもうないことを考えれば、終点の金沢まで乗ってもよかったんでしょうけど、途中駅で発車シーンを見送るのも悪くないだろうと思い、下車した次第。しっかり動画を撮って、悦に入るのでした。(首都圏での鉄道動画はYouTubeに載せていますが、北陸は圏外なので、今のところアップしておりません。)

f:id:ekilog:20100404235829j:image

津幡駅を出札するところで、フリーきっぷの「ゆき」の方はお別れ。代わりに寝台指定券の方は「乗車記念使用済」印を押してもらい、手元に残すことができました。夜明け前の駅前を少し見物して、今度は「かえり」券で改札。ここからいよいよ北陸フリーの旅が始まります。

f:id:ekilog:20100405001321j:image


f:id:ekilog:20100405001610j:image

時刻表通りなら、06:26発の小松行きに乗るところでしたが、北陸号の遅れの余波もあり、06:33発に変更になりました。一つ前の金沢行きに乗って、森本とかで降り乗りする案もなくはなかったのですが、早々にハイペースで廻るのもどうか(しかも寒いし)と考え、しばらくは普通列車に揺られることにした訳です。金沢で乗り換えなくていい、というのもポイントですね。

f:id:ekilog:20100405001142j:image

電網浮遊都市アルファポリス「blog」部門に登録しました。*週に一度のクリック、よろしくお願いします。  鉄道コム > 鉄道ブログ