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elm200 の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2008-11-09

[]水村美苗「日本語が亡びるとき」


水村美苗は、フランス文学が専門の学者なのに、文体を真似て書いた「続明暗」は、素人目にはどうも見ても夏目漱石本人が書いたとしか思えないすばらしい出来栄えで、私は強い衝撃を受けたことを覚えている。イェール大学大学院仏文科博士課程修了の経歴から推測すれば、英語とフランス語にはきわめて堪能であると考えられる。彼女の言語センスからすれば、おそらくはネイティブスピーカー以上の実力があるだろう。

その水村美苗が新作のエッセイを出版した。題名は「日本語が亡びるとき」。
私は、ベトナムにいるからまだ読んでいないが、梅田望夫が手放しで絶賛している。

水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思う。

一言だけいえば、これから私たちは「英語の世紀」を生きる。ビジネス上英語が必要だからとかそういうレベルの話ではない。英語がかつてのラテン語のように、「書き言葉」として人類の叡智を集積・蓄積していく「普遍語」になる時代を私たちはこれから生きるのだ、と水村は喝破する。そして、そういう時代の英語以外の言葉の未来、日本語の未来、日本人の未来、言語という観点からのインターネットの意味、日本語教育英語教育の在り方について、本書で思考を続けていく。


梅田望夫は、長くアメリカカリフォルニア州シリコンバレーでビジネスコンサルタントとして活躍してきた人物だ。本人は、英語は決して得意ではないと言っているが、英語がこの世界で果たしている役割には、十二分に自覚があるはずだ。長く海外に住んで、仕事をしていれば、英語がどのように人々に受け入れられているか、考えずにはすまないからだ。私は、カナダに4年、韓国中国に半年ずつ、そしていまはベトナムに滞在しているので、英語については複雑な思いがある。それゆえ、梅田望夫の言うことも、まだ読んではいないが、水村美苗が日本語に持つ危機意識も理解できるような気がする。

私は、ベトナムに来て、若い人たちがみなごく自然に英語を話すのに驚いた。残念ながら、発音はかなり訛りが強いのだが、書く文章は実に立派である。ベトナムでは、90年代半ばから、小学校から英語を教えるようになったそうだ。大学でも授業を進めるには英語の資料が必要だろうし、卒業後も給料のよい外資系企業で働くためには英語の技能が必須であろう。そのため、ベトナムの若い人たちは英語を熱心に学び、実際に実用レベルまで上達する。(ベトナム人が英語が上手いもう一つの理由としては、ベトナム語がアルファベットで書かれていること、語順が英語に似ているというのも助けにはなっていると思う)

インド系の IT 企業で働いていたときも、当然ながら、インド人のエンジニアたちは英語が堪能であった。話す言葉は訛りが強かったが、書く文章はアメリカ人と変わらないレベルの人たちも多かった。インドでは、すでに知識人たちが自分たちの母国語(ヒンディ語テルグ語ベンガル語タミル語等)で文章を書かなくなりつつあるのが、大きな問題になっているそうだ。インド人の場合、英語で書くことによって、国際市場で自分の本が売れるだけでなく、インド国内で、他の母国語を持つインド人に情報を伝達するにも、英語が一番効率的だからだ。

ヨーロッパ人やラテンアメリカ人たちは、最近は自分の母国語と同時に英語でも歌を歌う。見た目は白人で、アメリカ人と区別がつかない彼らが流暢な英語で歌を歌えば、世界的な大ヒットになることも多い。自分の世界市場にアクセスできるというのは、特に小国出身のアーティストにとっては、大きな魅力だろう。

ベトナムやインドでは、私の知る限り、コンピュータはすべて英語版の OS を使っている。ヒンディ語版やベトナム語版の Windows なんて見たことがない。

インド、ベトナム、スウェーデンアイルランド・・・こうした国々では、すでにずっと昔から水村美苗のような知識人がどうやって自分たちの言語を守るべきかという真剣な議論をしてきただろう。なぜなら、母国語だけではすでに経済がなりたたなくなりつつあるから。

一方、日本はどうか。

日本人は、非常に外国語が苦手な民族なのは間違いない。東京で、通りすがりの外国人に平然と英語で道順を教えることができる日本人がどれほどいるだろうか。今日会ったフランス人は「今年、東京を訪れたが、日本人に道を英語でたずねるとみんな逃げていくので困った」とこぼしていた。

いままで、日本では、英語が話せなくても生きるうえで何の支障もなかった。大学教育も日本語だけで完全に行える。日本語のソフトウェアも充実している。無理に外資系企業に行かなくても、よい待遇の日本企業はいくらでもある。

思うに、日本では、英語はできたらいいな、という程度の憧れの対象であり、それが話せなければ、今日飯が食えないという必需品ではないのである。だから、日本の英語学校の広告はどこかチャラチャラしているのである。まるで海外旅行の延長みたいである。

上の梅田望夫のエントリに対するはてなブックマークが興味深い。

  • ラテン語を中南米の言葉だと思っている人がいっぱいいる国に英語を普及させるなんて夢の夢。植民地にされたら別かもしれないが
  • アメリカが没落しても英語の優位が続くかどうか。日本国が続く限りは、日本語が亡びることはないだろう。
  • こういうの100年くらい前からいわれてるよねwww
  • 英語と日本語を日常的に使用していることを前提に書評が進められている感じがする。日常的に日本語のみしか使ってない人にとっては「心の叫び」は届かないのでは

この手のコメントがずらりと並んでいる。梅田望夫は、率直な物言いのためにある種のアンチをひきつけてしまうことを差し引いても、なんとまあ、能天気なことか。断言してもいいが、海外で生活したり、日本で日常的に外国人と接触を持ったことのある人たちではないだろう。

私は別に彼らを批判しているわけではない。むしろ、母国語だけで生活できたということは、非常に幸福なことだったのだ。こういう人たちを守り育むことができた日本という国の懐の深さに感動さえ覚える。

しかし、30年後はどうだろうか?
50年後は?

おそらくは水村美苗の懸念はますます現実化していくだろう。そのための準備はいまから始めるべきということなのかもしれないが、日本の一般大衆が事態を飲み込むのにはもうしばらく時間が要ることだろう。出版が早すぎた本。おそらく30年後の人々がその先見の明に驚くような、そういう種類の書ではないかと想像する。

NatchezNatchez 2008/11/10 02:25 <母国語だけで生活できたということは、非常に幸福なことだったのだ。こういう人たちを守り育むことができた日本という国の懐の深さに感動さえ覚える。
アイヌ語の歴史を思えば、この感動というのもあまりに能天気なものではないでしょうか。母国語というか母語だけでは生活することのかなわなかった人々が確かにこの国には存在していたのです。

lakehilllakehill 2008/11/10 03:34 >イェール大学大学院仏文科博士課程修了の経歴から推測すれば、英語とフランス語にはきわめて堪能であると考えられる。彼女の言語センスからすれば、おそらくはネイティブスピーカー以上の実力があるだろう。

いや、そういう実力がないから英語で小説を書けずに、日本語で小説を書いているわけで。
博士号は専門的な知識や学問的な素養があれば、英語が少々"下手"(下手といってもネイティブスピーカーと比べてという意味で、普通の日本人よりも英語がうまくないと当然大学院すら入れない)でも取得できるわけで。

英語が母国語じゃない人が商業出版にのるレベルの小説を書くのは、そうとうハードルが高いわけで。博士号を取るより大変じゃないかと。

もちろん、水村さんは英語が堪能だと思いますよ。ただし、英語で小説が書けるかとなると話が違ってくるわけで。
ジョゼフ・コンラッドみたいな例もありますけど、母国語以外で小説を書くとなると語学が堪能な人でも難しいのではないかと

kennkenn 2008/11/10 06:41 上の人、あなた本よんでないでしょ。なぜ水村さんが「英語が大嫌いで逃げ回るようにして暮らした」のか、なぜフランス語を学ぼうと思ったのか、なぜ苦しみながら日本語で小説を書いているのか。この本を読んでいれば「ある言語が堪能」で「外国語で小説を書く」とかそういう浅い次元での議論でなく、膨大な教養に裏付けられた文明論なのだということがわかるはずです。話にならない。とにかく読んでください。

lakehilllakehill 2008/11/10 13:24 >Kennさん

私は別におかしなことは書いてないですよ。
まあ、この話は著者の水村美苗さんが『私小説 from left to right』の主人公の"美苗"と同じように考えているという前提に立っての話ですが。

以下引用
ーーーーー引用開始ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

- 小説みたいなものを書きたい。
 - 小説?Jesus.

(中略)

 - 小説って英語で?日本語で?
 I want to be a novelist. Oh yes? Are you going to write in English or Japanese? こういう会話は幾度か英語ではくりかえしたことがあったが、奈苗に同じ質問をされるとは思わなかった。
 - もちろん日本語でよ。
 - だってあなた、日本語なんて書けるの?
  High School に行っていたころ、私が小説家になりたいというのを聞きとがめた母は、あんたみたいに日本語を知らなくってそんなの無理ですよ、と決めつけた。妙な日本語を使うと父や母に嗤われたが、あれは異国に娘を連れてきた親としては、不当である以前に不条理な反応ではなかっただろうか。
 父と母のほかに日本語を与えてくれたのは日本語の本だけであった。
 奈苗は早口で続けた。
 - そりゃあなたが日本が好きなのは分かるわよ。Boy, that's been your passion... or rather, your obession for, oh, I don't know how many years. Japanese this and Japanese that and I never hear the end of it.だけど日本語で書くとなると、話は別じゃない。
- 英語なんてもっと書けないもの。
 - そおお?
  納得しないのを声に出している。
 - フランス語ばっかり書いてたんだし。
 - ふうん。
  奈苗は一寸間を置くと言った。
 - でも、あたしはあなたの書く英語うまいと思うけど。
 私をほめるとき特有の真面目な声である。

 (中略)

 - だってあれは論文の英語じゃない。
 - So?
 - 論文と小説とは違うもの。論文に必要な言葉なんか限られているもの、なにしろ母国語は日本語なんだから、と私は答えた。
 - What about Conrad, Nabokov?
Naipaul, Rushdie と私は頭の中でリストを続けてから言った。Conradは例外中の例外であり、母国語はほかにありながら英語で書いている作家のほとんどは、小さい頃英語を読んで育ったのだと。そしてため息をついた。
- あたしは日本語ばかり読んでたもの。
姉も一寸黙ってから、同じようにため息をついた。
- まあ、たしかに、あなたっていつも日本語で小説ばかり読んでいたわよね。
ーーーーーー引用終了ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
水村美苗『私小説 from left to right』新潮文庫版p111〜p113 より

実際、私が上のコメント欄で書いたことは、水村さんも『私小説』なかで書いてますが。

あと、
ーーーーー引用開始ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本の子供たちは日本の子供の本を読むと思っていた。
それを聞いた私は、Yeah,that's the thing. That is the thing! - そうよ、そうなのよ、それなのよと、急に興奮して、いかに英語という言語が世界を制覇しつつあるかを話し始めた。丁度そのころ "自分の来し方についての後悔の念に襲われるようになった”のだった。私は言った。言葉というものは国連の前に並んだ万国旗のように、英語があり日本語があるというわけではない。あの国連の前に並んだ万国旗が国と国との間の力関係を隠蔽するのと同様、万国旗のようにさまざまな言葉が世に並列していると思うのは言葉と言葉との力関係を隠蔽することでしかない。どんなにSarahと私の文学趣味が似ていようと、私たちがそれぞれ英語と日本語とで書こうとしているかぎり、作家としては同じ力をもちえない。英語で書くこということは、世界中の言語に翻訳されるということであり、それ以前に、そのまま世界中の人に読まれるということなのである。なにしろ英語で書くということは他の言葉で書くのとは比べようもにほど特権的なことなのよ、と私は結論づけた。
ーーーーー引用終了ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同上p370〜p371 より" "による強調は引用者による。

ーーーーー引用開始ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(前略)今や時代は多文化主義というなみにのまれ、The Tale of Genjiと訳された『源氏物語』も、文学入門コースの必読書のひとつとして教えられるようになった。日本の近代小説の誕生が牛鍋と連動していたように、アメリカでThe Tale of Genjiが必読書になるのはお米が市民権を得たのと連動していた
- ところが、ところが、「西洋の没落」は、英語という言語の没落には通じなかったのである。それどころか、英語は西洋という場所からも、西洋人という人間からも解き放たれ、解き放たれることによってまさに世界の言葉となったのであった。
いつごろからのことだろうか - "いつごろからのことだかもう今となっては思い出せない。それが取り返しがつかなくなってから、遅すぎてからのことだったのだけは確かだった。いつごろからか、私は後悔に似たものにとらわれるようになったのである。日本に焦がれ、いや、日本語に焦がれて生きてきただけの私は、ひょっとしてとんでもなく愚かしい道を選んでしまったのかもしれない......"

ーーーーーー引用終了ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同上 p 363〜p364 より" "による強調は引用者による。

ーーーーー引用開始ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
- 後悔するとすれば、英語でものを書こうと思わずにきたことだと思う。
 私は自分の本当の後悔を奈苗に告げた。それは私にしては珍しい、素直な告白であった。
 - ふうん......。You know you can still try.
- だめよ。
- You can at least give it a chance.
- だめよ、もう日本語で書くつもりできちゃったから。何がなんでも日本人であろうと思って生きてきたせいであった。
 私は自分の愚かしさを今一度反芻した。

ーーーーー引用終了ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同上 p439 〜p440 より

これらの引用から、分かるように英語に背を向けて日本語の世界に没頭するしたことに少なからず後悔しているようで....
あと、このころから『日本語が亡びるとき』につながる問題意識を持っていたということが上記の引用からお分かりいただけると思います。

ついでに、
ーーーーー引用開始ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
だって文学などいうものは、つきつめれば、今ここに見えないものへあこがれる心の深さで書くものなのではないだろうか。あこがれる心の深さだけなら、私は山を動かすくらい持ち合わせていうように思えた。
ーーーーー引用終了ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同上 p118より

明治期や大正期に書かれた小説の中の「美しい日本」や日本語へのあこがれがあるからこそ、水村さんは日本語で小説を書いているのでしょう。

まあ、以上の話は水村美苗さんと『私小説』の中の美苗さんが同じように考えているという前提での話で、違うというのなら当然私が書いたことは的はずれですが.....

酒井さん。長々いっぱい引用してすいません。うざいのなら消してもらってもかまいません。ではでは。

通りすがり通りすがり 2008/11/10 14:46 昔から、医学の分野などでは、専門書は英語(もしくはドイツ語)です。
おそらく50年後、日本の大学レベルの学問では、英語の専門書ばかりで、
日本語の文献は存在してない(あるいは古典になって価値を失っている)
のでは、と思えます。

kokogikokokogiko 2008/11/10 17:53 > Natchez
> 母語だけでは生活することのかなわなかった人々が確かにこの国には存在していたのです。

「存在していた」と過去形にしてしまうのもいかがなものかと。

o-tsukao-tsuka 2008/11/12 10:48 はじめまして。
もしわかるようでしたらelm200様に教えていただきたいのですが、中年以上のベトナム人エリートはロシア語、あるいはフランス語に堪能なのでしょうか?
植民地化と冷戦の歴史的経緯から、ベトナム国のエリートは常に外国語との付き合いを余儀なくされてきたのではないかと想像するのですが。

elm200elm200 2008/11/12 19:25 o-tsuka 様。
一般化できるほど私にはベトナムに関する知識がありませんが、たまたま知り合いになった高級官僚の方(地方出先機関のトップ・50代前半)は旧ソ連の大学を卒業し、ロシア語が堪能でした。(この方は英語も上手です)

ぱすぱす 2008/11/14 10:59 アメリカ人や欧州人でも、アニメ好きは日本語を勉強しています。日本のアニメが世界中の人々をオタク化すれば、世界中の人々が日本語を話すようになりますよ。

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