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November 17(Tue), 2009

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「胡桃」と「どんぐり」:ふたつの木の実たち;


第37回西荻ブックマーク

2009年11月15日(日曜日)

平出隆×扉野良人師弟対談


座っているだけでなんとも絵になるお二人に、トークショーなんていう軽々しい言葉はどうもしっくり来ないのです。かと言って、重々しいというのでも勿論なく、ただずっとこの二人が座って話をしているのをそばで聞いていたいなあ、見ていたいなあ、というおもいが心の底から沸き上がってきたのでした。そのおもいを至極解りやすい言葉で表現するなら、やはりそれは愉しみというものだったでしょうか。


時に言葉をつぐみ、腕を組み替え、考えながらとつとつと話をされるお二人。言葉となって発せられる前の、沈黙を含めたその思索の過程を、つぶさに掬い取ってゆくかのように、目を凝らし、耳をすますという体験。お二人が書物の上でみせてくれる研ぎ澄まされた言語感覚と鋭敏な知性とが、話し言葉であっても、ひしひしと聴き手に伝わってきます。そのひそやかな声に、半ば息をひそめんばかりにして、耳を傾けることの喜びを存分に味わった贅沢な二時間でした。


前半は、扉野さんが「何でも知っているけれど、それをひけらかさない、不思議な一年生」として、平出さんや建畠さんの前に現れた頃のお話(おお、やはり凄い一年生だったのだ!)や、一緒にヨーロッパを旅行した時のエピソードなどをユーモアを交え聞かせてくださる。師弟対談というタイトルがついているけれど、「実は、先生は井上くんの方で」と、笑みを浮かべながら、平出さんが仰ることには、「これを読みなさい、という感じで本を贈ってくれる」「今まで、6, 7冊はあったかな」。


扉野さんは機会があるごとに、旅先で見つけた本などを平出さん宛に郵便で届けていたのだそうです。ヴェネチアエズラ・パウンド豆本を送ってくれたことも嬉しかったので覚えている、と平出さんは仰っていました。ああ、何て美しく素敵な関係なんだろう......!とため息ばかり。もう、本当に宝物のようにキラキラしているお話なんですもの。こんな風に人と関係を結ぶことができるのは、もちろん限られた人なのであって、お二人の慎ましさや品性に裏打ちされた人としての深い魅力があるからこそ、成立する関係なのだろうなあ、とそのことにもひどく心打たれました。わたしもこうありたい、と願ってみる、ええ、無理なのは重々承知の上で願いますけれど(笑)。質疑応答の席で、その差らしきものが予期せずにあらわになったのを目撃したこともあり、余計にしみじみそう感じてしまったのでした。


それから、平出さんが仰っていたのは、昔は作品こそがすべてで、実証主義は駄目だと思っていたが、ある時期から一度その場所に立ってみることで、その立っていることを分析し、何もないことを確認する作業が必要だと思うようになった、ということ。かつて何かがあった場所に立ち尽くすこと。行ってみて、そこには何も痕跡がなかったとしても、その何もなかったことをその事実を持ち帰って書く、というようなことを仰っていたのが、印象に残りました。読んで、歩いて、書く、ということを実地でされている方ならではの言葉だなあ、これは扉野さんにも当て嵌まることと思いますが。


来月刊行予定で、未だ執筆中(!)の平出さんの新しい小説『鳥を探しに』*1とその造本の話もたいへん興味深いものでした。1500枚もの大著だから、本の背の存在感が凄い。鳶色の紙でくるまれるはずのその本は、平出さんのおじいさまが持っておられた、フランス語で書かれた植物学に関する小さな革装の本を模しているのだそう。ページを開くと紙魚が小道をつけたような虫喰いの跡が残っており、本を購入した日付が記されていて「1931年8月21日」とある(と、読み上げてくださった)。わたしは入口付近で立って遠くから見ていたのでよく見えなかったのですが、小さな革装の本というと、1800年代半ばかそれくらいの頃に出版された本でしょうか。


おじいさまは、小学校も出ていないのに独学で五ヶ国語を操られた方(!)で、植物学や博物学に詳しく、ある時は猟師であったり、古本屋(自分の好きな本しか仕入れないからすぐに潰れてしまったという)を商いとしていたこともあったのだそうです。おじいさまが描かれたという油絵を見せていただきましたが、素朴な中にユーモラスで自由な雰囲気が画面に広がり、見ていると自然と笑みが浮かんでしまうような、ルソーや長谷川りん二郎などの絵を思い起こさせるわたしの好きな画風で、平出さんの新しい本の中でふたたび見ることが叶いますように、とそっと念じたのでした。


平出隆さんの「胡桃」と扉野良人さんの「どんぐり」。

これからもこのふたつのひときわつやつやと輝く木の実を永く永く見つめてゆきたいなあと思うのです。


うちへ帰って、ふと、平出隆『胡桃の戦意のために』(思潮社、1982年)の奥付を見てみると、「発行日・1982年11月15日 第1刷」とあるのを見つけたのでした。