2006年09月27日
『9.11-8.15 日本心中』は「裏『島ノ唄』」?
映画 | |
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これもブログの僥倖か。
大浦信行監督のドキュメンタリー映画『9.11-8.15 日本心中』を配給しているシネマチックネオの工藤貴之さんから、11月4日公開に先がけての2度目の試写会にお誘いを受けた。非常に光栄だ。しかし残念ながら行けない。『島ノ唄』にも行けなかった。
日本「近代」の最深部、最恥部に切り込み続けてきた美術家でもあり映像作家でもある大浦信行監督とその作品についてはウェブ上で間接的にしか存じ上げないが、凄い人がいるな、とずっと思いつづけてきた。以前どこかで今福龍太さんが大浦さんのことを書いていたように記憶する。記憶はあやふやになる。こんなとき、やはり美崎さんのいう「記憶をサポートする」融通無礙なツールは必要かな、とも思う。
『日本心中』(2001)以来4年越しで撮影されてきたという今回の『9.11-8.15 日本心中』には、針生一郎、重信メイ、鵜飼哲、椹木野衣、鶴見俊輔、大野一雄、島倉二千六、岡部真理恵、金芝河!の面々が出演する。観たい!まるで「裏『島ノ唄』」のようだと直観した。
『9.11-8.15 日本心中』オフィシャルサイト(ブログ)では、予告編、重信メイのインタビュー、椹木野衣と針生一郎の対話、等のYouTube映像を見ることができる。
一般試写会は、9月29日(金)、19時より東京・中野区の「なかのZERO(中野ゼロホール)」にて予定とのことです。オフィシャルサイトから試写会参加希望申し込みができます。近場の方、是非。中山さん、風待人さん、……、いかがですか。もし観に行かれたら、感想をお聞かせください。
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リンク元
- 26 http://d.hatena.ne.jp/essa/20060928/p1
- 19 http://d.hatena.ne.jp/essa/
- 18 http://d.hatena.ne.jp/bookscanner/20060927/p1
- 15 http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20060925/p1
- 15 http://reader.livedoor.com/reader/
- 13 http://www.sapporo-u.ac.jp/univ-guide/staff/index.html
- 10 http://d.hatena.ne.jp/essa/20060927/p1
- 9 http://1470.net/list/memo/recent/
- 7 http://www.google.co.jp/ig?hl=ja
- 6 http://b.hatena.ne.jp/umedamochio/20060927



三上さん、
何もかも正直に書いていく、三上さんのスタイルが、好きですよ。「失礼なこと」なんて、ちょびっともなくて、逆に、三上さんの思考過程が覗けて、得した気分です。
私もそうですが、みんな「格好つけたがりぃ」なので、途中の過程はあまり語らず、きちんと組みあがったところでしか、見せたがらないでしょ。三上さんの情報デザイン論の授業で、私も自画像を赤裸々に発表したかった。
これからも、たまに「交換日記」みたいなこと、やっていきましょう。応酬なきブログは、つまらないですからね。
あと、美崎さんですが、http://d.hatena.ne.jp/yomimashita/20060701このブログを見る限り、突然、コメントをくれるかもしれないですよ。特に三上さんみたいに、熱心に分析されて書かれていると、ひょっこりと現れたりして。
来たら、よろしく言っといてくださいね。
美崎さんの件、承知しました。
それにしても、美崎さんの「欲望」の持ち方には驚愕しました。と同時にbookscannerさんの目の付けどころのよさに感心しています。
ちなみに、画像検索の難しさ、奥深さにかなり惹かれ始めました。
三上さん、
大変です!美崎さんが、私の寝ている間にうちに来て、コメントくれてました。
bookscannerさんのところからつながっていて、
ちょっとみなさんのぜんぶは読み切れていないんですが、
ほんとにいろいろコメントいただけでうれしいです。
ちょっとまだみなさまの全員がどうなっているのか把握しきれていないのですが、Googleのやろうとしていることを先んじたとは思っていて、その点についてご評価いただけたのは、とても光栄です。
毎日コミュニケーションズPCWebの記事は、コンピュータの話とはかなりずれて、哲学的というか思想的というか、すごく内的なナイーブな話の方向に進んでしまったので、まあ、自分のなかをダイビングしていく作業というのは、内的に自分自身を深めることになるわけですが、そのためなのか、あまり掲載直後は反応がなかったみたいで、う、書きすぎちゃったかしら、でもいま書かないとGoogleに追いつかれちゃうしな、みたいな、迷いもある中で書きました。
やっと、それがすこし評価されたのかと思うと、うれしい感じです。
ありがとうございます。
上のbookscannerさんの予言が的中です。
こちらこそ、とても嬉しいです。
bookscannerさんのお陰で美崎さんの途方もない実験を知り、興味津々です。
Google問題を抜きにしても、
スキャナーとデジカメを見る目が変化してしまいました。
今2003年の記事も読ませてもらってます。
もう少し何か書ければと思っています。
アレクサンドル・ロマノヴィッチ・ルリアの『偉大な記憶力の物語』に出てくる超常記憶の持ち主は、ひとりも幸せでない、という話をきいたことがあります。
コンピュータで手にした超常記憶は、人を幸せにできるのか、というのは、充分考えなければならないことだと考えています。
撮らなければ忘れられるのに、写真てえのは、忘れさせないためのものなんです
よ…(荒木経維)
わたしは梅棹忠夫ですかね〜。『知的生産の技術』で、書いたら忘れてよいのだ、と書いてあったのが印象的です。
いずれにしろ、好むと好まざるとにかかわらず、もうわれわれは忘れることのない世界に直面しているのであり、そこでの新しい考え方や指針が必要なのだろうと思います。
こんなことを(デジタル技術によって)思い出しました(思い出す、という言葉の定義が揺れてますね)。
進化という意味では、不完全な記憶の方が適応しやすいという議論もなりたつ。写真のように鮮明な記憶をもつ場合のように、記憶と現実の区別がつかなければ、あまりにも危険が多すぎて、人類は生き残れはしなかっただろう。
記憶は嘘をつくジョン・コートル/石山鈴子講談社
はよく分かる言葉です。
体験的に、書くこと、写真を撮ること、つまり外部に記録することが、適度に忘れることにつながって、鬱状態からかろうじて免れるという実感があります。書かないと、写真を撮らないと、一歩も前に進めなくなくなるような感覚です。
他方で、忘れてはいけないことまで忘れてしまう面が(脳には)あって、忘れさせないように、というか、いつでも思い出せるように、記録しておくことの大切さもあると感じています。
そしてそういう記録から想起へと橋渡しをするしくみを、美崎さんは一生懸命こしらえているんだなと思い、凄く感激したのでした。