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2010-03-28

英語上達の秘訣は発音練習にある


Lilac さんの英語教育に関する問題提起が論議を呼んでいる。

日本の中高の英語教育がマイナスにしかならない件について - My Life in MIT Sloan

どちらが原因か結果かわからないが、日本が内向きであることと日本人の英語力の乏しさは強い相関関係があるに違いない。内向きな人たちであっても、英語が上達すれば、外の情報が自然に耳に入ってくるから、だいぶ考え方が変わるかもしれない。

今日は、英語の発音を上達させる方法について話したい。

私は英語をきれいに発音することは非常に重要だと思っている。なぜなら、発音が上手くならないと、相手が何を言っているのか聞き取れないからだ。ヒトは言語音を耳にすると、自分で発音するとどうなるか脳内で仮想的に口の器官を動かし、そのシュミレーション結果を使って、その言語音を認識するらしい(認知と行動の密接な関係については、このエントリが参考になる)。

理屈はともかく、私自身は、発音をきれいにすることで、急に言語音がクリアに聞こえるようになった経験をしている。同様の経験をしている人は多いだろう。リスニングが上達すると、英語での会話が楽になるだけでなく、語彙を増やすのにも有利である。なぜなら、1つの単語を覚えるとき、綴りという視覚的情報だけでなく、音声としても定着するので、記憶に残りやすくなるからだ。

発音の練習は、勉強というより、スポーツの基礎訓練にちかい。別に頭のよしあしは関係ないのだ。ただ、正しい習慣を身に着けるまで愚直にやらないければならないのがつらいだけだ。やる気があれば誰にでもできることだろう。

UDA式30音


まずは、いまや古典ともいえる UDA式30音。



ウェブサイト英語発音UDA式30音でマスターする英会話

日本人が間違えやすい30の英語の発音を徹底的に鍛えることで、ネイティブスピーカーに通じる英語を目指す。UDA式30音をマスターしても、ネイティブスピーカーの発音に比べれば、正確さは 80% くらいかもしれない。日本語訛りは残る。それでもネイティブスピーカーにとってはほぼ違和感のない発音になる。日本人としてはその程度で十分だろう。

日本人は特にあごを大きく下げて作る明るい母音(all, top 等) がぜんぜんダメなのだ、という指摘は新鮮だった。

完全版 英語リスニング科学的上達法




これは直接、発音矯正をするものではないが、発音に対して敏感になるには最適な英語リスニング教材。ATR人間情報通信研究所というまじめなところが作っている。紛らわしい音のペアを提示して、他にヒントを出さずにどちらなのか答えさせる。たとえば、悪名高い L/R の音のペアである。これをはじめてやると、自分の耳の悪さに相当へこむのは請け合い。それでもトレーニングを積むと徐々に聞き取れるようになっていく。

昔はリスニング教材しかなかったが今は、「英語スピ-キング科学的上達法 」なんていうのもあるらしい。私はやったことがないから保証できないけど、試してみてもいいかも。

ハミングバード発音矯正メソッド


ハミングバードと呼ばれる発音矯正メソッド。それを実践する学校が全国にちらほらある。私は、東京代々木にある「ハミング発音スクール」に通ったことがある。これは生半可な英語学校ではない。なにせ発音矯正専門の学校である。ここの先生たちは、みな日本人でもともと英語には苦労した方が多いらしいが、ネイティブスピーカー並に発音がうまい。あれは本当に驚きだった。英語は、そもそも日本語とぜんぜん発声方法が違うことを教えてくれる。唯一残念なのは、授業料がかなり高いこと。それでも、たとえばこれから留学や海外赴任を予定していて、本気で英語と向き合わなければならない人たちは、試してみる価値が十分あると思う。

まとめ


すでに成人してしまった日本人がネイティブスピーカー並の発音を身につけるのは、不可能でないにしろ、非常に難しい。それでも、「英語の発音のツボ」をきちんと押さえるだけで、ネイティブスピーカーにとってはたいへん聞き取りやすくなる。とりあえず日本人の大人たちはこのレベルを目指そう。

10 歳以下の子供たちは、比較的容易にきれいな英語の発音を身につけさせることができるかもしれない。この子供たちが最初に接する英語教師はネイティブスピーカーでなければならない。もし、本気で日本人の英語力を底上げしたいと願うなら、20 校に 1 校、英語で教える「英語小学校」を作る ことを提案したい。ここではまずは、外国人のネイティブスピーカーが全教科を英語で教える。そしてそこで育った子供たちが、今度は教師となり、外国人に代わって子供たちに英語で教科を教えるようになるのだ。

自分の英語はダメだとあきらめるのは早い。頭のよしあしは関係ないから、訓練をつめば、だれでも発音はきれいになる。そうすると自分の英語に自信がつき、勉強が楽しくなる。こうやって英語力がどんどん向上していく。日本人の英語はもっとうまくなる

LilacLilac 2010/03/28 17:03 Elm200さん
早速記事を取り上げてくださって有難うございます。

>私は英語をきれいに発音することは非常に重要だと思っている。なぜなら、発音が上手くならないと、相手が何を言っているのか聞き取れないからだ

これはおっしゃるとおりですね。
いま私のところのコメント欄で、発音を良くする必要があるかの是非について議論されてますが、
こういう見方もありますね。

日本人の間違えやすい発音をまとめた本はあるだろうと思ってましたが、知らなかったので参考になりました。

yasu_boyyasu_boy 2010/03/28 19:14 こんばんわ
>発音が上手くならないと、相手が何を言っているのか聞き取れない
まったくそのとおりだと思います。

>そこで育った子供たちが、今度は教師となり、外国人に代わって子供たちに英語で教科を教えるようになる

いいと思いますがそれは、時間がかかりますね。小学一年生が、大学を出るまで、16年かかりますからその生徒が先生として教えだすまで16年かかります。それにその生徒が教職につくかどうかも分からないという現実もありますし。

それよりも、中学生や高校生でもきちっとした発音は身につきますし、そこから始めるのが一番の方法だと思ってます。つまり、教師に英語で授業をさせるということです。その辺の話は。こちらの記事に書いています。
英語で授業できない英語教師を追い出せ
http://1kyuu.seesaa.net/article/111570968.html

石水石水 2010/03/28 21:59 >本気で日本人の英語力を底上げしたいと願うなら、20 校に 1 校、英語で教える「英語小学校」を作る ことを提案したい。

昨年9月に国際学校の中学へ息子を進学させた経験で言うと、「英語小学校」で1年の1学期から英語で授業をする為には、幼稚園の手前のレセプションクラスから子供たちを英語に親しませる必要があります。

また、英語小学校には、クラスに何人か(できれば半分くらい)本物の英語会話ができる小学生が必要です。でないと、先生のいないところではみんな日本語の会話になっていまうでしょう。子供が本当に英語会話を習得するのは授業ではなく、友達との会話からです。ちなみに授業で必要な英語力は会話ではなく読み書きになります。

石水石水 2010/03/28 22:09 >16年かかりますからその生徒が先生として教えだすまで16年かかります。

手っ取り早く安価に英語教師を探すなら、いますぐフィリピン人教師を招聘すればよいと思います。フィリピンでもトップクラスの大学卒なら優秀だし、アジアでは一番まともなアメリカ英語を話すし、給料も日本の教員並みで良い。

taka21sttaka21st 2010/03/29 02:40 公務員の国籍条項(日本国籍保有者しか公務員になれない)があるので、外国人のネイティブスピーカーは公立学校の先生になる事は出来ません。現在は補助教員または常勤講師(課長以上になれない)という限定的な身分で勤務しています。英語教師だけでも国籍条項を適用を外すような措置をしなければ、良質な英語教師は日本に定着しません。

Andy MAndy M 2010/03/29 10:04 こんにちは。
>すでに成人してしまった日本人がネイティブスピーカー並の発音を身につけるのは、不可能でないにしろ、非常に難しい。それでも、「英語の発音のツボ」をきちんと押さえるだけで、ネイティブスピーカーにとってはたいへん聞き取りやすくなる。とりあえず日本人の大人たちはこのレベルを目指そう。
まさにおっしゃる通りです。
私の場合は、アメリカに来た当初からSpeech Therapistに通い、1、2年位で、アメリカ人の上司、友人から、「随分英語が上手くなったな。どうやってそんなに上達したんだ?」と言われるようになりました。上司に「実はSpeech Therapistに通って発音を矯正している。」と言うと、彼は「すごい!今まで外国生まれの奴に、発音が分かりにくいと言った事はあるが、本当にSpeech Therapistに通って流暢に喋れるようになったのは、お前が初めてだ!大抵の奴は、けなされたと思って気を悪くするだけなのに。」と驚いていました。
現在アメリカに来たばかりの日本の方にお勧めなのは、Speech Therapistに通って発音を矯正する事と(日本人の発音がどれ程分かり難いのか実感できます)、できる限り日本語を使わない事です。
それから、ハミング発音スクールと言うところでは、non native speakerである日本人が、英語の発音矯正をやっているそうですが、私はこのアプローチに賛成できません。私も、Speech Therapistに通って、過去20年位は仕事でもプライベートでも英語漬けでやってきましたが、発音を矯正したいと言う人には、必ずnative speakerの専門家をお勧めします。
個人的には、日本の英語教育の問題点は、何のために英語を学ぶのかと言う目的が曖昧で、目的を達成するための効果的な学習法が定まらないという点であると考えます。
例えば、英語によるcommunicationを目的とするならば、10歳未満から徹底して英語の正確な発音を教え、高校位からは、アメリカなどに留学した方が良いでしょう。その一方、英語は読めて書ければ良いのであれば、中学から文法、読解(但し和訳は不要で、英語での設問に英語で答えられる様にする)を中心に教えれば十分であると思います。
いずれの場合も、効果の無い事や、自分が根本的に嫌いなことをひたすら続けることに意味がある、みたいな古臭い教育方針とは決別する必要があるでしょう。
>もし、本気で日本人の英語力を底上げしたいと願うなら、20 校に 1 校、英語で教える「英語小学校」を作る ことを提案したい。ここではまずは、外国人のネイティブスピーカーが全教科を英語で教える。そしてそこで育った子供たちが、今度は教師となり、外国人に代わって子供たちに英語で教科を教えるようになるのだ。
賛成です。本来、communication用の英語教育は一部の希望者のみが選択する選択科目で良いと思います。英語小学校に親が過度な期待を持たないように、希望者には授業を公開するのも良いでしょう。英語を一度も習った事のない子供に英語のみで授業をするには、最初の1、2年位は、native speakerの教師が移民の子に教えるがごとく、かなりの初歩レベルから始めなければならないでしょうから。校内では、原則的に日本禁止にすべきです。学校のみで英語を喋ってるだけで、日本語が喋れなくなる日本在住の日本人の子供などいないでしょうし。
港区あたりを英語特区にし、英語を公用語(勿論、学校の授業も英語)という案もありますが。

シロガネシロガネ 2010/03/29 12:54 >まともなアメリカ英語
世界の英語教育はアメリカ英語よりイギリス英語の方が主流だそうです。
英語の本場は当然イギリスですし、日本でもイギリス英語を教えてほしいと思っています。
私も両親から「英語はイギリス英語を勉強しろ」と言われてきました。
アメリカ一極集中は崩れ始め、しかしまだ英語が世界標準語ならば、
イギリス英語に移行してもいいじゃないか、(むしろ)しろと思います。
そもそも世界標準語になったのって、アメリカの国力ではなく大英帝国があっちこっちに進出した結果ですよね?

イギリス英語は教材が少ないのが悩みです。
探せばありますが、アメリカ英語の方が圧倒的ですしね…

shiroshiro 2010/03/29 13:22 ああ、これはvalidなポイントですね。

音声言語の理解に発音機構がからんでいるという説はかなり昔からありました。20年前くらいに音声認識/合成の研究室にいた時にも目にしたので。その後この分野を追っかけてなかったので疎くなっていたのですが、この記事をきっかけに調べてみたところ、ミラーニューロンの発見もあって間接的な証拠は積み重なっているようですね。肯定的なレビューはこちらのサーベイがよくまとまっていました (Galantucci et al. 2006) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2746041/

ただし、「音声言語の理解に運動機構が*必要*か?」という非常に狭い意味では、「言語運動野へのダメージが言語認知には一般に影響を与えない」といった反例があるので、「発音が上手くないと、相手が何を言っているか聞き取れない」という言明は強すぎると思います (Hickok, 2009)
http://pissaro.soc.huji.ac.il/Shlomo/links/courses/Motor_contributions_2009/Bibliography/Hickok%202009.pdf

ですが、おそらく対象言語の弁別を認知だけでなく発語でも訓練することがリスニング精度を上げるのに寄与することはほぼ間違いないと思うので(少なくとも、これとこれは違う音、という意識ができるようになる)、その観点から発音を重視する、というのは良いポイントだと思います。ただし、ここで問題になっているのは*弁別*であって「*綺麗な*発音」と言ってしまうと議論がずれちゃうかもしれません。

elm200elm200 2010/03/29 16:00 >公務員の国籍条項(日本国籍保有者しか公務員になれない)があるので、外国人のネイティブスピーカーは公立学校の先生になる事は出来ません。現在は補助教員または常勤講師(課長以上になれない)という限定的な身分で勤務しています。英語教師だけでも国籍条項を適用を外すような措置をしなければ、良質な英語教師は日本に定着しません。

ありがとうございます。そういう規定は知りませんでした。ちょっと話はずれますが、国立大学の外国人教授とかはどうなんでしょうか?あれは、いまは独立行政法人だから、公務員にはあたらないのかしら?

>ただし、「音声言語の理解に運動機構が*必要*か?」という非常に狭い意味では、「言語運動野へのダメージが言語認知には一般に影響を与えない」といった反例がある

そうなんですか・・・。ひょっとしたら、いちど聞き取りの回路ができてしまったら、言語運動野の関与が少なくなる、ということも考えれますね。いずれにしろ、ある言語音を頭の中で確立するときには、言語運動野の果たす役割は大きいように思います。

上では、はしょって書かなかったのですが、言語音の理解には2段階があると思います。

1.音素を正確に弁別する段階
2.文脈を利用して音素の連なりから単語を推定する段階

発音が悪いと聞き取りがしにくいというのは上の 1 にかかわっていると思います。ただし 1 の音素の弁別が不正確でも、語彙が豊富で文脈に対する理解があれば、2の段階で正しく単語を推定できます。しかし、余計な計算が必要なので、処理速度は落ちるでしょうね。

たとえば、日本人は、cup / cap / cop のいずれの音を聞いても、頭の中では「カップ」というカタカナ音が響いているのです。このいずれが正しいのか弁別するのは、文脈の力を借りなければなりません。そこで余計に頭を使うので疲れるし相手の話すスピードにもついていけなくなるわけです。

あ 2010/03/30 00:32 学校でフォニックスを教えないのが不思議でなりませんよね
CDとテキストで正しい発音手法を理解できるのに

桜井恵三桜井恵三 2010/03/31 11:17 >ヒトは言語音を耳にすると、自分で発音するとどうなるか脳内で仮想的に口の器官を動かし、
>そのシュミレーション結果を使って、その言語音を認識するらしい

ここで重要な事は人間が音声をどう認識しているかの科学的な検証です。
発音履歴を参照して認識すると言う考えは、モーターセオリーとも呼ばれておりますが
人間が発音運動を記憶している参照している根拠はありません。

我々が日本語を話した時、発音が正しいかのチェックも認識もないと思います。
日本語の発話の段階でそれを記憶をしたり、認識でそれを参照している意識も
感覚もありません。

音声学で言う45の音素はあくまでも概念の音であり、物理音でありません。
だから正しく音がないので、発音できたかどうかの確認もできないのが現状です。
すると発音した事を覚えると言う事はできません。

元MIT、そして元ハーバード大のピンカー博士はNHK出版の”言語を生みだす本能”の
上巻でCATの音声から3つの音素をとりだすことができない、音素があると聞えるのは
人間の錯覚だと言っております。

東大の峯松氏は音素が学習した錯覚だといっております。

ベル研、MIT、東大で音声科学研究された藤村靖氏は岩波書店出版の”音声科学原論”で
従来の音声学のように音声は時間軸に母音と子音が同格で並んでいると考えるのは
科学的に非常に不自然だと言っております。
子音は母音の一時的な逸脱に過ぎないと主張しております。

それ以上に人間が音素を聞いてその音素の並びから音声を認識しているという
音素ベースの音声認識も科学的には否定されています。

http://www.oki.com/jp/rd/ss/speech.html

http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2006_14454/slides/12/114.html

人間は音声に存在する、音声学の45の音素聞いているのではなく、
フォルマントの時間的な動的な変化を感じて認識していると言うのは
疑いのない事実です。

言語の音声は物理的に音素が同格で並んでいるものでなく、
切れ目のない、連続的に変化する音のだと考える必要があります。

こうなると発音練習は必用ですが、音素ベースにした発音やリスニングは
正しい、効果的な学習ではありません。

音声が連続的に変化する音であれば、その連続的に変化させる事を
学ぶのが最も効果的な学習と言えます。

ネイティブの話す英語はまさに連続的に変化する音のストリームのような
ものでなのです。

shiroshiro 2010/04/03 13:11 桜井さん、

そもそもLibermanがモーターセオリーを唱えた理由の一つが「認識される音素と物理音とが対応していない、むしろ人間はtransitionを認識している」ということを説明するためではありませんでしたっけ。その意味では「音素が物理的存在ではない」こととモーターセオリーとは矛盾しませんね。

発音というのが物理的なメカニズムを介する以上、ひとつの音が前後に影響を受けるのは必然であって、発音の練習とは個々の発音だけではなくその遷移の練習も含むわけですね。

たとえばバットやゴルフクラブのスイングを練習するのに、その本質は振る運動にあるにせよ、開始フォームと終了フォームが正しくとれていることを確認するのは有効な練習なわけです。従って、音素が概念であるとしても、直ちに個々の音に対応する発音から練習することを否定することは出来ないでしょう。

なお、モーターセオリーそのものの直接的な証拠はありませんが、発語と認識とで何らかの共通回路が動いていることはいくつか観測結果があるようです (上に挙げたGalantucciによるサーベイ参照)。

ちなみに東大の峯松さんは私が音声認識で卒論をやってた時の一年先輩で、大変お世話になりました。懐かしい名前が出たので思わず書き込んだ次第です。

桜井恵三桜井恵三 2010/04/07 11:41 shiroさんへ。

峯松氏とは過去に何度かメールをやり取りをしております。でも現在では音のストリーム・ベースで教えるライバルの一人だと認識しております。

”発音というのが物理的なメカニズムを介する以上、ひとつの音が前後に影響を受けるのは必然であって、発音の練習とは個々の発音だけではなくそのだけではなくその遷移の練習も含むわけですね。”

発音は音を連続的に変化させます。すると音素の部分ではなく、音から次の音に遷移する変局点こそが発音やリスニングで最も重要です。子音の多くがそれに該当します。発音とは遷移の練習も含むのでなく、音をどう遷移させるかと言う事になります。

もっと具体的に言えば音声のフォルマントの動的変化がこの音の遷移のコアになる部分です。ベル研、MIT、東大で音声科学研究された藤村靖氏は子音とは標的状態としての子音は定常状態がしばしば短時間しか保持されなくて、特に聴覚的にはむしろ”音素と音素の移り変わり”だと解釈されると言っております。

”たとえばバットやゴルフクラブのスイングを練習するのに、その本質は振る運動にあるにせよ、開始フォームと終了フォームが正しくとれていることを確認するのは有効な練習なわけです。従って、音素が概念であるとしても、直ちに個々の音に対応する発音から練習することを否定することは出来ないでしょう。”

私が音素学習を否定するのは、多くの生徒にスカイプで教えている経験からです。日本人の英語学習者は音素の発音は正しくても英語を話せない人が多くいるのです。それは一つ一つの音素ばかりにこだわり過ぎ、言葉を音で覚えう事ができずに話す事ができないからです。

英語の発音でも最初の音は大変に重要です。しかし、バットやゴルフクラブを振る場合には相手が3次元で存在しますから、それを打つ場合にはそれから逆算して打つ事ができます。しかし、言語音の場合には音が始まるにしても、その通過点にしても何の定めもありません。

そのような音を認識できるのは静なる音(音素)の正しさでなく、その音の動きの類似性によるものなのです。峯松氏は音声情報から個人差をとれば、普遍的なものになると主張されております。

発音をその類似性のある音を作る訳ですから、学習においてその始めや通過地点を決めるべきかどうかと言う事になります。実はそれを決めようとしているのが調音音声学です。

峯松氏と共同研究をされている音声学の牧野武彦氏は音素学習は発音をロボテックにすると、音素学習の問題点を認めております。

何が問題かと言えば話者の得手不得手に関わらず、無理矢理決められた調音を強制することです。

藤村靖氏は岩波書店出版の”音声科学原論”の143Pに英語ネイティブ23人が"pour"と発音してRの音を保持してMRIで調べた横顔の画像があります。驚く事に23人全部違う舌や喉の形状となっています。

つまりRの発音方法はネイティブも各自まちまちと言う事です。調音音声学では3つくらいのパターンしか紹介しておりません。それでも全員が間違いなく"pour"と言う発音が完ぺきにできているのです。正しい言い方をすれば間違いなく認識できるのです。

これはRの調音だけをとれば、どうでも良いと言う事になります。極論を言えばR調音の舌の使い方はもどうでも良いのです。大事なのは"pour"と言う音の動的変化をさせる事が発音が正しくできている事であり、そうであれば正しく認識できるのです。

ネイティブがあのような流れる発音ができるのは、調音法にこだわらず自分にとって最適な音を習得しているからです。実は我々の日本語もこのような調音方法をしています。実は同じ音に聞こえる音もMRIで見ればかなり個人的な違いがあるかも知れません。

英語の自然な発音とは、どう定められたように音を調音するかではなく、認識できるような最適化された音を作りだしていくのが発音なのです。方法ではなく、結果重視が言語音の基本です。そのためには音を作る方法を学ぶのでなく、音の聞こえ方を学ぶべきです。日本語でも英語でも母語の場合のように聞いて調節するしかありません。

言語を話すためには膨大な単語や表現を覚えなくてななりません。すると覚え易い音をでなければ言語などは話せるようにはなりません。

言語音の歴史を見れば、最初に細胞のような音素が作られ、その音素が複雑に並んで多くの単語や表現が作られたのではありません。連続的な変化する音から複雑に変化したのが現代の言語です。音の連続的な変化と言う特性は現代言語でも持っているのです。

人間の個体発生の成長を見れば、人間の進化の過程が分かります。言語の歴史を見れば、理想的な発音学習の姿が見えてきます。それは言語の起源となった連続音の変化から始めるのが、理想的な音声学習です。

日本語でも英語でも母語はどの文化でも音素を覚えて繋げるのでなく、連続的な音から学びます。それは音声学習の理想な形であり、第二言語として習得する場合でも同じだと思います。第二言語の習得には臨界期の問題がありますが、これは聴覚の問題であり、調音する時の問題ではありません。

理想的な英語の発音は音素でなく、最初から音を連続的に変化させる方法で学習すべきです。しかし、臨界期以降には聴覚が劣化します。その聴覚フィードバックを強化するために録音して時間差のフィードバックを得て矯正する事です。

桜井恵三桜井恵三 2010/04/08 09:51 shiro様へ

”発音の練習とは個々の発音だけではなくその遷移の練習も含むわけですね。”

英語の発音やリスニングや音声認識で最も大きな誤解は音声には規則正しい45の音素が並んでいると言う考えでないでしょうか。

だから個々の音とか、前後の音と言う表現をしばしば使う事になります。そしてその個々の音から発音の練習を始めます。

NTTコミュニケーションの柏野氏は音声認識は犯人検挙と同じだと言っておりました。犯人が特定できる証拠がそろえば、それで十分だと言っております。つまり音声認識は犯人特定のプロセスで全ての証拠(音素)を揃える事ではないと言っております。その真意は音声には全て完全な証拠が見つからないと事実があるからです。

人間の音声にはしばしば調音結合が発生しており、調音音声学で言うユニークな音素が取り出せません。だから英語でも日本語でも音素だけをベースにする音声認識の精度は低いものです。

人間の聴覚がかなりの精度で認識できているのは基本的には音素ベースで認識していないからです。

人間の音声に音素が並んでいると考えるのは調音音声学のモデル的な概念であって、母語である日本語を習う時には音素的な練習はまったくやっておりません。他の言語でも同様です。

柏野氏は音声認識で重要なのは音素そのものよりは、音の変局点であるとまで言っております。

こう考えると音声は音素が並んでいるものでなく、音が連続的に変化している音のストリームであり、その連続音を錯覚により、如何に音素が並んだように聞こえさせるかが発音の極意だと思います。

ネイティブの発音のあの速度は音を連続的に変化させるからできる事で、律義に全ての音素を発音していないから可能だと思っています。

私はでは音素を使わない場合にどうすれば発音とかリスニングが効果的に学習できるかを研究しております。

桜井恵三桜井恵三 2010/04/10 10:03 elm200様

度々の投稿をお許しください。
また以前のコメントを公開していただき、寛大な対応に感謝しています。
英語の音声学習には重要だと思われますので、どうかもう一度投稿させてください。


>上では、はしょって書かなかったのですが、言語音の理解には2段階があると思います。

>1.音素を正確に弁別する段階
>2.文脈を利用して音素の連なりから単語を推定する段階

言語音の理解において要素(音素)を集めてその意味を特定するとボトムアップの考えが主流です。しかし、視覚情報ではまず全体を見て必用な部分の細部をみるトップダウンの認識がされます。

人間の脳が刺激となる信号を受け、脳がそれを処理する場合に視覚情報であっても、聴覚情報であってもそのその処理は類似であると考える方が自然です。

人間の聴覚もボトムアップでなく、全体を聞いて細部を聞くと言うトップダウンの処理が正しい考えだと思います。言語音を科学的に解析すれば、物理的な音素が存在しない事も証明されています。

音素が聞えると思うのは錯覚と言う、詳しい科学的論文は下記サイトを参照してください。

http://www.psy.cmu.edu/~lholt/publications/PhonemeIllusion.pdf


人間の発話では1秒間に20から30音素を発話できます。その音素を切り出し、全部の音素を認識して辞書のような照合する事は人間の脳が持つ機能では不可能な事です。

そして言語音の場合にLやRが混乱していても聞き手にはそれほどの負担もなく認識する事も可能です。辞書の場合は1字の間違いでも正しい意味は分かりません。そう考えると聴覚の場合にも全体を優先させて認識していると考える方が納得がいきます。言い換えればすべての音素を正確に弁別する必用性はないと言えますが、それは不可能と言うのが正しい表現です。

音素が聞えると思うのは錯覚であり、音素を弁別していると思っているのも錯覚と言う事になります。

私は発音練習において錯覚の音素をベースに学習することは悪い発音の癖がついてしまい、効果的な発音学習の妨げとなると考えています。英語の発音はネイティブの音声のように、連続的に音を変化させる練習の方がずっと効果的だと思っています。

連続的に音を変化させると、発音し易い、覚え易い、音を覚えるからリスニングも楽になる等の多くのメリットがあります。

shiroshiro 2010/04/10 16:52 桜井さん、

詳しい話をありがとうございます。「固定した音素が存在するわけではない」という点については納得できました。

私は英語圏で声を使う仕事を時々やることがあり、発音をネイティブに直されることは多々あるのですが、なるほど、思い返してみれば多くは、たとえ指摘が特定の母音や子音である場合でも、「そのコンテキストの中で」どういう音になるべきか、という話であったと思います。単独音を2-3回真似するとしても、次には必ず流れの中で言い直しますからね。

ただ、訛りを取るのにベストの方法は 非常にゆっくりenunciateすることだ、とも言われるんですよね。結局、遷移をきちんとやるには始点と終点をarticulateしなければならない、というのは(上ではゴルフや野球を例に出しましたが)ダンスや舞台上の日常の所作に至るまで、身体運動をきちんとやる場合の大原則であり、発音も運動ならば例外ではないようにも思えます。。その始点と終点は、なるほど、人によって違っている(語尾のrが人によって違うように)のでしょうが、各人なりのぶれのない参照点を持つことは必要ではないかと思えます。

桜井恵三桜井恵三 2010/04/12 10:52 shiro 様

>訛りを取るのにベストの方法は 非常にゆっくりenunciateすることだ、とも言われるんですよね。

ここではネイティブであろうと誰がどう言ったかは問題ではありません。言語音は大変複雑であるものの間違いなく物理的な現象です。だからある程度はその物理現象や学習方法を科学的に説明できると思っています。

日本語訛りの最大の問題は静的な音素の調音方法でなく、日本人が母語の干渉でモーラベースで話す事です。そして音素ベースで教えるため、日本語の拍のまま音素ベースで発話しようとします。これを直すためにはまず母語の干渉をとり、音声を連続的に変化させる練習が必用です。具体的に言えばまずモーラを作り出す、横隔膜の動きを少なくする事です。

ゆっくりの練習では日本語のモーラの癖はなかなかとれません。

英語のネイティブは日本人が持つ母語の干渉に関して、なぜそうなるかの理解と、そしてどうすれば矯正できるかの教え方を知りません。

それはネイティブの全員が自分の耳で聞いて調音を覚えたからであり、音素的な考えも音素の調音方法はほとんど教わってはおりません。我々の日本語も同様です。

言語のネイティブは言語運用のプロではありますが、発音教育のプロではありません。母語の場合はどの言語でも基本に基づく体系的な教育をしておりません。だから発話に問題が無い限り、親を含む他人から発音の教育や注意はあまり受けていないものです。

大事な事は臨界期を過ぎ、英語を第二言語として習得する場合においても、自分の耳で聞いて判断して調音すると言う発話や調音のメカニズムは変わっているのではありません。

言語音は相対的なものですが、話者にとっては肉体的に相応した周波数帯、楽な調音方法があります。言語の発音習得とはどうすれば発音が楽で、聞き取り易い音にするかの発見学習であり、音声学が定められた音を作る事でありません。

起点や始点を教える音素ベースの学習の問題は、絶対にネイティブのような発音にならないだけでなく、この調音の工夫努力を阻害していまい、学習意欲を低減させる事です。

>ダンスや舞台上の日常の所作に至るまで、身体運動をきちんとやる場合の大原則であり、
>発音も運動ならば例外ではないようにも思えます。

人間が体全体を動かす場合、ゴルフや野球やダンスや舞台上の日常の所作に至るまで体の位置、動かし方は必ず始点なり、物理的な法則があり、その基本を目で確認する事が可能です。

心を鍛える仏教でも「仏姿をもって仏心を知る」と言い、基本の形から入ります。お祈りも体全体を使いますから、始点なり基本が存在します。

残念ながら言語音に関して言えばその始点や基本になるものがないのです。音声には存在しない音素を概念的に人間が作ったのが調音音声学です。その音素に準じるとロボテックな発音になると言う致命的な欠陥を持っています。

調音音声学では便宜上、時間軸に子音と母音が同格で並んでいると考えますが、音声を科学的に分析すれば子音は母音の定常音が一時的に逸脱しているに過ぎません。そのような子音を取り出す事も、それを単独で記述する事も不可能です。

現代言語は相対音感に基づいています。日本語の「あ」と「お」はF1とF2の数値でさえもオーバーラップしています。人間は「あ」と「お」のフォルマントの絶対的な数値ではなく、ベクトルの動きで認識しております。

個人をとっても言語音の物理特性は数ヶ月の単位でかなり変化しており、特定話者の音声認識はチューンアップをしないと数ヵ月もすると認識率が悪くなるのです。

このように言語音は相対的なもので、ゴルフや野球やダンスや舞台上の日常の所作と大きく違い、始点や起点が存在しません。言語音は動的な音を相対的に類似させる事ですから、始点や起点がなく全体的な類似性を真似るしかありません。

例えるなら空気中に煙で書いた絵のようなもので、どこから書き始めてもどう書いても良いのですが、煙で書いた絵の全体を見て意図した形を認識してもらわなければなりません。自然な良い絵を描くためには書いて見て、直すを繰り返すしかありません。

母語の場合には単語ベースでも最低で10万語前後は必用ですから、発音し易い、覚え易い音でなければなりません。どの言語でも音素ベースでの音の特徴は大変いい加減なのもので、発音のし易さや覚え易さを優先させています。

調音音声学は正しさだけを優先させ、発音のし易さ、覚え易さを無視した方法で、言語は覚えて話す事である大前提を無視しております。

言語音の子音の調音方法が違うのは各人なりのぶれではなく、相対的なものであるからです。ある音が決まると他の音も決まりますので、前の音により次の音はぶれると言うよりは、かなり制約されてきます。

言語音は相対的に発話しますからある程度の速度が必用になります。また連続的な動的の調音を覚えなくてはなりません。この面から考えると非常にゆっくりenunciateする学習理由はまったくありません。

http://www.flowenglish.com/

上記のサイトは英語を教えているサイトですが、単語を発音する速度の4倍で発音しろと速度を上げる発話をアドバイスしております。

この場合も起点となる音でなく、動的な音の動きを習得するのが発音学習であるからだと思われます。

もし、発音には基本が重要であると主張されるなら、その発音の基となる音素が音声に存在して、その音素がユニークであると言う証明が必用です。世界の調音音声学者で音素を取りだしたり、物理的に定義した者はおりません。

全員が音声にはある数の音素が存在すると言う前提から理論が始まります。これはもう科学ではありません。

eijunuseijunus 2010/05/07 07:19 日本人の話す英語は,子音をきちんと発音しなかったり,子音でおわる語にも母音がついてしまう(カタカナ英語)のが特徴です.フィリピン人の英語はほとんど子音だけで,日本人からするとめちゃくちゃな英語のように聞こえますが,なぜか通じています.ネイティブにとっては,そちらのほうがはるかに聞き取りやすいそうです.

また,日本人は英語ができる人でも,なかなかネイティブの話すスピードについていけませんが,その理由のひとつに,子音がきちんと聴きとれていないことがあります.

英語では母音の発音にはかなり幅があり,その差が方言や訛り(オーストラリア英語,スコットランド英語,テキサス訛りなど)に出ています.お互い違う方言や訛りで話していても通じるところをみると,母音の発音の差には比較的寛容なように思います.

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