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elm200 の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011-03-31

中国恐るるに足らず


大地震東日本を襲った3月11日の午後、私は横浜市内のスターバックスコーヒーを飲んでいた。そのとき読んでいた本が、これ。

岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁

岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁



大地震に続く、大津波福島原発事故といろんなものに気を取られて、この本の感想を書こうと思いつつ、なかなか書けなかった。私はすべての内容に網羅的に書くのが苦手なので、独断と偏見で興味のあるところだけつまみ食いして紹介することにしよう。

著者の津上俊哉(@tsugamit)氏は、1980年東大法学部卒業。通産省(現・経産省)で中国畑を歩んだらしい。現在は、ベンチャーキャピタル経営者として中国に投資。お役人をやめた後も中国と深く関わろうとしているわけで、この本の随所にも津上さんの中国への愛情を感じる。

だが愛のムチとでもいうか、この本で津上さんは中国に対してなかなか厳しい見方をしている。外から見てもあきらかなように、現在の中国には問題が山積している。

著者は、経歴からもわかるように、経済畑の人なので、言論統制のような人権問題は比較的あっさり流しており、今年(2011年)はじめに出版されたにもかかわらず、去年の劉暁波氏のノーベル平和賞受賞にまつわる騒動には一言しか触れていない。中国と深く関わるビジネスマンとしては、この方向の微妙な話題は口にしづらいのは理解できるが…。

津上さんの主要な関心は中国経済の未来に向けられている。それを予測する上で一番の懸念材料は中国の急速な高齢化だと言う。ある中国人専門家論文を引用し、中国の出生率はすでに1.2と日本さえ下回る水準だと述べる。そのことにより、早くも2012年からは生産人口が減少し始め、2016年から総人口さえ減少しはじめるという。

農業国が工業国に変貌するとき、生産活動に寄与しない老人と子供の割合が減り、生産人口の割合が最大化する時期がある。人口動態が経済成長を加速するので、人口ボーナスと呼ばれる。21世紀の最初の10年間、中国は人口ボーナスの状態にあった。それが間もなく終わろうとしているのだ。

不思議なことに中国はいまだに一人っ子政策を堅持している。この背景には中国人の「中国は人口が多すぎる」「人口爆発が起こったら制御不能になるのでは」という一般通念の他に、人口抑制を担当する官庁(計生委)の利権構造があるのではないか、と著者は推測する。中国では2人目以降の子供を産むときには、計生委に高額の罰金(数千元〜数万元)を支払わなければならない。これが既得権益化しているのではないかというのだ。官庁の腐敗が日常光景の中国ではいかにもありそうな話である。

中国の経済規模(GDP)は、世界第二位に上昇したとはいえ、その果実は少数者が独占し、庶民はそれほど大きな恩恵は受けていない。中国では、「二元社会」と呼ばれる問題があり、農村戸籍の保持者が都市に出稼ぎに行っても、都市の正式市民としては認められず、種々の社会サービスを受けられない。かれら農民工と呼ばれる人たちは、年金などの社会保障制度にも加入できない。これから、高齢化が急速に進むのに、このままでは年金を持たない老人たちが大量発生してしまうかもしれない。中国が社会保障制度を整備するのに残された時間は長くないのだ。

中国ではこの10年間、税制改革と国営企業改革により、中央政府と国営企業が莫大な財産を手にした。税制改革により、中央政府は徴税能力が大幅に向上し、国営企業が次々に上場したので、中央政府にはその上場益が入った。国営企業は配当を国に支払うことを免除されていたので、膨大な内部留保を手に入れた。その結果、「国進民退」と揶揄される官製資本主義が膨張しているという。

官製資本主義の難点は、経営者にガバナンスが効きづらいことだ。大株主が国のうえ、経営者たちも共産党関係者だ。役人根性があるので、見栄えのする巨大プロジェクト(鉄道高速道路・重工業)への投資に偏重し、国民生活に豊かさをもたらすサービス業への投資がおろそかになりやすい。国営企業の上場益を国民生活の安定に必須の二元社会の解消や年金積立に使えればよいのだが、これも政治的理由でなかなか話が進まない。「官の官による官のための」官製資本主義が拡大すると、経済効率が低下し、中国の経済成長余力が失われかねない、と津上さんはかなり心配顔である。中国投資をする立場からは、経済成長の潜在能力が失われるのは一番恐れる事態であろう。

去年の秋、日中の政界を揺るがした尖閣諸島問題については、中国の「歴史トラウマ」が大きな影響を及ぼしているという。中国は19世紀から20世紀にかけて、欧米列強や日本に屈辱的な植民地支配を受けた。それが中国人の大きな心の傷となり、排外的な世論が沸騰しているとき「冷静になって相手の言い分も聞こう」という空気がうまれにくいと指摘する。それが周辺国との領土紛争に複雑な陰を落とす。

政治力軍事力は、経済力の遅行指数であることが多いので、たとえ中国の人口ボーナスが終わり、中国の経済成長が鈍化しても、しばらくは政治力・軍事力の拡大は続くかもしれない。米国における「自由と民主主義」のような普遍的理念をもたない中国が、米国に肩を並べるような超大国の地位まで上り詰めることができるだろうか?私は難しいと思う。

中国の最大の問題点は、津上さんの言う通り、巨大な官僚機構を統制するガバナンスが十分でないことだ。中央は地方政府を有効に統制できない。普通選挙言論の自由もないので、市民が政府を監視することも難しい。司法の政治から独立は十分でなく、法曹界の人材の質も低い。加えて、津上さんはあまり大きい声では言わない(言えない?)のだが、中国の官僚たちは日本人の感覚からすると猛烈に腐敗している。仮に合理的な政策が立案されたとしても、全国津々浦々、それが企図された形で施行される可能性は低い。いろんな意味で中国社会には無理が堆積し、国民の不満が発酵し、言論統制によりかろうじて社会の安定が保たれている状態ではないか。

津上さんは「ノンポリの市民たちは、政治的な自由がないことを不満に思いつつ、社会を不安定にする急激な改革は望んでいない」というが、やや中国の体制によりすぎた見解ではないだろうか。むしろ、都市の住民たちの日常生活が満たされ、知的水準が向上するにつれ、西側の市民が享受している当然の基本的人権を持たないことに対する不満がマグマのように静かに蓄積していき、やがて地殻に小さな亀裂が入ったとき、そのエネルギーが一気に表面に浮上してくると思われる。

福島第一原発の事故の直接の原因は、当然のこと東北の大地震・大津波なのだが、その背景には長年の腐敗し利権化した政府と東京電力の体質があった。かれらの安全を軽視し、事故を隠蔽する体質は一部のジャーナリストや反原発運動家によって告発されつづけたが、政府と東電は権力と資金力を以て世論を誘導し、多くの国民は問題点に気づくことがなかった。しかし、今回の事件を通じて、そうした問題点が洗いざらい白日にさらされた。政府と東電は、不道理を重ねた末に、報いを受けることになった。

すでに巨大となった中国経済が一朝一夕に失速することはあるまい。だが、結局ところ、道理に反する行いは永遠には続かないのだ。遠からぬ将来、中国は自らが犯してきた自己撞着ゆえに、経済が失速し、社会は不安定化し、重大な政治的改革を迫られると予想する。矛盾のエネルギーは地下で着々と蓄えられ、地上に噴火する機会をうかがっているのだ。この場合、中国は超大国にはなりえず、「アジアの巨大なメキシコ」とでもいうべき、ぱっとしない中進国の地位にとどまるだろう。中国は日本の脅威にはならない。

仮に、中国が現在抱える種々の難問を幸いにもすべて解決して、穏健な民主主義国として生まれ変わることができるなら、それはそれで日本にとっては喜ばしいニュースだ。中国は、価値観を共有できる隣国になるからだ。中国が超経済大国となれば、日本もその恩恵に預かることができるだろう。この場合でも中国は日本の脅威とはならない。

というわけでいずれにしろ、中国をあまり恐れる必要はないだろう。日本は今回、大きな震災を受けて復興には長い時間がかかるだろうが、法治主義という中国が簡単には獲得できない美点をすでに確立していることに誇りと自信をもっていい。日本は日本人が卑下するほどダメな国ではないのだ。

石水石水 2011/03/31 16:16 elm200さん、こんにちは。人口ボーナスと高度成長期との関係については、年末のテレビ番組でやっているのを見ました。社会は慣性力を持っているので、あと10年くらいは、経済成長が続くでしょう。ちなみに中国政府が最近導入した退職年金精度は積み立て式なので、人口減少を前提としているようです。

一人っ子政策における計生委の利権構造は興味深いですね。中国では、北へ行くとルールを守って一人っ子が多く、南へ行くと罰金を払って何人も子供を持つ事が多いようです。うちの社員はみんな兄弟が何人かいます。

官製資本主義については、国営企業はそういうところがあると思いますが、圧倒的多数の中小零細企業は、日本よりずっと経済原理主義的な経営者が多いですよ。私が、中国は資本主義国であると感じる理由でもあります。

普通選挙が無いというのはちょっと間違いです。全人代の議員は、一番最初は、最小単位の自治体の普通選挙で選ばれます。それで当選した人が集まって、より大きな自治単位での議員を選ぶ間接選挙です。うちのスタッフも選挙に行った事があるそうです。

ノンポリ市民については、私がいるのが華南だからかもしれませんが、政治的な発言や、人権について主張する知人や友人というのに会った事がありません。(華北へゆくと違うかもしれません)経済的に豊かになれば、政治的な要求はあまり出てこないという事でしょうか。胡錦濤と温家宝は、清廉な政治を行うという事で、特に底辺の庶民に大変な人気があります。

それと中国の経済は、底辺から、確かに豊かになっていますよ。工場労働者が、春節後に田舎から戻ってこない理由は、田舎が発展しており、そこに職があるからです。これは四川や江西や中原のあたりの一大出稼ぎ労働者排出地全体にわたっています。

以上、私が住んでいる中国・華南の状況でした。

mlmlmlmlmlml 2011/04/02 10:12 中国の事情、良く分かりました。恐れるに足らずのご意見、ありがとうございました。

高田 亨高田 亨 2011/04/03 08:14 いつも通り、大変参考になりました。書籍の紹介、elm200 さんのご意見、共に感謝です。

今回の原発事故に関していえば、もし、中国で同じ事故が起こった場合、実はもっと短期間に収束させると思っています。
作業員の健康や国民への説明責任は無視して、政府が強権で初期状態のうちに原子炉の冷却をするだろうからです。
放射性物質も初期には大量放出するかもしれませんが、短期間で収束するので結果的には小さな事故で済むのではないか、という意見は、私と中国人の同僚でも一致した意見でした。

原発は一つの例に過ぎませんが、中国の強さはその非民主性にもある気がしています。
米国がベトナム戦争で報道の自由を認めていたがために戦争遂行に支障をきたしたように、民主主義国家は強権的な国との競争に相性が悪いと思っています。

我々は冷戦の結果をリアルタイムで見てきていますし、第二次世界大戦の結果も身近ですから、民主主義は最終的に勝つと思いがちですが、
将来も必ずそうなるかというと私は少々疑問な気がしています。
あまり嬉しい未来ではありませんが。

話がそれましたが、中国が現在抱える問題を、このエントリでまた学ばせていただきました。
この書籍も読んでみようと思います。ありがとうございました。

うしうし 2011/04/08 13:21  中国を恐れるに足らずというのは、全くの同感です。
 人口ボーナスの減少、将来的な急速な高齢化を耐えられるかど
うかは大きな疑問ですし、現在の抑制された人民元が上昇して時に過去の経済成長を牽引してきた輸出がどうなるのか?も大きな疑問です。
 経済成長率の低下は避けることができないでしょうし、そのときにこの人口を食わせていくだけの仕事を創出できるのか?
 技術開発については最近は注目を浴びていますが、こつこつ地味な作業をすることを軽視し、ブルーワーカー的な食を差別し、緻密さにかける国民性を見る限り、高が知れていると思います。
 
 といった辺りで、アメリカ並みの国になることは今世紀中にはありえないだろうと私自身が信じています。多くの中国人は本気でアメリカに肩を並べると語りますが、之も政府誘導のメディアの影響により、日本、欧米の留学組みの中国人は概ね同じ意見でしょう。
 経済的に成功した中国人が政府官僚を含め自己資金を海外投資にまわすのも、自国の将来を信じていないからでしょう。

 そういう意味で決して恐れる必要は無いと思います。

 私は上海にいますが、ノンポリに関しては、教養レベルの高い中国人(有名大学出身者と狭く規定します)は概ね権力側に結びついており、わざわざ現体制を変えようというインセンティブが働きにくくなっています。愛国より愛銭というのは南のほうといいますが、少なくとも上海も同じかなと。北京でも知る限りにおいて似た様な物です。
 という事で、日本の幕末の憂国の志士の様な存在は元々生まれにくい土壌かなと思います。その上、上海に住む底辺に近い外地出身者も、実際に経済的に生活が豊かになっていることを目で見、体感しているので、政治より自分のお金稼ぎへのモチベーションが高いと感じます。
 大学の周辺に行けば、体制批判の発言をする人や、そういう落書きもありますが、日本の感覚では1970年代後半の学生紛争が廃れ、テニスやスキーに興じる若者の時代のほうが近いかなと思います。

 唯、後20年もして経済が伸びず、高齢者社会に耐え切れず、変な人間が政権を取って暴走する場合、日本にとっては危険な存在になるかなとも思います。国内の不安定さを補う為に外的を作るという子供発想の動きも、相当の軍事力を持っていると、誰も止められないかなという点でですが。

 あ、でも身近な中国人たちは皆、毛沢東の再来は恐れています(農民革命みたいな奴ですね)。自分でその感覚はありませんが、そのリスクが無いとはいえないのでしょうね。

T.MT.M 2011/04/15 23:33 elm200さんの独特の世界観に最近はまっている在日2+3世です。最近(今年)気になるのは、中国に対するブレが大きすぎませんか?中国が力を付け、韓国・日本を脅かすのは間違いないと思いますか、アジアを支配(飲み込む的)な文明力は、一党独裁の国には無いと思います。

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