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2010-05-02

そろそろ2ちゃんねる的言説は卒業しよう


2ちゃんねるの力が落ちているらしい。

天皇制と2ちゃんねる - 池田信夫 blog

2ちゃんねるは、ときどき非常に興味深いスレッドがあって、昔はちょくちょく覗いていたものだが、最近はぜんぜん行かなくなってしまった(2ちゃんねるのまとめサイトはいまでも面白いものもあるけどね)。

2ちゃんねるの言説には独特の雰囲気がある。一種の殺伐とした感じというか。頭ごなしに喧嘩を吹っかけたり、罵詈雑言を述べ立てたり。日本語は、挨拶に関してまわりくどいところがあるので、それを省いている部分もあるのかもしれない。それでも、あまりに失礼としか言いようのない喋り方が多い。

私は最近は外国生活が多いけれども、それでも合計 30 年以上は日本に住んでいる。日本にいるとき、2ちゃんねるのような喋り方をするリアルな人々に会ったことがない。私の知らない山奥に、こういう「2ちゃんねる族」が住んでいるのか?いや、そんなことはないだろう。

火を吐くような辛辣な言葉を並べ立てている2ちゃんねらーたちは、おそらくはごく普通の人たちなのだ。まじめでおとなしい普通の学生・社会人たち。あなたの周りにいる人たち - 上司・部下・同僚・夫・妻 - も、実は、こうした2ちゃんねらーかもしれない。

自分の意見を持つのはいいことだ。しかし、それと他者を攻撃することは完全に異なる。こうした人たちは何が礼儀に欠ける行為か承知した上で、わざとネット上で他者を攻撃しているのだ。2ちゃんねるという巨大掲示板の存在によって、そういう喋り方が「クール」だと考えられた時期があったのは、日本のネット文化醸成の上で、とても不幸なことだった。

英語にアサーティブネス(assertiveness)という言葉がある。自己主張性としか訳しようがなく、それだけで、日本語ではすでにネガティブなニュアンスがあるのだが、英語では決してそうではない。これは「相手の視点を考慮したうえで、自分の意見をいかに効果的に相手に伝達し理解してもらい、自分の当初の目的を達成するか」という心構えと技術のことである。

これはマーケティングや営業の基本でもあるだろう。あるいは異性に働きかけるときの基本でもあるかもしれない。要するに、よいコミュニケーションそのものである。

日本人は残念ながら、このアサーティブネスを学ぶ機会が大人になるまであまりないのではないだろうか。日本では、自分の意見をはっきり主張して、その結果達した合意に従う、という文化があまりない。意見の一致を求められる状況では、通常、相手の顔色を探りながら、なんとなく落としどころを探す。そうやって空気が決定した事項に対して、声高に「なぜか」と問いかけるのは一種のタブーになっている(授業中、学生は先生に質問しない。社会人になって、会議をやっても、みんな活発に発言しないしね)。

日本人はそうやって普段、自己主張をせず、おとなしく空気の決定事項にしたがっているのだが、それはやはり一種のストレスの源である。そして、そのタガが外れると突然攻撃的になってしまうのだ。感情が外にほとばしり出て、コントロールが効かなくなってしまう。いわゆる「切れた」状態になってしまうのだ。

日本人はアサーティブネスと攻撃性(aggressiveness)の区別が付かないのだろう。そのため、日本人が口を開いて、正直に語り始めると、すぐ2ちゃんねるのような言説になってしまう(私のブログのコメントにもそういう発言がけっこう多い)。

日本人は自分の意見を効果的に相手に伝え、自分の意図することを相手に理解してもらう練習をもっとすべきだ。せっかく、自分の意見を持っているのだから、相手がそれを理解し、自分の利益になる形で相手が行動を変えてくれたほうがいいではないか。

そのためにはまずは相手の立場に立って考えることが必要だ。回りくどい挨拶は必要ないが、最低限の礼儀は守ること。たとえ怒っていたとしても、その怒りが本当に議論の主題から来たものか、それとも、自分の生活の鬱憤から来たものか、口を開く前に冷静に考えてみること。モニターの前で悪態をつくのはいい。しかし、その場の議論に貢献できないのなら、発言を控えたほうがいい。まっとうな反対意見と単なる鬱憤晴らしは簡単に区別が付くものだ。

池田氏が言うとおり、Twitter ではすべての発言が、匿名掲示板ではなく自分自身に帰属するので、無軌道な発言に対する一定の歯止めにはなる。そのため、アサーティブネスを促進するツールになりうるだろう。日本人たちよ、もっと大人になろう。そして、もっと自由で創造的な言説を日本語圏のインターネット上に満ち溢れさせようではないか。

海馬1/2海馬1/2 2010/05/02 15:30  2chでいう、「脊髄反射」文体のことですね。キーボード文体とも言われる。
通信速度(料金)とブラインドタッチから起因する文体ですね。
 ちょっと、漢文文体や比喩・暗喩を使うとそれこそ言語中枢で翻訳した平文のレスが
かえってきたり、黙読した文章に感情(思考)を支配されたキチガイ(ある種の言語障害)が粘着しましたね。 そういう第一世代は悪禁・有料化でいなくって、
デジタル・ネイテブというか、ゆとり世代にかわったので、2chも便所の落書きじゃなくなりつつありますね。

enishi007enishi007 2010/05/02 15:33 ネットに限らず、現実社会においても、
議論とただの口喧嘩の区別がつかない人が日本人には多いです。

さらに、議論はよりよい意見を生み出す場であって、
その場において、ある提案を否定するような批判意見が出たとしても、
それはより制度の高い提案を目指した上での意見であり、
相手を非難する意図はないことも理解されにくいです。

日本人は、
義務教育で英語を学ぶよりも、
議論と喧嘩の違い、批判と非難の違いを学んで欲しいですw

SysuoSysuo 2010/05/02 17:36 今回もとても興味ある内容ですね。

まずひとつ是非お聞きしたいのが、

> 日本人は残念ながら、このアサーティブネスを学ぶ機会が大人になるまであまりないのではないだろうか。

とありますが、
海外ではどのような方法でそれらを
学べるのでしょうか?
学校行事などに組み込まれていたりするのでしょうか?

本文にもありました『会議』で養える部分も
あるかと思うのですが…私が覚えている一番古い会議の記憶では
小学校で会議を行った記憶があるのですが…
その頃から余り積極的に手を上げて
意見を述べる様子は見られなかったように思います。
数人の積極的な生徒が会議を進めていました。
もしくは議長か先生が誰か指名して無理やり答えさせるとか…。(情けない)

日本人であれば、『空気を読む』ことが
小学校低学年でもできます。
更にそれは『空気を読む』だけに止まらず、
『空気を読んで発言を控える』にまで及びます。
空気を読めて、自分の意見を言えたら
英語圏の方々よりもよっぽどコミュニケーション能力が
あるように思えます。
そうなれたらすばらしいですね!(難しいですが)

elm200elm200 2010/05/02 18:48 >海外ではどのような方法でそれらを
学べるのでしょうか?
学校行事などに組み込まれていたりするのでしょうか?

海外といっても、いろいろあるとは思いますが、たとえばアメリカなら、学校でよく作文を書かされます。その作文は日本のように「自由に感想を書きなさい」とかではなく、自分の主張を理路整然と伝えるため、文章の構造化を徹底的に叩き込まれます。自分の意見をきちんと述べることが強調されます(もちろんそれで全員がうまくできるようになるわけではないですけどね。ただそういう訓練は受けるということです)。

アジアの教育は、日本と同じような詰め込み式のところが多いので、日本とそんなに変わらないですね。それでも、言いたいことをはっきりいう傾向は日本より歴然としてある。この違いは文化の違いとしか説明しようがないかもしれないです。

2ちゃんねるのような暴力的な匿名言論は、どの言語世界にも確実にあるとは思います。しかし、これほど大きく、重要な役割を果たしているのは、日本語世界独特なのではないでしょうか(他の言語世界に詳しい方がいらっしゃったら意見をお待ちしております)

「あうんの呼吸」と「2ちゃんねる的言葉の暴力」とは、同じことの裏表であるような気がします。

えっとえっと 2010/05/02 19:07 2ちゃんねるは、スタイルであって、精神性を表しているわけでないよ。スタイルというのは、継承されやすいだけであって、大人になるというのとは違う。あるとしたら、スタイルを継承しているだけで、オリジナリティがない。はてなには、はてなのスタイルがある。なので、この文章の2ちゃんねるをはてなに置き換えても成立してしまう。ということは、この文章にも、なんの新しさがないことになるかな。それと、欧米のスタイルが正しいというのも疑問だ。独創性というのをまったく理解していないのでしょうね。そもそも、文化が身になっていない。文化は、頭でわかるものでないから。欧米の文化も、アジアの文化も、日本の文化もね。とにかく、いい変えているだけは、もっとも幼稚な文化意識でしょ。笑

fisicofisico 2010/05/02 19:12 趣旨に従って余計なあいさつなしで行きますね(^^)
池田氏のブログにしろ貴殿のエントリーにしろ全く同感。
それで別の視点からこんな事もと思い書きます。

正直に言って自分は2ちゃんねる利用しています。書き込む事もあります。自分の趣味であるバイクの関係は、意外と全うな意見、アドバイス、ためになる情報が返ってきます。つまりマイナーな趣味に関しては本来の目的が機能している。

いわゆる2ちゃんねらーとか炎上とかが起こるのは、多くの人が見るサイト=典型的日本人の付和雷同傾向が出るというところなんだろうと解釈しています。

そういう意味で日本人がまともに議論するスキルを身につければ、あのサイトは相当有用なサイトに変身するんじゃないかと思うんです。

2chって実は日本の素晴らしいものの一つになり得ると思うのです。

elm200elm200 2010/05/02 20:59 >正直に言って自分は2ちゃんねる利用しています。書き込む事もあります。自分の趣味であるバイクの関

池田信夫氏は2ちゃんねるが嫌いなようですが、私はどちらかというと決して嫌いではありません。
珠玉のようなすばらしいスレッドもたくさんあります(たしかにノイズがひどくて、そういう良スレにたどり着くのには手間がかかりますが・・・)。

ただ、あまりに礼儀知らず言い方や差別的な発言が頻繁に見られ、しかも、その雰囲気をそのまま他の場所に持ち込んでいる人たちも多いように感じられるのが、残念なのです。

「なんで普通にやれないのかな?」と不思議に思います。

普段、友人たちに話しかけているような口調で、普通に話すことはできないのでしょうか?
それとも、この人たちは、友人たちにも同様の激しい口調なのでしょうか?う〜ん。そんなことないと思うんですけどねえ・・・。

なんていうかなんていうか 2010/05/02 21:08 結論に同意する点は多いのですが、あやふやなデータをもとに、いかにもな日本人像を作り上げ、日本人論として一般化して、欧米礼賛の流れに違和感を感じます。日本にもアメリカにも長所も短所もある上に、長所と短所が簡単に切り分けられるのかどうか。

elm200elm200 2010/05/02 21:23 >結論に同意する点は多いのですが、あやふやなデータをもとに、いかにもな日本人像を作り上げ、日本人論として一般化して、欧米礼賛の流れに違和感を感じます。日本にもアメリカにも長所も短所もある上に、長所と短所が簡単に切り分けられるのかどうか。

データが不足していることは認めます。
私は直観派なので、論証をすっとばして結論に飛びつくという性質があります。
もし反証となるいいデータがあったら教えていただけるとうれしいです。
仮説を練り直ります。

のびたろうのびたろう 2010/05/02 21:36 本音と建前、村社会、儒教による縦社会が2ちゃんねるだと無効、匿名になるから起こると考察します。
30代、40代が2ちゃんねるの主な利用層だそうです。

すかーすかー 2010/05/02 22:22 >ただ、あまりに礼儀知らず言い方や差別的な発言が頻繁に見られ、しかも、その雰囲気をそのまま他の場所に持ち込んでいる人たちも多いように感じられるのが、残念なのです

2chは面白いんですよ。ロールプレイングゲームなんです。心にもないことを言ったりして楽しむんです。
でも、あの場所以外で2chのようなことを言い続けるのはちょっとおかしいですけどね。

elm200elm200 2010/05/02 22:36 >2chは面白いんですよ。ロールプレイングゲームなんです。心にもないことを言ったりして楽しむんです。
でも、あの場所以外で2chのようなことを言い続けるのはちょっとおかしいですけどね。

そっかー。私は場面で人格を使い分けることはあまりしないのでそういう「楽しみ方」はよくわからないです。
わかっててやっている「大人の遊び」ならいいのかもしれませんね。
ただ、私のブログのコメント欄では困りますが(笑)。

あすかあすか 2010/05/02 22:46 2chの政治的地位が上がった発端は小泉政権の影響だと思います。それまでは親アジアの左派マスコミが大きな力を持っていましたが、北朝鮮の拉致問題や核ミサイル問題に大きな脚光が浴び、首相の毎年の靖国参拝や中国のチベット攻撃等で親アジアの左派マスコミに人々の支持が弱まり、2chの右派層の力が高まったのだと思います。
しかし右派層の主張があまりにも先鋭化しすぎて、今度は世論とかい離してしまったのではと思います。

ふむふむ 2010/05/02 23:11 こういう記事を読むとよく思うのですが、「日本人は」といった時に具体的に誰を指すのでしょうか。また何割の日本人なのでしょうか。またその具体的な根拠はどこにあるのでしょうか。数千万人単位の日本人に対する調査分析に基づいてるのでしょうか。
或いは日本人以外の外国人といった場合、もっと調査すべき対象は拡大されます。少なく見積もっても数億人単位のデーターを提示せねばなりません。
このような記事はかなり昔からよく見かけますが、そのように具体的なデーターが併記されたものは残念ながら見たことがないのですね。

elm200elm200 2010/05/02 23:45 >このような記事はかなり昔からよく見かけますが、そのように具体的なデーターが併記されたものは残念ながら見たことがないのですね。

私は仮説を提示しているのです。
私の直観というか、自分にとってしっくりいく考え方を提示しているのです。
仮説が厳密に正しいかどうかはあまり興味がないのです・・・(言ったら怒られるかな)
むしろ、こだわりを感じる「ふむ」さんのような方に厳密な論証をしていただけるとすごく助かります。

石水石水 2010/05/03 00:17 >海外ではどのような方法でそれらを学べるのでしょうか?

香港在住です。息子を国際学校に通わせて9年(現在は中学生)になります。息子の学校では、幼稚園の年長ぐらいから、クラス全員が毎週1回、「プレゼンテーション」する授業が設けられていました。自分の意見を生徒や先生に向かって主張する機会はしばしば設けられているようであり、それが成績表の中でも評価の対象となってます。自分の意見を主張する事は、自分が他の誰かと異なる事を表す意思表示です。みなが異なる意見を持つ中で、意思疎通により、チームワークやリーダーシップを養う事を教育の目標のひとつにしているようです。

ほめぞうほめぞう 2010/05/03 02:50 2ちゃんねるは分かっててやってる遊びですか…。じゃあそのうち何をやっても誰も見向きされなくなるんだろうなあ。彼ら匿名者に潰されたと言われる大手サイトを見たことがあるんですが。

あるく人あるく人 2010/05/03 03:18 酒井 英禎 様
いつも興味深く楽しい文章をありがとうございます。
最近感じていたモヤモヤを言葉にしてくれたように感じました。

http://swinglike.ojaru.jp/

かめかめ 2010/05/03 03:32 はじめてコメントさせてもらいます。私はこの記事に反対です。
アサーティブネスは、この記事で初めて知りました。このスキルには適正が明確で、訓練を受けても出来ない人は出来ないと思います。日本には「場の空気」というものがありますが、その空気をコントロールする人も存在します。即ち、場の空気を読み取り誘導するのが、日本のアサーティブネスと認識してます。大半の人は受身側となり、日本人=場の空気に流される感があり、子供の頃は「ガキ大将(ジャイアン?)」から学ぶのだと思います。
アメリカではジョークを交えながらのトーク(テレビショッピングなど)は瞬間最大説得力があるように感じますが、やっぱりダメなものはダメですよね。つまり、アサーティブネスが長けていても、人(モノ)としての質が伴わないとダメだと思います。
2ちゃんねらーから「切れる人」を結びつけるには少々無理を感じますが、そういう私もこのタイトルに呼び寄せられて着たわけですから、無意識の領域でこの記事に同意しているのだと思います。ただ冷静に考えると、このような人達は昔から一定の割合で存在したと思います。ネットを通じてこういう人達の露出が実現したのでは?と思います。
やはり日本人は、今も昔も「質」を磨かねばならないと思いますし、「質」を疎かにした結果が「切れる人」を作り出したのだと思います。

ironiron 2010/05/03 06:27 >火を吐くような辛辣な言葉を並べ立てている2ちゃんねらーたちは、おそらくはごく普通の人たちなのだ。
いえ、普通の人ではなく、現実でも性格の曲がった人でしょう。
普通の人は、そもそも辛辣な言葉を並べようという発想自体がありません。

webeeswebees 2010/05/03 06:51 面白い記事ですね。今から書くブログ記事のいい練習になりそうなので、ちょっと肩ならし。

残念ですが日本社会にいる日本人は個が自律して発信するようにはならないと思います。昨日エリノア・オストロムという人の本を読みました。「コモンズ」について研究した人です。共同体がうまく成り立つためには、監視と罰則がうまく働いている必要があるそうです。罰則規定がないと、少数の逸脱者が取り決めを破り、結局コモンズの協定は破壊されるのといいます。

この研究と日本社会には大きな相違点があります。協定は破棄されたら終わりですが、日本社会は流動性が乏しいので、協定を破棄してもほかに行くところがありません。ということは、協定が破棄されたままずっと共同体が続く訳です。破綻した共同体の特徴は過小供給、過大利用ですから、非効率的な市場が形成されることになります。そして「離脱できない」ということは「追い出される心配もない」の裏返しなのですね。

今提示されている「2ちゃんねる」は(これが本当の2ちゃんねるを代表しているかはわかりませんが)、監視するものの罰則規定を持たず、言葉で反論するしかないという状態です。だからコトバがエスカレートするわけですが、この人たちは共同体の維持には積極的に参加しなくなるでしょう。

さて、酒井さんは「こういう人たちを見た事がない」とおっしゃいましたが、かなり典型的な言論空間だと思います。スポーツ新聞を見て「朝青龍はダメだ」とか、「役人が日本をダメにした」とかいう人たちはたくさんいます。これがネットに移り、顕在化しているだけです。特徴は彼らの言論が仲間内のものであり、対象となっている集団に影響力を及ぼさないだろうと、彼らが考えているところにあると思います。もしかしたら「若干うらやましい」という気持ちもあるかもしれません。

池田さんの文章を読むと、最後の段落は訳がわかりませんが、途中までは「流動性が増したので、2ちゃんねるが必要なくなった」というように読めます。相互監視が監獄というより、農家に生まれたから農家で過ごすという選択のなさが窮屈だったのでしょう。しかし「ポスト2ちゃんねる」が西洋型の個人を大切にする言論空間になるかどうかはよく分かりませんし、直感的にはお互いに努力をしないように相互監視する社会に移行するように思えます。

k 2010/05/03 08:22 匿名対匿名のやりとりでまで礼儀的なものを要求するなんて、本当に酒井さんは日本人的な思考なんですねぇ

うnうn 2010/05/03 09:46 文はあまり読んでないが、日本人(という括りは多用したくないが)はどうも他者を気にしては陰湿に攻撃したりするのがお好きな方が多い。例えば無職叩き。派遣社員でもいい。本人の事情など考えもせず「そんなんだから仕事が無いんだよ。自己責任だ」と影でこそこそ言って優越感に浸かっている人を見る。特にネットは匿名であるゆえに本性が出やすく、そういう空気もところせましと流れている。
また、安易に「死刑にしろ!」と叫ぶ連中にも同じことが言える。とにかく自分に甘く他人に厳しい。

だが、彼らが攻撃的になるのは現実社会への鬱憤が溜まっている証拠でもある。とにかく安心できる場所を探しているのだ。
これを心理学的に言えば、投影といった「防衛機制」で説明できるだろう。→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E8%A1%9B%E6%A9%9F%E5%88%B6

pompom 2010/05/03 09:59 2ちゃんねらー的にこの記事を評すると、こうなるでしょう



「ネタにマジレス、かっこわるい(笑)」

ほげほげほげほげ 2010/05/03 11:40 数年後。はてな村的言説は卒業しよう、って記事御願いします

bb 2010/05/03 12:08 海馬1/2さんが書かれているように通信速度(料金)というのが問題の発端でもありますよね。
日本のネット環境とか、インフラの問題があって、その影響かもしれないですね。
使う人のマナーも重要ですが、政治とか行政とか社会環境の影響もあるんだなあ、と考えさせられます。

うずまきうずまき 2010/05/03 13:37 むかし、ネットが実名だった時代にはよく紛争が起きていましたね。
「『拝啓』『敬具』が無い。失礼だ!」
「年下が年長者の意見を批判するのは失礼だ!」
「女が男の意見を否定するのはネチケット違反だ!」
「ただの学生風情が会社の社長の発言にケチを入れるなんて、無礼にもほどがある!!」
単に特定の異常者がそんなことをわめくのではなく、それを支持する多数の人々がいたから大変でした。

黒 2010/05/03 13:47 「アサートティブネス」じゃなくて「アサーティブネス」ですよね?単なる読み違えとは言え、引用数が多いせいか、他のサイトでも「アサートティブネス」とそのまま使われています。修正した方が良いんじゃないですか?

elm200elm200 2010/05/03 13:52 >「アサートティブネス」じゃなくて「アサーティブネス」ですよね?

修正しておきました。
ご指摘ありがとうございます。

ひなげしひなげし 2010/05/03 14:02 たとえばアメリカは、地球の反対側まで行って沢山の人を殺してきました。中国やロシアも同様です。英国もフランスも似たようなものです。日本は少なくとも戦後、こうした行為は行っていません。殺人や強姦の発生率も、日本は先進国の中で極端に低い部類に入るでしょう。

assertivenessを学んでいない日本人が、かくも平和を好むのはなぜでしょうか。逆に、相手の立場に立って議論し、決定に従うはずの人々が相手の権利を蹂躙しまくっているのはなぜでしょうか。

もしかして、相手を尊重するという行為が大変なストレスになり、それを定期的に爆発させているのが欧米なのではありませんか?

それが大人と言われれば返す言葉はないのですが、日本人はそういう方向に変わってほしくないなあ、とは思います。

minakagamiminakagami 2010/05/03 14:03 今の日本社会では、移民文化であるローテクスト文化と昔ながらのハイテクスト文化との違いがぶつかり合っていて、2ちゃんねるでは日本文化がローテクスト文化に不慣れな事もあって変な方向に進んでしまったのではないでしょうか?(もともとは、馴れ合いで偽悪的な言説をしていたのが、空気を読めない新参が調子に乗り、さらに新参が増長させた気がしてます。)
プレゼンテーションの訓練は物事を単純化して考えるクセがついてしまうので、複雑系的思考の妨げにもなりますので、良し悪しだと感じていますが。Twitterは、文字数が限られている事もあって、ハイテクスト的な発言者の意図を考えながら読むし、書く時も短い文章で自分の意図が伝わるか考えながら書き込むので、結構思考訓練になりますね。
飛行機や、Netで世界が狭くなって来ていますから、あと何十年か先にはグローバルでもハイテクスト的コミュニケーションが必須になっているかもしれません。目の前で起こっている事を追っかけるよりも、その先を考えて(察して)行動した方が有利なのは確かですから、その意味でもハイテクスト的思考は絶やさない方が良いと思われますが、如何?

息子息子 2010/05/03 14:57 確かに僕の会社でも、議論の場だと積極的に自己主張する人はいないかもしれない。
みんな空気読みながら進めてる感じ。それも無意識的に。

でも、各々意見が不一致のままで進めるのは気持ち悪いから、
やはり仲間の意見を聞いたりする。特に何考えてるか分からない人には。
いや、僕自身仲間が考えてることは知りたいんだよね。たぶん。
これは僕に限らずたいていの日本人に言えることなんじゃないかな?

つまり、日本人は声を大にして自己主張する人は少ないかもしれないけど、
その分、相手の意見を尊重したり聞いたりすることで補完していると思う。
そこにはどちらが優れているだの優劣はないと思うよ。

文化の違いを優劣で決める欧米式のインスタントな考え方は
日本には馴染まないしね。

apollo440apollo440 2010/05/03 17:15 まず、引用元で書かれている内容の「事実」と「事実以外(筆者の思い込みなど)」を分け、
「事実以外」についてその妥当性を確認する必要がありますね。

あと、実名やそれに近い人は無軌道ではないかもしれないが「書いたことへの責任」を持っているのだろうか?
(どっかの社長とかはTwitterでの発言にも責任もって対応してたりしますが)。
現に引用元やここも適当なステレオタイプや直感を元に記事を書き、
事実とは違っていても謝罪するだけではないでしょうか?

特に見ている人が多い引用元の著者などは一般人(いや、Webやってる人は一般とはいえないか・・・)への
影響を考えて記事を書くべきでしょう。
 
 
2ちゃんねるの「無軌道な発言」と、どっかの「責任の無い発言」にどれくらい差があるのだろう。

影羅影羅 2010/05/03 17:24 >たとえばアメリカは、地球の反対側まで行って沢山の人を殺してきました。
>中国やロシアも同様です。英国もフランスも似たようなものです。
>日本は少なくとも戦後、こうした行為は行っていません。

戦前日本が暴れまわったのは明治維新で必死に欧米の真似したからでしょうかね?
ずっと鎖国して引きこもっているのが、日本人の性に合っているのかもしれませんね

kokokoko 2010/05/03 18:05 この記事を読んだ上でのみんなのコメントが実に興味深い。
みんな、アサーティブネスとやらを実践しようとしている。
まさにここが訓練場となっている。

2ちゃんねるやコメント欄が2ちゃんねる的言質になるのは「言葉のキャッチボール」が多くの場合なされないのも一因ではないでしょうか?
多くの場合感想の吐き捨てだし、まさに責任は無い。

海外の掲示板は荒れたりしないのですか?

blanketfeelblanketfeel 2010/05/03 18:36 2ちゃんねるが面白くないのはelm200さんの個人的な問題。
2ちゃんねるはあのスタイルのままでいい。いい人たちの2ちゃんなんて見たくない。

リアルの話について。
相手の立場に立って言いたいことを言うのは、難しいしストレスが溜まる。
僕は言いたいことを言うときは、すべてを無視する。自分の側に立つ。
すべてを無視しても良心が少しはブレーキをかけてくれるから大丈夫。

n0866476n0866476 2010/05/03 19:17 2ちゃんねらーがアサーティブネスとやらを失っているから2ちゃんねるには自由で創造的な言説がないと言いたいんでしょうか。木を見て森を見る典型例にしか思えないのですが…
そもそも2ちゃんねるに何を期待しているんです? 建設的な言説をしようと思うなら、誹謗中傷する人の精神構造の解析なんかしていないでスルーすればよろしい。或いは始めから2ちゃんねるを使わなければよろしい。陳腐な2ちゃんねる批判をしてその裏返しにツイッター礼賛をする思考は池田と同じでちっとも自由で創造的ではありませんが。
不躾なコメント失礼。

   2010/05/03 19:52 相手に悪感情を抱いてなくてもわざと汚い言葉を使うのは
昔のハッカー流の「礼儀」が下地にあるって聞いたけど。

elm200elm200 2010/05/03 21:43 >2ちゃんねらーがアサーティブネスとやらを失っているから2ちゃんねるには自由で創造的な言説がないと言いたいんでしょうか。

うーん。2 ちゃんねるにはすばらしいスレッドがたくさんありますよ。
(全体に占める割合はすごく小さいですが、スレッドが膨大な数ありますからね)
ただ2ちゃんねるでネットでの発言の仕方について悪い影響を受けてしまう人たちがけっこう多いんじゃないかという懸念は持っています。

いまはすっかりなれてしまったのでスルーできますが、はじめて 2 ちゃんねるを見たときはちょっとショックだったなあ。
「こんな口汚い日本語があったのだろうか?」と驚きました。
最初のころは偏見にもとづいて差別的な発言を繰り返すひとたちに、反論するコメントなどまじめに書いていたものです(そしたら、珍しくまともな文章だったせいか「コピペはやめろ」とか言われたのには笑えたけど・・・)。

このエントリのあるコメントを読んで思ったのですけど、2 ちゃんねる以前の掲示板では、逆に妙に礼儀作法にうるさい掲示板も多かったようですね。そういう堅苦しい雰囲気なく自由に発言できる 2 ちゃんねるに解放感を感じて参加した人たちも多かったようですね。

ひょっとしたら、日本語の言論世界にそもそも、立場を超えて多様な人々が自由闊達に議論する場所がなかったから、その真空を埋めるようにして「2 ちゃんねる語」が発達したともいえるのかもしれませんね。これも何かと決まりごとが多い従来の日本語の言論世界からの反動だったのかもしれません。

さまざまな試行錯誤を経て、立場を超えた真に自由闊達な日本語言論世界が成熟しつつある、ということかもしれません。

ueeuee 2010/05/03 21:50 2チャンネルは、B層に対する世論操作のための洗脳装置に過ぎないと思いますよ。テレビの延長上のようなもので・・・。でも、その効果もなくなりつつありますが

mkzmkz 2010/05/03 21:54 アメリカで「主張の技術」というものをどうやって教育しているのか参考になる本として、
大庭コテイさち子著 "考える・まとめる・表現する―アメリカ式「主張の技術」"
があります。なぜ主張が伝わらないのだろうといった日本人向けに、アメリカでの初等教育から大学レベルまでの教育方法を紹介しています。海外生活経験がある方などは、こういったことは無意識的に理解している思うのですが、よくまとめられています。

通りすがり通りすがり 2010/05/04 09:36 2chで特に先鋭化しているのは、所謂「+民」という連中だと思うんですけどね。
彼らの存在・主張・行為全てが2chを遠ざけているような気がしてならない。

donzyudonzyu 2010/05/04 13:51 酒井様

拝読いたしました。色々と考えさせられますね。
まず、アサーティブネスに関してですが、昭和20〜30年代の日本社会では
割と機能していたようですね。昔はこうだったようです。
・昔の日本では「自分の意見をはっきり主張して、その結果達した合意に従う」文化があった。村の問題について老人が集まり長時間議論をしていた。
・また、昭和20年代の教育では自分の主張を理路整然と書かせる作文教育(つづり方運動)が行われ、「村を良くするためにどうするか」を小学生が具体的に書いていた。
という事実があったようです(詳細は藤原正彦「名著講義」文芸春秋社にあります)。

そうして見ると、2ちゃんねる的な言論は昔の日本には余りなかったように
思えますね。

で、ここからは私の考えですが、昭和30年代からイギリスの大衆紙「サン」などを模範にした週刊誌やタブロイド紙、スポーツ紙が出現します。この「所詮人間は欲」「お前ら殺人犯のツラ見たくねえのか」という論調を掲げた過激なマスメディアがこのころから成立した終身雇用制のサラリーマンに非常に受けました。で、2ちゃんねるの初期はこういう過激なマスメディアを模倣していた所があったように思うのです。

その一方で、アサーティブネスの基盤になっていたムラ社会が急速に消滅してしまいます。都会に出てきたいわば根無し草の人々は、過激なマスメディアに影響されて2ちゃんねる的な言動を元々好んでおり、それが2ちゃんねるの、ある意味下品な言い回しになったのではないかと思うのです。

で、今後ですが、私は楽観的に考えていまして、NPOなどで地域社会の復興のような取り組みも多くなりましたし、法律の整備によりマスメディアも過激な言動から遠ざかりつつありますので、かつての日本のような社会が復活していくのではないかと思っています。長文乱筆大変失礼致しました。

aho-aho- 2010/05/04 14:39 「相手のことを考える」ってのが日本と西洋とじゃ意味合いが全く違うと思う。
相手のことを考えて「傷つけないようにしましょう」先行が日本、
「どう説得できるか」が西洋。
どっちも大切だけど結局「場の空気」を読んで議論が陳腐化するのが日本だと思う。レッテル貼りは勘弁だが、ネチケット全能論も厳しすぎる。
議論下手は是正されるべきだが精神論に偏るなら今の方がマシ。

elm200elm200 2010/05/04 15:24 >「相手のことを考える」ってのが日本と西洋とじゃ意味合いが全く違うと思う。
相手のことを考えて「傷つけないようにしましょう」先行が日本、
「どう説得できるか」が西洋。
どっちも大切だけど結局「場の空気」を読んで議論が陳腐化するのが日本だと思う。レッテル貼りは勘弁だが、ネチケット全能論も厳しすぎる。
議論下手は是正されるべきだが精神論に偏るなら今の方がマシ。

なるほど〜。そういう考え方もあるんですね・・・。
「傷つけようとすまい」と気を使うあまり、その反動でああいう話し方になるのか。

でも、日本人が信じるほど、日本文化の現状というのは昔からあったものではないと思うんですよ。
伝統を尊重することは大切。しかし、同時に時代の変化に合わせて変えていく部分があってもいい。
そのためにも「日本文化の本質はなにか」というのを歴史的変遷をふくめて自問する必要があるのではないでしょうか。

今回のエントリの私のコメント欄はなかなか assertive でよい感じではないでしょうか。
みんなそれぞれ自分の意見をはっきり述べて、極端に攻撃ではないし。
こんな感じで話していけばいいのではないでしょうか。

こうこう 2010/05/04 23:02 共感出来る部分が多く、興味深く読ませていただきました。
ただ1点、elm200さんのコメント欄にあった下記の内容についての解説を
求めたいと思います。

>海外といっても、いろいろあるとは思いますが、たとえばアメリカなら、
>学校でよく作文を書かされます。その作文は日本のように「自由に感想
>を書きなさい」とかではなく、自分の主張を理路整然と伝えるため、文
>章の構造化を徹底的に叩き込まれます。

私は教員なのですが、自由に感想を書きなさいという乱暴な指導は致しません。
また、そのような指導を行う教員は少なくとも周囲には存在しません。
文章の構造化、主張の明確化、この辺はごく一般的な指導です。
小学校高学年ともなれば、それらの観点は必ず意識させるのが普通です。

この手の話題には日本の学校教育について言及されることが多くみられます。
このブログを目にする多くの人に、誤解してほしくないがためにコメントを
させていただきました。申し訳ありません。

だいごろうだいごろう 2010/05/05 01:41 それなりな文化で育つしかない人間のほうが2ch世代ではまだ多かったと思いますが、
言葉遣いや態度の良くない人間でもそのやり方しか知らないだけで
良く知れば普通の人ってこともそういう層ではよくありますし、
利用者に免疫があったからこその殺伐とした空気じゃないでしょうか。
2chで罵りあったりしてる人間がそういう人間だというのではなくて、
あくまでそういう言動への耐性があるということで。
罵りあいを受け流したり、醜悪さをあまり感じず楽しんだりもできる人間が多かったから、
あの空気が修正されずに現在の2ch文化になったんじゃないかなあと。

本当にどうしようもないのも2chにはいて発言回数や煽りも多いから目立ちますが、
そういう人はニュースグループや現実でもいてそういう風に扱われていたし、
2chでも隔離スレッドが用意されたりして、それなりに上手くいってるような。

きれいにelm200さんがまとめたコメントの後に書くのもどうかと思いましたが、
あの雰囲気が消毒された2chを想像して、なんとなく寂しくなったのでつい。

elm200elm200 2010/05/05 02:49 >私は教員なのですが、自由に感想を書きなさいという乱暴な指導は致しません。
また、そのような指導を行う教員は少なくとも周囲には存在しません。
文章の構造化、主張の明確化、この辺はごく一般的な指導です。
小学校高学年ともなれば、それらの観点は必ず意識させるのが普通です。

うーん、そうですか・・・。
私が30年前、小学生だったころはそうではありませんでした(と記憶しています)。
いまは変わったのですか?
いずれにしろ日本の小学校ではある程度の長さの文章を書かせる訓練がほとんど無いと思いますが。
○×式、選択肢、穴埋め問題が多い気がするのですけど。

アメリカの小学校教育に関するレポートです。
http://gakusan.gakken.jp/child/column/amerika/article/091209.html

「作文は、物語の創作、自分に関する事柄、体験談など、さまざまなテーマに沿って行います。
4年生あたりから、導入(第1パラグラフ)、本文(第2・第3パラグラフ)、まとめ(第4パラグラフ)で構成することを学びます。
5年生以降は、本文にさらにもうひとつ段落を加え、一般にFive Paragraph Essay(5段落構成の作文)とよばれるスタイルを習得します。」

「・理科
5年・火山の学習:一人一つの火山を選び、インターネットや本などから情報を集め、2、3枚のレポートに仕上げてクラスで発表し合う。」

小学校の理科でレポートを書かされたなんて記憶がないのですが・・・。

「文章の構造化、主張の明確化、この辺はごく一般的な指導です。」と言われても、日本の場合それほどのこだわりはないのではないですか?「いちおう言ってみる」という程度で。私自身、短い間でしたが英語圏で教育を受けた経験でいうと、彼らにとって「文章の構造」は絶対です。たしかに構造という制約を意識することによって、より明確に自分の意見が主張できると感じます。

そこまで踏み込んで指導されているのですか?もうすこし具体的にお聞かせ願えると幸いです。

んーんー 2010/05/05 13:49 2ちゃんねるにあんまり熱心じゃなくなったのは3行ぐらいの文で
「長文」とか言う奴が出た頃からかなぁ・・・
たぶん、ケータイで見てるからいま書いてるこの文ぐらいの長さが
10行以上になって見えてるんだと思うのだが、
本来、意見を述べると普通に「こういうことだろうけど〜」部が入るから
平文でも5行ぐらいにはなるんだよねー
「2ちゃんねるのおやくそく」で言うところの「自分の気分だけを書く人」が
そういう板でそういうやりとりをして、それが2ちゃんねるだと思っちゃってるから
最近は会話が成り立つ専門板でまったり語ってるぐらい

takashtakash 2010/05/06 00:33 elm200さん、いつも楽しく読ませていただいています。

日本人が(傾向として)自己主張苦手というのは完全同意です。その点、日本に暮らしているといつも嫌な気分にさせられます。

ですが、2ch云々の話は、ニュアンスは分かる気もするんですが、ちょっと2chの捉え方が一面的な感じもして、必ずしも同意できません。

第一に、2chはおそらく日本語圏では最も細分化された充実した掲示板ですから、マニアックな話題の情報交換にはとても有難いです。ノートPCや携帯、特定のアルバイトなどのスレに入り浸っている限り全然殺伐としていないのですが、殺伐としているというのが具体的にどのことを言っているのか少し示していただかないとイメージが湧かないです。

第二に、例えば荒れてる中学校といっても、問題があるのは一部の人でしょう。それを十把一絡げに論じると、普通のスレッドで情報をやり取りしている人たち(実数としてはそのほうが多そう)が困惑するのでは。

第三に、時には殺伐とした感じ、頭ごなしに喧嘩を吹っかけ、罵詈雑言。あまりに失礼、大いに結構ではないですか。むしろ2chのような巨大掲示板の隅から隅まで礼儀正しくなるほうが気持ち悪いです。

第四に、「火を吐くような辛辣な言葉を並べ立てている2ちゃんねらーたちは、おそらくはごく普通の人たちなのだ。」というのも、本当でしょうか?
本当に彼らは2chのみで罵詈雑言etc.を放っているのでしょうか?
2chには日本人の飲み屋での発言やトイレの落書きなどを含めた全ての声なき声がわりと正確に反映されてるという見方もアリだと思います。
たまに日本に帰ってくると、2chだけでなく日本全体(というか東京全体)が殺伐としていると思いませんか? 電車内では他人同士が友好的に話しているのをあまり見かけません。2年ぶりにカナダから日本へ帰ってきた友人は、少しの荷物を持って丸ノ内線に乗っただけで黙って蹴られるわ、迷惑だとサラリーマンにキレられるわ、とても嫌な思いをしたそうです。
2chは自由なぶん、日本人そのものを正確に反映しているような気がしてなりません。残念ながら。

長文失礼致しました。

ホセホセ 2010/05/06 21:04 >うーん。2 ちゃんねるにはすばらしいスレッドがたくさんありますよ。
>(全体に占める割合はすごく小さいですが、スレッドが膨大な数ありますからね)

ココがちょっとわかんないなぁ。
elm200さんも含め、利用者は「自分が必要とするスレッドしか見ない」のが基本。
各自が選り好みすればいいので、膨大にスレッドがあろうと暴論の嵐が吹き荒れようと、必要なもの以外は気にしなくていいんです。
2chを総体として捕らえて、玉石混交の石が多いからダメとか、罵詈雑言が溢れてるからよくないとか、そういう着眼って、いったいどんな意味があるんでしょうか?
むしろ逆に、「すばらしいスレッド」で有意義な情報が得られているのなら、そのスレッドのすばらしい内容こそ真の姿、elm200さんがタイトルに掲げている「2ちゃんねる的言説」なのではないのでしょうか?
罵詈雑言や辛辣なフレーズってのも、本気であの調子でまくし立てているのは極一部のナチュラルボーンキジルシだけで、大半は片手間のお遊びであったりヤジや煽りであったりでしかないでしょう。

個人的には、2chのあの罵詈雑言こそ、日本人の「空気を読む」体質そのものだと思います。
あそこでしか使えないスラング、あそこでしか出せない本音、そういうものを敏感に察し、各々が流儀に則って叫びまくる。もちろんリアルやそれに付随するネット活動では「にちゃんってなにか怖いですね><;」とそ知らぬふりを決め込む。
場の空気に流される、ホンネとタテマエ、雑談に政治と野球はNG、まさに日本人そのもののリアルな映し鏡ではありませんか。
卒業するも何も、誇張されているか否かの差だけで、2chは現実と同じものですよ。
なにか特別な、おかしな状態にあるものだと考える方がおかしいんです。

#Twitterってデマとスパムの製造機にあっという間に成り果てましたよね。
 構造上、「誰が言い出したか」という一番重要な要素が拡散しやすく追い難い。
 筋道だった話をするのにも不適。まさに言いっぱなしやりっぱなし。
 リアルで名前の通った人が、そのネームバリューで支持を受ける構造なので、匿名性批判をしている人には稼ぎやすいツールなんでしょうが……それが「大人」かと言われると、ちょっとねぇ。
 カネの臭いがプンプンするのは大人的なのかもしれませんが。

まーちゃんまーちゃん 2010/06/10 16:34 ある人は言い方は関係ない、議論では内容が重要だと言っていた。
わかるけど相手を怒らせて終わりじゃ実のある議論はできないから
やっぱり相手への配慮は必要ですよね。
それから日本人は非常に臆病ですよね、面と向かっては言えない。
文化的に自分を確立しづらくて同調圧力が強い。
敬語だの縦社会だので気を使ってストレスが溜まる
それがネットなら気にしなくて済むから強気になれると

アリスティドアリスティド 2010/07/24 17:36 2ch利用者は実は少数派。
社会全体から見たらごく一部に過ぎないヒキコモリなどで。
1人で何人もの「名無し」を使い分けて
多数派を装っているに過ぎない。
もうそろそろ、韓国バッシングやオタク文化称揚などはやめてほしいものである。

三浦三浦 2010/12/04 17:54 コメントは一切読んでいませんので、ありきたりの感想しか書けません。

自分もまったく同じことを思っていましたが、それを非常にうまく文章にされていたので、「そういうことなのか。」と納得して読ませていただきました。

僕は若い頃、2ch的な言動をリアルで吐く人でしたが、意外とそういう人に
であったことが有りませんでした。ところがネットになると沢山居ました。

その結果、稚拙な表現ではありますが“リアルの社会でうまくガス抜きができていない。”人たちが多いからだと思いました。
僕はリアルでガス抜きが出来ていました。今思えばこれもかなり問題ですが。:p

私は昔から“なぜ?”をよく質問する人でしたが、その度に周りから白い目で見られました。またよく人と話をしますが、地方出身者にはそのあたりが理解できず、かなり疎まれることも多かったです。

多少固定観念も入りますがもう一つ別の仮説も立てました。

つまり、リアルの世界においても他人との接触機会の少ない人は(たとえば地方?)、
ネットにおいても多くの人間と、もしくは正面から持論を展開してくる人(ネットならブログ)と対峙した経験が少ないので被害者意識を持ちやすいのではないか。

というものです。

この類の議論は昔から存在します。
お神輿、盆踊り、ラグビー、どれも皆と同じ方向へ動いたり、
同じ動きをすることを求められます。
こういった性質は恐らく、日本にもともと根付いていたものなのでしょうね。

故に、個として動くことや発言することに慣れていない歴史は
実は相当古いものだと思います。

そして思うのです。

これはまだしばらく続くであろうと。
今の20代以下が多様性に慣れ親しむことで社会は変わっていくのでしょうが。

僕はこのような日本の村社会が大きく変化するには、それこそ移民が
必要だと思っています。これにより以心伝心でコミュニケーションできる
文化が失われようとも、これからの日本には多様性は必要なことだと思います。

おそらくガス抜きが下手な日本人にはかなり生活し辛い日本になるかも
しれませんが、それこそ自然淘汰と言えるのではないかと思います。


韓国や中国を感情的に一方的に叩く人たちも、
隣にその国の方ががた住むようになれば、どうあれ変わらざる得ないのではないでしょうか。

最後に、ジャック・アタリ という人の本が
今後の未来を覗き見るのに役立つかもしれません。

国境の無い世界が書いてあります。
リアルもネットみたいになるってことでしょうかね。

バセットバセット 2010/12/07 13:30 記事とは話がズレますが
英語圏では責任とはどういうものと理解されてるのでしょうか?
実際向こうで働いてみて彼らはどういう時に責任という言葉を使っていますか?
http://iwatam-server.sakura.ne.jp/column/83/index.html
こういう記事がありましたが実際のところはどうなのでしょう?
日本では責任を取る、責任を持つ、責任を果たす、自己責任、説明責任、無責任な発言などいろいろ言い回しがありますが英語圏とはどういう違いがありますか?
それから日本では推測の意味で想像(力)という言葉を使ったり、なんかいろいろごっちゃにしてしまってる気がしますが外国語でもよくあることなんですかね?
非効率な気がしますがその都度文脈から意味を推し量って行くしかないんでしょうか?

ルイヴィトンルイヴィトン 2011/02/18 16:20 超長いの文書ですよね。。素晴らしの考え方です。。

noone6noone6 2011/05/20 19:16 ここに書くのもなんですが、ニュース番組の実況スレで失業者やホームレスの話になったとき「殺せ」とか「強制労働所に送れ」なんて言い出す人がいたのにはあきれました。しかもスレ全体がそんな流れだったので。
韓国の火災で日本人が死んだなんて聞くと嬉々として韓国叩きを始めるようなこともありました。火事なんて日本でもいくらでもあるのに、そういうことは考えないんでしょうかね。

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