2009-02-27
■[経済学]なぜ日本人はたくさん働くのか? 
海外にいる日本人でかつ経済学を研究していると、周りの人から「日本経済の専門家」とみなされます。そのなかでもよく聞かれるのが、「なぜ日本人はカロウシするまで働くのか?」っていうこと。その疑問に対する答えらしきものが思いついたので、書いておきます。簡単に結論から書くと、日本はクビになったときのペナルティが高いから、会社に服従するしかなくて、労働時間が延びる、ということです。
このアイディアは野村正寛 雇用不安 (岩波新書)を読んでいるときに思いつきました。この本そのものはあまりクリアな議論が行われているわけではないです。でも、部分で引用される日本の労働経済学の議論やデータは有益だと思います。
日本の労働市場は二重構造だ。
石川および出島による80年および90年のデータを使った実証分析では、日本の労働市場は第一次労働市場と第二次労働市場に分かれていると判定されました。
- 第一次労働市場: 高賃金であり、教育訓練の機会が多く、雇用や賃金もきちんとした規則や慣行で定められる。
- 第二次労働市場:低賃金であり、教育訓練の機会が少なく、雇用が不安定で、教育や訓練を受けても報酬はわずかしか増えない。
僕の理解では、スキルが必要な複雑な仕事を行うのが第一次労働市場で、比較的単純な作業を行うのが第二次労働市場です。この違いのポイントは、第二次労働市場では「教育や訓練を受けても報酬はわずかしか増えない。」という点です。スキルを持った人が第一次市場から第二次市場に移ると、給与は低下します。これは第二労働市場が第一労働市場にくらべて差別されているからじゃなくて、第二労働市場では積み重ねてきた教育やスキルを有効に活用できないことに由来します。
博士号を持っている人がコンビニでレジ打ちしても、たぶん高校生のバイトのときと売り上げは変わりません。だから、同じ賃金を払うのが合理的です。でも、金融機関で高度なデータ分析を行う場合は、生産性に大きな差が生じるので、博士号を持っている人のほうが高い給与を支払われるでしょう。だから、博士号を持っている人が金融機関からコンビニに移ったら、給与は低下します。
大企業は、第二次労働市場への追放という脅しで、社員を長期間労働に従事させることができる
第一次労働市場でいったん失業したら、第二次労働市場に行かざるを得なくて、給与が大幅に下がると仮定します。この場合は、企業が長時間のサービス残業を求めたら、行わざるをえません。クビになったらサービス残業より困ったことが起こるわけですから。給与が高い銀行員は不正を行わない、っていう効率賃金仮説と同じロジックです。
なんでクビになった優秀な人を他の大企業は採用しないの?
優秀な人が企業から無茶な要求されたら、第一次労働市場内でライバルに移ればいいじゃないかと思うかもしれません。でも、「他社をクビになった人は中途採用しない」という戦略がナッシュ均衡になる可能性はあります。たとえば、労働者の能力の一部は長期間の関係でしか観察できないとしましょう。(たとえば、ある人は五年に一回不正を犯すとか。)この場合、他社をクビになったというのは観察できない能力が低いということのシグナルなので、その企業は採用しません。もし、辞めた理由が単に「社長の娘との縁談を蹴った」だったとしても、彼は観察できない能力が低くないということを証明できないので、やっぱり他社に移動できません。
労働経済学は畑違いなので、僕のストーリーが正しいかどうかは知りません。とりあえず世間話を切り抜けるには十分なほど理屈は通っているとは思うし、直感にも合うから、僕は満足です。よく考えると、なぜ日本の企業は二重構造なのかとか、現代でも日本人は働きすぎなのかとか、いろいろ疑問はわいてきますが。
補足その1
僕は、高度成長からバブル期までを念頭に置きながらこの記事を書いています。使っているデータもそうだし、現在の結果については上の段落で保留しています。エコノミックアニマルとか、モーレツ社員とか、終身雇用といった言葉が死語でなかった時期です。
それ以降は中途採用のスティグマはだんだん減っていったのではないかと思います。不景気でリストラが普通になれば、解雇のペナルティは減ります。山一の廃業によって職を失ったストラテジストの田中さんは、別に観察できない能力とは関係ない話ですよね。
補足その2
この記事ではできるだけ日本人の性質から何かを導くことを避けています。日本はXX社会だから、こういう特別な人間関係があって、云々、ってやつ。それにはいくつか理由があります。
- 経済学者がそういう議論をして、まともな記事が書けるはずがありません。
- そういう議論には反証可能性がありません。データから正しいとも間違っているともいえない。あまり建設的な議論になりそうにない。
- 日本はXX社会だから、っていうのはどこにもいけない議論です。それを受け入れると、日本人である以上働きすぎなのはやむをえないっていう結論が導き出せますが、それってつまらないし、政策的に使えないし、なんか悔しい。
- しろうと社会学ですが、社会の圧力とか空気云々っていうのは信じていません。世のお父さんお母さんが長時間労働を受け入れたのは、これは家族のため、マイホームのため、子供の学費のため、と思って頑張ったからじゃないの?「断ると気まずいから」で死ぬまで働ける?それに、なんとなくで嫌なことを強制する職場はやめればいいじゃないか。
- これまたしろうと社会学ですが、なんとなく長時間労働を強制する職場の空気、というものは、長時間労働が当たり前だから発生したもので、空気がまずあってそのあと長時間労働が発生するのではないと思う。因果関係が逆。空気がいったんできてしまったら、長時間労働を維持する働きはするとおもう。
リファレンスがあると
>、労働者の能力の一部は長期間の関係でしか観察できない
は解消されるのでは?
不思議なのは積極的に転職者を取っているような日本の企業でもこの「リファレンス」行為をあんまり行っていないことです。単純に過渡期なのか、互いに情報を出さず転職市場を冷えさせることで圧力をかける等の戦略なのかもしれませんが。謎です。
リファレンスはいいしくみですよね。日本の保証人制度よりずっといい。普及していないのは、単純に過渡期なのかなあと思います。
>互いに情報を出さず転職市場を冷えさせることで圧力をかける
考えすぎなような・・・。ちょっと乗ってみると、一方的に情報を出すことで転職市場での評判を高めることができるので、「転職市場を冷えさせる」という均衡を維持するのは難しいように思います。
リファレンス、やってましたよ。電話に出た人にもよりますが、いろいろ教えてくれます。
たしかに海外ほど盛んじゃないかもしれませんが、たんに転職市場自体が海外よりも少ないからだと思います。
「日本はクビになったときのペナルティが高いから、会社に服従するしかなくて、労働時間が延びる」
まったくそのとおりだと思います。ベンチャー企業が少しずつ状況を変えていってますが、文化を変えるにはまだまだ時間がかかりそうですね。
と他人事のように漠然と思った。
クビになった時のリスクを上げ、一人一人の潜在的な質を高め怠け者を出さない構造。最近は個人思想を尊重する流れが強いが、企業と云う大規模な共同体としては従順であればあるほど安定する。
責任感の過剰な強さがカロウシを生み出しているのは問題だが、それが日本製品への信頼性と結びついているのかもしれない。
自分の存在意義を仕事に求めようとする人が多いのではないでしょうか。
みなさんの会社にもいませんか? なぜ、そんなに仕事が好きなんだろうと思えるような人が。
終身雇用のような文化では、会社を生活の基準としたようなところがあるかも知れません。
・「社宅」では安い費用で入居できますが、働く本人のみならず家族も会社文化に取り込まれてしまいます。例えば、同僚が先に出世した。誰かは会社で悪いうわさがある。
・退職では、会社に積み立てているお金を退職金として受け取ることができます。定年時(満期)にはこの額は多いかもしれません。しかし、途中退社だと退職金は多くないかもしれません。
・途中退社の理由が分からないときは、雇う判断が難しいかもしれません。こういうときは能力よりも人間性で問題が無いか詮索されるかもしれません。
・周りの会社も終身雇用。なので、受け皿の枠は多くないでしょう。引き抜いた社員の多い会社は注目されるでしょう。
現在は、終身雇用が崩れて、以前の社員が以前の会社で派遣社員として働いているケースなどがあります。また、転職する人も増えているので、以前の社会より企業に対する忠誠心は減って外との接点も持つようになってきているとは思います。
企業は、正規雇用をできるだけ減らして、派遣社員でいかに事業を回すかというスタンスに変わってきていると思います。その代わり良い派遣社員やパートには居てもらいたいので、準社員的な待遇を取り入れているような所もあるようです。
やはり、正社員と派遣社員では待遇の違いなどから互いに牽制し合っているような場所もあるようです。
正社員の方が法律や保障の点で守られて点では変わりませんが、かといって終身雇用が崩れたから決算に合わして報酬を多くするとかいう話にはなっていないような気はします。
派遣社員やアルバイへの費用は時間換算だけど正社員は月給換算なので、会社として使役しやすいのは正社員です。
その点、アメリカには定年退職金制度はありませんから(類似のものとしては企業年金がありますが)契約年俸も高く設定でき、転職も活性化し、リファレンスが必要になる、ということではないかと考えます。
労働者への保障のための資金と、経営のための内部留保は、分けられるべきだと思っています。
しかし、バブルなどによって会社自体の存続が危ぶまれている現在では、労働者への保障を会社が全うできているとは言い難いように思えもします。
会社の永続が現実的でないならば、収益に応じて労働者により多く賃金を配分するような按配に変わるべきだとは思います。もちろん企業内での再分配は単なる売り上げとかで賃金は決められないでしょう。収入が多くなった分の幾分かは税金も上がるでしょうが、健康保険や生活保護を国や自治体がむしろ厚くするように。
労働者がより貯蓄計画を自分で行いやすいようにするというのが自分の中の基本的な考えです。
それは、ある仕事が1人割り振られると他の人に引き継げないような進め方になっていれば、問題はそこにもあります。これは病気になっても休めない。赤ん坊が熱を出すと休まなければしかたない。そもそも大掛かりな仕事をある1人しか把握していないから分担したり交代できないという問題のもとです。
普段から、仕事がひと段落したら資料化する・別の人に継承できるようにしておく・属人化させないという文化になることです。
これには、より多くの働き方ができるような会社になることも必要になります。
もっとも、アメリカの方がノウハウが他人に伝播し難いという風なことも聞いたことがありますが。
定年で多くの方が去った後、それでも残っている高齢の幹部の方が抜けた後、さらに調整がしやすくなるように正規・非正規の間が曖昧になる気がします。もっとも、法や政治がある程度は規制するでしょうけれど。
とりあえずこういう置き方をするとちょっと論が違ってくるかもしれません。私もシロートなので適当に書いてますケド。
前提を労働者は働かされていると置いてますが、日本の会社員は、かつてはそうは考えていませんでした。「俺がいなきゃだめだ」と思う訳です。なので、インセンティブ/ペナルティーシステムをアメリカから輸入するとコンフリクトするかモラールを毀損することが多いです。会社にいるからといって、仕事しているとは限らないんです。会社で飲みに行くというのもアメリカ人には説明が難しいですよね。多分ぬけがけを防ぐために相互監視しているのだと思います。この傍証として「みんな早く帰るんだよ」というと(特に外資系の会社なんか顕著ですが)だらだらと居座ることは少なくなります。でもリストラの噂が流れたりすると、固まって昼ご飯を食べに行くグループができたりもするようです。
また、いくつかのバラバラな要因が結びつくとちょっと不幸な結果を招く場合があります。
1) 日本は外交と軍事攻撃の両方が進んでいる。日本は曖昧さのある外交が苦手で、ついつい軍事攻撃を続けているうちに引っ込みがつかなくなってしまう。
2) 軍司令部はこの過程で内部の結束に気を取られ、不利な状況で手柄を立てようと勇猛な戦いに打って出る。そのたびに失敗するが、仲間をかばうので失敗を反省しない。その結果ますます戦況が悪化する。
3) 軍司令部はついに「特攻隊」のような作戦を思いつく。特攻隊のインセンティブはお金じゃなくて靖国神社なのだが、実は司令部は「仲間」を特攻隊には送っていない。予科練の人たちなどが多かったといいます。軍司令部と予科練は、気持ち的には非対称です。一方は天皇まで含めたシステムを家族だと思っているが、司令部は捨て駒のようにしか考えていなかった。
最後にロシアと日本は自殺大国です。両方とも気持ち的に追いつめられやすいのですが、企業の為に死ぬ、死なないの違いがあるようです。
実務家の方にそのとおりとおっしゃっていただくと安心します。所詮僕は高度経済を生で知らない学生なので。
ベンチャー企業は新卒なんて贅沢をいってられないので、たしかに状況を変えますね。高度成長のころはなかったのだろうか。
マサさん
日本の人口は先進国の中で第二位です。ヨーロッパには日本の1/10も人口がない国がたくさんあります。
長い労働時間は製品の質という意味では貢献していそうですね。
ハリマさん
仕事が好きで長時間労働をする人はいると思うんですよ。どこの国にも。そのなかで、日本人が長時間労働する人が多い、っていうのは、日本人が特別仕事好きだから(これはもちろん論理的にありえる話です)、以外になにか理由がないかなと思います。
オ・ウェルさん、matunojiさん
おっしゃるとおり、中途退職へのペナルティとしての退職金制度は大切でしょうね。後から見るとうまくできていますが、当時の経営者たちはよく思いついたなぁと思います。
uさん
確かに労働節約的な技術進歩が起こり続けると、労働環境は悪化する可能性はありますね。でも、日本人は働きすぎ、ってのは高度成長から今まで言われ続けている話で、その間日本だけ労働の需給がずっと悪かった、っていうのはもう一歩踏み込んで何か理由が必要な気はします。技術進歩が起こったのは日本だけではないので。
webeesさん
>インセンティブ/ペナルティーシステムをアメリカから輸入するとコンフリクトするかモラールを毀損することが多いです。
そうなんですよね。システム全体としては他のある国のほうがうまく動いているとしても、細部に気を払わずに表面だけ受け入れるとかえって悪い結果をもたらすことも多いです。
恋人を除けば、自分の交友関係が会社関係だけ、という人は結構いると思う。
会社に長くいればいるほど、その人間関係は深くなる。
逆に会社以外の人間関係は希薄になる。
若い人のほうがそういう傾向はある。趣味はゴルフとスキーで、いつも会社の人と遊びに行っているとか。
転職すると、交友関係が変わってその会社の人になる。前の会社の少しの親密な友人とは、たまに会う感じ。
なので、会社で仕事をする=仲間と一緒にある時間を共有している感覚。仕事が終わると、上司や同僚と飲みに行って、そこでも上司が部下のケアをする。ずっと会社。
言われますね。
たぶん「国民性」の問題が、プライドや自己主張よりも「組織」に順ずることをよしとしているのではないか?
感覚値ですが。
あと最近は個人情報保護法の第三者提供に該当したりも。
>シグナルなので、その企業は採用しません。
でも観察できない能力が(あったとしても)露呈する前に転職はできるはずでしょ?
第二次労働市場への追放という脅しなどに屈せずにとっとと転職すりゃいいわけで。
何もクビになるまでしがみつく必要も義務もない。
また、個人的な感触では、個人に依存した仕事の仕方をしている人は、転職の意思が確認された場合、責任ある仕事を任せられないし、現に抱えている重要案件は他者にいつでも移管できるようにしていくわけで、そういう意味で転職の意思をオープンにしずらい情況にあると思います。また、プロジェクトX的な勲章を欲しい人というのは、それなりにたくさんいます。そういう人は、特に転職の意思表明がしずらいでしょうね。逆に、プロジェクトから外されたなんてのが転職の契機になるわけです。
こういう経済学的解釈は大変面白いですね。僕は大好きです。
そうそう。「家庭の方が辛い事が多いので、会社から帰りたくない」という人もいるかも知れませんよw
>特に転職の意思表明がしずらいでしょうね。
転職の意思なんて表明しませんよ。休暇を取るなどして面接に行き、内定が出て転職を決めた段階で初めて発表->そのまま転職。
日本製品の高品質はボトム・アップで成り立っていると思います。
カンバン方式, 改善運動などです。
これを欧米が研究して、リーン開発手法やシックス・シグマ、制約条件の理論やスループット会計などの発展があったと思います。
更に組織全体としては、CMMIやプロジェクト・マネージメント知識体系など、仕事の段取り(プロセス)や協調関係への取り組みとして発展していっています。
現在の日本では組織全体や他社との協調関係での開発では、世界に遅れている面も出てきているようにも思えます。
パナソニック, ソニー, ホンダなど元は町工場でした。現場を知っている経営者がいるうちはある程度トップ・ダウンでも制御できるでしょうが、そうでなくなると全社的な品質への取り組みがプロセス化しにくくなるようなこともあるのかもしれません。また、1990年代のバブル崩壊以前は強固だった大企業と下請けという系列という関係も崩れてきています。これによって部品の選定にも競争原理が持ち込まれ、部品の確保や品質の低下も懸念されます。
このようなことにも、日本でのリコール問題や壊れやすい製品というようなことにつながっているようにも思えます。
もっとも、競争や技術革新のスピードの激化で、機能は増えているのに製品の開発期間は短くなっているということもあります。
エコノミックアニマルは
パキスタンのブット氏が、アジアアフリカ会議の場で経済大国となった日本を褒める意味で用いた。
http://m-words.jp/w/E382A8E382B3E3838EE3839FE38383E382AFE382A2E3838BE3839EE383AB.html
他、「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史 (新潮新書) (新書)
>うろ覚えですが、日本よりアメリカのほうが年間労働時間は長かったような……。
確か、日本以外の国はパートタイム労働者を除いた正社員で、日本はパートタイム労働者を含めた全体での比較だったかと。
また、日本では表にでないサービス残業が相当時間存在すると考えられます。
データの話は大切なので別レス。
僕もどこかで平均労働時間がアメリカを下回ったというニュースを読んだ気がします。でも、Watermanさんがおっしゃるように、この解釈には注意が必要だと思います。
1.世界で働きすぎの国といえばアメリカと日本なので、アメリカを下回ったからといって安心してよいのか。それでも世界標準よりずっと働きすぎかも。
2.僕のストーリーは基本的に正社員にしか当てはまらない話で、平均労働時間との関係は不明確です。特に、フリーターなどの非正規労働が増加すると、正社員の平均労働時間が同じでも、日本全体の平均労働時間は低下する可能性があります。これはデータしだいです。
データをちょっと見た限りでは、僕のストーリーとあからさまに矛盾する動きはしていないけど、ストーリーをサポートする、とまではいえない感じです。景気変動の影響を取り除くのが大変そう。政府のウェブサイトに乗っているデータよりもうちょっと上質なデータがないと強い結論は出せそうにないです。
僕もアメリカに着てまで人間関係は大学関係だけだったりします。友達は質量ともにべつにこれ以上はいらない。アメリカ人がfacebookに数百人友達を並べているのを見ると、なんかすごいなぁと思いますが。
takanekido2hunさん
日本人の評判そんなに悪くないですよ。ていうか、どんな国の人もそこまで悪くはいわれないと思う・・・。そういう主観的にネガティブな表現は差別表現に聞こえるので、良識ある人は控えます。
otuneさん、Marseille07さん、通行人さん
アメリカでは(ていって一般化するのは不適当なほど大きな国ですが)、リファレンスしてもらいたい人を応募者が指定します。前職の直属の上司と仲が悪かったら、当然彼は指定されないわけで、ある程度応募者に有利なようになっています。もちろん、「誰をリファレンスとして指定するか」というのは応募者の属性のシグナルなので、誰でもいいってわけではありませんが。
Marseille07さん
>でも観察できない能力が(あったとしても)露呈する前に転職はできるはずでしょ?
露呈したかにかかわらず転職ができない、っていうのが僕のストーリーの要です。転職を繰り返すことそれ自体もシグナルになります。もちろん例外もたくさんあるでしょう。
オ・ウェルさん
エコノミックアニマルってほめ言葉だったんですか。確かに西欧・アメリカ以外だと特に悪い響きはないかもしれませんね。
通行人さん
同じものでも見方が変わるだけで、扱いが変わることはよくありますよね。行動ファイナンスでも、メンタル・アカウントとか言ったりします。企業ではメンタルなだけでなく、会計制度の裏づけがつきそうですね。
よくわからない。露呈してクビにならないストーリーなら「なんでクビになった優秀な人を他の大企業は採用しないの?」
という命題の説明が全くなされていないのですが。
どこで議論がかみ合っていないかわからないので的外れかもしれませんが、説明を書いてみました。
いくつかの企業からなる経済を考えます。その経済では企業の評判は終身雇用という約束を守れるかに依存するので、企業はめったなことでは社員を解雇しません。この社会では、「解雇された」ということが「大きな欠点を企業が見つけた」ということを意味します。したがって、他の企業は解雇された人を中途採用しません。
ここで、まったく瑕疵がないのにたまたま上司との折り合いが悪くて解雇されてしまった人を考えます。終身雇用経済では、そういう人は稀にしかいません。つまり、中途採用を希望する人のうち、大きな欠点を見つかって解雇された人のほうが、能力に問題がない人よりずっと多いわけです。だから、企業は中途採用でいい人を見逃すリスクより、大きな欠点をもつ人を採用してしまうリスクを重視して、やっぱり中途採用そのものを行いません。
もちろん、「中途採用そのものを行わない」という均衡以外の均衡が存在する可能性はあって、どの均衡が実現するかは、たまたま解雇の確率、終身雇用という約束を守ることの企業の利益、大きな欠点をもつ社員を採用してしまった際のコスト、新卒採用を教育する手間、などに依存します。
これをふまえて、Marseille07のおっしゃる例を検討します。
単純化のために、欠点はきっかり5年後に露呈すると仮定しましょう。この場合、3年で転職市場に出る人は、欠点が見つかってクビになった可能性はゼロです。でも、みんなが「めったなことでは職場を変えない」と思って働いているのに、3年で転職市場に出てくる人は「自分の欠点が露呈するのを恐れて早めに転職市場に出てきた」とみなされます。自分で「私は長期雇用に耐えられない」というシグナルを送っているので、やっぱり他の企業には採用されません。
>でも、みんなが「めったなことでは職場を変えない」と思って
>働いているのに、3年で転職市場に出てくる人は「自分の欠点
>が露呈するのを恐れて早めに転職市場に出てきた」とみなされます。
「欠点が露呈するのを恐れて早めに出てきた」とみなす事が転職の抑止力になっているというご意見ですね。一昔前の日本のストーリーとしては的を得ていると思います。
「労働者の能力の一部は長期間の関係でしか観察できない」この仮定が崩れつつある過渡期だと認識しています。リファレンスのほかにも、職務経歴書やポートフォリオといった、実績を客観的に証明するスキル、ツールの充実によって、徐々にこの仮定は崩れると思います。雇用流動性の観点から、そうなるのが望ましいと考えます。
おっしゃるとおり、今は過渡期なのでしょうね。
働いているふりということですね。